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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
決戦! すべての人の戦い
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人神一体

 声が聞こえた。

 俺のことを呼ぶ声が。

 残った力を振り絞り、立ち上がる。


「……どうして生きている。お前は死んでいなきゃおかしいんだぞ」

「んなこと言われたって、知らねえよ。

 生きてんだから、しょうがねえだろうが……!」


 俺を呼ぶ少年の方を見る。

 彼方くんの手に握られているのは、金色に輝く杯。

 彼はそれを俺に向かって投げた。


 オーバースローで放られた杯は、真っ直ぐと俺の方に向かってくる。

 杯に引き寄せられ、三つのカードと六つの宝石がそこに納まる。


 死力を振り絞り、俺はそれをキャッチした。

 重い衝撃を何とか受け止める。


「『聖遺物』だと? 今更そんなものが何になる! 無意味なことだよ!」

「無意味だろうが、何だろうが、まだ終わってねえよ。だったら最後までやり抜く」


 バックルに納まっていたカードが、ひとりでにカップの中へと納まった。


「あんただってそうだったんだろう。世界が滅びて、人類が滅亡しそうになって、それでも諦め切れねえから必死に方法を探したんだろう!

 例え結末がどうなろうと、あんたが世界を救うために、必死になって戦ったことは、消えない! 俺だってそうだ!」


 何だかよく分からないが、力が漲る。

 熱を失った体がどんどん熱くなっているような気がする。

 ウィラの顔が驚愕に染まっているのが分かる。


「本当の終わりを迎えるその瞬間まで諦めねえ!

 いや、終わりが訪れたって最後の最後まで喰らいついてやる!

 それが俺に出来る唯一の、そして最良の方法だ!」

「なんだ、それは! いったいどうなっている、どこに隠していた……!?」


 俺は、俺の体が光り輝いていることにようやく気が付いた。

 温かな光、春の陽光に包まれている用の優しい感触。


 分かる。

 これは俺の内から放たれた力であることに。

 そう思っていると、俺の胸から光る球体がせり出して来た。

 ちょうど、ウィラが持っていたものと同じような輝きを放っている。

 直視出来ないほど眩いのに、輪郭を感じられる。


「それは、『アフロディアの慈愛』……!

 この世界から散逸し、レプリカしか残っていなかったはずだ!

 それを何故、お前が持っている!?」

「知らねえよ。けど、これのおかげで俺はまだ生きてられる、ってことだよな……」


 感謝しなければならない。

 いままでも、そしてこれからも。

 俺は偶然と幸運と好意に縋って生きて来た。

 俺一人で生きることは出来ない。

 だからこそ、感謝します。


「そうか、エルヴァ=コギト!

 お前が渡していたのは、鎧だけではなかったんだな!」

『ご名答。あんたに無断で『聖遺物』を探すのには骨が折れたが、仲間がいたんでね』


 振り返り、彼女のことを見る。

 エルヴァは恥ずかし気にサムズアップした。

 俺もそれに応える。


 ありがとう、エルヴァ。

 こんな俺を助けてくれて。


 そして、誓う。

 俺はこれからもリンドを、エリンを。

 キミが守りたかったものを、守り通して見せる。


「生きとし生けるものも、死人だって力を貸してくれてるんだ!

 だったら、死んでる暇なんてねえ!

 全力で間を生き抜いて、俺はこの世界の明日を掴んで見せる!」

「辛いだけだ! こんな歪んだ世界で、明日を生きることなんて出来ない!」


「それを決めるのはお前じゃねえ、俺だ!

 そして、この世界を生きるすべての人だ!」


 『ゼウスの杯』を天に掲げる。

 俺の胸から溢れ出した光もまた、杯に納まった。

 そして、それは光輝となった。

 すべての『聖遺物』が混ざり合い、一つの形を取った。


 兜、脚甲、手甲、鎧、杯、剣、槍、短剣、杖、弓、盾、太陽。

 十二の印を刻んだカードへとそれは変わった。

 両手を回し、陰陽対極を描く。


 俺が掻き抱くすべて。

 生も死も、一まとめにして、この手で掴み取ってみせる。

 それが俺の誓い!


「見せてやるぜ、ウィラ。これが俺に託された……思いの力だ!

