まやかしの世界が消える時
俺と大村さんは同時に左右の拳を繰り出した。渾身とまではいかないがそれなりに勢いの乗った拳、だがそれはあっさりとダークネスドラゴンに受け止められた。見た目通りのバカ力、ランドドラゴンのそれより遥かに強い力に呻く。
ダークネスドラゴンは俺たちの拳を跳ね除けると、首に手を伸ばして来た。
凄まじい握力によって締め付けられ、息が出来なくなる。
ダークネスドラゴンは俺たちを引きずり走り出した。
背中から壁に叩きつけられ、脆弱な壁を破壊し庭へと投げ出される。
「チッ! 見た目通りのパワー型だな……だが負けちゃいられねえっての!」
俺は闘志を奮い立たせ、ダークネスドラゴンに殴りかかる。
その一撃はスウェーで回避されるが、しかしそれはもともと想定していた通り。
反撃をかわし反転しつつ、ダークネスドラゴンの背後を取る。
正面からは大村さんが向かって行く。
大村さんの手には切断された槍があった。形と長さからサイのような形になっており、近接戦闘での取り回しはこっちの方が良さそうだ。先端の魔法石は無事なので、魔導兵器としての威力にいささかの遜色もない。大村さんは水の刃を展開し切りかかる。
前後から挟まれているというのに、ダークネスドラゴンはまるで堪えていないようだった。背後から迫る俺の対応を右手で、正面から迫る大村さんへの対応を左手だけで完結させている。片腕ずつの対応だというのに、まるでこちらの攻撃が当たらない。
恐らくは視野の広さがそれを可能にしているのだろう。人間よりも野生動物の方が視野が広く、多くのものを見通すことが出来るという。いなされ、裏拳を叩き込まれてようやくそのことを思い出した。地面を転がる俺に見向きもせず、ダークネスドラゴンは大村さんへの対応に注力する。彼も掴まれ、俺の方に投げ飛ばされた。
「真正面から一緒にやった方がマシかもしれないっすね、これだと」
「強いな、あのクソドラゴン野郎。だが、最後に勝つのは俺だ!」
強敵だ。
だがエクシードフォームは使えない。あれは鎧に蓄えられたエネルギーを大量に消費する。最大で三分ほどしか保たない上に、内蔵したエネルギーを使い切るとしばらく変身することすら出来なくなる。そして三分でこいつを倒せるとは思えない。大村さんと言う心強い仲間と一緒に、通常のパワーでこいつと戦うしかない。
俺たちは闘志を滾らせ、ダークネスドラゴンへと再び向かって行く。
俺が突きを繰り出し、反撃に転じようとしたダークネスドラゴンを大村さんが押し止め、そこで生じた隙を俺がカバーする。即席にしてはよく出来ていたように思うが、しかし敵はそれを上回る。
繰り出した拳を横合いから叩かれ、俺の体が揺らぐ。大村さんの方向へと。俺のカバーをしようとした大村さんはタイミングを逸し、たたらを踏む。ダークネスドラゴンは俺に向かってキレのある後ろ回し蹴りを繰り出した。もちろん、よろけた俺は回避することが出来ない。内臓を押し潰されるような衝撃を受け、俺は吹っ飛ばされた。大村さんごと。
十メートルくらい吹っ飛ばされ、俺たちは無様に地面を転がった。
「チッ……クソドラゴンが! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」
大村さんは倒れた姿勢のままドライバーに付けられていた青色の宝石を押した。
『FULL BLAST! WATER!』の掛け声とともに水色のエネルギーが左手に収束、サイに絡み付いた。更に、サイに付けられた魔法石も輝き、水を放つ。二つの水のエネルギーが混ざり合い絡み合い膨れ上がり、二倍ではなく二乗倍の出力を叩き出す!
荒れ狂う水の竜がダークネスドラゴンに向かって飛びかかる!
やったか!?
いや、やっていない。ダークネスドラゴンは右手でそれを受け止めていた。腕には注連縄のような筋肉と血管が浮かんでおり、それが渾身の力を込めているであろうことは遠目にも想像することが出来た。だが、それが奴を傷つけていないことに変わりはない。
ダークネスドラゴンはギュッ、と左手を握り締めた。
こちらもすさまじい力が込められていることが分かる。
ダークネスドラゴンは左手で水の竜を殴りつけた。
竜は弾き飛ばされ、俺たちの方に飛んで来た。
かろうじで防御姿勢を取ったが、竜の生み出した衝撃波に俺たちは吹っ飛ばされた。
美しい庭園にクレーターが穿たれる。
「クソッタレ、俺の最大出力だぞ……!? 簡単に吹っ飛ばしてくれやがって!」
「ヤバ過ぎんだろ、あいつ。俺たちでホントに勝てんのか……?」
信さんのフルアームズリンクならば何とかなるか?
