少年は剣を、そして旅立ちを
しばらく立ちつくしていると、静音さんが村人を連れて戻って来た。村人はあまりの光景に、皆言葉を失っている。静音さんはズカズカとこちらに近付いて来た。
「ちょっと……これはいったいどういうこと? どうして村がなくなってんのよ!」
「いや、僕たちもワケが分かりませんよ。誰かが暴れてふっ飛ばした、としか……」
「あんたたち以外の、誰がぶっ飛ばしたっていうのよ……!?」
静音さんは怒ったが、しかしクロードさんに抱えられた彼方くんを見て何かを察した。
「まさか……彼方がこんなことをしたっていうの? いや、でも……」
「お待ちください。確かに彼方くんもおかしな力を持っていますが、これは……」
「なあ、さっき見えた光の柱はいったい何なんだ!?」
俺たちが話していると、村人が次々と口を開いた。もはや一つ一つは聞き取れない。
「どうなってんだよ!」「俺の家!」
「バラバラだ!」「誰がやったんだ!」
もはや狂乱と言っていいほど村人は混乱していた。こんな時に彼方くんがあの光の柱を出したと知ったら、どうなるか。魔女狩り、という単語が俺の頭に浮かんで来た。
「シドウくん、クロードくん! キミたち、無事だったんだね!」
俺たちの後ろから、銃を担いだ尾上さんと村長さんが現れた。
「尾上さん! そっちの方も、もう大丈夫なんですか?」
「多分、キミたちと同じくらいのタイミングで《ナイトメアの軍勢》が撤退したからね。念のため、トリシャくんには向こうに残ってもらっているけどね。しかし……」
尾上さんも村を見渡した。
村長さんが一歩前に出て、俺たちに一礼した。すると。
「むっ……? 彼方の指の宝石……これは、まさか、そんな……!」
村長さんの目がかっと見開かれ、彼方くんの小さな指に視線が注がれた。確かに、彼方くんの指には赤い宝石をあしらった指輪がはめられている。じっと見ていると、俺の体が燃え上がりそうな、そんな奇妙な感覚に襲われる。昨日、一緒にトレーニングを行った時にはこんなものを着けてはいなかったはずなのだが。
「村長さん。彼方くんが持っている指輪に、心当たりがおありなのでしょうか?」
「それは、アポロの印章……まさか、彼方、あの剣を抜いてしまったのか……!?」
アポロ? それは、無知な俺でも聞いたことがある名前だった。ギリシア神話に登場する太陽神の名前だ。日本では二色のチョコレートの方が有名かもしれないが。ともかく、なぜそんな名前が? と思ったが、これも《エクスグラスパー》が伝えたのだろう。
「アポロの印章。聞いたことがありません。いったいどのようなものなのですか?」
「彼方にならばともかく、部外者であるあなた方にお話しするわけにはいきませぬ!」
「いや、そんな大事なもの子供に取られるような場所に置いておくなよ……」
俺は思わず突っ込んでしまった。村長がジロリと俺を睨んだ。
「アポロの印章……まさか、伝説の十二英雄の武具と関係が……?」
「十二英雄の武具? というと、《エクスグラスパー》に与えられたっていうあの?」
以前エリンから、この世界に伝わる天十字教の説明を受けたことがあった。その時、髪である『光』は別世界から現れた十二人の英雄に、自分の根源たる力を分け与えたという。十二という数字は、そこと見事に符合する。
「……左様。『光』は去ったが、あのお方が残された武具はこの世界に残り続けた……」
村長さんは重い口を開いた。不承不承、と言った感じだったが。
「我が村には伝説の十二英雄が振るったと伝えられる聖遺物級魔導兵装、 『アポロの剣』が封印されていた。それを守ることが、ワシらの使命だったのじゃ」
「守っていた、って。子供だって辿り着けたし、俺たちも行っちゃったんですけど」
「子供たちには森に入らんようにキツく言っておいたわ!
