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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
決戦! すべての人の戦い
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明日への意志

 白い尾を引く流星が、大地に近付いて行く。

 あるいは人々にはそう見えただろう。


 俺と三石は六百六十六メートルの天空から一気にダイブ、重力加速に加えてビーム発砲の熱量によって俺の体は一気に地面へと近付いて行く。そして、激突。


 凄まじい衝撃が走った。

 如何に星神の力を持っていようとも、痛いものは痛いのだ。


「っててて……これで、終わりだよ。どうだい、楽しかったかクソ野郎……!」

「楽しかったよ、本当に。名残惜しいって言うのは、こういうことを言うんだね。

 まだやっていたいけど、ダメだな。僕が終わって行くのが、分かるよ。シドウくん」


 ビームによって下半身を失ってもまだ、三石は生きていた。

 よろよろと立ち上がり、その傍らに立った。

 肉の焦げる不快な臭いが俺の鼻孔を突いた。


「最後の一撃、俺よりも速く打てたはずだ。

 そうすりゃ死んでいたのは、俺だったはずだ。

 どうしてそうしなかった、三石。十分出来ただろうが」


 俺の問いかけに対して、三石はクスリと笑って答えた。


「言っただろ、シドウくん。僕はもう人は殺さない。あのタイミングなら死んでた」


 『それにね』、と言って三石は続けた。


「もう二度と、友達が目の前で死んでいくのは見たくないんだ。それが理由だよ」

「納得出来た。お前が言ったことで、すんなり飲み込めたのは初めてだよ」


 それが、三石明良と言う男。

 決して善人ではなく、だが決して悪人ではなく。

 ただ、何も知らない。何も分からない。

 本当の意味で無邪気で無垢な存在なのかもしれない。


 けれど、何も知らないからと言って人を殺す罪から逃れられるわけではない。

 悪意がないからと言って、悪を犯していい理由にはならない。

 彼が殺した命は戻らず、彼が引き起こした悪は消えることがないのだから。


「最後に一つ聞かせてくれ。お前はどうして、《ナイトメアの軍勢》の方についた?」

「あはっ、分かってたんだシドウくん。さすが、キミは僕が見込んだ人だ」

「この期に及んで気付かねえなんて、その方がおかしいだろう。

 最初からお前は妙だった。

 フェイバー=グラスがお前のような人間を求めているとは思えなかった」


 フェイバーの目的はこの世界に英雄を出現させること。そのために用意された障害である《エクスグラスパー》や《ナイトメアの軍勢》は、言ってしまえば彼が倒すことの出来る存在でなければならなかった。だが、三石はそこから逸脱していた。


 そして、逸脱した存在でありながら《エクスグラスパー》としての力を持っており、その力を剥奪されることはなかった。そこまでやられて、ようやく気付いた。

 三石明良は《ナイトメアの軍勢》に属する人間である、ということに。


「親近感を覚えたんだ。《ナイトメアの軍勢》というものに。

 彼はこの世界に来た僕に言ってくれたんだ。

 自分の正体を。

 殺されることがアイデンティティのすべてであると。

 そんな歪な生命体。

 それは人の願いをかなえるために存在する、神様のようじゃないか?」


 世界を危機に陥れ、英雄を誕生させるシステム。

 あるいはそれは、神と呼ばれるものなのかもしれない。

 数百年に渡って蔑ろにされてきた、神の怒り。


「彼はこの世界を滅ぼそうとしている。早くしないと手遅れになっちゃうよ」

「言われるまでもねえよ、三石。この世界を滅ぼさせはしない。

 そしてこの世界を奴の好き勝手にもさせない。

 どっちもぶっ飛ばして、未来を人の手に取り戻してやる」


 俺は歩き出した。

 二度と、後ろを振り向かない。そう決めて。


「ねえ、シドウくん。頑張ってくれよ。僕が手に入れた、たった一人の友達」

「はっ……バカ言ってんじゃねえよ、三石。お前と友情物語なんて死んでもごめんだ」


 吐き捨ててやった。

 それでも、三石は無邪気に笑っていた。

 『ありがとう』と言った。


 三石明良は爆発四散した。

 最後の因縁が、この世界から焼却されていった。




 さて、三石を倒したはいいがここからどうやって脱出したものか。エンズとブラックドラゴンの集団が、三石によって開けられた穴に殺到してくるのを感じていた。あっという間に俺は二つの勢力に取り囲まれた。

