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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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最速の襲撃者

 ドラゴンが徐々に高度を落とし、ゴンドラからゴブリンたちが降りて来る。高度十メートル、人間の三分の二ほどしか身長がないゴブリンにとっては致命的な高さ。重心が傾いてしまい、転落死するゴブリンが多数! だが残ったゴブリンたちが仲間の死体を踏みしめ着地! 殺戮と絶望の奇祭がここに執り行われる!


「手前らぁ! この村を、手前らの好きにはさせねえぞォッ!」

「来て早々悪いですが、この世界から退場していただきましょう!」


 俺は跳んだ。クロードさんが跳ねた。落ちてくるゴブリンに向かって拳を合わせる。宙にいたゴブリンは俺の全力を受けて吹き飛び、家屋の壁に激突した。クロードさんの掌打を受けたゴブリンは、その場で爆散した。綾花剣術零の太刀、というらしい。無手での戦闘を想定した型であり、生身の拳であっても俺の変身態を大きく上回る威力だ。


「シドウ! クロード! おい、こいつらいったいなんなんだ!」


 村の奥から静音さんの声が聞こえた。彼女は両手に鉞を持ち、降りて来たゴブリンたちを掃討していた。凄まじい戦闘能力、玉のような肌が血に染まっていく。


「分かんねえよ! でも、こいつらが誰かに操られてるってことは確からしい!」

「誰かに操られている? こいつらを、一体、誰が操るってんだよ!」


 両手の鉞を器用に操り、鬼神のようにゴブリンを叩き潰していく。

 強い。


「さて、なんらかの知的存在であることは確かなようですがね。いま分かることは、その陰険なお方は我々の前に顔を出すことを嫌っている、ということくらいでしょうかね」


 クロードさんは舞うように動き、ゴブリンの攻撃をいなしながら掌を、手刀を、足刀を叩き込んでいく。昼間の稽古で見せてもらった、綾花剣術水の型だ。変幻自在な動きによって行動予測を困難にし、敵を翻弄し、必殺の一撃を見舞うという。

 確かに、水に揺られる木の葉のような動きを予測するのは困難なように思えた。


「! 皆さん、身を沈めてください! ブレスが来ます!」


 クロードさんが叫んだ。反射的に、村人たちはしゃがんだ。上空にいたフィアードラゴンが咆哮を上げたかと思うと、火炎弾を吐き出した。花村邸に着弾、爆発!


「なっ……! か、彼方!」


 静音さんが叫んだ。その表情や仕草からは、絶望感がありありと見て取れた。


「エリンもリンドも、まだ家の中にいるっていうのに……!」


 何だって。俺は舌打ちを一つし、走り出した。身を屈め、ゴブリンの突撃を避けながら進んでいく。

 家屋は爆発したが、まだ全体が燃え上がっているわけではない。だが、ドラゴンの放った炎はまるで意思を持つかのように燃え広がっていく。このままでは全焼必至! 俺は走るスピードを更に速める。そして、踏み切り、跳んだ。


 俺の体が紫色の炎に包み込まれて行く。全身をラバーのような装甲が覆っていく。俺の武器が、俺の防具が生成され、まとわりついた。壁を突き破り家屋内部に突入!


「ゲホッ、ゲホッ! し、シドウさん!」

「無事だったか、エリン、リンド! ここから出るぞ、崩れちまう!」

「わ、分かりましたわ……フローターキャノン、来なさい!」


 立ち上がろうとしたリンドは、しかし天井から降り注いでくる破片を見つけた。俺も拳を振り上げ、二人に降り注ぐ致命的破片を迎撃した。リンドが放ったビームが細かい破片を破壊した。

 俺は二人の体を抱えると、再び開けた大穴から外に飛び出していく!


 直後、家屋が倒壊! 間一髪の脱出行だ!

 しかし、待て。彼方くんはどこだ?


