天地を統べる神剣
「うわああぁぁぁーっ!?」
何度も拳を打ちつけられ、蹴りを叩き込まれた俺の体に、とどめの一撃が放たれた。甲冑の男は踵落としを繰り出した。踵に備え付けられた刃が丸鋸のように回転し、俺の体を包むラバー装甲を容易に切断したのだ。
のけ反る俺の体から、力が抜けて行く。
同時に、ラバー装甲が風化していった。あまりにも大きなダメージを受けすぎたため、俺自身が力を維持することが出来なくなっているのだ。失われた力は回復していない。
(強すぎる……! こいつ、クロードさんと同じかそれ以上に……!)
甲冑の男は本当のとどめを刺さんとして拳を振り上げる。が、それを止めた。代わりに腕を掲げ、横合いから放たれたリンドのビーム攻撃を弾いた。恐るべきは甲冑の耐久性能、リンドのフローターキャノンを受けても傷一つついていない。
「シドウくんは殺させませんよ!」
クロードさんが膝蹴り姿勢で飛び込んできた。甲冑の男はそれをスウェーで避け、着地したクロードさんに拳打を放った。クロードさんは身を捻り回避。甲冑姿の男とほぼゼロ距離で睨み合った。しばし、二人の動きが止まった。
「クロードさん! 援護いたしますわ!」
リンドが声を上げる。その瞬間、二人は動いた。
白の甲冑がジャブを繰り出す。クロードさんが頭を振るいかわし、至近距離での膝蹴りを叩き込む。甲冑の男はそれを払い、カウンター攻撃を仕掛ける。クロードさんがそれを捌き、反撃に転じる。
「結構ですよ、リンドさん。それよりもご自身の身を守ることに専念して下さい!」
確かに、甲冑男とクロードさんの戦いに介入するのは至難の業だ。ダイナミックな動きこそないが、二人の交戦の軌跡が複雑な惑星軌道図めいた形を取っている。
俺は痛む体を強いて立ち上がった。さすがにこの前のように、死にかけということはない。あんなことになったから、俺の体がセーブしているのかもしれない。ともかく、クロードさんと甲冑男の脇を抜けてエリンとリンドを庇うようにして立つ。二人とも俺のことなど眼中にもないのか、脇をすり抜ける時も特にこちらに被害が及ぶことはなかった。
「エリン、リンド! 離れんなよ!」
「こちらのセリフですわ、シドウさん。あなたこそ私から離れないでください」
まったくだ。もはや変身すら出来なくなった俺は何の役にも立たないだろう。
空間のゴブリン密度が徐々に高まる。歯噛みするが、どうしようもない。リンドの操作出来るフローターキャノンの数は五つが限界、上空への対応に少なくとも三つが割かれる。地上のゴブリン増殖速度はかなり早い。このままでは村を埋め尽くす……!
ゴブリンが飛びかかってくる。俺は拳を打ち払い、ゴブリンを散らす。奴らの握った雑多な武器が俺の体を傷つけて行く。痛んだ体に向かって、これは辛い。
「ッそ、こんなこと繰り返してたって、キリがねえぞ……!」
ゴブリンがじりじりと近付いてくる。フローターキャノンの対応能力も限界に近い。
そして、ゴブリンたちが一斉に飛びかかってくる。俺は二人を抱え、守ろうとした。
だが、その時。俺たちに飛びかかろうとしていたゴブリンが一斉に吹き飛ばされた。
「!?」
何がどうなっている。俺は振り返って、見た。
そこにはもう一つ、甲冑があった。
男の甲冑とは違い、目の前に現れた人物の甲冑は特徴的な赤銅色をしていた。鎧の継ぎ目と思しき場所には黄金のラインが描かれており、腕には肩から手首にかけて、手首からそれぞれの指に伸びるラインもある。甲冑の人物は、俺たちに向き直った。白銀甲冑のような、バッタを彷彿とさせる複眼ではなく、青白い
四つの目が一列に並んでいた。
「あ、あんたは、いったい……」
「……私の名はディスラプター。あの男の相手は、私がしよう」
女性の声だった。くぐもった声で、それが誰のものかは判断が付かなかった。
女性の後ろからゴブリンが飛びかかってくる。だが彼女は振り返ることなく肘打ちを放った。ゴブリンの柔肌に突き刺さったそれは、一撃でゴブリンを吹き飛ばした。女性は姿勢を低くしながら、雑草を刈り取るような円弧の蹴りを放った。ゴブリンが一斉に吹き飛ばされる。
「……なに? その力、いったいどうなっている……?」
白銀甲冑の男の注意が、一瞬赤銅甲冑、ディスラプターに向いた。クロードさんはその隙を見逃さなかった。瞬時に懐に潜り込み、肩口からタックルを仕掛ける。白銀甲冑の男はたまらず体勢を崩した。
