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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
手に入れたかったもの
159/187

強くなる理由

 ビクリと震えてベッドから飛び起きる。

 悪い夢を見ていたようだった。

 内容は覚えていないが、とにかく恐ろしい夢だったと思う。

 ベッドが汗でビショビショだ。


 こんな風になってしまうのも、あのケルビムと言う男が言ってきたという言葉のせいだ。恐るべき災厄が俺たちに襲い掛かる、あれはいったいどういう意味なのだろう? もしかしたら、ケルビムは今回の件とは無関係なのだろうか? でなければ、あんな警告をして俺たちを遠ざけるような意味はないように思えた。


 まあいい、とにかく俺たちは俺たちに出来ることを探すだけだ。

 現状山を越える手段もないし、ここから出ることだって出来ないのだから。

 ぐっしょりと濡れ寝間着から普段着に着替え、朝飯を摂りに行く。

 肌に纏わりつく感触がなくなったので落ち着いてきた。


「おはようございます、シドウくん。

 ここのご飯、美味しいですよ。食べてみて下さい」


 クロードさんたちはいつもと変わらぬ様子で過ごしていた。

 何だか考えすぎた俺がバカみたいで、笑ってしまった。

 みんなは顔を見合わせて、俺のことを怪訝な表情で見る。


「やっぱり大村さんはいないんですね。あれから帰ってないんでしょうか?」

「ああ、宿の女将さんも帰ってきてないって言ってたぜ。どこほっつき歩いてんだか」

「大村さんのことですから夜の街に繰り出すということもないでしょう。

 大丈夫ですよ」


 子供たちの前でなんてことを言っているんだ、この男は。案の定エリンたちは発現の意図を理解し切れず、話し合い、そしてようやく理解して赤面していた。

 やれやれ。


「割り振りは昨日と一緒でいいですね。やることも特に変わりませんから」

「で、ですけどクロードさん。街中での捜索ならそれこそ兜の力が……」

「その姿で街を歩き回るつもりですか、リンドさん? チャレンジャーですね」


 言われてリンドはグッ、と息を詰まらせた。

 あの姿で街中を練り歩いたら目立って仕方がないだろう。

 ちょっとだけ空回りしているようなので、俺はリンドの頭を撫でた。


「落ち着けよ、リンド。

 キミにはキミにしか出来ないことがある、それはキミにだって分かっているはずだ。

 そうしてくれれば、俺は嬉しい」


 リンドは不承不承、といった感じだが納得してくれた。

 難しいお年頃だなぁ。

 すぐに子供たちは子供たちでの会話に戻って行った。

 続けて、クロードさんが言葉を繋ぐ。


「もし大村さんを見つけたら、そちらもお願いします。

 彼も悩んでいるようでしたから」

「ムーランさんの件で思いつめ過ぎないように、何とかやって見せますよ」


 急ぎ気味に飯を腹の中に収め、立ち上がる。

 アリカはその前にリンドにこしょこしょと秘密の話を吹き込んだ。

 何を言ったのか知らないが、リンドの顔は真っ赤だ。


「それじゃあみんな、行ってくるね! 気を付けて!」

「そりゃこっちのセリフだろ。ちゃんと前見て歩け、怪我しても知らねえぞ」


 楠さんは呆れてため息を吐くが、アリカの方はどこ吹く風だ。まったく、と俺たちは顔を見合わせて肩をすくめる。では俺たちも出発しよう、というところで裾を掴まれた。


「あの、その……気を、付けてくださいね。シドウ、さん?」

「分かってるよ。もう二度と何も言わないで消えたりしない。絶対に。約束するよ」


 最後にもう一度だけリンドの滑らかな髪を撫でて、宿から出発する。

 アリカは少し離れていてもすぐに分かるぐらい活発な子だ。

 それだけすぐに離れているということが分かる。

 ちょっとだけ頭を抱え、俺はアリカを追って道を進んで行った。


「おめー、素面であれだけのことが出来るって凄い奴なんだな、本当に」

「何言ってんですか、楠さん。藪から棒に、何のことですか?」

「分かってねえならいいよ。いや、よくねえか。とにかく、凄い奴だよ。お前は」


 言葉こそ俺を称賛しているようだが、決して俺のことを褒めていないんだろうな、ということは何となくニュアンスから分かった。何だかここんところ、おかしい気がする。




 今日はどこを探そうか、ということで俺たちは宿から少し離れた場所にある噴水広場で話し合った。本当にどこにでも噴水がある。ポピュラー過ぎて観光名所にはならないだろう。どうしてこんなところで話すのかと言うと、街の簡易地図が置かれているからだ。