 先ほどとは状況が違う、こいつらが最初に排除すべきは互いの勢力ではなく、俺という個人になってしまったのだろう。


「ったく、三石のクソ野郎。やるんならもうちょっと大人しくやりやがれってんだ」


 白い翼のような腕を持ったエンズが飛び上がり、羽根から何かを放射してきた。

 これと同じような攻撃を、オオムラ家所領で見たことがあった。

 エネルギーの爆撃に晒され、俺は身を固めた。

 一撃も直撃弾はなかったが、衝撃に煽られてふっ飛ばされる。


 ふっとなされた俺を追いかけ、ブラックドラゴンの一団がこちらに向かってくる。エンズのように特殊な力は持っていないのかもしれないが、その分身体能力はこちらの方が高そうだった。ギリギリのところで振り払われる腕を避け、叩きつけられる足を捌く。だがついに捕まった。襟首を掴まれ、投げ飛ばされる。住居の壁に激突した。


 さっきまでは見る余裕がなかったが、近未来的な都市だった。コンクリートのような野蛮な素材は使っておらず、半透明な不可思議物質によって形成された都市だ。

 だからこそ、温かみがまったくなかった。背を預けている壁は物理的にひんやりしているし、見ているとどことなく圧迫感を覚える。正直ドラゴンの軍団よりもこの街の方が恐ろしい。


 きっとここは効率的で、機械的で、最新鋭の都市だったのだろう。

 だが、それだけだ。人の精神性を置き去りにして作られたこの街には、人の息吹を感じることが出来ない。息の詰まるような街で暮らしながら、人々は何を考えていたのだろうか? 日々の不満と閉塞感が醸成され、それが腐敗への怒りとなり、そして爆発したのだろう。


 セクション・G3と呼んだ塔もそうだ。

 あそこで人が暮らしていたなど、到底信じられない。

 機械的で、人の存在など歯牙にもかけない場所で、人のことが考えられるのか?


 誰もが他人を見る余裕をなくしたから、きっと世界は滅んだんだ。

 ぼんやりとそんなことを思いながら、俺は立ち上がった。

 エンズもドラゴンも、止まることなくこっちに近付いて来る。


 お前たちの目にはいま、何が見えている?

 特にエンズども。こんな戦い勝って、何が得られるって言うんだ?

 再編された世界で、お前たちはどんな存在になる?

 いまここで生きている人々を放り出して、手に入る幸せってなんだ?


 そんな俺の思考を嘲笑うようにして、一団はこちらににじり寄ってくる。

 やってやる、やるって言うんならば。

 カードを取り出し、もう一度俺は変身しようとした。


 だがその直前、奇妙な音がした。直後、爆発があった。

 魔法石によるエネルギーではない、物理的な爆発だ。

 反射的に割れた窓から建物の中に身を躍らせた。

 直後、凄まじい爆発が都市部で続いた。

 爆発にエンズとドラゴンが吹き飛ばされて行く。


 いったい何が起こっている?

 そんなことを考えていると、フォースの軍団が勝鬨を上げながら突撃してくるのが見えた。あれはグランベルク防衛に参加している騎士たちか?

 その証拠に、他のフォースとは違う姿をした騎士がいる。大村さんだ。


 エンズとブラックドラゴン、それに対してフォースはスペックで劣っている。だが巧みな連携とどこからか降り注ぐ火砲支援によって、彼らは異形の軍団と互角に渡り合っている。どうなっているんだ、こりゃ。まったくワケが分からないぞ。取り敢えずこちらに降り注ぐ砲弾が止んだ段階で、俺は再び街へと飛び出して行った。


「大村さん! これ、いったいどうなってるんですか!? エッ、防衛は!?」

「シドウ、無事だったか。こっちでも何とか戦力が揃ったからな」

「だからって無茶苦茶ですよ、こんなの! これじゃあ街の防備が……」


 ないとは思うが、万が一エンズやブラックドラゴンがグランベルクに向かったとして対応することが出来るのだろうか? それに、グランベルクを狙っているのは彼らだけではない。胸糞悪くなる想定だが、その想定を口にしたのはそもそも向こうの方だ。


「ここで戦わなきゃ、生き残ったって後悔が残る。みんなそう思ってくれたのさ」


 街を見渡す。

 みんな、戦っている。

 耳をすませば、ここ以外でも戦いが起こっているようだった。

 だが全域で戦闘を展開するような戦力はグランベルクにはないはずだ。


「トリシャやハヤテ、みんなが呼び掛けてくれた連合軍だ。数だけなら負けやしない」


 つまりは、背水の陣だ。

 もしこの後何かがあったとしたら、対抗し切れない。

 それが分かっていながら、みんなは俺たちのために兵を出してくれているのだ。


「気張って行け、シドウ。

 俺たちには世界を救う力なんてものはないのかもしれないが……

 だが、俺たちが守ろうと思ったものくらいは、この手で必ず守ってやるさ」


 ヘルメット越しに大村さんの顔を見る。

 きっと、あの時と同じ晴れやかな顔をしているのだろう。

 迷っている暇なんて一秒だってありはしない。突き進むだけだ!


