死闘、ナイトメア:前編
「尾上さん、トリシャさん! エリンくんとリンドくんのこと、頼みましたよ!」
「言われなくても百も承知だよ! あんなところに踏み込んでいられますかって!」
「シドウ、これを持っていけッ!」
クロードさんが踏み込み、俺が続こうとしたところで、トリシャさんは二つの球体を俺に投げてよこして来た。これって村で使っていた手榴弾じゃないのか!?
「真ん中のボタンを押して三秒で爆発する! 集団に投げればそれなりに効くだろう!」
「こんな危ないもの、一介の学生に寄越さないでください、ってのッ!」
俺は手榴弾の真ん中にあったボタンを押し、そして投げた。メジャーリーガーに迫るほどのスピードで飛来した手榴弾は突撃してくるゴブリンの群れの真ん中に着地、そして爆発した。
いまの爆発で、ゴブリンの七割を排除することが出来た。残ったゴブリンは背後から放たれた銃弾やビームによって掃討されていく。
「ナイスアシスト。こいつらの相手だけをやらせてもらえるのはありがたい……!」
クロードさんは腰を低く落とし踏み込み、オークの放った棍棒を回避。そして刀を薙いだ。オークの胴体が背骨まで一気に切り裂かれた。別のオークが横合いから乱入し、棍棒を振り下ろした。
クロードさんはあえて体勢を崩し、横に転がることでそれを回避した。打ち下ろされた棍棒が地面を揺らし、その衝撃でオークの上半身が落ちた。
俺は飛んだ。クロードさんを狙ったオークは、再び棍棒を振り上げてクロードさんを襲おうとしていた。俺は飛び、拳を振り上げた。振り上げた右手に紫色の炎が収束した。
俺はそのままそれを解き放つ。放たれた拳は、防御のために掲げられた棍棒を飴のように溶かし、その先にあったオークの頭を滅却した。着地した俺を、別のオークが狙ってきた。横薙ぎに放たれた棍棒の一撃を、俺は左のガントレットで受け止めた。
「おかげさまで助かりましたよ。これは、そのお礼です!」
体を独楽のように回し、素早く立ち上がったクロードさんは俺の脇腹を擦るようにして刺突を放った。コンマ数センチ、刀の切っ先は俺の体を避け、オークの腹に突き刺さった。クロードさんは刃を捻り、薙いだ。オークの体が両断された。
「相変わらず、俺が助けなくてもなんとかなってたようにしか見えないんすけど」
「そんなことはありませんよ。キミのおかげで、いろいろ助かっているんですよ!」
そう言って、俺とクロードさんは同時に左右に飛んだ。空中を旋回していたドラゴンが大口を開けた。その口元には、赤々とした炎が灯っていた。俺と同じように火炎弾を発射することが出来るのだろう。外にいたドラゴンが噛み付いて来たところを見ると、こっちの方が上等なドラゴンらしい。さすがはナイトメア直属のドラゴン。
「どうするんですか、クロードさん! 空のドラゴン、切る手段はあるんですか!」
「無茶言わないで下さいよ、こちとらただの人間ですよ? 空には手も足も出ません」
それは確かに、と思ったが、確かクロードさんは離れた相手を切っていた気がした。
「あれは切れて十メートルかそこいらですよ。一度納刀しなきゃいけないので隙もある」
なるほど、切り札の居合術、というわけか。たしかにそれなら、あの無茶苦茶な威力にも納得だ。とはいえ、それで事態がどうにかなるわけではないのだが。
「そういうことなので、空の相手はそれが出来る人たちに任せましょう」
なるほど、それは合理的。俺はリンドの方を見た。
すでに対応しているようだった。
「翼の付け根が『薄い』! 姉さん、そこに攻撃を集中させて!」
「分かりましたわ、エリン! フローターキャノン、ストライク!」
リンドの放ったフローターキャノンが複雑な軌道を描きながら飛んで行く。エリンの放ったサードアイはすでにドラゴンの周りを旋回しており、ドラゴンは煩わし気にそれを払おうとした。
だが小さく、素早い的を捉えることが出来ない。その隙にフローターキャノンは、ドラゴンまで最接近。ビーム攻撃を左右の羽根に集中させた。
苦し気な叫び声を上げながら、ドラゴンが落下してくる。
それを待ち構えるのはエルヴァだ。大剣を構え、虚空に向かって一閃。すると、ドラゴンの顎が切り裂かれた。空間を越えて斬撃を伝播させる魔導兵装、デジョンブレードの力だ。これでドラゴンの命を奪うことは出来なかったが、しかしエルヴァは跳躍。怯んだドラゴンの脳天に、デジョンブレードの切っ先を突っ込んだ。刃が脳天から顎までを貫通した。
「すげえ、エルヴァ……あの剣、あいつホントに必要なのか……?」
強化された俺の身体能力さえ上回るようなエルヴァの力に驚愕した。そんな俺に、もう一匹のドラゴンが俺に向かってきた。大口を開け、腐臭を放ちながら突撃してくる!
