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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
決戦! すべての人の戦い
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明日への希望

 グランベルク城での決戦から数日。

 大胆な索敵と丁寧な作戦立案が繰り返された。


 グランベルク湖に突如として現れた塔――人々は『黄昏の塔』と呼んだ――の周囲では、いまも《ナイトメアの軍勢》と天使としか言いようのない異形との戦いが繰り返されていた。


 天使は恐らく、フェイバーが生み出した戦力だろう。そしてその中に詰まっているのは人間だ。《エンズドライバー》を装着し、簡易的な『御使い』となった人間たちは、恐るべき戦闘能力を発揮しナイトメアと戦っている。彼が表の顔を持っていたのはこの時のことを警戒してか、と思ってしまうほどだ。未だにフェイバー=グラスの影響力は強い。


 対する《ナイトメアの軍勢》も強大な地上戦力、ブラックドラゴンを中心とした竜種による防衛網を敷いている。全体にほとんど隙間なく敷かれたドラゴンの戦隊は、圧倒的な力を持つ『御使い』の侵攻をギリギリのところで凌いでいるという。


 いずれにしろ、このまま待っていても破滅の時を待つだけだ。意識改変が解かれたことによって皇帝の影響力は霧散し、俺たちには『黄昏の塔』を攻めるだけの戦力はない。それでも、やらなければならない。生きとし生けるものを守るために。




「最大戦力による一点突破。それしか方法はないでしょうね」


 会議が始まるなり、クロードさんは言った。

 そしてそれは、この場にいる誰もが思っていたことだ。

 暫定騎士団長、クラウス=フローレインは彼の言葉に同意した。


「情けない話だが、現在稼働状態にあるフォースを動員しても到底対抗し切れない」

「そもそも、ドライバーの使い手が少ないからな。貴重な戦力は奴に取られちまった」


 俺が最後に会った時よりも若干青白くなった研究主任、トリシャ=ベルナデットは苛立たし気に言った。俺が帝都入りしたことが原因かは分からないが、しかしグランベルク住人の多くは意識改変の影響下から脱し、自由意志を取り戻しているという。


 ただし、自由に人が考えられるようになったからと言って、俺たちの仲間になってくれるわけではない。俺たちには皇帝のような絶対のカリスマも、フェイバーのようなインチキもあるわけではない。書き換えられた世界での地位を求めてフェイバーの下につく人間や、そもそも戦いを恐れて戦線から離脱する人も少なくなかった。


 だからこそ、こうして集ってくれた人々は頼りになる仲間たちだと思っている。


「状況を整理しよう。

 現在我々は『黄昏の塔』と呼ばれる構想建造物に対しての攻撃を計画している。

 敵性戦力は大まかに分けて二組、フェイバー=グラス率いる『エンズ』の集団。

 これは《フォースドライバー》を元にして設計されたシステムだと思われる」

「あんたが設計したものじゃないのか? フェイバーが持っているドライバーは」


 大村さんはトリシャさんを睨み付けるが、トリシャさんはその目を軽く受け流す。


「元の設計思想からしてまるで違うものだ。魔法石の力を抽出し、装甲と成すフォースと星神とやらの力を使って作られたエンズ。私にはあれが何なのかすらも分からんよ。与えられた《エクスグラスパー》としての力も消え失せたことだしな」


 俺たちの仲間が持つ《エクスグラスパー》能力は、そのすべてが剥奪されてしまった。彼らは今回の戦いに参加することは出来ない、あまりにも危険が大きすぎるからだ。リンドたちもそれは同様。さすがに彼らを守りながら戦いを続けることは出来ない。


「話を続けよう。もう一つは《ナイトメアの軍勢》。城に現れたという黒い竜と、飛行型のフィアードラゴンを中心に戦闘を行っている。エンズよりも数で勝っているが、力で劣るというところだろう。現在戦況は一進一退、ナイトメア側優位と言ったところか」


