十二の神鎧
不思議なことに、最上階に警護の兵はいなかった。
楽に進めるからそれはそれでいいのだが、何となく気持ちが悪い。
待ち構えられているということが分かるからだろうか。
かつて皇帝の部屋があったそこには、巨大な扉が入った。身長五メートルの巨人が出入りしても心配ありません、とでも言うほど巨大な扉だ。むしろどうやってこんなものを作ったんだ? 外見から想像出来る広さとまるで釣り合っていないように思えた。
「……多分ここだ。これだけ大仰な作りにしてるんだからな、多分間違いない」
「ここに、彼方さんがいるんですのね……」
リンドがごくりと唾を飲み込んだ。彼とは短い間だったが仲間として一緒に戦ってきたし、歳の近いリンドたちは特に彼と深い交流があった。だから、動揺しているのにも無理はないだろう。けれども、それはそれ。戦わなければならない。
「行こう、リンド。行ってすべてを終わらせよう。
彼方を倒して、その奥でふんぞり返ってる神を引きずり出して、ぶん殴って、それで終わりだ。やろうぜ、一緒に」
「……ええ、分かりましたわ、シドウさん。もう、迷いはありません」
そう言って、俺たちは扉を押した。意外にも軽い扉は、あっさりと開いた。
次の瞬間、俺たちの目に飛び込んで来たのは満天の星空だった。
「……プラネタリウム!?」
背後を見ると、やはりいままで通り扉がある。
瞬間移動だのワームホールだの、そんな胡乱なものがあるわけではない。
となると、これは単なる装飾だということになるだろう。
辺りを見回すと、室内庭園も兼ねているようで、どこからか水が引かれ水路が形成されている。花咲き乱れる庭園はいっそ現実感を喪失させるほど見事だ。
奥には立派な東屋がある。
何となくあそこにいるような気がした。
俺たちは歩き出す。きちんと整列され、泥一つついていない石畳の上を歩き、十段程度の短い階段を昇って行く。俺たちの足音と水音だけが、狭い空間に響き渡った。
果たして、そこに彼はいた。勇壮な青の鎧を身に纏う勇者。
鼠色の長い髪から覗く、炎のように赤い瞳は、彼の意志の強さを物語る。
唇を引き締めた顔はとても厳し気だ。
神聖皇帝、花村彼方。
俺の知る彼とはまるで違う男が、そこに立っていた。
「このような場所まで立ち入りを許すことになるとはな。だが、ここで終わり」
「いや待て、待ってくれ。お前、誰だ? えーっと……」
「襲う相手の名前も知らずに入って来たのか?
ならば名乗ろう、神聖皇帝花村彼方だ」
「ウソつけ、彼方くんそんなデカくなかったぞ。どんだけ盛ってんだよ」
男子三日合わずば括目せよ、と言うがさすがに変わり過ぎだろう。
彼方くんはかなりのちんちくりんだったが、この男はかなり背が高い。
決して俺よりデカいから妬いているわけではない。
ただ論理的に考えて有り得ないだろう。三か月でこれはない。
「なにを言っているか分からないが……お前の罪を、その身に刻み込もう」
彼方くんは剣を抜き、盾と交差させた。
大剣、『アポロの剣』が眩い光に包まれる。
彼方くんはそれを天に向けた。
光が天井に向かって伸びる。
「前言撤回。あのパワーはマジで彼方くんだァーッ!?」
俺はリンドを突き飛ばし、反作用で逆に跳んだ。
俺たちのいたところに光の刃が振り下ろされ、石畳を焼き溶かした。
生身の人間にこんな力使ってんじゃねえよ!
「話にならねえみたいだから、ぶっ飛ばしてやるしかねえな! リンド!」
「分かっていますわ、シドウさん! 変身!」
俺とリンドは同時に変身、鎧を展開する。
その姿を見ても彼は揺らがない。
「それは僕が持つべきものだ。神の遺物を奪ったこと、必ず後悔させる」
「そっちこそ、デカい口利いたことを後悔させてやるぜ」
俺は駆け出した。
光を放つ剣を構え、彼方くんは俺を迎撃しようとして来る。だが、それは遮られる。他方向から放たれたフローターキャノンの砲撃によってだ。身を屈め、盾を掲げ、ビームの直撃を避けるものの、彼方くん自身は攻撃を放つことは出来ない。
その隙に俺は跳びかかり、助走をつけたジャンプパンチを放つ。だが予想より彼方くんの戻りが早い、彼方くんは俺のパンチを盾で受け止めた。ガイン、という金属のたわむ音がするが、彼にはほんの少しの衝撃も入っていないのだろう。
彼方くんは盾を跳ね上げ俺を弾き返すと、身を捻りながら刺突を繰り出した。
凄まじい衝撃が鎧に炸裂!
