エピローグ:強く生きられる明日へ
暗黒の空に金色の軌跡が刻まれ、巨大なナイトメアとの打ち合いが始まった。神話に語られる邪竜の如き巨体を持つナイトメア・ドラゴンは恐るべき爪を振るい俺を打ってくる。
体格からは想像も出来ないほどの素早さ、避け切れない。俺はそれを受け止めることを選んだ。背中から黄金のエネルギーが噴出し、俺の体をその地点に押し止める。
力を込めて押し込むと、爪が砕けた。
高崎さんから頂いた真の力、そう簡単に砕けはしない!
エネルギーをブースターのように吹かして飛行。
ナイトメアの頭部を目指す。
一方、信さんはナイトメアが放つ攻撃を巧みに避けながら接近していく。
残像を残すほどのスピードで移動する、いやそうではない。
分身の信さんがシルバークレッセントを掲げ、トリガーを引く。
分身から放たれたエネルギー弾がナイトメア・ドラゴンを襲う。
エネルギーを放出し、自分の像を映しているのだろうか?
いずれにしろ、あの分身は攻撃能力を持っている。
ナイトメアは苦渋の叫びを上げながら信さんに攻撃を加える。
ナイトメア・ドラゴンの足元に暗黒が広がる。水たまりのようになったそこから、次々と異形の怪物、ブラックドラゴンが現れ、信さんに向かってくる。一方で、こちらでも羽根が解け空を飛ぶドラゴンが何体もこちらに襲い掛かってくるのが見えた。
この程度で止まるわけにはいかない!
願う、俺を守る力を。腕を広げると六つの光がせり出してくる。
光は六芒星を描くような形で収束、それぞれ剣、盾、短剣、槍、弓、杖の形になった。
俺は手を掲げ、願った。敵対するものを迎撃せよ、と。
空中で矢が放たれ、現れたドラゴンの翼を撃ち抜いた。翼をもがれ落ちて行くドラゴンの腹に燃える短剣が突っ込んで行き、それを貫き燃やし尽くした。
槍は全体を水で包み込み、巨大な刃となった。そしてブーメランのように回転しドラゴンを引き裂いた。細切れになったドラゴンが地上に向かって落ちて行く。
ドラゴンが放った火炎攻撃は盾によって防がれた。再度攻撃を行おうとしたドラゴンの顎を、直上から降ってきた剣が縫い付けた。呻くドラゴンの頭を、杖が潰した。
一方で、地上を埋め尽くすほどに出現したブラックドラゴンは信さんによって次々撃破されていた。目にも止まらぬスピードと、質量を持った残像を操る信さんを前にすれば、いかに常軌を逸した力を持つブラックドラゴンといえど太刀打ち出来るはずがない。
分身の信さんが後方から射撃で援護し、本物の信さんは剣を両手で持ち振り回した。
一太刀振るわれるごとにドラゴンが何体も両断され、闇へと還って行った。ブラックドラゴンの一体が幸運にも信さんを捕まえるが、すぐにその姿が霞の如く消える。その後方から現れた信さんが、拘束を行ったドラゴンを撃破した。もはやどれが本物か分からない。
「何が起こっている!? 星神の力とは、これほどまでのものだったのか!?」
ナイトメア・ドラゴンは狼狽え、俺の方に目を向けた。
そして翼を再構成、それが俺の方を向いた。
轟、と空を切り裂いて翼が俺の方に真っ直ぐ伸びて来た。
浮遊する『アテナの盾』が順序良く翼の攻撃を受け止めた。
続けて現れた『アポロの剣』が伸びて来た翼を切り払い、『ヘファイトスの短剣』と『ポセイドンの槍』がナイトメア・ドラゴンに向かって高速で飛来する。
それを防御しようと試みるが、それを『アルテミスの弓』と『デメテールの杖』は許さない。出力を増幅された矢が防御を打ち砕いた。そして二つの武器がナイトメア・ドラゴンの体に深々と突き刺さった。
絶叫を上げるナイトメア・ドラゴン。
その時、下の掃除が終わった。
光の刃を振り払い、信さんが地上のブラックドラゴンを掃討したのだ。
連続して爆発が起こる。
「なぜ、どうしてだ? どうして僕たちが生きることを邪魔する?
僕たちは、生きていること自体が罪だと、そう言うつもりなのか?
