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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
決戦! すべての人の戦い
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彼らが願ったもの

 古い因習があった。

 ある年、ある月、ある星の巡りの下生まれた子供は、『神の子』と呼ばれ奉られる。下らない信仰、日本のローカル線も通らない田舎村にあったそこでさえ、遥か昔に忘れられ、老人の中に僅かに信じる人間がいるだけの民話だった。


 ただ、その子は早熟だった。あまりに早熟過ぎた。

 誰よりも早く立ち上がり、誰よりも早く言葉を話し、誰よりも早く己の立ち位置を理解した。そして、他人のことさえも。彼は人の持つ可能性を見抜き、それを伝えることが出来る、天賦の才を持っていた。

 最初はただの偶然と判断された。だがそれが二度、三度と続くうちにそれは偶然ではなくなった。古いおとぎ話で語られた神の子なのだと、誰もが信じるようになった。


 ただの子供は、神となった。

 それでも、子供のすることは変わらなかった。

 ただひたすらに人の願いを叶え、人の未来を占う存在。


 小さな村に住まう人は少なく、外界から訪れるものも僅か。

 神の子にとって、人間と言うのは非常に単純で、違いのないものだった。


 それが変わったのは、市町村合併で村が消滅し、統合学区に通えなかった――彼にとってみれば造作のないことだったが――彼が初めて街に降りてきた時だ。


 街には人が溢れていた。

 彼の知らない種類の人間が溢れていた。


 少しだけ、混乱した。

 人と言うのはひとくくりに出来る存在ではないと、その時彼は初めて知った。


 そして別のことも知った。

 自分は彼らの言う人とはかけ離れた存在であるということに。


 初めて見る知識を、彼はスポンジが水を吸うように吸収した。初めて取り組む競技を、まるで何年もやって来たかのようにマスターすることが出来た。熟練の競技者が困難だとすることを、彼はあっさりとやってのけることが出来た。彼らよりも達者に。


 それでも、彼らは少年よりも強いエネルギーを持っていた。

 彼らは語る、それは『夢』だと。


 どういう概念の存在だか、彼には分からなかった。

 彼らがどんなことを考えているのか。

 同じ姿をして、同じカテゴリーにいるはずなのに。


 けれども彼には、その意味がすぐに分かった。

 『彼』が、教えてくれたから。


「カミサマって言うよりは化け物って感じが合ってるだろ」


 いつどこで話したかも、会話の内容も、彼がどんな表情をしてそれを言ったのか覚えている。彼は凄い。自分を縛り付けて来た疑問という名の枷を快刀乱麻に切り裂き、答えを示して見せた。思えば、この時から彼に興味を持っていたのかもしれない。


 自分は『化け物』だ。

 人ではない。

 だから人の感情が分からない。


 同時に、すべての疑問には答えがあり、それを誰もが答えることが出来ると彼は思った。神の子は知りたがった、自分を縛り付けて来た疑問の答えを。


 その時初めて、神の子は人間になりたいと思った。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


『アテナ!』『アポロ!』『アフロディア!』『デメテール!』


 光り輝く盾が俺の手に召喚された。

 盾を掲げ、最初に飛びかかって来た三石の攻撃を受け止めた。

 重い衝撃が走る、だが三石は光に弾き飛ばされた。


 すかさず、俺は盾を本物の三石の方に向けた。

 直観的に奴はサイドステップで距離を取った。勘のいい奴。


 縦から放出されていた光が紋章の前に収束、ビームとなって放たれた。

 射線上にいた分身の三石が光に呑まれて消えていく。

 盾を振りかざし、三石を追うが、しかし奴のスピードは桁違いに速い。

 奴の体を捉えるよりも、光が途切れる方が早かった。


 周囲を取り囲むようにして、幻影の三石が動く。

 ならばこれで!