「昨日調べたから、オオムラ邸に入ることはないわよね? 不審なところはなかったし、あいつらは外部から入って来たと判断した方がいいってことでしょ?」

「怪しいは怪しいけど、一旦保留しておいた方がいい怪しさだからな。かといってどこを調べよう、っていう具体的プランもないし、一通り回ってみればいいだろ」

「なら屋敷周辺から調べてみようぜ。外郭部はスラムが多い、後回しにしよう」


 昨日あれだけの数の化け物が現れたのは屋敷の周辺、すなわち貴族街の辺りだ。

 まずは地盤を固めること、捜査の基本だ。ならばと俺たちは歩き出した。


 貴族街に建てられているのは彼らの邸宅と騎士養成所、すなわち貴族学校だ。それから貴族向けのサロンや高級商店と言ったものがいくらか建っている。さすがに貴族自体の数が少ないので繁盛しているとは言えないが、それなりの賑わいがある。


「うん、やっぱりこの辺を歩くのは俺たちにとって気分のいいもんじゃないな……」

「堂々としてなさいよ、シドウ。あんた如きが皇女と歩いているんだからさ」

「元皇女、だろ。オメーなんていまや暴力的なクソガキだろうが」


 クソガキが物理的に噛み付いて来るのを何とかいなし、俺たちは貴族街を進んで行った。しかし、アリカの奴元皇女を名乗るワリにはそういう視線を気にしていない。やはりかつてグランベルク城で見たあの姿はネコを被っていた、ということだろう。

 大した奴。


 商店街の目を剥くくらい高価なものを横目にしながら、俺たちは整備された道を進んで行く。やがて、俺たちの前に巨大な建物が飛び込んで来た。マンションのようだがベランダはなく、周囲を高い柵で覆われている。正門には『騎士学校』の文字。


「ここが学校、か。学校って言うより、どこかの監獄みたいな出で立ちだな……」

「貴族の子弟でもキツさに耐えかねて脱走する奴が結構いるみたいなのよね。これはそれを避けるための柵。逃げようと画策したり、あまつさえ本当に逃がしたりするのは、学校側にとって屈辱的なことらしいから。逃げられないようにしているらしいのよ」


 志を持って入隊した自衛隊員だって結構逃げるそうだし、いわんや強制的に入れられる騎士学校なんて逃げ出したくて仕方がないだろう。先ほどから感じる圧迫間の原因はこれか。そんなことを考えながら俺たちが建物を見上げていると、中から声をかけられた。


「皆さま、何か御用でしょうか?」


 意外にも、それは老齢の女性の声だった。

 白髪の老婆が俺たちに声をかけて来た。


「いえ、特に用があるわけではありません。ただ、領主様から依頼を受けまして」

 言った瞬間、老婆の目が細まった。まるで歴戦の暗殺者か何かのような視線に、俺は瞬間たじろいだ。老婆は正門脇にあった小さな鉄扉を開くと、俺たちを招いて来た。顔を見合わせるが、入らない理由はない。俺たちは大人しくその好意に甘えることにした。


「カノン様からすでに話は伺っています。《ナイトメアの軍勢》の件ですね?」

「何と、すでにお話が通っていましたか。あの、どこまで聞いているんです?」

「邸宅に《ナイトメアの軍勢》が出現したと聞いております。

 それでこの辺りのことを調べているのでしょう?

