神速の襲撃者、再び
門の脇に備え付けられた小さな扉を潜り、俺は大村さんを探した。
焼け焦げた庭園、豪華な石畳の道。
大村さんは真正面にあった噴水広場で化け物と戦っていた。
「クソが、手前ら退きやがれ! 俺の、邪魔をするんじゃねえ!」
三又槍を振り回しながら、フォースとなって大村さんは戦っていた。
俺は走った。
「変身!」
走りながらバックルを召喚し、カードをセット。
俺の周囲が光り輝き、黒い装甲が走る俺の体に纏わりついた。
変身完了と同時に踏み込み、噴水を飛び越えてゾンビを蹴った。
ゾンビの体が地面に叩きつけられ、血のような飛沫を撒き散らし動かなくなった。
「お前は、シドウ! こんなところでいったい何をしている!?」
「そりゃ、こっちのセリフでしょうが! 大村さん! さっさと、逃げないと!」
ゾンビを蹴り付け、叩き伏せながら俺は大村さんに言った。
だが彼は話を聞かない。
「嫌だ、俺は退かない! ここまで来て帰ることなんて出来ない! もう俺は嫌だ!」
彼は俺の話を聞いていない。
だったら、俺がここで取るべき行動は一つだ。
「だったら行きましょう、大村さん! それですべてを確かめるんです!」
足払いで転がしたゾンビの足首を掴み、振り回す。
ゾンビがゾンビに巻き込まれて吹っ飛んで行く。
瞬間、屋敷の入り口を塞いでいたゾンビがいなくなった。
「あんたが退かねえってんなら、俺も退かねえ。
あんたを連れて帰るって言ったんだ。
だったらあんたが帰って来れるように、俺はここで最善を尽くすさ!」
「……だったら言ってねえで、さっさとこいつらをぶっ飛ばして進むぞ!」
俺たちはゾンビとの戦いを再開した。
ゾンビ一体一体はそれほど強くない。いまの俺の力は大村さんのフォースを上回っている。技量の関係ない相手ならば、俺の方が速く、多くを相手にすることが出来る。炎を纏った拳がゾンビたちを焼き滅ぼ、水の刃がゾンビの急所を的確に射抜き倒した。すぐに動く化け物はいなくなった。
「……行くぞ、シドウ。俺の記憶が確かなら、もう時間はねえはずだ」
俺たちは変身を解除し、屋敷の中へと入って行った。俺の『アレスの鎧』はともかく、大村さんの《フォースドライバー》は内蔵しているエネルギーを使い切ったら変身が解除されてしまう。待機状態なら僅かながら充電されるため、こうする方が使い勝手がいい。
「あなたはここで何が起こったのか、知っているんですね」
「すべてじゃねえ。すべてが分かってんなら、すぐに終わらせたかった」
大村さんは俯いた。
複雑な感情が、彼の浮かべている表情から感じられた。
もっと自体が単純だったなら、こんな顔をせずに済んだんだろう。
それは彼にとっても複雑で、難しい出来事なのだ。
白と黒に分けられるほど単純な事態ではない。
「だが、分かったよ。今日。《ナイトメアの軍勢》を呼び出したのは、あの男だ」
奇しくも大村さんも俺たちと同じ結論に達したようだった。あの化け物がどれだけの力を持っているのか、それを疎んでいた自らの妻で試そうとしていたのだろう。
「俺は母さんを救う。あの男をぶっ殺す。こんなところで死んでいい人じゃない」
「もしお母さんを助け出すことが出来たとして、大村さんはどうするんです?」
「……さあな、どうしたいのかなんて分からねえ。
息子です、なんて出て行けやしない」
どうにもならないことも、彼は分かっている。もし本当に過去を変えることが出来るとして、救われるのは子供の頃の大村さんであって、自分ではない。それでも救いたい。
彼の決意を止めることは出来ない。
だが、それでも胸が痛いと感じた。