 変ッ! 身ッ!」


 俺の体が眩い光に包まれる。

 まず、俺の根源たる黒色のラバー装甲が全身を包む。


 赤銅色の手甲が、純白の脚甲が、黒い鎧が、輝く兜が俺の全身を覆う。

 防具から伸びるラインが黄金の光によって満たされる。

 スリットアイが輝きを放つ。


「十二神器と一体化……いや、融合しているのか!? 神の力を取り込んだのか!」


 ウィラの言っていることはさっぱり分からないが、何となくそうなのだろうという感覚はある。失われた命が、温かな光によって引き留められ、育まれ、そして再び熱を宿した。こんな優しいことが出来るのは、きっと神様とかそういうものだけだろう。


「終わりにしようぜ、ウィラ。この世界滅ぼさせやしない!」

「黙れ、私は! ナイトメアは、この世界を滅ぼす! それが私の望みだ!」


 ウィラの体が闇に包まれ、凶悪な鱗を纏った暗黒のドラゴンへと姿を変えた。彼女の体からはいくつもの刺々しいブレードが生えており、すべてを拒絶する彼女を象徴するかのように輝いていた。赤い瞳を俺に向け、そして駆け出してくる。


 漆黒のエネルギーを纏った爪を、ウィラは振り下ろした。

 大振りで隙だらけだが素早く、そして強い。

 これを受けて立っていられるものなど、そうそういないだろう。


 だから俺は、それを真正面から受け止めた。金属と金属がこすれ合う不快な音がしたが、しかしそれだけだった。全身を覆う鎧は少しも欠けることはなく、闇のエネルギーも甲冑に弾かれ霧散した。ウィラは爪を押し込もうとするが、出来ない。俺は地面を噛むようにして力を込めた。両足は大地に吸い付き、彼女の侵攻を許さなかった。


 ウィラの手を払いのけ、逆に掌打を腹に見舞う。

 振るって分かる、凄まじい力。

 一撃一撃を放つ度に衝撃が木々を揺らし、花を散らした。

 苦し気に呻き、後退するウィラの腹に容赦ないサイドキックを叩き込む。

 ウィラは成す術なく吹っ飛んだ。


「神の力を引き出しているのでは、これほどの出力を手に入れられるはずはない……! まさか、お前が神格者だったのか? 実在しないと、そう思っていたのに!」


 ウィラは何事かブツブツとつぶやきながら。両手を胸の前に持ってきた。彼女の体から放出される闇のエネルギーが収束し、空間すらも歪ませるほど凄まじい力がそこに生まれた。かつて天十字黒星が放った暗黒天体攻撃、あれと原理は同じだろう。


 ウィラは収束させた暗黒天体を俺に向け、そこから小さな球体を発射した。

 拳を振り上げそれを打ち上げる。

 暗黒球は天井へと弾き飛ばされ、天板を抉りながら消えて行った。


 再び放たれた暗黒球を、左手をなぎ払って弾き飛ばす。

 信さんが開けた穴から暗黒球は天に消えて行く。

 ウィラは焦れたように舌打ちし、生成した暗黒天体そのものを投げた。


 両手に意識を集中させる。

 温かな力が、満ちて行くのを感じる。

 両掌を合わせ、暗黒天体に叩きつけた。

 トラック正面衝突めいた音が響き、天体がウィラに打ち返される。

 それを予期していなかった彼女はまともにそれを食らった。


 すべてを飲み込む暗黒天体と言えど、本体を飲み込むことは出来ないようだ。

 だが、ウィラの体には無視出来ないダメージが入ったのだろう。

 全身から電光を迸らせ、苦し気に呻きながらヨロヨロと立ち上がって来た。

 終わりにする気はないようだった。


 そりゃそうだ。

 彼女だって何百年もの間、孤独に戦ってきたのだ。

 世界を守るためにその身を捧げ、そして裏切られ、彼女の意識は反転した。

 守護者から破壊者へと。


 だが、彼女の持つ生来の諦めの悪さは変わらなかったようだ。

 ならば、誰かの手で終局へと導かねば。

 俺は意識を集中し、神器の力を呼び出した。


『アルテミスッ!』『ヘファイトスッ!』


 俺の手に矢のない弓、神器『アルテミスの弓』が現れた。

 ウィラは狼狽する。


「なんだッ、その声は!」

「気にすんな。こっちの方が気分が乗るって、それだけの話だッ!」


 神器を召喚すると同時に、俺のバックルから低く渋い音声ガイダンスが流れ出したのだ。俺の意識によって、この力は変質していく。ならば、こんなことも可能ではないかと思ったら大正解だった。なるほど、やってみるとこれは気持ちいい。何をするか察知されるかもしれないが、相手に威圧感を与えることだって出来るだろう。


 俺は弓を構えた。すると、炎を纏った矢が現れた。ウィラは防御姿勢を固める。俺はそれを放った。アーチェリーや弓道なんてやったこともなかったが、自然と使い方が頭の中に入って来た。放たれた矢は真っ直ぐウィラの方に伸びて行き、彼女に命中すると同時に爆発した。

 何本も連続して矢を放つ、その度に爆発が彼女を襲った。


「こ、この力、弓だけではない!

 まさか、十二の力を混合することが出来るのか!?」


 それは、ウィラも予期していなかった力。

 十二神器の力を合わせることが出来るなんて思ってもみなかっただろう。

 俺だって使ってみるまでそれが出来るとは思っていなかった。


 グッ、とウィラが呻くと彼女の背中から漆黒の翼が現れた。

 翼がはためくと、彼女の体が地面から浮かび上がった。

 そして翼の力を使い、俺の方に突撃してくる!