 どうぞお調べください。それから、こちらもお持ちください」


 そう言うと老婆は俺に羊皮紙の束を渡して来た。

 周囲の捜査を行うにあたり、協力を要請する書状だ。

 用意してくれているとはありがたい、と言うかカノンが渡せばいいのに。


「それにしても、皆さんでここを調べるなんて。何かあったんですか?」

「いえ、大したことじゃありません。一帯調べるのに目についた、ってくらいで」

「そうなのですか? あなたのお仲間が先にこちらを訪ねてきているのですが」


 仲間が? ここに来るような人と言えば一人だけ、すなわち大村さんだ。


「あの、すいません。その人がいまどちらにいるかって分かりますか?」

「いえ、入ってくるなり一人で先に進んでしまったので。ごめんなさいね」


 ここでも大村さんは協調性のなさを発揮しているようだった。俺たちと違って彼は正規の騎士なので、その辺りの勝手さで呼び止められるようなこともないようだが。


「では、私はここで。何か分からないことがあれば巡回の騎士に聞いて下さい」


 老婆はそう言って頭を下げ、建物の中へと戻って行った。

 立ち姿と言い、はきはきとした受け答えと言い、結構な高位者なのだろう。

 協力してくれたことがありがたい。


「さて、どこから攻めていく? シドウ」

「まずは外側から調べてみましょう。何かおかしなものが落ちているかも……」


 まったくの思い付きだったが。

 他の面子には思いつきもないようだったので、とりあえず俺に従ってくれた。

 さすがに思い付きで何か見つかるほど甘くはなかったが。


 何も見つからないまま、俺たちは裏庭へと辿り着いてしまった。庭と言うよりは整備されたグラウンド、と言った風情の場所で、子供たちが訓練に明け暮れていた。


「教師の姿は見えないわね。いまは自主練習の時間ってことなのかしら?」

「自主的にこれだけの訓練すんのかよ、たまんねえな。俺一日でダウンしそうだ」


 彼らは自主的に自分を追い込んでいるように見える。走り込みに筋力トレーニング、剣の素振りに乱取りまで。強くなるためにここまでストイックになれるとは、幼いながらも彼らに尊敬の念を抱いた。

 もっとも、尊敬に値しないものもいくらかいるようだが。


 彼らは人目につかない倉庫の隅に陣取って、たむろしていた。

 いや、ただたむろしているわけではない。

 時折拳を振り上げたり、蹴ったりしている姿が見える。

 こんなところにもいるんだな、苛めっ子と苛められっ子が。

 さすがに俺は止めに入ろうと歩みを進めた。


 だが、それを遮るように一つの影が俺の前に現れた。大村さんだ。


「ちょ、大村さん! こんなところで何してるんですか。朝も戻らないで……」

「黙ってろ、お前には関係のねえことだろ。俺のことも、あいつのことも」


 あいつ?

 大村さんの肩越しに、苛められている子供の姿見えた。

 赤い髪の少年だ。

 つまり、過去の大村さん。


 未来の大村さんが、過去の大村さんが苛められるのを黙って見ている。

 頭の中がこんがらがりそうになったので、思わず声を上げそうになった。


「ちょっと、あんた! こんなの黙って見てろって言うんじゃ――」


 言う前に俺を止められた。

 鞭のように大村さんの腕がしなり、喉に裏拳を叩き込んだのだ。

 喉が潰れそうになるほど凄まじい打撃。


 更に大村さんは怯んだ俺を押し倒し、組み伏せた。

 声が出せず、立ち上がることも出来ない。

 じたばた足掻くことしか出来ない。


「おい、大村! お前、何やってんだよこんなのッ……!」

「黙ってろ、お前ら! 関係ねえよ、関わってくんじゃねえよ!」


 そんな俺たちのやり取りを、さすがに裏庭にいるすべての人間が聞いていた。

 あの苛めっ子たちも思わず手を止め、俺たちの方を見ている。

 あの赤毛の少年も、また。


「ボーっとしてんじゃねえよ! 戦えーッ! 抗えッ、戦えッ!」


 大村さんは俺を押し倒したまま赤毛の少年の顔を見て、叫んだ。

 赤毛の少年はビクリと震え、大村さんを恐怖の表情で見た。

 その顔を見て、更に大声で大村さんは叫んだ。


「戦え! 自分のことを助けられるのは、自分だけだ!