「二人とも、彼方くんはいなかったか!?」

「か、彼方くんだったら……しばらくしたら姿が見えなくなってしまって……!」

「なんですって!? 彼方がどこにいるか、分からないっていうの……!?」


 静音さんも村を守るのに必死で分かっていなかったのだろう、狼狽した。彼方くんを探しに行きたいが、しかしそれをさせてくれる敵ではない。ドラゴンは旋回し、威圧的に咆哮を上げた。その口元には炎、そしてゴンドラから落ちて来るゴブリンたち!


「フィアードラゴンを何とかしねえと火の海になるぞ……! だがどうすりゃ……」

「任せてください、シドウさん! エリン、手伝ってちょうだい!」

「分かった! 行くよ、姉さん! サードアイ、展開!」


 エリンとリンドは背中合わせになって立ち、互いの魔導兵器を発動させた。二人の間にいくつもの球体が浮かび上がり、片方は砲台に、片方は眼球へと変わっていった。


「なるほどな、それでドラゴンを攻撃するのか! だったら俺がやるのは……」


 両腕に紫色の炎を纏わせ、俺は構えた。そして、飛びかかってくるゴブリンたちを片っ端から殴りつけた。細かく狙いをつけることも、力を込める必要もない。脆弱なゴブリンの体は紫色の炎によって瞬時に焼き滅ぼされる。ただ振るうだけでいいのだ。


「へっ、こいつぁいい! クロードさんにでもなった気分だぜ!」


 俺の背後ではフローターキャノンが空高く舞い上がり、ドラゴンと並んだ。フロー他キャノンの放ったビーム攻撃が、ドラゴンの皮膚を焼き、貫く。ドラゴンはいとわし気に翼を振るい、フローターキャノンを迎撃しようとするが、それは叶わない。


「姉さん! 三番端末を下げて! それから二、四番端末をそれぞれ南南西高度二百四十、 北西高度二百五十二に設定! 二秒後に同時射撃を行って!」


 エリンの『目』がフィアードラゴンの攻撃のタイミングを、回避の軌道を完全に先読みし、それに従ってリンドがフローターキャノンを発砲した。フィアードラゴンの知能はそれほど高くないのだろう、二人の連携を前に成す術がなくなっているように見えた。


「静音さん、村のみんなを連れて森まで下がってくれ! ここにいられたら危ない!」

「分かった、あんたたちにここのことは任せるよ! あたしは彼方を探さないと!」


 こんな時まで弟の心配とは恐れ入る、と思ったが、愛する家族を持つ者としては当然なのかもしれない。彼女だって、村人の安全を確保してから彼方くんを探すだろう。静音さんは鉞でゴブリンをなぎ倒し、村人を叱咤し森に逃げるように促した。村人たちは蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出していった。

 俺とクロードさんが、残ったゴブリンを相手にする。次から次へとゴブリンが増えて行く。終わりがないように思えるが、しかし。


「姉さん、とどめだ! 攻撃をドラゴン三に集中させるんだ!」

「分かりましたわ! フローターキャノン、集中展開! これで終わりですわ!」


 四方八方より放たれたフローターキャノンの集中攻撃によって、フィアードラゴンの頭部が消滅! 文字通り司令部を失ったドラゴンの体が自由落下!

 ゴンドラに乗っていたゴブリンごと、フィアードラゴンの巨体が無限の空に向かって落ちて行った!


「やりましたわ、エリン! 次はどこを狙えばいいのかしら?」

「狙うべきターゲットはまだたくさんいる! 油断しないでね、姉さん!」


 二人の息はぴったりだ。

 さすがは姉弟。陸空への対応は、これで完璧だ。


 そう思った時、闇の中から人が現れた。

 純白の甲冑に身を纏った人間が。


「なるほど、イレギュラーが存在していたか。道理で動きが遅いわけだ」


 ぞっとするほど冷たい声が放たれた。男の声だ。

 鋭角を多用した、攻撃的な印象を放つ純白の甲冑。繋ぎ目に刻まれた太い緑色のライン。ヘルムの眼孔部は飛蝗の複眼めいて巨大で、金色に輝いていた。具足の踵にはウェスタンブーツめいた車輪がついている。