たたらを踏む俺に追撃を加えるべく、彼方くんが動く。リンドもフローターキャノンを操作し彼方くんを妨害しようとした。だが、彼は小刻みに『アポロの剣』からビームを放った。正確な攻撃を受け、浮遊砲台が次々と破壊されて行く。
彼は剣を掲げる。光を放つ剣を振り払うと、扇状のビームが俺に向かって飛んでくる。側転を打って回避、俺の背後にあった針葉樹が真っ二つに切り裂かれた。
(ったく、どうにかして近付かねえと勝負にもならねえな……)
彼は絶対的な攻撃力を持つ『アポロの剣』だけではなく、絶対の防御力を持つ『アテナの盾』を持っている。矛盾という言葉を思い出すが、エネルギーを霧散させる盾の方が現状では厄介だ。あれさえどうにかなれば、勝機を見出すことが出来るのだが。
「どうした、お前たち。この程度で終わりというのではあるまいな……」
彼方くんがゆっくりと東屋から出て来る。
上体のぶれない歩き方、デキる。
その時だ!
部屋の天井が砕け、直上まで登った陽光が薄暗い部屋の中を照らす!
突然の音、そして光に彼方くんは思わず振り返る!
彼が見たのは赤銅色の鎧を纏う戦士、ディスラプター!
そして彼の持つ、炎を放つ短剣! 彼は短剣を振り抜いた!
それは、炎ではなかった。単純な熱。
あまりにも膨大な熱は光となり、音となり、真っ直ぐに伸びる陽光のように彼方くんへと向かって行った。反射的に彼は盾を構え、ビームを受け止める。あれほどの火力を持つというのに光は盾を貫通することが出来なかった。
だがその隙にディスラプターは彼方くんの背後に回り、彼を蹴り飛ばした。
吹き飛ばされた彼方くんは東屋の柱に叩きつけられる。追撃を行おうとするが、彼方くんは素早く立ち上がり『アポロの剣』を振るう。これでは近寄れない。ディスラプターも逃れた。
「あんた、どうしてこんなところに……」
「言っている場合か、シドウ。この時を待っていた。こいつを倒すぞ」
ディスラプターは手元で飾り気のない短剣をくるりと回転させた。
「なるほど、『ヘファイトスの短剣』はお前が持っていたのか」
彼方くんは東屋からゆっくりと歩み出た。
立ち姿がしっかりしているので、こういうのでもサマになるのは卑怯だ。
これではどっちが悪者だか分かったものではない。
「だがそれなら好都合だ。こちらとしても、やるべきことがやれる……」
彼方くんは剣の切っ先を俺に向けて来た。
そして、ほぼノータイムで放つ。リンドとディスラプターは避けるが、しかし標的にされた俺は避けられなかった。直撃を受け吹っ飛び、階段の少し手前で止まった。あまりの衝撃に、変身が解除されてしまう。
「好都合だと? それはこちらのセリフだ、一人になるのをずっと待っていた!」
「ここで決めさせていただきますわ、彼方くん! あなたのためにもッ!」
何とか上体を起こし、俺はその光景を見た。
彼方くんは懐から金属製のカップのようなものを取り出した。
おおよそ物質的ではない、不可思議な光沢を持つそれを彼方くんは天に掲げた。
カップはオーロラのような輝きを放ち、九本の光の帯を放った。
オーロラのような光の帯に触れた二人の様子が変わった。
もしや、毒か?
そう思ったが、違った。
二人が纏っている鎧の節々から電光が立ち上り、装甲が分解され大気に溶けていく。
バックルから金属カードがひとりでに飛び出し、カップの方に向かって行った。
彼方くんの手に入ったカップの中には四枚のカードと七つの指輪が入っていた。
「それは、いったい……」
「『ゼウスの杯』。
『聖遺物』を近くに持ってきてくれて、助かったよ。大義であった」
彼方くんは鎧を剥いだディスラプターに目を向けた。そこには、女性がいた。
短い金髪を振り乱し、三白眼に近い目で彼方くんを見た。後悔に満ちた視線を。
「ねえ、さん?」
そこにいたのは、花村静音。
彼方の姉だ。死んだと聞いていたが、しかし。
「生きていたのか、静音さん! あんた、しかもそれは……」
「クソォッ……! ずっと、ずっとこの時を待っていたのに!
あなたを、救い出す!」
「姉さんが……どうして、姉さんが僕を、いや、何で、生きて……」
彼方くんは心底狼狽した様子だった。
だが、突如彼の体に電流が走ったかのように震えた。
倒れた静音さんを見下ろす彼の目は、さっきまでとは違い冷酷なものだった。
「……静音姉さん。まさかあなたが、反逆者だったとは思いもしなかった」
「彼方……正気に戻って! あなたは、そんなところにいるべき人間じゃない!」
「いいや、ここが僕のいるべき場所だ。神聖皇帝花村彼方、我が血と肉は神のもの」
「そうじゃない! あなたはそうであると思い込んでいるだけ! 騙されている!」
静音さんは、知っているのだ。
彼が背負った運命を、歪められた物語を。
だからこそ彼女はディスラプターとして一人暗躍して来た。
彼を襲う運命を跳ね除けるために。
孤独に、ひたむきに、ただひたすらに愛する弟のために戦ってきたのだ。
「彼方、あなたは……ずっと色々なものを失ってきた。そして、そのことさえ忘れている。あなたの本当のお姉さんのことも、お父さんのことも、いままで旅してきたことでさえも……私は、それを、取り戻したい……!
