負けられない戦い
バックルにカードを挿入。
全身が光に包まれ、鎧が装着される。
グッ、と拳を突き出して感触を確認。
取り敢えず、彼方くんのところに飛んで行くようなことはなさそうだ。
「くっ、何が起こっている!? 何をしたんだ、お前は!」
彼方くんは『アポロの剣』の切っ先をこちらに向け、小刻みに弾丸を発する。
身をかわし俺に迫る凶弾を回避し、彼方くんに近付いて行く。
だが彼は俺を鼻で笑った。
彼方くんは両手を広げた。
すると、彼の手から剣と盾が消えた。
代わりに現れたのは短剣と槍だ。二メートルをゆうに超える三又槍の先端に水が収束、それが柄を伝って蛇のように降りて来る。そして、俺に襲い掛かってくる! これは『ポセイドンの海槍!』
「見せてやろう、十二神器の力を。お前などとは格が違うということを!」
水の蛇が地面を伝い俺に迫る。
立ち上がったかと思うと全身をしならせ俺に襲い掛かってくる!
蛇の体をかわしながら、何とか進む。蛇が打った石の柱が砕けた。
続けて彼方くんは左手に持った『ヘファイトスの短剣』を振り払った。
炎の刃が何発も俺に向かって放たれる。
前後左右に体を振り何とかそれを回避、水の蛇が逸れに巻き込まれて蒸発!
鼻を鳴らす音が聞こえたかと思うと、二つの武器が彼の手から消えた。
続けて彼の手に納まったのは長弓だ。だが矢は番えられていない。
その理由はすぐに分かった。
彼が弦を引くと、不可思議なエネルギー体の矢が現れたのだ。
ズルイ。
ほとんど弦を引かず、彼方くんは矢を放った。
彼の周りを旋回するように回避運動を取り、ギリギリのところでそれを避ける。
壁にいくつもの穴が穿たれる。
「なるほど、これでは埒が明かないな。では……こちらから攻めさせてもらおうか!」
さっきからお前が攻めてるじゃねえか、というツッコミはこの際通用しないだろう。彼が身に付けた『ヘルメスの具足』が光り輝き、踵の辺りに装着された車輪が激しく回転しだした。イダテンの見せた高速移動の準備動作だ。
俺は立ち止まった。
その直後、彼方くんは俺の背後まで移動した。イダテンのそれより速い!
だが、無駄な動き。俺は跳び込むように前に転がり、彼が放った拳を回避。
すぐに立ち上がり向かい合う。
彼方くんの舌打ちが聞こえて来たかと思うと、拳が繰り出された。
スウェーで回避し、捌く。
イダテンの高速移動は全身が速くなるわけではない。
焦れた彼方くんがゼロ距離のサイドキックを繰り出す。ほんの数秒間、打ち合って分かったことだがこの形態のパワーはあまりにも強すぎる。まともに打ち合うことなど出来はしない。だが、あくまでそれはパワーが俺よりも優れているというだけだ。
キックに沿うようにしてそれを受け流し、開いた体に肘打ちを叩き込む。グッ、と息がつまる音が聞こえ、圧倒的なパワーを誇る十二神鎧を纏う彼方くんがたたらを踏んだ。それでも、踏み込まない。力押しで勝つことが出来ないのは分かり切っている。
ゆっくりと近付いてくる俺に、彼方くんはパンチを繰り出してくる。それを寸でのところでかわし、腕を取り、足をかけた。俺の自身の力はほとんどかけていない。ただ、彼が前へと進もうとする力を利用しているだけだ。あっさりと彼の体が回転し、倒れる。
「な……何をした! こんな、こんなことがあり得るはずが……」
「俺は何もしちゃいねえよ。
彼方、お前も何もしちゃいね(・・・・・・・・・・)えんじゃねえのか?」
転ばされながらも彼方は果敢に立ち上がり、俺の方を睨み付けて来た。
歩調は決して早めず、ゆっくりと彼方へと近付く。奴の焦燥を誘うために。
俺の予想通り彼方くんは雄叫びを上げながらこちらに突進し、拳を繰り出す。
それを掻い潜り、ボディーブローを放つ。
狙うべき場所は、上半身。偽りの鎧を纏った、唯一の弱点。
この力が十二神器の力を使って組み立てたものであることに間違いはない。
しかし、俺のところには『アレスの鎧』がある。
これには二つの可能性が考えられるだろう、俺か彼方くん、どちらかが偽物なのだ。
そして彼の反応から見て、彼のものが偽物なのだろう。
神器の力ならば、その偽りを打ち倒せる。
俺が放ったボディーブローは、俺が予想していたよりも甚大な被害を彼方くんに与えたようだ。むせながら後退、それでも闘志を萎えさせず大振りな一撃を繰り出してくる。俺はそれを捌き、鼻と喉と心臓目掛けて小刻みな三連打を繰り出した。
「皇帝の椅子ってのは、さぞ座り心地がいいんだろうな? 離れたくなくなるほど」
「何が言いたい、お前……!」
ぐっ、と歯を噛み締める音が聞こえた。
次の瞬間、その手には『アポロの剣』が現れた。
剣を構え、それを振り下ろす。
軽くステップを踏み、回避しながら後退。
彼方くんの剣筋がどんどん荒くなっている。
つまりは、そういうことなのだろう。
彼方くんは雄叫びを上げながら剣を振り上げた。
大振りな斬撃、俺は振り上げた腕を受け止めた。
自然、振り上げられた剣を下ろすことは出来なくなる。
無防備になったボディーにもう一発ブローを叩き込む。
金属装甲を叩く甲高い音が辺りに響き渡った。
「剣の稽古、怠ってきたんじゃねえのか! 皇帝なんてのに、なってからさぁ!」
剣を捌き、拳を繰り出す。
剣を避け、攻撃を叩き込む。
単純な作業が繰り返される。
「僕は皇帝だ! 剣にかかずらっているような、そんな暇はないッ!」
「寂しいこと、言ってくれんじゃねえか! 思い出さねえか、あの夜のことをよ!」
大振りななぎ払いをしゃがんで避け、足のバネを使って体を跳ね上げショルダータックルを仕掛ける。大きな衝撃をかけられ彼方くんの体がよろめく。攻撃も防御も出来なくなった彼目掛けて、俺は渾身のストレートを叩き込んだ。
重トラック同士の正面衝突めいた凄まじい音が辺りに響き、彼方くんの体が階段の辺りまで吹き飛んで行った。
「懐かしいよな。俺はあの日キミのビームにふっ飛ばされた。
あの日だけじゃねえ、よくクロードさんに稽古つけてもらったじゃねえか。
ほんの数週間の出来事だがよ……俺、嬉しかったんだぜ。
まるで弟が出来たみたいでさ。お互い危なっかしいカッコで……」
「僕を撹乱しようとしているのか? そんなことをしても無駄だ、僕は揺らがない!」
「揺らげ、バカ! 思い出してくれよ! あんなんでも、俺は楽しかったんだぜ?」
本当に彼は『奴』に記憶を操作され、すべてを忘れてしまったのだろうか?