俺たちが辿り着いた大広間には始祖の銅像が設置されており、その奥に大きな階段があった。ほとんどの明かりは落とされ、星灯りだけが広間を照らしている。ステンドグラスから注ぐ光が幻想的だ。そこに死体が転がっていなければもっと良かっただろう。ゾンビらしき死体、守衛の騎士らしき死体、たくさんある。だが三人の姿はなかった。
俺たちが通されたのは一階部分だけだったので、生活スペースは二階にあるのだろう。事実、大村さんも迷うことなく階段に向かって行く。俺も続いて行こうとした。だが、入り口の扉の上にあったステンドグラスが突如割れた。
けたたましい音を立てて割れるガラス。降り注ぐ破片から身を守るため、俺は丸まった。大村さんは振り返り、割れるガラスの方を見た。そこから飛び込んで来る影を。
大村さんは防御のために槍を掲げたが、しかしあっさりと吹き飛ばされた。ミシリ、と音を立てて金属製の槍が真ん中からへし折られ、黒い影の放った蹴りが大村さんの体に突き刺さった。ワイヤーに引かれたように吹っ飛んで行き、大村さんは壁に叩きつけられた。苦しげな呻きが広間に響き渡る。
俺は顔を上げ、襲撃者の方を見た。
「愚かなものたちだ。ここに来ることがなければ、死ななかったのに」
襲撃者は、白銀の甲冑を身に纏った男だった。ベルトから四肢と首に向かって緑色のラインが伸びており、鋭角を多用したデザインが非常に攻撃的だ。バッタの複眼めいて巨大な眼孔部は黄金色に輝いており、威嚇するように具足に備え付けられた車輪を回した。
「お前は、確か……イダテン!? どうしてこいつがここに……!」
およそ半年前カウラント島に出現し、村を壊滅させた白銀甲冑の男、イダテン。それがなぜここに? いや、ここも神の仕込みでこうなったというならこいつがいても不思議ではない。イダテンは大村さんの方に向けていた視線をこちらに向け直した。
「なぜ俺の名を知っている? 名乗ったことは……ないはずだが?」
「悪いな。お前は俺を知らないが、俺はお前を知っているのさ!」
「言っている意味が分からないな、狂人。
だが説明する必要はない。お前はここで死ぬ」
イダテンは俺の方に向かって駆け出して来た。
凄まじい速度だが、ギリギリで反応出来ないほどではない。舐めている。
イダテンが繰り出して来たパンチを紙一重でかわし、腕を取る。
「大村さん、先に行ってください! こいつは俺が押さえますから!」
「貴様ァ……! 邪魔をするな! ここで成されることの意味を知らぬものが!」
イダテンは激高し、俺の体を無理矢理振り払った。
さすがにイダテンの力に抗うことは出来ない。
引き倒され、今度は掛け値なし本気の蹴りを繰り出された。
俺は腕だけを変身させて、それを受け止めようとした。
だが、それは叶わない。
イダテンの凄まじい威力の蹴りを受けて、俺は銅像の辺りまで吹き飛ばされる。
その隙を見逃さず大村さんは立ち上がり、階段まで走り出した。イダテンはそれを追いかけようとするが、しかし俺がカードを見せると動きを止めた。
「貴様、それは『聖遺物』! なぜ貴様のようなものが、それを持っている!?」
「さあ、どうだろうな。リベンジマッチだ! 俺に勝てたら、理由を教えてやるよ!」
円弧を描き、バックルを出現させる。
そして対極図を描き、カードをバックルに挿入。
「変身!」
俺の体が光に包まれ、鎧が展開される。イダテンと対峙。
「狂人が。何を言っているのかまるで分からん。不快の極みだな」
「何言ってんのか分かんなくてもいいさ。どっちにしろ、俺はここを通さねえ」
「お前を殺して通ることにしよう。私の邪魔をしたこと、後悔するがいい」
俺とイダテンは同時に駆け出した。一瞬にして間合いが詰まる。俺が繰り出した拳をイダテンはいなし、逆に背中を向けた俺に手刀を繰り出してくる。それを反転しながら受け止める。向かい合い、繰り返される丁々発止の打撃戦!