『ポセイドン!』『ヘファイトス!』


 俺の手に三又槍が現れる。

 水の下たるそれを地面に突き刺すと、凄まじい勢いで水が広がって行った。

 足下に大きな水たまりができる。間髪入れず、炎を叩きつける。


 熱せられた水が蒸発し、煙幕を形成する。

 素早く上方に飛び攻撃を回避。

 煙幕の中では幻影の三石であっても、すべてを見通せるわけではない。

 上空に昇った俺は弓を召喚、地面に矢の雨を降らせ、幻影の三石を殲滅した。


 僅かに幻影は残っている。

 だがあれに手間取って本体を見過ごすような間抜けを犯すわけにはいかない。

 俺は地上の本体を見た。相変わらず絵になるクソ野郎だ。


 空を蹴る。かつてリチュエとの戦いでやったように、足元にエネルギーを集中させ力場と成し、そこを足掛かりにして俺は弾丸のような勢いで三石に向かって行った。目の前から来る死を前にして、三石の唇が三日月のようにグニャリと歪んだ。


 拳を繰り出す。三石もそれに合わせて拳撃を放つ。

 大気が震えるような衝撃が辺りに走り、三石の足場が砕けた。

 それでも、三石自身はまるでダメージを負っていない。

 十二神器と一体化した俺の力をもってしても、三石は手に負えない化け物だった。


「ハッハッハ! 楽しいね、シドウくん! こうやってバチバチやるのはさぁ!」

「っせえ、三石! 俺は戦いを楽しんだことはねえ!

 これまでもいまもこれからも!」


 攻撃の反作用で後ろに飛び、空中で反転しながら着地。

 それに合わせるように、三石は前蹴りを放った。

 受け止めようとするが受け切れず、やむなく後方に跳んで衝撃を殺す。

 もちろん、それを許してくれる三石ではない。奴は駆け、連撃を放った。

 それを捌きながら反撃の機会を探すが、残念なことに隙を見せてはくれなかった。


「僕はね、楽しいよ! キミとこうやって戦うのは!

 いつだってそうだ、キミは僕に反発する時にいろいろなものを見せてくれる!

 いろいろなことに気付かせてくれる!

 僕に殴りかかって来るような人間がいるって知ったのはキミのおかげなんだよ!」

「殴られたことが忘れられなくてまた会いに来たのかよ、クソマゾ野郎!

 殴られてえんなら何発だって殴ってやる、そのツラ差し出してとっとと死ねェッ!」

「アッハッハ! やだやだ、そんなのは楽しくない! もっともっと楽しもう!」


 三石の影が霞んだ。

 かと思うと、奴はすでに俺の後方へと回っていた。遠心力を込められたストレートパンチを食らう。背中が爆発したかと思うほど凄まじい衝撃を受けて、俺は『黄昏の塔』外壁に向かって吹っ飛んで行き、壁に叩きつけられた。


 頭を振って立ち上がると、三石がこっちに向かってくるのが見えた。

 すでに幻影の三石はその場からいなくなっている。

 恐らく、奴は《エクスグラスパー》能力を使っていない時が本領だ。

 他所に回すエネルギーをすべて自分に回せるのだから。


 この形態では勝てない。漠然と俺はそう感じていた。

 決して根拠がないわけではない。十二神器すべてのパワーを背負ったこの形態は、重すぎるのだ。常人とは比べ物にならないとはいえ、三石ほどの使い手と戦うとなればスピードが乗らないのは命取りだ。


 この力が必要になる時は、必ずある。

 だがいまはデッドウェイトだ。


 ならばどうすればいい?

 簡単なことだ、脱げばいいのだ。


 仁王立ちになり、三石を待ち受ける。黄金のラインがバックルに近いところから光り輝き、エネルギーが全身に伝播していく。終着点に到達すると同時に、鎧が弾け飛んだ。細かい破片が三石を覆うが、しかし一つとして奴を傷つけるものは存在しない。


 だが、それは副次的な攻撃。メインの目的は達した。

 鎧を解き、俺は身軽になった。

 かつてのエクシードフォームと同じ姿へと、俺は戻っていた。

 ショルダーアーマー、脚甲、手甲が展開し、紫色の炎が噴き出す。

 フェイスガードが開き、蒸気が噴出される。


「それは前にも見た――けど前とはちょっと違うみたいだね! 力強いよ、それ!」

「本当の力、拝んで驚いて死ねッ! 三石!」


 主観時間が鈍化する。周囲で展開されているエンズとブラックドラゴンの戦いすら、スローモーション映像のように見えた。そんな世界にあっても、三石の動きは速かった。壁を蹴り、俺は三石に拳を繰り出す。それを三石は、真正面から受け止めた。


 セイヴァーフォームのパワーを受け切った三石だ、それよりもウェイトの落ちたいまの俺の攻撃を受け止めきれないわけがない。だが、さっきの俺になくていまの俺にあるものがある。三石について行けるほどの、スピード。再び距離を取り、そして駆ける。


