死闘、ナイトメア:後編
凄まじいエネルギーを秘めた弾丸が、圧倒的速度で俺たちに迫ってくる。しかも、弾幕密度も半端ではない。回避は不可能。耐えることは? 俺が出来てもエリンたちは?
「綾花剣術一の太刀、改。『蒼天断空斬』!」
クロードさんはすぐさま納刀、腰の捻りを加えた斬撃を虚空に向かって繰り出した。先ほど俺がドラゴンに襲われたとき使っていた、遠隔斬撃だろう。だが勢いが足りない。
もちろん、そんなことはクロードさんには分かっていたし、対策もすでに打っていた。逆の手で抜かれた小太刀が、やはり凄まじいスピードで放たれる。衝撃波に衝撃波を重ね当てることによってその衝撃を数倍にまで高め拡散させた!
大気を震わす斬撃を受け、ナイトメアが放った弾丸は空中で制止、地面に落ちて行った!
「す、すげえ! 刀二本でこんなことが出来るのか……!?」
「綾花剣術のちょっとした応用ですよ。ですが、これはマズい状況ですね」
さすがに直ぐ次弾が放たれるわけではなかったが、代わりに八対の腕が動いた。上下左右、ありとあらゆる場所をカバーする柔軟な触手であり、またあの太さから見るにパワーもありそうだ。人型の時でさえ持て余していたナイトメアが、巨大になって襲ってくるとは。あれだけの巨体を滅ぼす手段を、俺たちは果たして持っているのだろうか?
「あんなのを見ていると、ついつい弱気に襲われちまうな」
「あれを見て怖がらない方がどうかしていますよ。キミは正常です」
まるで自分が異常だと思っているようなセリフだ。まあ、たしかに正常ではないだろう。普通の人間ならあんなものを見たら失禁しているだろうしなぁ。
「シドウくん、キミちょっと失礼なこと考えてるんじゃないですか?」
「さあ? どうでしょう……ねっ!」
露出した筋繊維が複雑に絡み合ったような外見をした触手が、俺たちに向かって振り下ろされた。その先端にはカニの鋏のようなものが付いており、ナイトメアはそれで俺たちを突こうとしてきた。突かれてもダメだし、捕まってもダメだ。あんな物に掴まれたら、一瞬にして両断されてしまうだろう。
俺は横に跳び、クロードさんは後ろに飛んだ。
俺は両腕に掌大の火炎弾を作り出し、投げつけた。とにかく、触手の射程内に入ってはいけない。俺のスピードでは、あれを避けきれないだろう。射撃戦に徹する。俺が放った火炎弾を、しかしナイトメアは触手を巧みに操り受け止める。着弾点にクレーターのような傷が出来るが、しかし闇が充填され、すぐさま傷は塞がっていく。
「チッ! 再生能力はナイトメアの専売特許ってかぁ!?」
一方で、クロードさんは振り下ろされた触手に向かって小太刀を突き立てた。痛みに呻いたのか、ナイトメアは刺された触手を持ち上げようとする。だが、クロードさんはそれを放さずについて行った。
片腕懸垂の要領で、突き刺した小太刀を手すりにして体を持ち上げる。そして、クロードさんは触手の上に立った。
「これほどの巨体であっても、急所はあるはず……頭さえ落とせば!」
うねり、蠢く触手の上を、まるで平地でも走っているかのような安定性でクロードさんは進んで行った。あのまま振り落とされずに行けば、頭を直接狙える!
だが、もちろんそんな都合のいい話がありはしない。触手の表面が泡立ったかと思うと、鋭い棘が現れた。その棘は意思を持ったかのようにクロードさんに近付いて行く。クロードさんは舌打ちし、大小二本を構え迫り来る触手を払い落とした。クロードさんがまともに二本の剣を使っているのを見るのは初めてだが、余裕はないように思えた。
俺は援護のために火炎弾を放つが、しかしそれはやはり、他の触手によって受け止められる。クロードさんは触手の上で踊るようにステップを踏み、脚に向かってくる棘を避けながら迫り来る触手を払い落とす。足がその場で固定されてしまった。
そうしている間に、別の触手が鎌首をもたげた。自分の触手ごと、その上に乗っているクロードさんを潰そうというのだろう。させるか、そう思い俺は火炎弾を作ったが、しかしクロードさんが乗っている触手の真下にある左三本目の触手が俺に向かって突き出された。元々のリーチならば、届かない距離。
だが、触手は関節を外したかのように直前で伸びた。俺は思わず身を捻り、触手の直撃を回避。火炎弾は狙いを外し消えて行った。
「やべえ、クロードさん! 避けてくれ!」
「そう言うヤベぇ攻撃を止めんのは、あたしに任せな!」
背後からエルヴァが躍り出た。クロードさんを押し潰そうと迫る触手に向かって、剣を一閃。触手を切り裂くが、しかし完全切断には至らない。逆に彼女が切断しようとした触手にも棘が生まれ、空中で身動きが取れないエルヴァを串刺しにしようとした。
しかし、生み出された触手はビームによって迎撃された。根元から蒸発し、消える。リンドの放った攻撃だ。その隣にいたエリンはサードアイを再生成、旋回させた。