 戦え! 戦って、勝ち取れ!」


 大村さんは、怒っていた。

 戦わない過去の自分に、されるがままにして、過ぎ去るのを待っている自分に。

 それは、自己嫌悪。大村さんが変えたいと願ったもの。


 それでも、赤毛の少年は戦わなかった。

 拳を振り上げることすらなく、ギュッと自分の体を抱いた。

 その姿を見て大村さんは更に怒り、怒鳴った。

 だが、それが繰り返されるたびに少年の態度は硬化しているように思えた。


 対照的にヒートアップしていく大村さんの拘束が緩む。

 俺は渾身の力を振り絞って大村さんの体を押し返した。


 まるで拘束していた俺のことを忘れていたように、大村さんはあっさりと転がった。

 素早く立ち上がる。もちろん、立ち上がっただけで終わらせるつもりなんてない。

 その場で飛び上がり、転がった大村さん目掛けてジャンプパンチを繰り出した。


 それを素早く察知した大村さんは転びながらも蹴りを繰り出してくる。俺の方から蹴り足に突っ込んで行った形になり、加速が乗った分の衝撃が俺の腹に叩き込まれる。だが、そんなものでへこたれてやる俺じゃない。

 ゲロを吐きそうになりながらも我慢、足を跳ね除けて今度はこっちがマウントを取った。そのまま拳を振り下ろす!


「クソッ! 手前、シドウ! 邪魔してんじゃねえよ、クソが! 関係ねえだろ!」

「関係あるとかねえとかじゃねえだろ!

 あんたが分かってやらなきゃいけないだろ!」


 マウントを取ってパンチを繰り出せたのは最初の一発だけ。

 転びながらも巧みな腕さばきで大村さんは俺の拳を捌き、俺を転がした。

 そして再び俺のマウントを取る。


「あんたが過去の自分を嫌って、強くなったからって!

 それを押し付けていいわけじゃねえだろ!

 あんたは分かってやらなきゃいけないんだろ、過去の自分の弱さを!

 願いを! 誰も助けてくれない場所で、あんたが助けてやらないでどうすんだよ!」

「黙れ! 弱さは罪だ! そしてあいつは弱い! 罪は裁かれなきゃならねえ!」


 マウントを取ったまま大村さんは俺に拳を振り下ろした。

 位置の優位、技量の違い。

 防御をすり抜けて振り下ろされる拳が俺の顔面にいくつも炸裂した。


「強くならなきゃいけないんだ、人間は!

 弱いままでいいなんて、そんなものは弱者の妄想だ!

 弱いから人は罪を重ねる、それを悪だとも思わずに!」

「そうかもしれねえ、人間は清廉潔白な存在じゃねえ! それでもなぁ!」


 何とか全力を振り絞り、大村さんの拳を受け止める。

 ギリギリと音がした。


「どんなに強い人間にだって、弱い瞬間はあった……!

 それを否定しないでくれよ!

 あんたが強くなりたいと思った、その原点を否定しちゃ何にもならねえだろうが!」


 憎悪に満ちた大村さんの視線が、俺に降り注ぐ。

 おかしいな。

 こういう殴り合いって、どっちかがはっとして止めるもんじゃないのか?

 このまま俺殺されるんじゃねえのか?


「ちょっとッ! 何をしているんですか、あなたたち! 止めなさいッ!」


 殺されそうになった俺を救ってくれたのは、先ほどの老婆だった。俺たちの諍いを聞きつけたのだろう、仲裁に入ってくれた。さすがに激高した大村さんと言えど、老婆に手を上げるようなことはなく、舌打ちをしながらも俺の上から退いてくれた。


「……否定されなきゃいけないんだ。あんな原点なんて、ない方がいいんだ……!」


 大村さんは最後に、吐き捨てるようにして言った。俺に言ったのかは分からない、だが俺の耳に届いたそれは、深い悔悟の情を感じさせるものだった。そして大村さんは俺に謝罪することすらなくその場から立ち去って行った。


「どうしているものかと偶然通りかかったら、この有り様です。

 どういうことですか?」

「いや、俺はあそこまで激しくやり合うつもりはなかったんですよ?

 でも相方が……」

「そこは素直に謝っておけ、バカ。こっちのせいで迷惑かけちまったんだからな」


 ごもっとも。言葉を弄するよりもたった一つの謝罪の方が効果的なことがある。

 俺は砂を払いながら立ち上がり、老婆に一礼した。

 彼女もため息を吐きながら許してくれた。


「最近の若者は無軌道ね。いきなりこんなところで取っ組み合いをするなんて……」

「あいつは少しだけ特殊なんだ。それで、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 楠さんは控えめに聞いた。

 子供たちの姿は既に消えている。

 建物に戻ったのだろう。


「ここに赤毛の男の子がいるはずだ。大村家の男の子。あの子の話を聞きたいんだが」

「オオムラのお坊ちゃんですか。彼は少し特殊な待遇になっているので、他の子たちのやっかみを受けることが多いんです。私たちも注意するようにはしているんですが」


 そう言って老婆はため息を吐いた。

 彼が苛めを受けているということは把握していたようだ。

 それにしても、特殊な待遇とはいったいどういうことなのだろうか?


