座天使は最期に何を思うのか
魔導槍の石突でフォースの胸を打ち、その反動で背後に迫ったフォースの甲冑を突いた。隙を見せた二人に対し、大村はその場で一回転。三又槍の先端には水のエネルギーが収束しており、刀身を成していた。水の刃で切り裂かれたフォースは爆発四散!
その遥か後方では、ハヤテが五体のフォースに取り囲まれていた。彼らは持っていた槍を一斉に突き込む。だが、一つとしてハヤテを傷つけるものはなかった。彼女は軽やかに跳躍してそれをかわすと、空中で風切の刃を振るった。風圧の刃が彼らの腕をすり抜け、《フォースドライバー》へと到達。両断には至らなかったが、機能不全を発生させた。
着地したハヤテは、ドライバー中央にあった緑色の強いまだら色の宝石を押し込んだ。フルブラスト機構が作動し、風切の刃を持つ右手にエネルギーが収束する。収束した風のエネルギーを、斬撃に乗せフォースへと繰り出す。風の刃に切断され爆発四散!
「上に昇ってきたフォースはこれくらいかいな、大村!」
「ああ、これですべてのはずだ! あとはターレットを破壊すりゃ任務完了!」
そう言っている間に、ターレットがまた一つ粉砕された。楠の能力によってだ。少数の爆薬を持ち込んではいるものの、これだけの規模の物体を吹き飛ばすには出力が足りない。そこで楠の持つ《エクスグラスパー》能力の出番、というワケだ。ありとあらゆるものを凍結させ、急速に熱することで破壊をもたらす熱衝撃破壊の威力!
「……だが、あまりに大人し過ぎないか? 十万台のドライバーがあるんだろう?」
「ドライバーはあっても、適合する人間も使いこなせる人間もそれほど多くないんや。
本来ならもっと訓練期間を置くべきなんやけど、向こうも必死やったんやろうな」
それはそうだ。《フォースドライバー》の量産にしても、ほとんどデータを得ないままに無理矢理行ってきたのだから。初期のあまりにピーキー過ぎる仕様は改善されたものの、まだまだ使いこなせる人材は多くない。数だけあってもダメなのだ。近代的で優秀な軍隊と言うのは、誰にでも使えるものを大量に運用するノウハウがなければならない。
「とにかく、これでターレットはすべて排除した。
ソノザキもこれでこっちに来れるやろ。
任務はこれにて終了、忍軍は後退させて、うちらは可能な限りの支援を行う」
大村は頷いた。ここに来た時点で、グランベルク城への攻撃に参加することが出来ないのは既定路線だ。数はそれほど多くないとはいえ、まだフォースは残っている。そして時限式の戦力である自分たちはこれ以上戦うことは出来ない。忍軍は猛者であるとはいえ、さすがに生身でフォースの軍団と戦わせるには気が引ける。
安全を確保しつつ、後退を。
そう言おうとした大村は直観的に危機を感じ取った。
「全員、伏せろーッ!」
その言葉をどれだけの人間が聞いていたのかは、分からない。
だがハヤテが伏せた。
忍軍は上司の命令には絶対服従、それを子供の頃から叩き込まれている。
だから上長であるハヤテが伏せたところで、全員が伏せた。
楠も、幸運にもそれに従った。
一瞬前まで彼らがいた場所を、炎が通過した。あのままいたら飲み込まれていたであろう強烈な火力に、大村の背筋は寒くなった。攻撃者はいったいどこに?
立ち上がった大村は炎の軌跡を追った。
そして、それが単なる炎でないことに気付いた。
それは、戦輪だった。炎を纏った巨大な輪が自分たちに襲い掛かって来たのだ。
それは楕円軌道を描いて落下、元の持ち主のところへと戻って行った。
それほど特徴のない甲冑を纏った人物が、そこにはいた。
右手には炎を纏った戦輪『オファニエル』を、左手には氷を纏った戦輪『ガルガリエル』を着けた甲冑。かつて大村はカウラント島でこれを目の当たりにした。『御使い』の一人、トロウンズ!
(最悪だな! 皇帝の防御ではなく、こちらに『御使い』が出て来るとは!)