ならば僕は、僕たちはどうして――」
俺たちはそれに答えず、最強の攻撃を放った。
十二神器の名が続けざまに呼ばれ、神器のエネルギーが右足に収束する。
信さんもノヴァキーを捻る。
『NOVA BLAST!』と言う不可思議な機械音声がしたかと思うと、彼の両足にエネルギーが収束した。
信さんは跳び上がり、俺は急降下した。
同時に放たれた必殺のキックは、同時にナイトメア・ドラゴンの胸に炸裂した。
眩い光が暗黒の世界を満たして行く。
ナイトメア・ドラゴンは消滅し、後には静寂だけが乗った。
俺と、信さん。そして少年の姿だけが、この空間に残っていた。
「さすがは……神の力を受け継いだ人間たちだ。強いはずだ、それは」
「悪いな、そう簡単に負けてやるわけにはいかないんだよ」
バシン、と拳と拳を打ち合わせる。
少年はそれを見て、うっすらと笑った。
その瞬間、大地が揺れた。
いや、そうではない。空間自体が揺れているように思えた。
「何をした……!?」
信さんはよろめきながらナイトメアを見た。彼は尚も笑う。
「この隔絶空間を崩壊させようとしているんだ。
ここを構成するために使われたエネルギーは、すべて《エル=ファドレ》に還元される。
嬉しいだろう?
これから滅びゆく僕が与えられる唯一のものだ。しっかり噛み締めて、受け取ってくれ」
ニヤリ、と笑い、少年は膝を突いた。息は荒く、顔色も悪い。
僅かに残った力を振り絞っているのだろう。
信さんは銃口を向けるが、意味がないと気付きすぐそれを下げた。
「……クソ、シドウ脱出するぞ! どこかにここの出口があるはずだ……!」
「ないよ。ないからこそ隔絶空間なのさ。
何百年、フェイバーの目を欺いて来なければならなかったと思っているんだい?
神でもなけりゃここから逃げることは出来ないさ」
ナイトメアは俺たちを嘲笑った。
だが、そこで俺たちは一つの、そう。天恵を得た。
十二神器とは神の力。
高崎天星は神と一体化することによってその身を昇華させた。
俺の手には同じものがある。
先ほど不完全とはいえ俺は神と一体化した。それならば。
「神となることが出来れば、この空間から脱出することが出来る……?」
咄嗟のひらめきだった。
だが、信さんは目を丸くしてそれに反対して来た。
「よせ、シドウ! お前がやる必要はない! 俺にだってノヴァキーが使えるんだ……
だったら、人でいられなくなるのは俺でいい! お前には待っている人がいるだろう!」
信さんは、必死だった。
神になりたいだとか、そんなものではない。
もう何も失いたくない、そう言う切実な願いを感じた。
だが、すまない。そうはいかないようだ。
「現状じゃ俺の方が近いんだ。だったら確実性のある方を取りましょうよ」
「よせ、シドウ! 帰ってこれなくなるんだぞ、お前の大切な人のところに!」
恐怖がないと言えばウソになる。
だが、それでも俺がやるべきことに変わりはない。
「帰ってきますよ。俺はそのために、一度消えて戻って来たんだから……!」
天にカードを掲げ、十二神器の力を再度解放する。
そして、願う。
『変化変生』は俺の願いを叶える力。
かつてウィラは言った。
『世界を平和にしたいなどと願うなよ、出来ないし出来ても消えてしまうぞ』、と。
皮肉なことに、彼女の言ったことは現実となった。
俺の願いを叶えてくれる存在が、ここにはもう一人いるのだ。
四つのコアが俺の胸に突き刺さり、一体化する。
同時に八つの宝石が俺の周りに集まり、円を描き、やがて一つの光輪となり、俺の体へと溶けて行った。俺の体に何事かが起こっていた。そしてそれが何なのか、俺にはよく分かった。変わろうとしているのだ。この身が人から神へと。
世界一威厳のないカミサマが、ここに誕生したのだ。
願う。
《エル=ファドレ》への道を。
空間に裂け目が出来た。
俺は信さんをそこに押し込んで、閉めた。
最後まで、彼は叫んでいた。
「シドウ! よせ、戻って来い! シドウーッ!」
パチン、と指を鳴らすと空間が閉じ、隔絶空間に再び静寂が戻って来た。
「ありがとよ、ナイトメア。お前のおかげであの人を逃がすことが出来たわ」
「そしてキミも生き残った。どうやら、この戦いは僕の一人負けということらしい」
ナイトメアは自嘲気味につぶやき、腰を下ろした。諦観に満ちている。