それに、『アポロの剣』はこの数百年間、誰一人として抜いた者はおらんかった。選ばれし者にしか抜くことの出来ぬ武器じゃ、例え剣を狙う者が現れても問題はないはずじゃった……!」
村長さんは悔し気に唇を噛んだ。確かに、俺もあの剣を抜くことは出来なかった。トレーニングの合間にふざけて抜こうとしたことはあったが、しかしそれは叶わなかった。それどころか、単なる石でしかあれはなかったはずなのだが。
「これが大変貴重なものだというのは分かりました。ですが、あなたの態度には納得がいきませんね。まるで、何かを恐れているようではありませんか?」
「……伝承にはこうある。
『再び闇が世界を覆い尽くそうとする時、十二の武具は再び目覚めるであろう』、と。彼方は、その剣を抜いてしまった……!」
敬虔な天十字教徒である分、ナイトメアを脅威に思っているのだろう。
「ですがそれは因果が逆です。彼方くんが剣を抜いたからこうなったのではなく、こうなったから彼方くんが剣を抜いたのでしょう? 彼が剣を抜いたことを咎める理由にはならないと思うのですが、いかがでしょうか?」
「あんたは何も知らんからそんなことが言えるんじゃ……! その剣を抜いた者には《ナイトメアの軍勢》と戦う宿命が課せられてしまうのじゃから……!」
長老さんは絞り出すような声で言った。
エリンとリンドが息を飲むのが聞こえた。
「《ナイトメアの軍勢》はレリックの使い手の血を求めるのです! 一度手にしたが最後、終生戦いから逃れることは出来ません! まさかこのようなことに……」
ならもっと気合入れて保管しとけよ。
と思ったが、言わないことにした。目の前の老人は本当に後悔しているように見える。これで演技だったならアカデミー賞ものだ。
「つまり、この村にはもう彼方くんを置いてはおけない、ということでしょうか?」
「……この村には《ナイトメアの軍勢》に対抗出来るだけの力がありません……」
「オイオイ、マジで言ってんのかよ! こいつ、まだガキなんだぞ! それを……」
いくらなんでも無責任すぎるんじゃあないか、そう思って憤ったが、尾上さんがそれを制した。『言いたいことは分かるけど、黙ってて』、という顔だ。
「もう夜も遅い、この話をするのは明日の朝でもいいのではないですか?」
「そうだね。《ナイトメアの軍勢》は退けた。みんな、疲れているでしょう? あまり数はありませんが、テントを融通するように船長さんに掛け合ってみますよ」
村長さんは力なく頷き、村人たちの方に向かって行った。静音さんは、この会話に加わらずにうつむいている。愛する弟を擁護できないほど、ショックなのだろうか。
ともかく、俺たちは休むことにした。考えることはいろいろあった気がするが、しかし全身を貫く痛みがそれに勝った。俺の意識はすぐ眠りの闇に落ちて行った。
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くぐもった呻き声を聞いて、俺の目が覚めた。
苦し気な声、これはリンド?
俺はクロードさんを起こさないようにして立ち上がった。結局、俺とクロードさん、それから尾上さんと男衆は外で雑魚寝をすることになった。エリンやリンドと言った子供たち、静音さんのような女性、そして意識を失った彼方くんがテントを使った。
俺はリンドが使っているテントの中を見た。しかし、そこに彼女の姿はない。どこに行ったのだろうか、そう思い耳を澄ませた。どうやら少し離れたところにいるらしい。
森の中で俺が見たのは、うずくまり、苦し気な呼吸をするリンドの姿だった。
「……リンド! おい、大丈夫か! しっかりしろ……!」
俺は彼女に駆け寄り、肩を掴んだ。リンドが顔を向けて来たが、その表情は固い。びっしょりと脂汗をかき、苦痛に顔を歪ませ、しかし声を上げずに呻いている。
「どうしたんだ……!? 待ってろ、トリシャさん連れて来る。あの人確か……」
応急救護の免許を持っていると言っていた、と言おうとして俺は袖を掴まれた。
「どうってこと、ありませんわ……すぐ、よくなりますから、放っておいて……」
「んなわけないだろ……! そんな顔でどうやって安心しろっていうんだよ!」
昔、毒物を飲んだ友人を見たことがあった。
いまのリンドと同じように脂汗を流し、青い顔をさせながら『助けは呼ばないでくれ』と言っていたのを思い出した。その友人はひとしきり苦しんだ後動かなくなり、二度と目を覚ますことはなかった。
「グラーディの刻んだ、呪いの印が、私を苛んで、いるんです……普通の、治療じゃ、痛みを癒すことは出来ません……大丈夫、すぐ、よくなりますから……」
リンドの首筋に刻まれた印が、毒々しい色で輝いていた。あの男の狂気と執念が、いまもこの子たちを苛んでいる。それでも、悲鳴一つ上げない。何て気丈で、優しい子。