 『黄昏の塔』をナイトメアが占拠している以上、そう見るのが妥当だろう。

 この世界の崩壊は、刻一刻と近付いてきているのだ。


「一刻も早く塔内部に進入し、管制システムを破壊しなければなりませんね」

「だが、あの塔は私たちとは隔絶した技術の持ち主が作り上げたものだ。

 止められるのか? それに、侵入すると言ってもどうやってやるつもりだ?」


 どうにかあの化け物の群れを突破していくしかないだろうが、どうやってそれをやるかが問題だ。如何に十二神器を手に入れた俺や、信さんたちの力があるとは言っても厳しいだろう。どちらか片方だけでも、俺たちを圧倒する戦力を持っているのだから。


「塔のシステム停止に関しては問題ありません。僕の『力』でどうにかします」


 クロードさんの言うところによると、彼はナイトメアに堕する前のウィラに召喚されこの世界に来たのだという。多くのことを彼女から聞き、そして万が一の事態に備えて一つの力を授けられた。それが『終末の理(ラグナロク)』。


 《エル=ファドレ》という世界そのものの法則を書き換える能力。

 疑似的な『管理者』としての力を与える力だが、これには一つ特徴がある。それは、世界法則を作り上げた『黄昏の塔』のシステムにハッキングを行う能力を持っているというのだ。最悪の事態を想定してウィラが作り上げたシステム。


 信用出来るかは分からないが、しかし俺たちに残された手段は少ない。

 ならば、これに頼るほかないだろう。


「敵は無視して最速で塔に潜入し、システムを破壊する、というわけか」

「クロードを確実に上に送り届けなければならない。二人とも、頼んだぞ」

「世界を守るために戦うのは初めてじゃない。

 俺に科せられた使命、全うしてみせるさ」


 信さんは落ち着いた様子で鼻を鳴らした。

 彼にとってみれば二回目だ、シチュエーションは違うが慣れっこだろう。

 俺にとっては初めてのことだが、臆してはいられない。


「掛け値なし、この双肩に未来がかかってんだ。だったら、やるしかねえでしょう」

「だが、あまり気負いすぎるなよ。敵の戦力はあまりに大きい、ダメで元々だ」


 トリシャさんは俺たちを励まそうとしているのかもしれないが、彼女の口から言われると何となくダメなんじゃないかな、と言う感じがしてくるから不思議だ。これも彼女の潜って来た修羅場の数が成せる技なのだろう。


「でしたら、作戦決行は早ければ早いほどいい。さっさと行きましょう」

「出来ることならもう少し時間が用意できればよかったんだが……仕方があるまい」


 トリシャさんは腕を組み天を仰いだ。

 いったい何を考えていたのだろうか?


「それでは行ってまいります、トリシャさん。大村さん。

 街の守りはお願いしますね」


 今回の戦い、騎士団は後方に待機し、グランベルク防衛に専念することになっている。当然、大村さんは反発した。街を守っても、世界が滅びては意味がないだろう、と。


 だが、それは逆のことも言える。

 世界が救われたとしても、そこに生きる人々がいなくなってしまえば意味はない。

 彼らに守ってもらいたいもの、それはこの世界の未来だ。

 未来を拓くための鍵は、俺たちが手に入れる。

 それが異世界から現れた俺たちの責任だ。


「気張って行けよ、シドウ。大丈夫、お前ならやれるさ」

「普段人を励まさないあんたが言ってくれるなら、出来そうな気がしてきますよ」

「言ってろ、アホ。帰るべき場所は残しておいてやる、だから終わらせて帰って来い」


 俺と大村さんは拳を打ちあわせ、そして別れた。

 彼と俺との関係、奇縁としか言いようがないだろう。

 どこで分かたれていても不思議ではなかった縁。

 敵に回るかもしれなかった縁。


 けれども俺たちはそんなものを乗り越えて、仲間としてここにいる。

 それは些細なことかもしれない、けれどとても大切なことだと思う。


 最後に一か所、寄っておく場所があったので、二人と別れて俺は別の道を進んだ。

 時間はないが、しかし別れを告げる時間くらいはあるだろう。俺はグランベルク城最上階、あのプラネタリウムに併設された寝室に一人足を踏み入れた。


 そこには天蓋付きのベッドと豪華な装飾品、巨大な肖像画がかけられていた。美しい白亜のテラスから一望出来る景色は、普段であれば見事なものなのであろうが、いまは恐るべき怪物たちの戦いだけが映し出されている。彼はこれを見ることを強いられている。それが彼に科せられた罰なのだと、まるで何かが言っているようだった。