 何度も、何度も、何度も。

 俺は三石との打ち合いを続けた。


 突如として蹴りを受けた。

 威力はほとんどない、俺と距離を取るためだけに放たれた蹴り。

 三石は反動で後方に飛び、『黄昏の塔』外壁まで飛んで行った。

 挑発するように、三石は指をクイクイと俺に向けて来た。

 望むところだ、この野郎。俺は跳んだ。


 全力のジャンプパンチを繰り出す。

 三石はそれを上に跳んで避け、塔の外壁を掴んでこちらを見た。

 俺もそれを追い、壁を駆ける。


 外壁を駆けあがりながら、俺と三石は何度も打ち合った。

 重力すらも俺たちを止めることは出来ない。

 俺の連撃を三石が捌き、俺の後ろに回る。

 攻守交替、三石の連撃をギリギリのところで受け止め、避けきれず食らう。


 それを何度も繰り返し、俺たちは遂に塔の頂上付近まで来ていた。

 三石も無傷ではない。

 俺が放った攻撃の何発かを受け、三石にはいくつもの擦り傷がついていた。

 だが、損傷具合では俺の方が圧倒的に上だろう。

 傷ついていない装甲部分の方が少ない。


「生の充足を感じるよ、シドウくん!

 僕はキミと戦って、傷ついて、失って、それで満たされている!

 いつまでも続けていたい! ずっと、ずっと! そう思わないか!」

「悪いが、全然、まったく思わねえよクソッタレ! さっさと終わらせて帰りてぇ!」

「キミならそう言うと思っていたよ、シドウくん!

 でも終わらない、終わらせない!

 もっと楽しもう、僕たちがここで出会っ(・・・・・・・・・・・)た必然を楽しもう(・・・・・・・・)

 キミと出会えたことは僕にとって至上の幸福なんだよ!」

「俺は手前と関わりを持っちまったことが、生きて来て一番の汚点だと思ってるぜ!」


 笑う三石の姿が消えた。血の残影だけを残しながら。

 何とかそれを追いかけようとするが、無駄だった。


 俺が視線を向けた時、すでに三石は塔の頂上に立っていた。

 踏ん張りの効かない俺と、効く三石。

 どちらが勝っているかなんて、考えるまでもない。

 全力の一撃に弾き飛ばされ、高度六百六十六メートルの天に弾き出された。


「名残惜しいけど、これで終わりかな。シドウくん。

 キミのことは忘れない、絶対に」


 三石は寂しげな表情を作って、『黄昏の塔』を蹴った。

 弾丸のような勢いで突っ込んで来る。

 三石は五本の指をまっすぐ伸ばし、俺に対して突き込んで来る。


待っていたのは(・・・・・・・)お前だけじゃねえ(・・・・・・・)ーッ!」


 俺には三石のスピードを追い切ることは出来ない。

 だが、この瞬間だけは別だ。

 どこから、どうやって俺の方に向かってくるのかが手に取るように分かる。


 俺は三石を真正面から見た。

 その段になっても、三石は笑っていた。

 喜悦の表情があった。


 死の短剣が俺に向かってくる。

 それに向かって、俺は手を伸ばした。

 何度、どうやっても届かなかったものに、俺は到達しようとしている。

 不思議と充足感はなかった。


 そこにあるのは、苦い後悔だけ。


 どうしてもっと早く、こうすることが出来なかった?

 三石明良と言う男が抱えていた闇に、どうして気付くことが出来なかった?

 もし出来ていたなら、どうなっていただろう。

 こいつは不幸を生み出す存在にはならなかったのだろうか?

 こいつと笑って生きていくことだって出来たのだろうか?


 それでも。

 俺がこの手を掴み取ってやることは決まっている。

 ただ殺すだけ!


 喉を守る装甲に爪先が突き刺さった。だがそこまでだ。三石の手はがっしりと掴んでおり、もはや引くことも押すことも出来ない。更に、俺は願った。


 もう一度俺を鎧え、と。

 爆散して行った十一の装甲が再び俺の下に収束して来る。

 セイヴァーフォーム、再び。


「これで終わりだ。掛け値なし、最期の一撃だぜ」

「そっか、残念。もうちょっと楽しんでいたかったんだけど、さ」


 三石は儚げな笑みを作った。

 そして、もう片方の手を振り上げた。


 それでも、俺の方が早い。

 それは三石にも分かっていただろう。

 俺の掌が、三石の腹に当たった。

 そこから放出された圧倒的熱量はビームとなり、三石の体を貫いた。


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