「バカ野郎が、二度も俺が同じ手を食らうと思ってんのかァーッ!」
俺はバックジャンプでドラゴンの噛み付きをかわした。更に、持っていたもう一つの手榴弾のスイッチを押し、後方に倒れ込みながら投げつけた。パカリと開かれたドラゴンの口に、手榴弾は吸い込まれて行った。倒れた俺の真上で、ドラゴンが体内から爆発した。
落ちてくるドラゴンの体を転がってかわし、立ち上がる。クロードさんのようにスマートではないが、何ということはない。最後には勝てばよかろうなのだ。落ちるドラゴンに押し潰され、オークが絶命。耳に絶叫が飛び込んで来る。
見ると、クロードさんがサイクロプスのトレードマークともいえる単眼を真っ二つに切り裂いていた。
「よし、これでナイトメアまでの道を塞ぐ奴は、全部排除した……!」
俺は悠然と立つナイトメアを見つめる。
ナイトメアは再び両腕を広げた。黒い靄。
「何度も、同じことをさせるかって言ってんだろうが!」
十本の指に力を集中させ、投げる。小火炎弾が黒い靄の上で炸裂。消滅させた。
「手前の相手は俺たちだぜ! ザコで誤魔化そうとしてんじゃねえぞ、コラッ!」
俺はナイトメアに向かって走った。拳を固め、放つ。ナイトメアは意外にも軽快なステップでこれを回避、反撃を放った。五本の指をすべて開いた、特徴的な攻撃。掴まれるのはマズい、ナイトメアの捕食対象となってしまうだろう。俺は首を振りそれを回避、フック気味の左を放った。ナイトメアの体に突き刺さるが、意にも介さない。
漆黒の波動が、俺の前で渦巻いた。それは俺の体に当たると炸裂した。グラーディのものとは比較にならぬほどの破壊力が、俺に叩きつけられた。あまりの衝撃に吹き飛ばされる。
その横合いからクロードさんが飛びかかる。
振り下ろされた刀を、ナイトメアはかわした。俺の攻撃は受け止め、クロードさんの斬撃はかわした。威力の問題だ、ナイトメアは無敵の化け物じゃあない。
ならば、まだやりようはある。俺は立ち上がり、再びナイトメアに向かって走る。両腕に紫色の炎を宿らせ、ナイトメアを殴りつける。クロードさんの刀を避けることに集中していたのだろう、ナイトメアは俺の打撃を避けることが出来ず、まともに食らい吹き飛んだ。
「オッケー、やっぱり威力の問題だな。ぶん殴れば効くってことか」
「二対一で削り殺させてもらいますよ、ナイトメア」
俺とクロードさんは二人、左右からナイトメアに向かって行く。ナイトメアは両手を低く広げた。その手元に暗黒の気が収束していく。それは、二振りの剣に変わった。
「後ろにオークたちが流れて行っています。速攻で決めますよ、シドウくん!」
残ったオークの数はそれほど多くないが、精強だ。スタルト村にやってきた連中よりも、はるかに強そうだ。すぐに戦いを終わらせなければ、どうなるか分からない。
邪悪に揺らめく炎めいた形をした黒金の剣を、ナイトメアは取った。クロードさんは軽く突き出すようにして刀を振るう。ナイトメアはそれを容易く受け止めた。クロードさんは、押さない。刀がミシリと歪んだような気がした。黒金の剣の強度は刀のそれを上回っている。