 俺は踵を返し、『黄昏の塔』入り口に向かって走った。

 走りながら変身、入り口をぶち破る。塔内部は長大な螺旋回廊になっており、中央にはエレベーターらしきものがある。ボタンを押してみるが、当然ながら反応はない。少しだけ考えて、俺は跳んだ。バカ正直に走って行くよりも、こちらの方が遥かに早く着くだろう。


 塔を昇って行く最中、ホログラフィック映像めいたものがいくつも立っているのが見えた。恐らく、『管理者』たちが編集したものだろう。


 それは、遥か未来、そして悠遠の過去で繰り広げられた戦いの記録。

 各地で戦火が広がって行き、死と退廃が蔓延する。


 月周辺に見たこともない宇宙戦艦らしきものと、見たこともない戦闘機らしきものが何機も展開していた。月は地球に向かって進んで行き、それを止めるため、落とすために人々は戦いを続けていた。ミサイルが発射され、着弾点で凄まじい爆発が起こる。核ミサイルだろうか。


 そして、月が地球に激突した。

 一瞬にして地表がえぐり取られ、粉塵が舞い上がった。

 この災禍に合って、幸運にも生き延びた人々がいるなどととても信じられない。

 世界は滅び、生き残ったのは僅かな人間とセクション・G3の人間だけだった。


『……我々は十五年に渡って世界を調査して来た。

 そして、結論を出さざるを得なかった。

 地球は既に人間の住める星ではなく、人類は滅亡したのだ、と』


 サングラスをかけた白髪の老人が映し出され、彼が何事かを喋っている。

 独白めいたそれを聞きながら、俺は塔の最上階を目指した。

 罪の告白がとめどなく繰り返されて行く。


『理論は確立し、エネルギーも確保した。

 我々はかねてより計画されていた《エターナルガーデン・プロジェクト》を実行に移すこととした。うまく行けば残存人類は汚染されていない地表へと到達し、そこで生存することが出来るだろう』


 そこで老人は言葉を切り、目頭を押した。

 そして、大きなため息をついた。


『この計画が成功したとしても、人類が生きていける可能性はそれほど高くない。植物が枯れ、動物が死に絶えた世界から僅かに残った遺伝子を使って、世界を再生することなど果たして出来るかどうかは分からない。世界を渡ったとしても、人々は争いを捨てないだろう。二度と同じことが起こらないとは限らない。それでも、我々は……』


 老人は一旦言葉を切り、そして続けた。

 その両目には決意の光が宿っていた。


『我々は信じたい。人間は学習する。二度と同じ過ちを繰り返すことはないと信じる。かつて存在した、仁愛と友愛を取り戻すことが出来ると信じている。そして、彼らが生きる世界を取り戻すことこそが、我々セクション・G3の使命であると。そのために我々は世界の礎となろう。その日が訪れることを、私は真に願っている』


 頂上が近い。老人の告白も終わりが近かった。

 俺は一心不乱にそこを目指した。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 考えたって答えは出ないだろう。

 善意から生まれたものが悪意に染まり、世界を歪める。


 それでも、善から生じた出来事は間違っていなかったのだろう。

 歪みはどこにでも生まれる。

 それとどう付き合って行けるか、それだけだ。

 フェイバー=グラスはその付き合い方を間違えた。


 最後の一跳びで、俺は頂上へと到達した。

 そこには信さんとクロードさんがいた。

 それ以外の人影はない、どうやら間に合ったようだった。


「シドウ! そうか、決着をつけたんだな。お前も、あの三石という男と……」

「ええ、何とかね。それよりこっちの方はどうですか?」

「取り敢えず間に合いました。彼らが来ないうちに作業を進めてしまいましょう」


 クロードさんは体から青白い光を放ちながら、中央のコンソールに近付いて行った。彼の話通り、一際巨大な心臓のような機関と接続された物体だ。あれを二度と、誰の目にも触れないようにすれば、この《エル=ファドレ》は救われハッピーエンド、となる。


「残念だがそうはさせない。この世界は生まれ変わらなければならないのだ」


 背後から声をかけられ、俺と信さんは同時に振り返った。

 そこにはフェイバーがいた。


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