 彼女を迎撃するために、俺は矢を放った。

 だが所詮は急ごしらえの使い手。彼女の機動に翻弄され、まともに矢を当てることも出来ない。というかこれじゃマズいだろう。美しかった庭園は深紅に染まっているし、壁もボロボロ。いつ倒壊するか分からない。

 ならばこいつだ。俺は弓を戻すと、新たな神器の招来を願った。


『アテナ!』『アフロディア』『デメテール!』


 俺の手に剣の紋章を刻んだ大盾が現れた。ウィラのスピードは何とか目で追うことが出来る、ならばそれに合わせることだって可能だ。複雑な軌道を取って、彼女が俺の正面に戻ってくる。

 いまだ! 突撃してくる彼女に合わせ、俺は盾を突き出した。


 ウィラが盾に激突する。

 だが、それで終わりではない。


 盾が光り輝き、彼女が押し返され始めたのだ。

 紋章から発射されたビームが彼女を襲った。

 光に弾かれ、ウィラの体が吹っ飛んだ。

 全身から白い煙を放ち、もはや満身創痍と言った感じの出で立ちだ。


「なぜ、だ……どうして、私が……認め、られない。こんなものは、私は……!」


 彼女の持つ悔悟が。

 彼女の持つ恨みが。

 彼女を突き動かす。

 終わりにしなければ。


 右足に意識を集中させる。

 バックルに挿入されたカード、そこに刻まれた刻印が光る。


『ヘラ!』『ヘルメス!』『ヘスティア!』『アレス!』『ゼウス!』『アポロ!』『ポセイドン!』『ヘファイトス!』『アルテミス!』『アテナ!』『アフロディア!』


 十二神器から放出された力が俺の体を包み込み、全身を黄金の輝きが包み込んだ。

 俺は跳び上がり、右足を突き出した。

 神気の輝きが俺の体を押し、加速させた。

 黄金の流星が暗黒の竜と衝突、そして彼女の命に終わりをもたらした。




「どうしてこんなことになってしまったんだろうな。

 私は世界を守りたかっただけなのに……

 どうして、私は世界を壊そうなんて、そんなことを思ってしまったんだろうな」


 光の中で、俺たちは再び邂逅した。

 彼女は寂しげにつぶやくが、しかし答えを告げる必要はないだろう。

 答えはもう、彼女の中にあるのだから。


「……ナイトメアも、フェイバーも。

 自分たちにとって都合の悪いものを消すためにあそこに向かった。

 セクション・G3。

 かつて世界を守るための研究を行っていた場所が、世界崩壊の場所になるとは。

 何とも皮肉だとは思わないか?」


 ウィラは俺に向き直り、俺の目を真っ直ぐ見て、言った。


「この世界を救ってくれ、紫藤善一。それが、いまの私の願い」

「分かった、ウィラ。必ずこの世界を救ってみせる。

 あんたが命を賭けて救った世界を」


 クスリ、と笑い。そして堰を切ったように彼女は笑い出した。

 満ち足りた表情で。


「この世界に呼んだのが、お前でよかった。そう思うよ、シドウ」


 それはこの世界に来てから初めて見た、彼女の本当の笑みだったのかもしれない。




 ウィラの体が輝きに包まれる。

 そして、温かな光の中彼女は爆発四散した。


「凄い……あれが、十二神器の持つ、本当の力……」


 俺はバックルからカードを引き抜き、変身を解除した。

 ついさっきまで俺の体を包み込んでいた万能感が霧散する。

 驕ることなかれ、これは俺の力じゃない。

 ただ俺に託され、貸された力だ。

 人々の遺志に報いるためにも、俺は前を向いて歩かなければ。


 崩壊した壁の向こうに、不可思議に輝く塔が見えた。グランベルクを囲んでいた湖はいまや干上がり、太古の――俺たちにとっては未来の――街並みが露わになった。長い年月を経て浸食され、形を変えた未来都市。そこを《ナイトメアの軍勢》が覆っている。


 フェイバー=グラスが塔の上層階に昇り、この世界を書き換えるのが早いか。それとも、《ナイトメアの軍勢》が彼の仕掛けた罠を突破し、世界を破滅させるのが早いか。


 絶対者同士の諍いで、この世界は破壊されようとしている。

 いまここで生きている命を無視して、世界の在り方は決められようとしていた。

 そんなことは絶対に許せない。俺はみんなの方に向き直った。

 頼れる俺の仲間が、そこには集結していた。


「みんな、この世界はいま未曽有の危機に瀕しています。あそこが、決戦の場だ」


 俺が言った言葉の意味を理解している人は、それほど多くはないだろう。

 だが、それでも頷いてくれる。

 この世界の命運を決する力を持っているのは、神だけじゃない。


「戦いましょう、みんなで。この世界の未来を、俺たちの力で取り戻しましょう!」


 みんなは力強く頷いた。

 神と、悪魔と、人と。

 戦いは最終局面を迎えた。


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