「彼の母親は六、七年前までこの地にあった黒牛人(ミトス)の国の王女でした。

 黒牛人たちは『帝国』に対して反旗を翻し、独立を求めて戦いました。

 愚かなことです」


 心底同情する、というような感じで老婆は言った。人々の主張を暴力で弾圧するのか、と内心で憤ったが、彼女に言っても仕方がないことだ。この国ではそれが当たり前のことだし、俺たちの世界だってそうは変わらなかった。それが被差別人種である黒牛人の国であったことも一因だろう。亞人たちは彼らにとって『使役されるべきもの』だ。


「黒牛人たちは最後の一人になるまで抵抗を続けようとしました。『帝国』も玉砕を覚悟し突撃を仕掛けて来る兵士たちを警戒しました。

 しかし、その瞬間は訪れませんでした。懸命にも降伏を選択したものがいるからです。それが黒牛人の王女、ムーランです」

「ムーランって……オオムラ家の奥様ですよね? そんなことがあったなんて……」

「体裁が悪いので、公には彼女は黒牛人ではないことになっています。ですが、そのことを知らない人間はこの地にはおりませんよ。彼女は聡明なので、あからさまな差別を受けることはありませんが、しかし彼女が亞人であることに変わりはありません」


 亞人差別が激しい場所に生まれた、人間と亞人の子。

 それが彼の晒されている現状。


「それに、他の子は寮に入っていますが、あの子は毎日家から通っています。オオムラ様が寂しさを覚えないようにされているのでしょうが、そのことが子供たちは気に入らないのです。中にはとても口に出来ないような、卑猥な言葉を投げるものもいるようで……」


 子供の残酷さを目の当たりにした気がする。

 それでも反撃に出ないのは、彼の弱さからなのだろうか?

 そんなもの、聞いてみなければ分からないことだが。


「……それで、まだここに何か御用がおありなのでしょうか。皆さんは?」


 遠回りに『帰れ』と言われているようだった。あれだけの騒ぎを起こした後で長々と居座っていられるほど、俺たちの面の皮も厚くはない。早々に撤退することにする。


「結局のところ、あまり成果は上がらなかったな。どうするんだよ、シドウ?」

「それは俺も困っているところですよ。もうちょっと回ってみましょうや」


 ため息を吐きながら、俺は肩を回した。刑事ものでもなんでもそうだが、最初の一軒で犯人が上がったりしたらそれこそ不自然だ。こういう調査は時間をかけて行うものだ。俺たちが出て行こうとした瞬間、正門に設置された噴水の水が勢いよく上がった。


「グランベルクの時は地下水路から入って来たんでしょ?

 今度もそうなんじゃない?」

「でもここの噴水の水って川から引いてるんだろ?

 だったら入り込む隙間は……」


 そこまで考えて、俺は止まった。入り込む隙間なんて、ない?


「……どうしてあいつら、庭園に出て来たんだろう?」

「どういうことだよ、シドウ。あそこまで移動して来たんじゃないのか?」

「もしそうなら門番の目に留まるはずです。屋敷にある水場で一番巨大なのは、噴水。あそこから舞い上げられた水が水路を通って庭園全体に行き渡るようになっているんです。逆説的に言うなら、あの場所から出てくる水は一度噴水を通らないといけない」


 そうだ、なぜこんなことに気付かなかったんだ?

 あの場所には化け物が入ってくる隙間はない、ならば答えは一つだけだ。

 化け物はあの屋敷の中から現れたのだ。


「どういう、こと? もしかして、これって……」

「ああ、アリカ。この街は《ナイトメアの軍勢》の襲来によって壊滅した。

 そして、それを呼び出したのは領主だ。

 ここまで来れば、答えはもう出来上がったも同然だ」


 俺は振り返り、屋敷を見上げた。

 あれは実験だったのだ、化け物を呼び出せるかの。


「この街が滅びる時が迫っている。クロードさんと合流しよう、ヤバいぞ」


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