「まあいい。この程度のイレギュラーならば、即座に修正可能だ」


 そう、純白の甲冑を着た男がつぶやいた。その瞬間、男は俺の目の前にいた。反応することすら出来ず、俺は顔面を殴られた。冗談のような威力に吹き飛ばされる。


「シドウさん!?」


 エリンとリンドが叫んだ。男が足を振り上げたのが見えた。二人の首のあたりの高さで。だが、それは瞬時に近付いて来たクロードさんに遮られた。クロードさんは足首を握る。男は握られた足を軸にして回転。恐るべき柔軟性で逆の足を振り下ろした。クロードさんは足を手放し、それを受け止める。衝撃でクロードさんの足元に亀裂が走る。


「ほう? 何だ、お前……まあいい。少しばかり、時間がかかるだけのことだ」


 クロードさんが掌打を放った。直後、残像を残して男の姿が消えた。男の姿は、瞬時にクロードさんの背後まで移動していた。

 男が拳を振り上げた。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 彼方は走った。暗闇の中、一瞬さえ迷うことなく走った。どこへ走っているのか? 気付けば彼は、いつもトレーニングを行っている広場まで辿り着いていた。荒い息を吐き、振り返る。

 彼が暮らしていた村が、炎の海に飲み込まれようとしていた。


「そんな……! どうして、どうしてこんなことに……!」


 村に《ナイトメアの軍勢》が現れること自体、初めてのことだった。世界を覆う脅威などというものはどこか遠くの存在で、それに関わることはないと思っていた。それが幻想だったということを、彼方は思い知らされた。現実は常にすぐそこにいたのだ。


「どうすれば……どうすればいいんだ? どうすれば、村を助けらえるんだ……!」


 アテがあって走っていたわけではない。この村には守備隊も存在しないし、武術の達人や魔術師なんてものも存在しない。助けを求めるなら船に向かうべきだったと、彼方は思い返したが、しかし彼の足は自然と、慣れ親しんだここに伸びていた。


「僕に力があれば……あいつらを倒せる力が、僕にあればッ……!」


 彼方は涙をのんだ。その時だ。彼は声を聞いた。


(世界を救う力を求めますか、花村彼方)


 彼方は涙を振り払い、振り返った。そこには、彼がいつも見ていた石の剣があった。

 いつもと違うのは、石の剣がまるで陽光を反射するように輝いていた、ということだ。


「これは……いったい……」


 彼方の足は、引き寄せられるようにして石の剣へと向かっていた。これを抜けと、自分の本能が囁いているような気がした。

 彼方は、引かれるようにして剣の柄に手を伸ばす。


(力を求めるのならば、私の手を取りなさい。花村彼方)

「誰なの……? いったい、誰なの? あなたは、僕の味方なの!?」


 彼方は虚空に向かって叫んだ。どこから響いてくるのかさえ、彼方には分からなかった。自分の頭の中から聞こえて来るのではないか、気が触れてしまったのか。そうとさえ彼は思った。

 しかし、彼の前に光が現れ、やがてそれが一つの輪郭を取っていった。


「私の手を取りなさい。あなたに捧げましょう、この世界を救う、英雄の力を」


 それは、人の形をしていた。

 長い黒髪を広げた、優しげな女性のヴィジョン。


「あなたはいったい誰? どうして、どうして僕に、そんな力を……?」


 疑問に思いながらも、彼方の手は剣の柄に伸びていた。

 そこには、彼の望んだ力があった。


 旅立ちたくても、出来なかった。弱いから。

 救いたいと思っても、救えなかった。弱いから。


 けれどもこの力があれば、ねじ伏せられる。どんな理不尽も。彼は、その事を本能的に理解していた。だからこそ、伸ばされた腕には迷いがなかった。


「あなたに力を捧げます。この剣の力は、天地余さず照らす神の権能」


 彼方は剣の柄を、力強く手に取った。

 世界が、万物が、光に包まれた。


「生死万物の区別なく、祝福を授ける奇跡。

 あなたに捧げましょう、『アポロの剣』を」


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