「これで満足か、ナイトメア。やることやって、それで滅んで、満足なのか?」
「どうせ勝ち目のない戦いだった。
エデンがない以上、これ以上世界に干渉することは出来ない。
例え僕の力をもってしても、人類を滅ぼすことは出来なかっただろう。
人から生まれた化け物は、人によって滅ぼされる宿命を背負っているのだからね」
諦めに負け、一つの結末を迎えようとしている生き物が、ここにもいた。
「これで終わりになんて、させない。お前が迎えるべき結末は、それじゃない」
「これ以外にどんな結末があるって言うんだい? 僕にはとても思いつかないな」
俺は終わりを受け入れようとするナイトメアの頭に手を置き、祈った。
「人から生み出され、死んでいくことを定められた哀れな生き物。
お前たちは多くの罪を犯した。だがそれは人間だって同じことだ。
条件はイーブン、なら滅びは適切じゃない」
隔絶空間が崩壊していく。
その最中で、俺は祈った。
幸せな結末ってやつを。
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信一郎は吐き出されるようにして世界に帰還した。
すぐにそこが《エル=ファドレ》だと確信した。
倒れ伏し、呻く真一郎の体をクロードが助け起こした。
「いきなり消えるから心配していたんですよ、園崎さん。何があったんですか?」
「……ナイトメアに呼び出された。俺は、いままで隔絶空間にいたはず……」
クロードは真一郎の言葉を真剣に聞いた。
聞き流されていないだけよかった。
真一郎は辺りを見回し、彼を探した。
だが、当然のように紫藤善一の姿はなかった。
「バカが、あいつ……俺がやればよかったんだ。俺が、犠牲になっていれば……!」
「それ以上は言わないで下さい、園崎さん。
どんな結末になろうと、それがシドウくんの望んだことなんです。
彼の望みをくみ取ってやってください、園崎さん」
そんなことが出来るのだろうか?
また、自分は生き残ってしまった。
これまでとは違い、生き残ったことに対する高揚感はない。
だがそれでも、無力感は残っている。
信一郎は改めて辺りを見回した。
『黄昏の塔』内部ではない、すでにそこから離れている。
崩落した桟橋を昇り、旧都市群を一望出来るような場所まで辿り着いていた。
すでに戦いは終わり、騎士団の面々は撤収した後のようだった。
「これから大変なことになりますよ。何せ、神がいなくなってしまったんですから」
「……そうかもしれないな。だが、俺にとってはそんなことは……」
どうでもいい、とは言えなかった。
どんな理由があったとしても、彼らが変えてしまった世界だ。
ならばそれに対して、最低限の責任はあるはずだと思った。
「園崎さん、クロードさん! ご無事だったんですね、お怪我はありませんか!?」
一番聞きたくなかった声が、真一郎の耳に飛び込んで来た。
リンドの声だ。
「リンド、俺たちは大丈夫だ。だが、シドウは……あいつは、俺を守るために」
それ以上は言わなくてもいい、そうリンドは目で告げた。
いたたまれない気持ちになる。
けれでも、傷ついているはずの少女は涙を流すことはなかった。
「そう、ですか。あの人は、この世界を守って、そしてまた……」
深い悲しみを感じる。
だが、それでも少女は前を見据えて立っている。
「なあ、リンド。キミはあの時、シドウといったい何を話したんだ?」
出発前、シドウとリンドが話しているのを信一郎は見た。
この態度の原因は、あそこに隠されているのではないか。
真一郎はそう考え、リンドに聞いた。
「必ず戻って来てください、と言っても聞かないでしょう。あなたは可能性があるならばどんなに小さくても、どんなに危険でもそこに飛び込んでしまう人」
リンドは空を見上げた。
真一郎もそれにつられて見上げた。
『黄昏の塔』が光の粒子となって分解され、消滅しようとしていた。
湖底の旧都市構造体も、同じく。
「だから、待っています。あなたが帰ってくる日を。強く、生きて」
流星が降って来た。
真一郎は、いや、《エル=ファドレ》に住まうすべての人間が、それを見つめた。
涙のように流星が止めどなく降り注いでいた。
「……強く、生きる。明日を、生きる」
信一郎はその言葉を噛み締めた。
強く生きたいと、その時彼は初めて思った。