そこに、クロードさんは追い打ちの双掌を叩きつけた。トラック正面衝突めいた凄まじい音と破壊が、白銀甲冑の男を襲った。その打撃のすさまじさたるや、打ったクロードさんの足元が爆発したほどだ。
白銀甲冑の男は吹き飛ばされ、ワイヤーで引かれるようにして水平に飛んで行った。十五メートルほど吹き飛ばされながらも、男は踏み止まった。装甲には亀裂が走っている。
「貴様、これほどの力……いったいどのようにして手に入れた?」
「さあ? 僕としては、あなたがどうしてそんな力を持っているのかが気になりますよ」
クロードさんは構えを崩さず、白銀甲冑の男の言葉に応じた。男が息を吐いたような、そんな気が俺にはした。
「何者ですか、あなた。その力、鎧由来のものだと思ってよろしいでしょうか?」
「私の名はイダテン。これ以上、これ以下、私に語ることなど存在しない」
イダテンと名乗った白銀甲冑の男は、踵を地面に打ち付けた。すると、両足の踵に設置されていた車輪がひとりでに回転を始めた。凄まじい速度に辺りの大気が震える。しかし、モーター特有の音はしない。あの地点はほぼ摩擦がゼロだということだ。
イダテンが動いた。そう思った瞬間には、イダテンの姿が消えていた。俺が目を動かすと、イダテンはすでにクロードさんに蹴りを叩き込んでいた。両腕を掲げ、それを受け止めるが、しかしクロードさんの表情に余裕はない。
蹴りの威力を受け、クロードさんが後方に向かって吹き飛んで行く。イダテンはもう一度動く。その瞬間には消えた。
「あのスピード……! あいつ、クロードさんを翻弄していやがるのか!?」
「マズいです、あれ! ボクのサードアイでも追いきれないスピードなんて……!」
再びクロードさんの背後に回ったイダテンが、首を刈り取るような角度で蹴りを振り下ろした。クロードさんはそれを屈んで避け、背後に肘打ちを繰り出す。
だが、すでにイダテンの姿はそこにはない。瞬時に回り込んだイダテンが膝蹴りを繰り出す。
「お、お化けとお化けの殴り合いって感じだ……とてもじゃねえが入り込めねえ」
あのスピードでは、フローターキャノンも狙いをつけることが出来ないだろう。
「あちらのことに気を取られている場合か! 自分の身を心配しろッ!」
ディスラプターが叫んだのを聞いて、俺は我に返った。同時に、俺に向かってゴブリンが飛びかかってくるのが見えた。俺も叫びながら、アッパーカット気味の一撃をゴブリンに向かって繰り出す。幸運にも振るわれたゴブリンの武器が俺に到達する前に、ゴブリンを吹き飛ばすことに成功した。そうだ、俺はまだ戦っているんだッ!
「あんた、あいつと戦うんじゃなかったのか? こんなトコにいていいのかよ!」
俺はそのへんに落ちていた角材を拾い、振り回した。武器を使った経験はないが、素手でこいつらとやり合うよりもよっぽどいい。ディスラプターとリンドの活躍で、俺たちに向かってくるゴブリンは相当減っている。空の動きも鈍い。
「ああ、そろそろ……そうさせてもらうとしようか!」
ディスラプターは拳を打ち鳴らした。すると、彼女のつけている手甲が赤銅色の輝きを発した。ディスラプターは拳を垂直に、瓦割の如く振り下ろした。赤銅色のエネルギー波が辺りに展開され、周囲にいたゴブリンをなぎ払った。
ディスラプターは拳と顔を上げ、クロードさんたちの方を見た。まだ彼らは、至近距離で打ち合っている。
「よし、これだけ数を減らせば何とかなるだろう。あとはお前たちで……」
その時だ。俺たちの背後にあった双子山から、凄まじい音がした。慌てて振り返ると、そこには光の柱としか呼べないようなものがあった。雲を裂き、天に伸びている。荘厳とさえ言える雰囲気を前にして、イダテンの動きさえ止まっていた。
「しまった……くっ、間に合わなかったのか……!」
ディスラプターは呻いた。光の柱を見つめるイダテンを、クロードさんが襲った。振り下ろされる拳をイダテンは受け止め、振り上げられた足を避け、跳んだ。
「多少のイレギュラーはあったが、問題はない。これが、目覚めの時か」
イダテンは小声で何かをつぶやき、右手首を左手で掴んだ。よく見て見ると、そこには不可思議なルーン文字めいたものを刻んだブレスレットがつけられていた。イダテンはそれを捻った。すると、体に刻まれた緑色のラインが一斉に発光した。
イダテンは右足を引き、構えを取った。右足にエネルギーが収束していっているのが分かる。俺がナイトメア戦で展開したエネルギーよりも、遥かに強大なものだ。放ったからこそ、よく分かる。
俺は戦慄した、奴は何をしようとしている?