たった一人の弟の大切なものを!」
静音さんは両目に涙を浮かべて訴えた。
残念ながら、それは聞き入れられなかった。
「あなたが敵に回ったのは、残念だ。だけど、僕はあなた許すわけにはいかない」
『アポロの剣』が光を宿す。
彼の敵を粉砕する刃が、たった一人の姉を狙う。
「苦しみは一瞬だ。神の光はあなたを天へと誘うだろう。さようなら、姉さん……」
一瞬、寂しげな表情を作り、彼方くんは剣を振り下ろした。
ふざけるんじゃねえぞ!
俺は走り出した。
二人の間に立ち、両手の手甲で光の剣を受け止める。
もちろん、そんなものであの攻撃を受け止められるはずがない。
俺と静音さんは一緒にふっ飛ばされた。
「……何をしているんだ。そんなことをしたって、何も変わりはしないのに」
「変わらねえ……? 分からねえぞ、お前みたいに、簡単に変わっちまうかもな……!」
両足の力が萎えそうになる。
だが、気力を奮い立たせて立ち上がる。
彼方くんは困惑しているようだった。
まったく、本当に何もかも忘れているようだ。
俺の諦めの悪さも。
「俺のことは、忘れちまってもいい。個人的には、いい兄貴分やってたつもりだがな」
「なにを言っているんだ、お前は。僕はお前のことなど知らない。お前のことなど」
「けどなあ!
お前の姉貴がどんだけお前のこと心配してたか、それだけは忘れんじゃねえよ!
理解しろよ!
それだけじゃねえ、お前が守ろうとしたアリカのことも、お前の友達だったリンドやエリンのことも! あの時一緒に戦って、死んでいった人たちのことも! 何もかも忘れて都合のいい妄想に浸ってんじゃねえよ!」
彼は不快そうな表情を浮かべた。
記憶が戻ったとか、そういうことではないようだ。
「お前の発する一言一言が不快だ、神敵。この世界から消えろ、居場所はない!」
彼方くんはいくつもの指輪とカードが入った杯を放り投げた。
不可思議なエネルギーによってそれは浮遊し、彼の胸の前で止まった。
不可思議な現象は続く、白銀の色を放つ四枚のカードと、虹色に輝く指輪が彼の周りを旋回し、彼の体と一体化した。
「変……神」
十二神器が彼と一体化し、彼の体が光に包まれた。
光の中から現れたのは、神々しい黄金の鎧を纏った勇者だった。
王威を表すマントがはためき、皇帝紋章が胸元に輝いた。
「あれが、十二神器の真の姿。この世界を支配する、神の御姿……」
静音さんすらもその異様に戦き、怯んだ。
リンドは恐れを抱き、震えている。
「金ピカ鎧とはいい趣味じゃねえか、彼方くん。俺にも着させてくれよ、なぁ?」
それでも、俺は怯まない。
圧倒的力を見せつけられた程度で、膝を折ってやらない。
「この姿を見てもまだ分からないとは。愚かさは罪だな」
「俺の諦めが悪いことは知ってるだろ? 金メッキ剥ぎ取って漂泊してやるぜ、神様」
俺は構えを取った。
俺の腰に、バックルが現れる。
ベルトが腰に巻き付く。
「それは……!? バカな、『アレスの鎧』は僕の手の中にあるんだぞ!?」
「知らねえよ。こっちもあの変な虹食らったけど、持ってかれなかったぞ」
彼の持っていた『ゼウスの杯』は『聖遺物』のマスター端末のようなものなのだろう。同時に、『聖遺物』を取集する能力を持っている。どこに置いたか忘れても一安心、これがあればズボラなあなたも大丈夫。
だが、何事にも例外はあるということだろう。
「こいつにはエルヴァの魂も乗ってるんだ! 簡単に奪い取れるとは思うなよ!」
「魂など! そんなものが存在するはずがない! すべては僕の手の上だ!」
かもしれないな。
だが、俺の手に『アレスの鎧』があるということは事実だ。
ならば、戦える。
俺はエルヴァから見捨てられちゃいない。
俺に託されたものは、まだ俺の双肩に乗っかっている。
だったら、ここで俺が膝を突いたりしたらウソだろ!
陰陽対極を描く。
生も死も、この手の中に。
この手で触れたものを、俺は救いたい。
「行くぜ彼方くん。一発ぶん殴ってやるからな……変身!」