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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
手に入れたかったもの
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ナイトメア・オブ・ザ・デッド

 壁を殴りつけた。

 ジンジンと手は痛むが、内心に湧き上がった怒りは収まらない。


「あのクソ野郎……俺が分かってやらなきゃならないだと?

 何も分かってねえクセしやがって! あいつはいったい何なんだよ、クソ!

 ふざけやがって、あの野郎……!」


 大村は歯噛みした。

 こんなことに気を取られている暇はない、分かっているが止められなかった。

 否定されなければならないのだ、過去は。そのためならばどんなことでもする。

 ここに来ることが出来たのは、天恵だ。変えろと言っているのだ、運命を。


 暗雲立ち上るあの日、すべてが終わった。

 いいことばかりではない、むしろ苦しいことばかりだったと思う。

 けれども、こうならなければならない理由はなかったはずだ。

 あの日目の前にいた自分がケリを付けられなかったから、英雄になれなかったのだ。


 あの時、何が起こったのか。完全には覚えていない。

 けれども呼び出された《ナイトメアの軍勢》が屋敷から市街地に繰り出し、すべてを崩壊させた。内部からの攻撃に騎士団は浮足立ち、対応出来ず、蹂躙された。市民たちは言うまでもない。焼け落ちた屋敷を見つめながら、自分はただ東屋の中で震えていた。何たる惰弱。


 ただ、焼け落ちる屋敷の中で見た。

 母の背から飛び出した刃。崩れ落ちる体。

 それを見つめる、狂気としか言えないような表情をした父の姿。

 あの日、父が母を殺した。


 ならば、《ナイトメアの軍勢》を呼び出したのは、父なのではないだろうか?


「……二度とあんなことは起こさせやしねえ。母さん、俺があんたを救う……!」


 もし母を救うことが出来たなら、自分はどうなるのだろうか?

 例え英雄になれなくても、自分は自分を許すことが出来るのだろうか?

 分からない、何もかも。


 ただ……もし母を救うことが出来たら、もっと静かなところに行きたいと思う。

 戦うのも、殺すのも、疲れた。そんなところに、あの女性を置いてはおけない。

 そんなものとは無縁な場所に行きたかった。

 運命がそれを許すかは分からなかったが、信じたかった。


 大村は天を仰いだ。ぐずついた空が見える。

 破局の時が、訪れようとしていた。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 その夜も、大村さんは戻ってこなかった。

 分かっていたこととはいえ、ため息を吐きたくなる。

 あの人は誰も信用していない。

 どんな半生を送ればあんな人格が形成される?


「アリカさん、オオムラ家所領崩壊について、分かることは他にはありませんか?」

「ほとんど情報が残ってないんですから、教えようがねーんですよ。

 ただ分かっているのはこの街が《ナイトメアの軍勢》によって滅ぼされること、たった一人大村少年が生き残ったこと。

 彼は事件のことについて口をつぐんでいたそうなんです」


 弱冠五歳の少年が、故郷を滅ぼされるというのはどういう気分なのだろう? 想像することさえ出来ない。大震災などで故郷を、家族を失った人々は、その記憶を封印して生きてきているという。彼も同じなのだろうか。過去を忘れ、いまを生きている。


「ここが滅んだオオムラ家だと言うなら、彼がしようとしていることは想像がつく」

「あの方は、過去を変えようとしているのでしょうか?」


 その可能性は高いだろう。クロードさんはリンドの言葉に頷いた。彼が取って来たこれまでの行動から鑑みると、オオムラ家の人間を監視しているようだったからだ。


「《ナイトメアの軍勢》が屋敷から出てきていることに、気付いているんでしょうか?」

「あるいは、思い出したのかもしれませんね。彼は事件の当日屋敷にいましたから」

「けど、未来を変えようとしているなら……おかしいんじゃないですか?」


 エリンが口を開いた。

 どういうことだろう、俺には不思議な点が分からないのだが。


「えっと、つまり。

 彼が当日屋敷にいたなら、あの時何があったのか分かっていたはずですよね?

 だったら、誰が《ナイトメアの軍勢》を生み出したのかも分かっている。

 ならすぐにでも対処するんじゃないですか?

 誰を止めればいいのか分かっているんだから」

「フォースの力があれば、相手の抵抗を許すこともないだろうからな」


 そう考えると確かに不自然だ。

 時期を待つ必要もないはずなのに。


「彼もすべてを知っているわけではないのでしょう。

 だから動くわけにはいかなかった。

 もしくは、分かっていても簡単には止められない相手だった」


 いかに大村さんでも簡単に手を出すことが出来ない相手、となると……


「まさか、大村さんのご両親が《ナイトメアの軍勢》を呼び出したんじゃ?」

「そうなると、家族を監視していた理由にも説明がつくわね」

「となると、召喚者は安全を確保していたはずだな。以上の情報から考えると……」


 つまり、カノン=オオムラこそが《ナイトメアの軍勢》を呼び出した張本人。


「『帝国』の大貴族がそんなことをするなんて……末期的な様相だったのね」


 アリカは自国の内情を知り、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「そこまではきっと、大村さんも気付いておいでだったんでしょうね。

 けれども、そう断定するに足るだけの証拠がなかった。

 だから下手に動くことが出来なかった」

「仮にも父だからな。ギリギリのところまで判断を待っていたかったんだろう」


 だがもし、大村さんが過去を本当に変えてしまったならどうなるのだろう?

 大村さんは家を失い、騎士になった。

 その過去がなくなったなら、彼は存在していられるのだろうか?

 自分という存在の危機に、大村さんは気付いているのだろうか?