俺も近づき、炎を収束させた腕で殴りかかる。ナイトメアは左の剣の切っ先を俺の拳に向けた。炎を纏った拳と切っ先とがぶつかり合い、弾き合った。
威力は互角か。そう考えたが、甘かった。ガントレットの先端に傷がある。先ほど打ち合った結果だろう、俺の方が負けている。その証拠に、ナイトメアの切り返しは速い。外側から放たれた振り下ろし斬撃を屈んでかわし、まとわりつく様な低空タックルを放つ。だがそんな俺を、ナイトメアはサッカーボールめいて蹴った。呼吸が詰まる。
ナイトメアは左の剣で俺を仕留めようと、剣を振り下ろそうとする。だが、それをクロードさんが弾いた。踵落としでなぎ払われた右の剣を弾き落し、刀で左の剣を打ったのだ。ナイトメアは右の剣を跳ね上げる。クロードさんはその場で宙返りを打った。そして、振り下ろされた右の剣をサイドステップで回避する。
俺も剣が弾かれた隙に立ち上がり、後退。
戦いは再び振り出しに戻った。
「こうやって距離を詰めているうちは、新しい敵を呼び出すこともないようですね」
「つっても、こいつ強いっすよ。クロードさんはともかく、俺じゃ長く打ち合えない」
このナイトメア、圧倒的なパワーに加えてスピードもある。動きは単調だが、それを補って有り余る。はっきり言って、俺の力でどうにかなる相手ではない。
「なぁに、そろそろ余裕が出来ますよ。あっちももう終わったみたいですからね」
そう言うが否や、ナイトメアの体にいくつものビームが突き刺さった。
「クロードくん! シドウくん! ちょっとそこ、退いてくれたまえ!」
「射角合わせ……その方向です! 撃ってください!」
俺とクロードさんは横に跳んだ。俺たちの隙間を縫うようにして、弾丸がいくつもナイトメアに殺到した。尾上さんはランチャーを直接ナイトメアに向けて放つ。装填の隙を、トリシャさんの銃撃とリンドの砲撃、そしてエルヴァの遠隔斬撃が補った。
「あの程度の数で、あたしたちの足を止められると思うんじゃねえっての!」
圧倒的な弾幕と爆薬に晒され、ナイトメアの姿が爆炎の中に消えて行く。
「よっしゃあ! さすがにこれであいつも……」
そう思うのは、いささか早すぎたようだった。この空間を覆い尽くしていた闇が、一点に集中していく。
すなわち、ナイトメアの元へと。
「なっ……!? これは、いったい何が起こっているんだ!」
俺たちは、ナイトメアがなにをしているのか、すぐに知ることになった。収束していった闇は、ナイトメアの体を覆い、その姿を何倍にも大きくした。爆炎を突き破り、漆黒の巨神がそこから現れた。もはや、それは人の姿をしていなかった。
大型の甲殻類を思わせる外骨格に覆われた肉体。カニの鋏のような八対の腕。両足は消滅し、代わりに台座のようなものが胴体から生え、ほとんど地面と一体化していた。
ナイトメアの体に、ブツブツした気泡のようなものが現れた。それが何か、感覚的に俺たちは理解し、身を低くした。
直後、気泡が炸裂し、俺たちに弾丸が襲い掛かって来た。