「尾上さん、上方七度修正。トリシャさん左方三度、下方二度射線を修正して下さい!」
「了解した! ナイトメアよ、全弾持っていきたまえ!」
「そう細かい指定をされても、こっちは上手くは出来ないんだよ!」
トリシャさんと尾上さんは同時に持った銃を発砲した。いくつもの弾丸がクロードさんの乗っている触手に向かって行き、彼を狙っていた棘を破壊した。
クロードさんは笑みを作り、駆け出そうとした。しかし、突如として彼の足場が消滅した。何事か、彼が足元を見ると、触手の結合がいつの間にか解かれていた。筋繊維を複雑に絡めたような触手は、実際その通りなのだろう。そして、各部位は活殺自在。結合させることも、それを解くことも、ナイトメアにとっては簡単に出来るのだ。
結合を解いた触手の断面が、握り拳のような形になっていく。そして、ナイトメアは触手を弓のように引き絞り、空中に浮かんだクロードさんに向けて、放った。舌打ちが一つ聞こえた気がした。その瞬間、クロードさんが体が弾き飛ばされた。
「チッ、ヤベえぞエルヴァ! 俺たちも一旦後退しねえと!」
「あたしに指図するんじゃねえ、っての!」
そう言いながら、エルヴァは俺の言葉に素直に従った。俺は両手に少し大きな火炎弾を作り、俺たちの方に迫ってくる触手に向けて放った。爆発とともに触手が破壊されるが、数秒の間に元通りになってしまう。だが、俺たちが逃れるくらいの時間は稼げた。俺の隣まで来たエルヴァが剣を振るい、空間を裂く。次の瞬間には俺たちも後退していた。
「クロードさん、大丈夫ですか!? 派手に弾き飛ばされてたように見えましたけど!」
「いえ、大丈夫です。インパクトの瞬間に掌打を重ねたので、見た目ほど痛くはない」
クロードさんは額から血を流しているが、それ以外に傷があるようには見えない。攻撃を放ったナイトメアの触手の方が、正面衝突したトラックのように潰れている。しかし、そのダメージも数秒の内に回復する。触手が再び結合された。
「分かっていたことですが、凄まじい再生能力ですね。正攻法では勝てそうにない」
「それどころか、あいつの体……少しずつ膨らんでいる気がするんだが……!?」
確かに、いまのいままで近くにいたので分からなかったが、最初に見た時よりもナイトメアの姿は肥大化しているように思える。闇を吸えば吸うほど強くなるのだろうか。
「やれやれ、あんな化け物をどうやって倒したらいいのかね……例え、ここに僕のフル装備があったとしても、殲滅し切れる気がしないんだがね……」
尾上さんは悔し気にナイトメアを睨み付けた。
クロードさんは考える仕草を取った。
「いいプランを思いつきました。僕が彼を押さえるので、シドウくんは一発、大きいのをお願いします。それを当てるだけの隙は、何とか作りますので」
「それ、プランと言えるのか? 当たって砕けろ、っていうんじゃないのか?」
「どうとでもお言いなさい。この状況を打破できる可能性があるのは彼の力だけです」
「なるほど。俺のパワーだけはあんたに勝ってると、思っていいわけですか?」
クロードさんは笑って頷いた。だったら、俺がやるべきことはたった一つだけだ。
俺は右足に力を収束させた。確信があったわけではない。
だが、脚力は腕力の数倍にも及ぶと言われている。俺がこの場で放てる一番強い攻撃。それは蹴りだ。
俺の足に収束した力を感じたのか、ナイトメアも動いた。体を震わせ、触手を震わせた。すると、触手の結合が解け、枝分かれした鞭のような形になった。
「なるほどね。有無を言わせずこっちを手数で殲滅する構え、っていうわけか」
「正念場ですよ、皆さん。シドウくんの一撃に繋げるために、お願いします」
「まったく、貴様という奴は……いつだって、人使いが荒いんだから!」
そう言って、尾上さんとトリシャさんは銃を構えた。
耳をつんざくような発砲音が、暗黒空間を満たしていった。放たれた拳銃弾とライフル弾が、触手に当たり、弾ける。しかし、触手はすぐに再生した。俺たちの努力を、まるで嘲笑うかのように。
ナイトメアは触手を振り回し、俺たちを攻撃! 触手のパワーはいままでより劣っているものの、射程距離は段違いに長くなっている。しかも、鞭は先端ほどスピードが乗るため、襲い掛かる触手のスピードはいままでよりも速い!
「エルヴァさん、右側を頼みます! 左側は僕が対応しますので!」
「だから、指図してんじゃねえっての! エリン、あたしのサポートを頼む!」
「分かってる、姉さん! どんな攻撃だろうが、どこから来るかはお見通しだ!」
襲い来る触手の前にクロードさんとエルヴァが身を晒し、それを剣で打ち払う! あまりの密度、あまりのスピードに、二人も無傷ではいられない!