どうする? 大村の思考が高速で展開された。
これからこちらに向かってくるであろうフォースの戦力、真一郎がこちらに到着するまでの時間、忍軍の撤退が完了するまでの時間。それだけの時間を稼がせてくれるほど、トロウンズは甘い相手だろうか?
ありとあらゆる要素を総合的に判断し、大村は決断した。
戦うしかない、と。
「行ってくる、ハヤテ。あいつをこのまま放置することは出来ねえだろうからな」
「冗談言ってる場合やないで、大村! あいつはヤバイ、束になっても敵わんで!」
「……かもしれねえな。だが安心しろ、俺のフォースは特別製だ。勝負にはなるさ」
まったく無根拠に大村は言い、城塞から身を躍らせた。トロウンズと十五メートルほどの距離を取った場所に着地し、凄まじき力を持つ敵と対峙する。
「懺悔なさい。神に逆らった己の罪を。
神はあなたの罪業を赦し、受け入れるでしょう」
「生憎だが、俺は祈るべき神を持たない」
「残念です。ならばあなたは裁きの業火に焼かれ、氷獄へと囚われることでしょう」
トロウンズの腕に装着された鋭い刃のついた丸盾が、不穏に回転する。
遠距離戦では勝ち目がない、そう判断した大村は地を蹴った。
右足から風のエネルギーが放出され、彼のスピードを押し上げた。
弾丸のような勢いでトロウンズへと近付く。
だが、一瞬トロウンズの反応が速い。
腕を振り上げ、回転する盾を押し付けて来ようとする。
大村は直前で着地、左足から地のエネルギーが大地に伝播、彼とトロウンズの前に壁を作った。思わずトロウンズは立ち止まる。その隙に大村は風のエネルギーを放出し、トロウンズの背後に回り込む。右腕を振り上げると、ナックルが回転を始める。
トロウンズはバックキックを放ち、大村を迎撃しようとする。
止まらず大村は放たれた足に拳を振り下ろした。
炎のエネルギーを纏い、爆発的な加速を得た拳が右足を撃ち落とす。
左手に握った三又槍から水がしたたり落ち、蛇のように鎌首をもたげる。
トロウンズは一瞬攻撃を諦め、両腕の盾をかざし攻撃を防御しようとした。だが、変幻自在の軌道を取る水の蛇はトロウンズの防御をすり抜け、鎧に噛みついた。トロウンズの驚く声と、火花とが立ち上った。行ける、やれる!
大村は手ごたえを感じた。
それが儚い無双であるということに、すぐ気付かされる羽目になったが。
トロウンズの右半身が炎を上げ、左半身が凍り付いた。
鎧に噛みついた水の蛇が蒸発していく。トロウンズは『ガルガリエル』を振り上げた。防御しようとしたが、間に合わなかった。いままでを上回る速度と力で振り上げられた盾を受け、大村は吹き飛ばされた。
「神の威光に逆らうものは、こうなる。教えて差し上げましょう」
双盾が不穏に回転し、トロウンズの体から離れる。不可思議な赤い電光で本体と繋がった盾は、まるで意思を持ったかのように壁に叩きつけられた大村に襲い掛かる!
炎を撒き散らしながら迫る『オファニエル』を、大村はすんでのところで身を屈めて回避! 少し雨にあった城塞の一部が、冗談のようにぽっかりと穴を開けた。あまりに膨大な熱量ゆえ、通常の破壊現象ではなく溶解が起こっているのだろう。受ければただでは済まない。
『ガルガリエル』が地を這うようにして大村に迫る。助走をつけてのジャンプで回避、反撃に転じようとする。だがそれは出来なかった。凍結した地面が大村を絡め取ったのだ。引き剥がすことが出来ない、不可思議なエネルギーによって形作られた氷は、フォースの出力を持ってしても簡単に破壊出来るようなものではないのだ!
右から『オファニエル』が、左から『ガルガリエル』が大村を挟み撃ちにする。
どちらも必殺の威力を持っている、片方を迎撃したのでは間に合わない!
両方だ!