俺は彼女の体をぎゅっと抱きしめた。少しでも、痛みが紛れればいいと思った。リンドは俺を抱き返してくる。まるで、俺の方が介抱されているような気になった。
「……ふぅ。もう、大丈夫ですわ。ようやく気分が落ち着きました」
彼女はハンカチで顔の汗を拭いながら言った。
確かに、頬に赤みが差した気がする。
「……必ず、必ずグラーディの呪いを解く方法を探し出して見せる」
自然と口に出ていた。
リンドはそれを聞いて、笑ってくれた。
儚い笑み。
それから二人並んで宿営地に戻って行った。リンドをテントまで見送り、俺も眠っていた場所まで戻る。木の幹に背を預け、クロードさんが星を見上げていた。
「……あれ、クロードさん。起きてたんすか?」
「ええ。その様子では、二人の身に起きていることをご覧になったのですね?」
クロードさんは二人の身に起こった困難のことを、知っていた。当たり前だ。俺が眠っていた三日間、二人の身に何もなかったわけなどなかったのだから。
「……改めて見せつけられると、キツいっすね。ああいうのは」
「生身の体に傷一つつかないだけ、まだマシだったかもしれませんね」
「そうじゃなくて……グラーディの執念を思い知らされるようで、なんかイヤっす」
デーモンの魔術師、グラーディについて思い出す。人を恨み、人を滅ぼすことを望んだ一人の男。彼の憎しみが、いま子供たちを殺そうとしている。死してもなお消えない恨み。それはいったいどんなものなのだろうか。死ねば全部チャラじゃないのか。
「……クロードさん、すいません。今夜もまた、稽古つけてくれませんか?」
考えることを止めて、俺は立ち上がった。
考えても答えは出そうになかった。
「僕は構いませんが……キミは大丈夫なのですか、シドウくん?」
「大丈夫っすよ。今日、俺はなんもしてないっすから」
何もしなかった。何も出来なかった。
過程がどうであれ、結果は同じことだ。
だから、俺は鍛えを望むのだろう。俺の過程が、最善の結果を生み出すと信じて。
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次の日。目覚めた彼方くんを静音さんが強く抱きしめ過ぎて、もう一度眠りそうなになるというアクシデントはあったものの、村長さんから事の次第はつつがなく伝えられた。
彼方くんは相当狼狽しているようで、どうしていいか分からないようだった。そんな彼方くんを哀れに思ったのか、クロードさんは彼にある提案をした。
「どうでしょう、彼方くん。僕たちの旅についてくる気はありませんか?」
「おい、クロード。ただでさえ子供二人背負ってるんだぞ。これ以上増やす気か?」
「うっ……そ、その……ごめんなさい、トリシャさん。やっぱり、ボクたち……」
エリンの反応にトリシャさんが慌てている間に、クロードさんは話を進めた。
「僕たちはこれからアルクルス島に向かいます。そこには古代の文献が多く収められていると言います。キミの持つアポロの剣についても、何か分かるかもしれません」
「あー……もしかしたら、それを手放す方法が分かるかもしれないな」
昨日の夜、意識を失った彼方くんからアポロの剣を取り除こうと様々な思索が成された。だが、そのすべては徒労に終わった。アポロの剣の分身たる緋色の指輪は、どんなことをしても彼方くんの指から取れなかったのである。さすがに指は取らなかったが。
「それをどうするかは、キミ次第です。キミが得た力をキミのものとするか。あるいはそれを捨てて別の道を歩むか、キミ次第です。その道標を探す旅と思えばいい」
「……行きます。行かせてください、クロードさん」
彼方くんは迷うことなく、クロードさんの提案に乗った。安易な気持ちで答えているのではないか、と訝しんだが、彼方くんの瞳からはそうした不純さは見えない気がした。
「……あんたたちみたいな力だけの集団に彼方を預けるのは、シャクだけど」
「何を言いやがる。性格の良さにも定評があるんだぞ」
静音さんはやはり不承不承といった感じで俺たちの提案に了承してくれた。やはり、愛する弟をこんなワケの分からない集団に差し出すのは気が咎めるのだろう。
しかし、静音さんは『共和国』の兵士、ここに来たのも僅かな休暇をやりくりしてだという。彼女に小さな弟を養い、都市で暮らして行けるだけの収入はないのだという。
……それに、『アポロの剣』を利用されるかもしれない。
国のために。
「……耐えられなくなったら帰ってきなさい。何があってもあたしはあなたの姉だよ」
「……うん、ありがとう。静音姉さん。行きます……行ってきます」
彼方くんの声が、涙に震えているような気がした。俺も、不覚にも涙腺が緩んでしまった。愛する姉との、今生ではないが辛い別れ。尾上さん辺りも空を仰いで泣いている。
「それでは行きましょうか。大分時間を食ってしまいましたからね」
クロードさんは涼しい顔をして、言った。
別れを惜しむ静音さんが、彼を睨んだ。