「チッ! 本当にこんなので、あいつの防御を突破することが出来るのか!」
「安心したまえ、トリシャくん! こっちにだって策はあるさ!」
尾上さんは弾切れも何も気にせず、銃を乱射する。彼の能力ならば、それも可能だ。だが、連射によって銃身は過熱している。このままでは暴発しかねない!
「尾上、お前の銃にも限界はあるだろう!」
「そうだね。でも今は、そんなことを気にしている場合じゃあないのさ!」
連射しながらグレネードランチャーのトリガーを引き、グレネード弾とライフル弾幕によってナイトメアの触手を蹂躙する。そこに、リンドのビーム攻撃が加わった。数発に一発の割合で装填された曳光弾とビームが、闇の世界に複雑な光の軌跡を描いた。
「ここで僕の力、すべて使い物にならなくなったとしても構わない!
だが、この世界を蝕む悪意だけは、ここで僕が確実に破壊して見せるッ!」
弾幕のエネルギー量が、次第にナイトメアの触手の再生速度を上回り始める! 触手の数が目に見えて減少! しかし銃の方にも目に見えてダメージが入る!
しかし、尾上さんの覚悟が勝る! ナイトメアは触手の破壊を嫌い、再び触手をまとめた。だが数はいままでよりも少ない。左右合わせてそれぞれ二本ずつ。ここに来て、ナイトメアの姿は再び人のものに近付いて来た。
「触手が減ったのならば、こちらにもやりようがある!」
クロードさんが駆けた。正確に言えば、駆け出す姿だけが見えた。
彼が、消えた。
「綾花剣術奥義。『月花繚乱』」
気が付いた時には、すでにクロードさんはナイトメアの眼前にいた。闇夜に銀色のラインが二本、閃いた。ナイトメアの太い触手が、二本とも根元から切断されていた。
「いまです、シドウくん! こいつにキミの全力をぶつけなさい!」
「っしゃあ! 行くぜ、ナイトメア! これで――」
ちょうど、俺のエネルギー収束も終わったところだ。紫色の炎が、俺の右足を完全に包み込んだ。これ以上は、逆さに振ってもどこからも力は出てこないだろう。
俺は走り出した。
クロードさんのそれに比べれば、もどかしいほど遅い。
だが、触手の再生速度よりは速い。根元で蠢く触手を見た。
これが最初で最後のチャンス。
踏み切り、跳び上がった。狙うは頭、それも脳天。一撃で全てを終わらせる。右足を突き出し、炎をブースター代わりに展開。俺の体は、一本の槍と化した。
「これで終わりだ、ナイトメア! くたばれェーッ!」
終わる。そう思った。だがそれは違った。
ナイトメアには一つだけ、隠し玉があった。
背中から、何かがせり出してくる。
それは、尻尾のような、ナイトメアが展開したものの中で一番太い触手。それが俺の頭上まで振り上げられ、影を作った。
やべえ、この触手に対応できない。
全ての力を右足に収束しているのだから。
「そうは、させるもんかよォーッ!」
エルヴァの叫び声が聞こえたかと思うと、俺の頭上にエルヴァが出現した。デジョンブレードの力。彼女は剣を掲げ、触手の一撃を受け止めた。踏ん張りの利かないエルヴァと、圧倒的なパワーを誇るナイトメア。どちらが勝つかなど、子供だってわかる。
デジョンブレードが砕けた。彼女の体が、高速で落ちていく。だが、時間は出来た。
俺は叫んだ。この力が俺の意思によって作られたものであるのならば、俺の意思を鎧うものであるのならば。
俺の意思は、俺の思いは、こいつの力になるのだから。
俺は叫ぶ。
俺にとって、一番力があると思える言葉を、ありったけの力で。
「フォォォォォス! ブリンガァァァァァーッ!」
『力』の槍が、ナイトメアの頭蓋骨に突き刺さった。
生じたエネルギーがナイトメアの外皮を融解させ、頭蓋骨を砕いた。
俺の体が、ナイトメアの内側へとめり込んで行く。
ナイトメアの肉体は、凄まじい熱量を受けて膨張した。落ちていくエルヴァが、クロードさんに受け止められ、着地するのが見えた。俺は右足に更なる力を込める。
俺の体がナイトメアに埋没し、埋設され、そしてついには貫通した。ナイトメアの巨体に、バカバカしいほど巨大な大穴が穿たれているのが見えた。誰かが歓声を上げた気がした。俺は着地し、地面を滑っていった。俺の背後で、ナイトメアが膨張し、爆散した。
世界を光が満たしていく。俺が生み出した光が。光によって爆散し、飛び散ったナイトメアの放った闇が浄化されて行くような気がした。やがて、その光はこの空間自体を満たしていった。足下の石畳が、元のリノリウムのような建材に変わり、満天の星空は無機質な壁に変わった。ナイトメアとこの世界とのつながりは、完全に断たれたのだ。