大村は赤い魔法石と青い魔法石を同時に押した。『FULL BLAST!』の声が重なり合う。右手の燃焼甲ブレイズリンガーが激しく回転し、三又槍の魔法石が激しく発光する。巨大な水球を『オファニエル』に向かって放ち、炎を放つ手甲を『ガルガリエル』に叩きつける! 耳をつんざく爆音が辺りに鳴り響き、衝撃が辺りに破壊をもたらす!
大村は無事か?
無事ではない、二つの戦輪は僅かに軌道を変え、即死の運命こそ免れることが出来た。だが、膨大なエネルギーが掠っただけで、フォースは大きなダメージを受けた。セーフティが作動しそうになるが、大村はそれを意志で押し止めた。
「なぜ神の救済を拒むのですか?
理解が出来ない。すべてが救われるというのに」
三又槍を杖代わりにして、大村はかろうじで立ち上がる。
そして、神の従僕を見た。
「その、救われるすべてに……入らなかった人間は、いったいどうなる?」
「すべては救済される。人間の視点から見れば滅びであったとしても」
「詭弁、だな。結局のところ、お前たちは上から、救うべきものを選んでいる……!
自分が気に入ったもの、自分に従順なもの!
その中に入らなかったものは、救われない」
大村は右手の人差し指を伸ばし、トロウンズを指した。
それは、弾劾の決意。
「救い、救われ、それを繰り返すだけの存在であるならば、お前は神なんかじゃない。
神を気取った、ただの人間だ。人間を救うというのならば!
すべての人間を救えよッ!
誰も傷つくことのない世界を、誰もが笑っていられる世界を作って見せろよ!」
「この世界には救われるべき存在と、救われるべきでない存在がある」
「それを決めるのはお前じゃねえ! 求められた救いを跳ね除ける傲慢が神の証か!」
やがて、大村は杖を外し、己が両足で立ち上がった。
身を焦がす憤怒をその燃料に!
「誰もが救われる世界なんてものが存在しないのであれば……
俺はせめて、俺が明日を選べる世界が欲しい!
すべてが思い通りにいかなくてもいい、せめて納得出来る世界を!」
「まやかしです、自由意志など。世界を混乱させるだけのものに過ぎない」
トロウンズの手元で双盾が威圧的に回転する。
ここまでか、大村は諦めかけた。
しかし、諦めていないものはいる!
断続的な銃声、振り返ったトロウンズの足元が凍結!
そして爆発! 莫大な熱量が大気を歪ませ、不穏な像を形作る!
「ったく、想像していた以上の化け物みたいだな。
こいつは。けど、負けんじゃねえ!」
楠は城塞の上から大村を激励した。
あれだけの大口を叩いておいて、倒れることは許さないとでも?
大村はヘルムの中で苦笑し、そして走り出した。
一瞬目くらましをくらったトロウンズだが、すぐに行動を再開した。
《エクスグラスパー》であるならば、この後いくらでも対処の方法はある。
双盾を大村に向け、放とうとする。
だが、それは叶わなかった。
頭上から球形の物体がいくつも落ちて来たからだ。
それは着地する寸前で炸裂、爆発。
トロウンズの体を爆風が煽り、爆炎が視界を塞いだ。
「我ら真田忍軍、世界は変われど志は一つ! 共に生きられる世界のために!」
ニンジャたちは頭巾を脱ぎ、敵を見た。
平和と調和の敵を。彼らを弾圧するものを。
如何に神聖な姿をしていようとも、その邪悪さを彼らは捉えていたのだ。
だがトロウンズは止まらない。回転する双盾が彼に向かって放たれる。
迫り来る死を真正面から見据えながら大村は走り、踏み出す。
左足で。地の魔力が大地に行き渡り、彼の足元を押し上げた。
大地を踏み台に、彼はムーンサルト跳躍を打った。
回転する双盾は虚しく地を切り、交錯。
着地した大村を狙って再び飛んで来た!
だが二手、遅れている。
その隙を確実なものとするため、最後の一人が動いた。
『FULL BLAST! WIND!』、放たれた二つの風の刃が回転する盾へと叩きつけられる! 膨張した、あるいは伸縮した大気が戦輪の軌道を捻じ曲げた。
『FULL BLAST! WATER!』。
大村は戦輪を避けようともしなかった。
防がれることが分かっていたからだ。
彼の両脇を死がすり抜ける。
死神の咢を巧みにかわし、ついに大村は死の根源へと辿り着いた。
《フォースドライバー》から抽出された水のエネルギーが三又槍の魔法石と混ざり合い、荒れ狂う竜がトロウンズに噛みつく!