「大村さんに会おう。

 彼が何をしようとしているのか知らないけど、話し合わないと」

「彼の行動を鑑みるに、意志は強固です。説得は困難だと思いますよ、シドウくん」

「そんなことは分かってます。

 けど、思いを成し遂げたって自分が消えちゃ意味がない」


 俺自身が消えたから、よく分かる。

 思いを遂げたって、最後には後悔が残るんだ。


「まあいいでしょう。

 僕も大村さんに会っておかなければならないと思っていたんです」

「お前も大村を止めようっていうのか?」

「そうではありません。ただ、漠然とした仮説があるだけです。

 もし真実ならば……」


 部屋のドアがノックされた。空には暗雲が広がる夜半、こんな時間に誰が?

 クロードさんは頷き、絶え間なく聞こえてくるノックに応答し、扉を開いた。


 そこに立っていたのは、宿の女将だった。ただし、その様子は尋常ではない。

 両目からは涙のようにコールタールめいた液体を流し、口からも血と黒い液体を垂れ流している。女将はねじくれた腕をクロードさんに伸ばし、掴みかかろうとする。


 しかし、女将の動きよりもクロードさんの動きは遥かに速かった。

 キン、と金属音がしたかと思うと、女将の体が正中線に沿って切断された。

 女将はゆっくりと後ろに向かって倒れ、壁にもたれかかった。

 そしてグズグズと崩れて行き、床に溶けて行った。


「こいつ、俺たちが庭園で遭遇したゾンビです! ってことは、これは……」


 外を見ても、グランベルクやグラフェンで遭遇したような大規模な破壊はない。

 だが、異様な雰囲気だけは伝わって来た。風に乗って悲鳴や絶叫が聞こえて来た。


「ゾンビ映画の世界だな、これは。どうする、お前たち!」

「思っていたより化け物どもの動きが早いですね。動き出さないとマズいです」


 その時、勢いよく宿の扉が開かれた。

 二階の客室から客が出て来たのだ。

 男に女子供、より取り見取り。

 だが彼らは例外なく全身の穴と言う穴から黒い液体を噴出している。


「まったく、対応が早い。これを見越して僕たちを宿に押し込めたのか?」

「窓から脱出しましょう。

 喰われるとどうなるかは分からないけど、正面突破は危険だ」


 あの中にはダークウォーターの端末とでも言うべきものが詰まっている。ゾンビ映画のように噛まれたり、引っかかれたりして感染する類のものではないだろうが、それでもあの数を前に狭い室内や廊下から突破していくのは危険だ。

 俺と信さんが真っ先に窓から飛び出し、外へと出て行く。部屋に入ろうとしたゾンビはクロードさんに処理された。


 二階の窓から飛び降り、子供たちを受け止めようとその場で振り向いた。

 だが、それを妨害するように宿の入り口からゾンビが飛び出して来た。

 ヤバイ、そう思ったが飛び込んできたゾンビは信さんに殴り飛ばされた。

 さすが、頼りになる人だ。


 幸いにも、ゾンビたちがこちらに来ることはなかった。子供たちを全員下ろしたところで、クロードさんが悠々と飛び降りて来た。返り血一つ浴びていない。


「どうやら始まったようですね。化け物が街中に蔓延しつつあります」

「噴水から水路を辿って街中に広がって行ったんですね……どうやったら止まる?」


 考えている時間はなかった。

 重い足音が周囲から聞こえて来る。

 宵闇を切り裂いて悲鳴が辺りに響き渡った。

 この争いの中枢を排除しなければ、どうにもならないだろう。


「オオムラ邸に行きましょう。あの人もあそこにいるはずです、合流しないと」

「すべての発端はあそこだからな。俺も賛成だ、行こう!」


 みんなで頷き合い、俺たちは太い路地を通ってオオムラ邸へと進んで行った。行く手を遮る化け物たちを切り伏せ、叩き伏せ、あるいは撃ち抜き、俺たちは目的地へと急いだ。やがてこの街で一番大きな建物が俺たちの目に飛び込んで来た。


「みんな、あと少しだ! 頑張ってくれ――」

「シドウくん、危ない!」


 完全に油断していた俺は、飛びかかって来るそれを察知することが出来なかった。

 屋根から飛び降りて来たそれは、俺の首筋目掛けて鋭い鉤爪を振り下ろして来た。

 クロードさんはそれを刀で受け止め、押し返した。

 空中で一回転し、化け物が大地に降り立った。


「……そんなバカな、あれはランドドラゴン!?」


 俺たちは驚愕に目を見開いた。

 俺に襲い掛かって来たのは人型の竜、ランドドラゴン。

 『真天十字会』との戦いの時、幾度となく目にした化け物だった。

 しかし、あの化け物は彼らが、アルバート=エジソンが作り出したはずだ。

 ここにいるはずがない。


「なるほど、懸念していたことですが、どうやら事実だったようですね」

「どういうことですか、クロードさん! どうしてこの化け物が!?」

「ここは過去の世界ではありません。ナイトメアによって再現された空間なんですよ」


 何を言っているのか、すぐには理解出来なかった。

 そして、その隙も存在しなかった。


 建物の影から、窓を破って、壁を破って、次々と化け物が現れ出て来たのだ。

 ランドドラゴン、タウラス、シックスアーム。

 いずれもあの戦争で確認された新型だ。


「シドウくん、大村さんの方をお願いします。彼はとても危険な状態にある」

「……分かりました、クロードさん。先に行って、俺が大村さんを連れてきます」


 状況は理解出来ない。だが、いまの状況が大村さんの願いとは決して相容れないものだということは何となくわかった。ならば、願いに囚われた大村さんが危険だ。


 俺は駆け出した。背後でクロードさんの剣戟が、信さんとリンドの変身音が、銃声が高らかに響いた。すまない、みんな。ここは任せる。

 俺は俺に科せられた使命を全うする。


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