「何が目的だ、お前! この状況はお前たちが作り出したものなんだろう!」
「英雄を生み出すこと。この世界の次代を担うに足るものを作り出すこと」
イダテンが回し蹴りを繰り出してくる。しなやかな鞭の如き一撃を何とか受け止めるが、重い。体勢を崩し、戦いの主導権がイダテンの方に移って行くのを感じた。
「時たまイレギュラーがある。筋書きに沿わないお前たちのようなものが。
それを止めるのが私の役目。世界は安定的に運用されて行かなければならない。
不確定要素は潰す」
足を止めての打ち合い。イダテンは目もくらむような凄まじいスピードで次々拳撃を繰り出してくる、反撃の糸口が掴めない。冷静にそのタイミングを探らなければ。
イダテンが膝を上げる。再び蹴りを繰り出してくる、そう判断した俺は出かかりを潰そうとした。だが、それはフェイントだった。すぐに足を引かれ、代わりに放たれたのは肘による一撃だった。側頭部を打つ一撃が俺の頭を揺らす。続けざまに左の回し蹴りが放たれる。無防備になった側面に蹴りを受け、俺の体が再び銅像の辺りまで吹き飛ばされる。
「お前がどうやって『聖遺物』を手に入れたかは知らないが、年季が違う」
「言ってろ、クソ野郎! だったらこいつはどうだ!」
フォトンシューターを抜き、ボタンを押す。ブライトフォーム、展開完了。
光輝を放つ俺の鎧を見て、イダテンは一瞬たじろぐ。
その隙にフォトンシューターの出力を調整し、放った。
光の弾丸がいくつもイダテンの装甲に突き刺さり、火花を上げた。
イダテンの装甲強度はそれほど高くないようだった。
それほど高くない威力の攻撃を受けたたらを踏む。
その隙を見逃しはしない、再び俺は駆け出した。
通常形態の時はそれほど気にならなかったが、鎧の出力増強を受けるとさすがに装甲の重みが目立ってくる。だが、それを差っ引いてもお釣りが出るほどブライトフォームのパワーは強い!
体勢を崩した隙を見逃さず、俺は跳び込んだ。
スピードではイダテンに勝てない、力押しだ!
飛び込みながら放ったパンチがイダテンの鎧に突き刺さり、火花を上げる。イダテンはよろけながらも反撃を繰り出してくる。何発ものパンチが一瞬にして繰り出され、衝撃が俺を襲うが、それに構わず俺は突き進みもう一撃を繰り出す!
パワー、スピードともにイダテンは優れている。技術だとか速さだとか、そんな領域で殴り合っても俺の負けは決まっている。ならば俺がやり合うべき土俵は一つだけ。何度攻撃を食らっても諦めない闘志! それだけを武器にして俺は戦う!
イダテンが繰り出す拳を冷静に観察する。何度攻撃を打っても倒れない俺に焦れたのか、少しずつ大振りな攻撃が混ざってくる。威力はある、だが避けられないレベルではない。全神経を集中させそれをかわし、俺はその拳を絡め取った。
狼狽えるイダテンの腹に銃口を押し当てる。そして、トリガーを引く。ゼロ距離で放たれた弾丸がイダテンの装甲を粉砕し、吹き飛ばす。背後にあった入り口の扉を破壊しながら、イダテンは噴水広場に向かって吹っ飛んで行った。俺はそれを追いかける。
「チィッ! 何者だか知らんが、少しばかり貴様のことを侮っていたようだな……!」
イダテンはよろよろと立ち上がりながら、踵を打ち鳴らし立ち上がった。
「俺のことを舐めた、それがあんたの敗因だ! 喰らいな!」
よろよろと立ち上がるイダテンに向かって、俺は走りながら渾身のストレートパンチを繰り出した。しかし、つい先ほどまでそこにいたはずのイダテンの姿が、消え失せた。
「これは……! あの村で見た、高速移動能力か!」
高速移動を繰り返す音が聞こえる。右から聞こえたと思った音が次の瞬間には左、後ろ、前、斜め後ろ。俺のことをおちょくるように旋回しているのが分かる。撹乱しているのだ。どこにいるのか見極めようとしたそのタイミングで側頭部に衝撃があった。
背後から殴られた。拳を振り抜き、俺の眼前に回ったイダテンの姿を見てそれを確信した。叫びながらイダテンを殴りつけようとするが、しかしその瞬間にはイダテンの姿はなかった。左側面に現れたイダテンが目にも止まらぬスピードでパンチを繰り出し、顎、脇、背中、胸に連撃を繰り出す。
それも一撃や二撃ではない、文字通り数え切れぬほどの乱打だ。裏拳を放ち迎撃しようとするが、再び奴の姿がかき消えた。
反射的に左側に向かってフォトンシューターを振ったが、その手首に衝撃。あまりの威力にこらえきれず、フォトンシューターを離してしまった。白銀色の装甲が分解されていく中、イダテンの前蹴りが俺の腹に叩き込まれた。今度は俺が吹き飛ばされる番だった。
「グワァァァァーッ!?」
無様に背中から地面に叩きつけられる。何とか変身解除に追い込まれずに済んだが、しかしどうすればいい? ブライトのパワーでもこいつには勝てないのか?