それは、円錐形に変化した水だった。トロウンズの回転盾に着想を得た回転する円錐がトロウンズの身に付けた《エンズドライバー》に食らいついた。だが、それを知るものならば、それをこう呼ぶだろう。
『ドリル』と。
水のドリルがドライバーを削る。
だが完全な破壊には至らない。
そうしている間にも双盾は使用者のところに戻ろうとしている。
大村をその軌道上に置きながら。
彼は最後のエネルギーを振り絞って緑色の魔法石を押した。
『FULL BLAST! WIND!』、右足に風のエネルギーが収束して行く。大村は走り、ドリルを蹴った。風の力によって後押しされた水のドリルが《エンズドライバー》にめり込み、砕き、そして破壊した。回転する双盾が大村に到達する寸前で、トロウンズは爆発四散した。
反作用によって大村は吹き飛ばされ、背中から地面に着地した。
意志によって装甲分解をこらえていたが、それも限界だ。
着地と同時に彼を覆っていた鎧が崩壊した。
「大村! あんた、大丈夫かいな!? 生きとるかーッ!?」
「ッ……! ああ、生きている、大丈夫だ。このくらい、何ともねえ……」
大村は荒い息を吐きながら正面を見据えた。未だ爆炎に覆われている。
「それより、気を付けろ。
まだ、トロウンズの奴が生きているかも知れないからな……」
その言葉通り、爆炎の中から影が現れた。二人は身構え、その時を待った。
だが、爆煙を裂いて出て来たのは彼らの予想だにしない人物だった。
「……なぜ、あなたがここにいるんだ……あなたは、死んだはず……!」
ビア樽のようにでっぷりとした巨漢だが、脂肪が詰まっているわけではなく鍛え上げられた筋肉によって構成されている。熊のような巨躯を持ったその男は、大村たちを見るとにこりと微笑んだ。
死んだはずの『共和国』騎士団長、ドライバーの元の持ち主。
「さすが、だな。私が《フォースドライバー》を託したこと、間違いではなかった」
「なぜあなたがここにいる! あなたは、確かにウルフェンシュタインで死んだはず」
大村は混乱していた。
死んだはずの人間と対面したのだ、それは当たり前だ。
それが彼が見とった人物であるのならば尚更だ。
しかし彼はすぐその可能性に思い至った。
「……『奴』が、神があなたを再生させ、こうして使役しているのですね?」
「再生した、というのとは違う。私は肉の檻に囚われた囚人だ」
彼は手をかざした。
指の先端から光の粒子になって消えて行こうとしていた。
「私の魂はトロウンズに囚われていた。感謝するよ、みんな。私を解放してくれて」
「感謝なんて、そんなのしないで下さいよ! 俺は、俺はあなたを、また……」
騎士団長は大きな手を大村の肩に乗せた。
彼の目をしっかり見て、優しく言った。
「キミのせいではない。私がウルフェンシュタインで死んだことも、ここでキミに倒されたことも、すべて私の望みなのだ。私はキミに未来を託して死んだ。だが生きたいと思ってしまった。そこを付け込まれ、このようなことになってしまった。礼を言わなければならない、大村くん。キミはいつも私の不始末のケリをつけてくれるのだから」
騎士団長の体から力が抜けていく。
大村はそれを抱き留めようとした。
だが、全身が光の粒子へと還元され、彼は消えて行った。
恐らく、この世界から永遠に。
「……こんなことになってもうたけど、最期くらいは満足したんかな……」
「……さてな。死人が満足したかなんて、誰にも分からねえ。そう思えるかどうかだ」
だが、戦いはまだ終わっていない。
慌ただしい足音が大村たちの耳に飛び込んで来た。
フォースの足音だ。
誰もが満身創痍、戦いを続けられるような状態ではない。
ここで終わってしまうのか。
誰もが歯噛みし、それでもまだ諦めたくないと思った。