表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
決戦! すべての人の戦い
176/187

神の力を受け継ぐもの

 目の前で起こっている現実感のない出来事を、彼方はぼんやりと見つめていた。

 もはやついさっきまであった万能感も、何も感じられなくなった。

 いったい自分は何なんだろう。そんなことさえも考えてしまう。


 分からなかったから。


(長い、夢を見ているようだ。

 僕は、どうなったんだろう。どうしたいんだろう……)


 目の前では、みんなが戦っている。

 けれど、動く気力が湧かなかった。

 もはや神器一つ、指先一本さえ自分の言うことを聞いてくれない。

 与えられた借り物の力を剥ぎ取られれば、無力な少年に過ぎない。


「シドウ、さん……こんな、こんなところで、死んじゃダメです……!」


 少女、リンドが這いずりながら自分の方に寄ってきているのが見えた。

 彼女は彼方の手に納まった『アポロの剣』を奪い取ると、何事か祈った。

 だが、何も起こらない。


「やっぱり、私には『聖遺物』の力は使えない……! 彼方くんッ!」

「無駄だよ。もう、何をやったって意味がないんだ。放っておいてくれよ」


 彼方は諦め、息を吐いた。

 その肩を、激しくリンドは揺さぶった。


「諦めないでッ!

 何をすればいいか分からなくても、動くことを止めないでッ!

 あなたがなりたかった英雄っていうのはそんなに簡単に折れてしまうものなの!?」

「僕は英雄なんかじゃない!

 悪いのか、折れてしまうことが! 諦めてしまうことが!

 無意味に足掻いて、傷を増やすくらいなら、立ち止まっていた方がマシだ……」

「立ち止まったら、大切な人が犠牲になる! それでも止まるの、あなたはッ!」


 彼方の視界にシドウの姿が映る。

 あの男は決して曲がらず、止まらず、道を突き進む。

 自分には出来ないことだった。

 どうして死ぬと分かっているのに、進むことが出来る?


「何をしたって無駄だよ。僕はもう立ち上がれない。

 立ってすらもいなかったんだから。

 僕はあの時と同じ、何も変わってない。

 ただ無力なだけなんだ……!」


『それでも立ち上がることは出来る。私はあなたの傍にいる』


 彼方とリンドは、それを見た。

 腕を突き、必死になって立ち上がった静音も。

 そこにいたのは、光を放つ黒髪の乙女。

 女神めいた慈愛に満ちた視線を彼方に向ける女性。

 彼女の名前を、彼方は、そして静音は知っている。


「琴音、姉さん……ごめん、こんなに近くにいたのに、僕はッ……!」

『仕方ないわ。フェイバーの意識改変を受けたあなたを救い出す手段がなかった。

 ごめんなさい、彼方。あなたをこんなに苦しめることになってしまって……』


 慈母は彼方を優しく抱いた。

 彼方の両目から、とめどなく涙が溢れた。


『だが彼方。お前は立ち上がれる。そのための力を、私たちは与えてやれる』


 リンドの聞いたことがない声が響いた。

 優しく、しかし威厳に満ちた低い声だ。


「とう、さん……あなたが、どうして、ここに……」

『私も琴音も、フェイバーによって存在を亡きものにされた。

 だが、それを拾い上げるものがいた。その名はウィン=ラハティ。

 お前たちの目の前にいる女だ』

「ウィラの仲間……! 何を企んでいるんですの、あなたは!」


 リンドはキッ、と花村黄莉を睨んだ。

 しかし黄莉はそうではないと首を横に振った。


『十年間私たちは待っていた。

 フェイバーの仕組んだ、歪んだ運命から我が子を救い出したい。

 だが、そのためにこの世界を滅ぼすわけにもいかない。

 だからこそ、我々は待った。

 ウィラの支配を脱し、真に息子に力を与えるために!』

『紫藤善一が開けたセキュリティホールを伝って、ウィラは『アレスの鎧』を神の支配かから脱させた。私たちもウィラの裏をかき、その力を利用し彼女の支配から脱したわ』

『そして同じ要領で、すべての『聖遺物』を神から解き放つための手も用意した。

 真なる星神の力を解放するために。

 彼方、いまのお前にはその力を使うことが出来る』


 黄莉は彼方の持つ『ゼウスの杯』を指さした。

 杯には他の『聖遺物』に干渉する能力を持っている。

 もちろん、より上位の権限を持つ神によってそれは封じられていた。

 だが黄莉たちは十年にも及ぶ時の中でその支配を無効化する手段を作り出していた。


『さあ、行くんだ彼方。お前の力で、お前を縛る鎖を断ち切るのだ……!』


 黄莉は『ゼウスの杯』を彼方の前に差し出した。

 彼方は、それを――


「ごめん、父さん。姉さん。

 僕は、僕なんかが、そんなものを手にすることは出来ない」


 受け取らなかった。

 二人の表情に、若干の動揺が浮かぶ。


「僕は、弱い人間だ。

 自分の力で立ち上がれない人間が、そんなものを手に入れたら……

 きっと、それに依存する。神の力を自分のものだと勘違いして、増長する。

 それじゃあ、いままでと変わらない。分かるんだ。

 そんな人間がこの力を持っちゃいけない」


 彼方は立ち上がり、そして見た。

 この力を手にするべき、ただの人間のことを。


「この力を手にしていいのは。

 どんな時も弛まず、挫けず。自分の意志を貫ける人だ。

 どんな力があろうとなかろうと、理不尽に立ち向かっていける人だ。

 いくつもの敗北をその身に刻んで、それでも諦めなかった人だ。

 僕は、あの人のようになりたい――!」


 黄莉と琴音は微笑んだ。

 その横に、もう一人分光り輝く輪郭が現れた。


『ようやく立ち上がったみたいだな、あんた。

 そっから始めろ、まだ先は長いんだから』

「エルヴァ!? そうか、だからあなたは、シドウさんに『アレスの鎧』を……」

『鎧が少しばかり、あいつの命を繋ぎ止めてくれている。だから、その間に!』


 彼方は頷き、『ゼウスの杯』を手に取った。


『静音、キミには辛い思いをさせてしまったね。私たちが、弱かったばかりに』

『ずっと彼方を見守ってくれて、ありがとう。これからも、よろしくね……』

「……当たり前じゃない。彼方は、あたしのたった一人の弟なんだからさ」


 静音ははにかんだ笑みを浮かべた。

 彼方は決意を込め、彼の名を呼んだ。


「シドウさん! これを――!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