だが、今この場にいない人に頼っても仕方がない。
この場は俺たちが何とかするしかないだろう。
「大村さん、フォースのエネルギーはどれくらい残っていますか?」
「フルブラスト二発と少しってところか……どうするつもりだ、シドウ?」
「ちょっと考えていることがあります。うまく行けば、あいつを倒せるでしょう」
となると、ちょっとだけ時間を稼ぐ必要がある。
もう少しの間あいつの注意を引きつけ、格闘を続けなければ。
それまで俺たちがやられない、という保証はないが。
そんなことを考えていると、更に俺を不安にさせる事態が発生した。ダークネスドラゴンの体がどんどん膨れ上がって来たのだ。筋肉はより密度を増し、爪は手甲、脚甲のような形になり腕に纏わりつき、コウモリのような翼は巨大化し人一人二人を包めるくらいの大きさになった。ダークネスドラゴン、狂暴態といったところか?
「……で? 手前の策とやらはいつどこでどうやって発動するんだ?」
「……あの化け物をぶっ倒してからじゃいけないかなー、なんて」
ダークネスドラゴンが巨大な翼を広げた。
骨組みの先端に光が宿り、火球が現れた。
俺と大村さんはほとんど反射的に左右に飛んだ。
一瞬遅れて火球の群れが俺たちのいた場所に殺到した。
いくつもの爆発が連続して起こり、美しい庭園を焼き滅ぼした。
「距離を取っていたんじゃ逆に不利か! こうなったら懐に飛び込んで!」
連続して生成される火球を避け切るのは難しい。
俺は敢えてダークネスドラゴンの逞しい懐に飛び込んで行った。
胸の厚みが三十センチくらいあるのを見て、突っ込んで行ったのを後悔したが。
真正面から繰り出した拳は厚い胸板に弾かれ、傷一つつけなかった。
乱暴に振り払われた腕をガードするが、あまりの圧力に耐え切れず弾き飛ばされる。
大村さんも喧嘩士のような飛び蹴りを繰り出すが、ドラゴンの腕にあっさり受け止められた。本当の蹴りを見せてやる、とばかりにダークネスドラゴンが繰り出した蹴りは彼をふっ飛ばし、屋敷の壁にめり込ませた。いままで相手にしてきた連中とは格が違う。
大村さんを引き剥がしたダークネスドラゴンは巨大な翼をはためかせた。
発生した強烈な風圧に俺は吹き飛ばされかける。
ドラゴンの強靭な肉体が、空に浮かび上がった。
飛ぶとは思っていたがまさかこんなにしっかり飛ぶとは思っていなかった。
骨組みの先端から再び光が迸り、地上に向かっていくつもの火炎弾が放たれた。
俺は必死になって駆け、上空から打ち下ろされる弾丸を必死になって回避した。
いつまでもあんなでたらめな攻撃が出来るはずはない。
どこかに途切れ目はあるはずだ。俺は大村さんの方を見た。
よろよろとだが立ち上がってくる、まだ反撃の芽は摘まれちゃいない!
そんなことを思っていた俺の前方で火炎弾が炸裂した。
予想外の方向から受けた衝撃に、俺は後ろに向かったふっ飛ばされた。
直撃しなかったのはこれ幸い、しかも火炎弾の途切れ目に偶然にも当たった。
「いまだ、大村さん! さっきの水を使ってくれーッ!」
大村さんは疑心を俺に向けて来た。当然だ、さっきの攻撃はダークネスドラゴンに少しもダメージを与えられなかったのだから。だが、俺には策がある。それにはあの攻撃が必要不可欠だ。俺はもう一度叫んだ、あの攻撃を使ってくれ、と。
「チッ! 何を考えているのか知らねえが、外したら承知しねえぞ!」
大村さんは青い宝石を押し込んだ。
『FULL BLAST! WATER!』の機械音声が流れる。
ダークネスドラゴンはそちらを見た、嘲笑うような目で。
大村さんはサイを手元で振り、水を収束させる。そして、遠心力を乗せてそれを投げ飛ばした。巨大な水球がダークネスドラゴンに向かって行く。
並の化け物であれば粉砕されるほど強烈な水圧を、しかしダークネスドラゴンは片手であっさりと受け止めた。そして、先ほどと同じように逆の手で水球を殴りつけた。
ここまではさっきと同じ。
「パターンで攻略できると思ってんじゃねえぞ、タコが!」
だがここから先は違う!