「! いかん、お前たち、私の後ろに回れェーッ!」
ディスラプターは叫んだ。
俺は反射的に、エリンとリンドを庇った。クロードさんも素早く、ディスラプターの後ろに回った。ほぼ同時に、イダテンが蹴りを放った。円弧を描く、優雅な前回し蹴り。蹴り足から深い緑色のエネルギー波が放たれた。
ディスラプターの後ろに隠れてもなお、凄まじい衝撃が俺たちを襲ってきた。周囲にあった家屋が、エネルギーに晒され崩壊していく。塵すらも残さずに。
「マジかよ……!? どうなってんだ、これ……!」
俺はディスラプターを見た。両腕をクロスさせ、自らの腕から赤銅色のエネルギー波を出しながら、イダテンの放った攻撃を受け止めていた。やがて、その波が止まる。
そこには、もはや何もなかった。更地だけが広がっていた。森林が無傷であることが、不思議であるくらいだ。エリンとリンドを見る、怪我はしていない。
「……クロードさん!? クロードさん、どこに行ったッ!」
しかし、周りを見回してみてもクロードさんの姿はない。まさか、さっきの攻撃に巻き込まれて、吹き飛ばされてしまったのか? 一瞬そう思ったが、そうではなかった。
イダテンはクロードさんの襲来に素早く反応!
素早いバックジャンプを繰り出し、上空から繰り出された蹴りを回避! 傷一つないクロードさんと再び対峙する!
「横には広い攻撃ですが、縦への高さはなかった。避けられましたよ」
「ふん、往生際の悪いやつだ。私は忙しい、こんなところで立ち止まってはいられんよ」
イダテンは再び踵を打った。
その瞬間、クロードさんはイダテンに組み付いた。
「貴様ッ!」
「いかに超スピードで動けようが、至近距離まで近づいてしまえば関係ないでしょう?」
イダテンは動きを止めた。組み付いた状態ならば奴の高速移動に振り回されることはない。むしろ、高速移動をしようとした隙を突いてクロードさんが逆転することも可能だろう。この状況ならば、俺たちもあの戦いに介入出来るのではないか?
そんなことを考えた時だ。森から一つの人影が現れた。
それは、剣を持っていた。
「……彼方、くん?」
まぎれもなく、それは花村彼方だった。
しかし、その足取りには力がなく、何となく無理矢理歩かされているような、そんな気配さえあった。
「ふっ、来たか……それが、我らの求めし至宝……『アポロの剣』……!」
イダテンは背後から迫る彼方くんに反応した。クロードさんは訝し気な視線を向けた。
彼方くんが、剣を大上段に振り上げた。刀身が光り輝き、剣そのものが肥大化していた。それは先ほど見た、光の柱と同じようなものだと思った。
刀身はドンドン伸びて行く。
雲を裂くほどに、天を突くほどに。
剣が振り下ろされる。
俺はエリンとリンドを抱えて、走った。振り上げられた段階から回避運動を取っていたのがよかったのだろう、振り下ろされた光の刃を、俺は間一髪で避けた。刃によって地面が抉り取られていた。軌道上にあったものは、余さず消滅した。
「冗談だろ……!? な、何なんだよ、あの剣はいったい……」
「魔導兵装にしては、あまりに威力が大きすぎますわ。これでは、まるで……」
俺の手から離れたリンドは、剣の軌跡を見てつぶやいた。これではまるで、《エクスグラスパー》か何かのようだ。彼女はそう言おうとしたのだろうか。
それにしても、前が見えない。あの刀身は凄まじい高熱を放っていたのだろう、叩きつけられた地面から根こそぎ水分が奪われ、蒸発したかのようだった。水蒸気はやがて晴れ、更地になった村が出て来た。破壊の痕跡は、決して消えることがない。
「やれやれ、まったく……こんなことになるとは思いませんでしたねぇ」
そう言いながら、クロードさんが現れた。
彼は小脇に彼方くんを抱えている。
「クロードさん、あの斬撃食らって無事だったんですか!?」
「そんなわけはないでしょう。イダテンを放して避けました。イダテンがどうなったかは……申し訳ありません、そこまではこちらも把握していませんね」
それは仕方がないだろう。軌道上が根こそぎ消滅するような攻撃を前にして、他人を気にしている余裕があるとは思えない。ましてや、それが敵だったのならば尚更だ。もしあれの直撃を食らったのならば、塵も残さずこの世界から消え去ったはずだ。
「さっきの、一体何なんでしょうね……クロードさん」
「さあ? 何なのかは分かりませんが、彼の剣が巻き起こしたことは確かですよ」
彼方くんはクロードさんに抱えられて、ぐったりしている。その手に剣はなかった。
結局、ディスラプターもどこかに行ってしまった。まさか、あの剣撃によって吹き飛ばされてしまったわけもないだろうが。《ナイトメアの軍勢》もイダテンが消えると順次撤退を初め、一夜に渡って俺たちを苦しめた戦いは終わりを迎えた。