「あんた……シドウ。どうしてこんなところに? 行くんじゃなかったの?」

「ああ、行きますよ。でも、行く前にどうしてももう一度会っておきたくて」


 ベッドの脇には静音さんが腰かけていた。

 上体を起こし、彼方くんは座っていた。


 それは、俺たちが知っている彼方くんだった。年頃にしては幾分か背が低く、童顔と言っても差し支えのない幼い顔が鼠色の髪の間から覗く。赤い瞳にもかつてのような意志の強さはなく、正しく歳相応の子供がそこにはいた。


 フェイバーの施した改変は一つ残らずこの世界から消え去った。

 それは、彼方くんに施されたものも例外ではなかった。

 あの戦いが終わった直後、彼の体は本来のそれへと戻った。

 帝国皇帝としてのカリスマも、力も、そのすべてを喪失していたのだ。


「……ありがとうございます、シドウさん。僕のことを、止めてくれて」

「よせよ。俺はただフェイバーをぶん殴りたかっただけだ。

 その前にお前がいただけだ」

「それでもいいんです。そうでなかったら僕は、大きな間違いを犯していました」


 彼方くんはフェイバーの策略によって皇帝となり、《エル=ファドレ》のすべてを担う存在となった。だが、たった十二歳の少年にこの世界を統治することなど出来はしない。事務の面ではフェイバーが帳尻を合わせたとはいえ、それでも彼が下した決断によって少しずつ世界は歪んで行こうとしていた。そのまま続けていれば、大きな影響を及ぼしていただろう。

 それこそ向こう数百年、禍根を残すような事態に。


「英雄になりたいと思っていました。

 でも、英雄っていうのは目指してなるものじゃない。

 英雄になれるだけの力を持った人が、そうなっただけなんだって分かりました」

「落ち込むなよ。フェイバーにいいようにやられてただけだ、キミのせいじゃない」

「いいえ。僕はその力もないのにこの世界の王になろうとしていた。それは……」


 ウジウジグダグダと、彼方くんは自分で自分を追いつめている。

 それじゃいけない。

 こんな風に罪悪感を覚えるべき人間は、彼方くんじゃない。

 俺は彼を引き寄せた。


「あんまりそんな風に考えんな。

 つーか、彼方くん。お前はいったい何様のつもりだ?」

「ちょっと、シドウ。

 彼方はあんたと違って繊細なんだからちょっとは気遣いなさい」

「まあ怪我してるから控えめに言っておいてやるけどな。世界を意のままになんて出来る奴、いねーよ。そんなことをしようとするから歪みが出て、しっぺ返しを食らう。

 フェイバーを見ただろう。あいつのやってることなんて、その典型みたいなもんだ。誰も生きている人間を好きに操ることなんて出来ない、でもだからこそ、寄り添って生きてるんだ」


 誰にも、人の未来を奪う権利なんてない。

 それでも、手を取り合って行ける。

 それが人間と言う生き物が持つ強さであり、そして弱さなのだろう。


「安心しろよ、彼方くん。

 キミはきっと、もっと強くなれる。

 目指した英雄にだってなれる。

 そのための時間は、俺たちが守って見せるからさ」


 最後に彼方くんの頭をわしゃわしゃと撫で、そして俺は立ち上がった。


「大口叩いたんだから、最後まで頼むわよ。シドウ」

「ああ。任せておいてくれ、静音さん。あんたに失望されないように頑張るよ」


 静音さんは薄く微笑んだ。

 やってやるさ、口だけじゃないってところを見せてやる。


 俺は彼方くんの部屋を後にし、決戦の地へと向かって行った。


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