俺は紫色の炎を収束させ、投げた。
放たれた火炎弾は水球とぶつかり合い、それを蒸発させた。
膨張によって衝撃波が発生し、それに乗って水蒸気が辺りに撒き散らされる。
ちょうど俺たちとダークネスドラゴンとの間に壁が出来る。
恐らくダークネスドラゴンはさっきの面制圧攻撃を放ってくるだろう。
こちらの姿は見えないが、あれなら問題なくこちらを攻撃出来る。
ならば俺はその上を行かねば!
フォトンシューターを引き抜き、変身。
ブライトフォームへと変わった俺は上空にフォトンシューターを向けた。
出力『MAX』、連射速度『MIN』。
『FULL BLAST!』の機械音声が高らかに響く。
射角を微調整。教えてくれ、どこに撃てばいい?
『そこです、シドウさん! 撃ってください!』
「分かった! ありがとよ、エリン! 喰らいやがれ、ドラゴン野郎ォーッ!」
フォトンシューターのトリガーを引いた。厚い水蒸気の雲を突き抜けて、光線が一直線に空へと向かって伸びていく。光線はダークネスドラゴンの右肩と、その先にあった翼の付け根を溶断した。ダークネスドラゴンは絶叫を上げながら地面に向かって落下、石畳に叩きつけられもう一度苦し気な悲鳴を上げた。
「サンキュー、エリン。お前のおかげでこいつを叩き落とせたぜ」
『こちらこそ、お役に立てたならよかったです。シドウさん』
水の煙幕を張るところまでは思いついたが、どうやって煙幕越しにあいつを倒したものかと思案していた。だが、答えは簡単なところに転がっていた。クロードさんや信さんに守られているエリンの力を借りればいいのだ。
彼は天地万理を見通す眼、『サードアイ』を持っている。あれならば視界が限定されていても関係はない。ダークネスドラゴンが飛んでいたのも幸いだった。あれのおかげでかなり楽に相手を捉えることが出来た。
地面に転がったダークネスドラゴンは、しかし闘志を萎えさせることなく立ち上がった。憎悪に満ちた視線を俺に向け、残った左手で立ち上がり、戦闘態勢を取る。
手負いの獣が一番危険だ。俺は挿入されたカードを押し込み、必殺の体勢を取る。胸甲が光り輝き、そこから漆黒のラインを通って光り輝くエネルギーが右足に収束していく。踏み切り、跳躍。ダークネスドラゴンは残った右腕を掲げ、俺の一撃を待ち構える。
『FULL BLAST! LAND!』。
そんな機械音声が鳴ったのは跳び上がった瞬間だった。
大村さんは大地を踏み鳴らした。地の魔力を受けた地面は何の前触れもなく隆起し、ダークネスドラゴンの足場を崩した。盤石であったはずの足場が突如として崩壊したことで、ドラゴンは成す術なく体勢を崩した。
大村さんは振り下ろした足を軸に、跳んだ。
地のエネルギーが収束した左足をドラゴンに向けて放つ。
「ライトブリンガーッ! ハァーッ!」
大村さんの中段飛び後ろ回し蹴りがダークネスドラゴンの背中に。
俺の放った蹴りが胸に叩き込まれた。
両面から受けたダメージに耐え切れず、ダークネスドラゴンは爆発四散!
俺が地面に降り立つのとほぼ同時に、周囲の景色が揺らいで行った。
テレビ映像に入るノイズのように、空間が揺らいだ。
それに伴い、周囲の景色が変わって行く。
美しい庭園は消え去り、雑草生い茂る広場へと変わって行った。
整備された石畳はガタガタになり、隙間から逞しく野草が生えている。
屋敷は土台を残すのみだ。
恐らく、ここと同じようなことが市街地全体で起こっているのだろう。
まやかしは去った。
かつて歴史の闇に消え去った街は、再び闇の中に戻って行った。