そうでないと信じたかった。
あの日紡いだ絆は、まだ残っていると思いたかった。
「あの日からまるで変わってねえよ、彼方くん。
腕だけで剣を振る癖。
追い詰められると大雑把になる癖。
頭に血が上ると大振りしかしねえ癖!
あの時注意されて、直して行こうって言っただろ!
ちゃんと鍛錬を積んで、強くなりてえって言っただろうが!」
すべてを忘れてしまったら、何も成長することなんて出来はしない!
「お前と一緒にしごかれた過去があるから、いまの俺があるんだ!
いまのお前はどうなんだ、彼方!
全部忘れて、借り物の力で偉ぶって、それがお前のやりたかったことか!
こんなつまらねえ、こんな弱々しいお前が、なりたかったお前なのか!」
「黙れ、黙れ、黙れ! 僕はお前のことなんか知らない! 訳知り顔で騙るなぁ!」
彼方くんはその身に秘められた力のすべてを解放した。
七色のエネルギーが彼の体から噴出し、彼の周りで形を成す。
剣、短剣、槍、盾、杖、弓、杯。
そのすべてが必殺のエネルギーを纏いながら彼の周りを浮遊している。
こいつぁヤバイ。力押しでは敵わない。なのでこっちは至近距離での打ち合いに勝機を見出していたのだが、向こうから力で押されるとどうしようもない。
「消え去るがいい、反逆者! お前はここで死ぬ――!」
「なぁぁぁぁにぃぃぃぃおぉぉぉぉッ! やってんですかアホ彼方ァーッ!」
叫び声が響き渡った。
彼方くんがつんのめる、それをやったのが誰かは、一目瞭然。
「そんなもんで全部ふっ飛ばそうなんて、神が許したってあたしが許しませんよッ!」
この場で一番弱いはずなのに。この場で一番怖いはずなのに。
あの子はこの場で一番堂々と、神を名乗る男に立ち向かった。
仁王立ちになり、彼と対峙した。
「ようやく、会うことが出来ましたね! 彼方! エラソーにふんぞり返って!」
「キミ、は……アリ、カ? いや、そんなはずはない。キミは、あの時、僕の前で」
「死んでねーです! 思い出しなさい! あたしは生き残った、あいつのおかげでね!」
そう言ってアリカは俺のことを指さした。
彼方くんは振り返り、俺のことを見た。
「違う、死んだんだ。あの時死んだ。だから僕は、キミの仇を取るために、皇に……」
「あーあー、なるほどそういうことだったんですか。私のためにこんな……」
アリカは一瞬殊勝な顔を作ったかと思うと、次の瞬間には般若のような形相になって彼方くんの向う脛を蹴り上げた。相変わらず攻撃に容赦のない女である。
「とでも言うと思ったんですか、バカバカしい!
あっさりとそんな言葉に騙されて!
あたしがそんなこと望むとでも?
望むかもしれないけどあんたには望まんわッ!」
アリカは何度も彼方くんを蹴り上げる。
彼方くんは困惑し、立ち尽くしていた。
「そんな、そんなはずはない、だって、だってキミは、アリカッ……!」
「あたしは生きてるよ。
もし責任感じてんなら、そんなの捨てちゃいなさいよ。
元々誰が生きて、誰が死ぬかなんて、あんたのせいでもなんでもないんだからさ」
「違う、違うそうじゃない。僕が、僕が弱かったから……僕が、僕の……」
彼方くんの変神が解除された。
彼の精神状態に影響を受けているのだろう。
「僕は、僕って……いったい、何なんだ……」
そう言って、彼方くんは糸の切れた人形のように倒れた。
それをアリカが受け止める。
「ったく、背負い過ぎなんですよあんたは。もっと自由になんなさいよ」
アリカは彼の兄ではないのかもしれない。
けれども、アリカの表情は慈愛に満ちている。
血の繋がりだとか、そういうものは関係ない。
大切だと思うことが出来れば。
そんで、俺が役に立たないのもいつも通りだ。結局彼を正気に戻したのは、命を賭けて彼を助けたいと思った姉の願いと、彼を思うアリカの心だったのだから。
まあ、そんなことはどうだっていい。
誰かを助けることが出来るなら、安いものだ。