「貴様が何者かは知らん。だが、そのちっぽけな命で私を倒せるとは思わないことだ」
「……さあ、そいつはどうかな? 万が一ってこともあるぜ……!」
立ち上がる。闘志だけは萎えさせない。
深呼吸し、バックルに装着されたカードを押した。
イダテンは鼻で笑う。
そうだ、これでは足りない。
俺はもう一度それを押した。
イダテンは訝し気な視線で俺を見た。二重のフルブラストなど見たことがないのだろう。だがまだ足りない、俺が確信を得るには。俺は三度カードを押し込んだ。
「なんだ、その力は。『聖遺物』ではないのか?
知らないぞ、私はそんなもの……!」
「知らねえってんなら教えてやるよ。俺の、俺たちの力ってやつをな!」
この力は俺だけのものではない。
命を賭けて俺を生かしてくれた、すべての人が与えてくれた力だ!
だからこそ、俺は負けられない、負けちゃいられないんだ!
渾身の力を込めて仁王立ちになり、万感の思いを込めて裂帛の気合を放つ。
そうすると、俺の体に変化が生じた。
禍々しくも力強い装甲が、俺の全身を包み込んだのだ。
「貴様、それはいったいなんだ! 私の知らない『聖遺物』の力だと!?」
「教えてやるよ、イダテン! こいつの名はエクシードフォーム、お前を倒す力だ!」
かつて命を削って使っていたこの力。
だが、いまは存在が摩耗するような感覚を覚えることはない。『アレスの鎧』は巨大な外付けエネルギーパックなのだ。そのものの持つ力を増幅させる力を持った『聖遺物』は、俺の命の代わりとなってくれているのだ。
俺の変化を見て怯んでいたイダテンだが、しかしすぐに気を取り直した。
真正面から俺目掛けて突っ込んで来る。
イダテンの持つ力はスピードの増強。
誰の目にも捉えられぬ、正しく神速を装着者に与える力。
その力を信じ、イダテンは突っ込んで来る。
渾身の力を込めたストレートパンチを繰り出してくる。
人間には避けられぬ一撃。
だがエクシードフォームなら話は別だ。
俺はイダテンの行動を初めから終わりまでずっと見ていた。左手を打ち下ろすようにして繰り出されたパンチを逸らし、右手で突っ込んで来るイダテンを打った。イダテンは呻きながら後方に数歩後ずさった。
俺は一歩踏み出す。イダテンは体勢を立て直し、振り下ろすような一撃を繰り出して来た。俺は左手でそれを受け止め、右手でイダテンの胴を打った。
『ぐっ!』と呻く声が聞こえ、イダテンが後ずさる。叫びながらイダテンは前蹴りを繰り出してくるが、それをいなしショルダータックルを繰り出す。無防備な胴に一撃を受けたイダテンは成す術なく吹っ飛ばされ、先ほど俺がそうしたように背中から地面に叩きつけられた。
「この力、『聖遺物』だけではないのか? まさか、神の血と肉を合わせた……!」
「お前らが言うんなら、そう言うもんなんだろうな。さあ、止めだぜ」
カードを一押し、右手に力を込める。
紫色の炎が右腕に収束する。
イダテンも立ち上がり、カードを押した。
緑色のエネルギーラインが発光し、右足に力が収束していく。
俺とイダテンは同時に踏み出した。
イダテンは左足で踏み込み、渾身の上段回し蹴りを繰り出して来た。俺は身を屈めそれを避け、イダテンのバックル目掛けて右ストレートを叩き込んだ。イダテンの体がくの字に折れ、吹き飛んで行った。バックルから電光と光が漏れ出し、地上に激突する寸前で絶叫を上げながら爆発四散した。
爆風が晴れたのを見て、俺は息を吐き変身を解除した。
そこには誰もいなかった。
(『聖遺物』の衝撃吸収機構がどれだけ優秀ったって、あのダメージで傷一つなく隠れられるわけがねえ。最初からあの中には誰もいなかったと考えるのが妥当だな)
この世界は《ナイトメアの軍勢》が作り出したもの。クロードさんが言ったことを始めは理解出来なかったが、おぼろげながら捉えることが出来た気がする。
だが、どうして? そんなことを何故するのかということは分からない。もし彼らが言語を操ることが出来るというなら話は別だが、そんなことは有り得ないだろう。
俺は大村さんを追って屋敷の中に再び入って行った。