滅びの運命
「ライトブリンガーッ! ハァーッ!」
蹴り足がダークウォーターを貫き、俺の体がその奥に向かって抜けて行く。
地面を抉りながら着地。背後でダークウォーターが爆発四散。
二度と立ち上がることはなかった。
それと同時に、ゾンビも糸の切れた人形のように倒れ、グズグズになって消えて行った。毛穴から黒い水のようなものが漏れ出してくるのが見えた。恐らくあのゾンビたちはダークウォーターが体内に入り込み操っていたのだろう。胸の悪くなる話だ。
「っしゃあ。やりましたね、大村さん。
俺とあんたのコンビネーションもなかなか……」
大村さんの労をねぎらおうとしたら、すでにそこにはいなかった。
まったく、不愛想な人だ。あのひと昔からの友達とかいるのだろうか?
そんなことを考える俺を無視して、大村さんはムーランさんの方に話しかけた。
「奥様、お怪我はありませんか?」
「ええ。あなたのおかげで何とか。ありがとうございます、大村様」
ムーランさんはにこりと微笑んだ。
凄惨な現場を見た後だというのに、こちらを気遣うことが出来るとは。
心の強い方だ。人々から慕われるのも分かる気がする。
「っかし、何なんだ。あの化け物ども。
人の姿をしてましたが、見覚えはありますか?」
楠さんは当然の疑問をムーランさんに投げかけた。あれだけの数のメイド、召使がこの屋敷から出て来たのだとしたら、相当数がいなくなっていることになるだろう。
「いえ、初めて見る方々ばかりでしたわ。
もしこのお屋敷に勤めていた方ならば、私が覚えていないはずはありませんから」
ムーランさんは困惑した声で答えてくれた。
だが奴らは確かにこの屋敷にいたのだ、何か関係がないはずがない。
アリカは相変わらず黙って何かを考え込んでいる。
「おやおや、騒々しいと思ったら。これはいったいどういうことなんだ? ウン?」
すべてが終わった後で、彼は出て来た。
尊大な態度を取る貴族、カノン=オオムラ。
「敷地内に化け物が出現しました。差し出がましいと思いますが、駆除を」
「駆除は私の庭園をボロボロにしなければならないほど大変なものだったのかね?」
「ええ、奥様の命にかかわるくらいには、大変な事態になっておりましたよ」
周辺の被害を気にしながら戦え、とでも言うつもりか。この男は。確かに破壊の限りを尽くした感は否めないが、しかし人の命に変えることは出来ないだろう?
「それとも、奥様にもしものことがあった方がよかった、とでもおっしゃるので?」
「そうは言っていない。だが、もっと方法はなかったのか、と聞いているんだよ」
カノンはあからさまに不機嫌そうな顔をして俺の言葉に答えた。
とはいえ、俺も言い過ぎたところはある。
ここは素直に頭を下げておいた方がいいだろう。
「これは失礼しました。これからは気を付けて化け物の対処に当たることにします」
「何か当てこすらなければキミは話をすることも出来ないのかな?」
ふん、と鼻を鳴らし、カノンはムーランさんの方へと歩いて行った。
「旦那様、こちらの騎士様が守ってくれました。私は大丈夫です」
「礼を言わせてもらうよ、若い騎士。だが、あまり良くないな。こういうのは」
「何かおっしゃりたいことがあるなら、はっきりと言って下さい」
大村さんは好戦的な視線を向け、カノンと真正面からやり合った。
俺が言うのもなんだが、彼らしくない。
激しやすい性質だが、礼儀を失しているわけではないのだから。
「夫の断わりなくみだりに妻と接するような真似は止めたまえ、と言っているのだ」
「もしそう思っていらっしゃるなら、この方を片時も離さないでいることだ……!」
ギリッ、と歯を噛み、大村さんはそこから去って行こうとした。
あの人は、ここから出る方法を知っているのだろうか?
参ったな、あの人は。内面をまったく見せないくせに激高しやすいものだから、次の行動が予測し辛くて仕方ない。
「すいません、オオムラ様。それでは俺たちは、この辺りで失礼します」
俺たちは頭を下げて大村さんを追って行った。
あの人、これからどうするつもりだ?
去り際に少し会話が聞こえた。カノンとムーランさんの話す声が。
「私以外の男に色目を使うような真似はやめろ。いつも言っているだろう?」
「そんなつもりはありませんわ、旦那様。信じてください」
「お前はいつもそう言って……自覚もせず、男を誑かして……!」
愛憎半ばする、そんな言葉がしっくりくる言葉の応酬だった。
屋敷から出る門の辺りで、俺たちはようやく大村さんと合流することが出来た。
「ああ、やっと追いついた……! 大村さん、ちょっと待ってくださいよ!」
「あ……? んだよ、お前ら。それよりどうした、こんなところで」
どうした、はないだろう。
あんたが朝からいなくなるからここに来たんだぞ。
「昨日からここが気になってるみたいですけど、どうしたんですか大村さん?」
「お前らには関係ねえ。
どうせクロードたちが外を調べてるんだろ、だったらそっちについて行け。
俺の方は気にすんな、こっちはこっちで上手くやって見せるさ……」
何で連携に重きを置く騎士なのに、この人はこんなに協調性がないんだろうか。
「ムーランさんが気になってるのは分かりますけど、止めましょうよこんなこと」
「っせえ、シドウ! 何が分かる、知った風な口利きやがって! 関係ねえだろ!」
大村さんは激高し肩を怒らせ去って行った。
いつもと怒りの質が違うような気がする。
「まったく、何なんだ大村の奴。屋敷でのことと言い、いまといいおかしいぞ」
「何だかここに来てから大村さんおかしいですよね。元から社交的な人じゃなかったですけど、こっちに来てから人を避けるような感じさえあります」
あの人はいったい何を考えているのだろう?
そんなことを考えていると、アリカがいきなり『ああっ!』と大声を出した。
俺たちは驚き後ずさってしまう。
「ど、どうしたんだよアリカ。いきなり大声出して……なんか忘れ物か?」
「忘れてたのを思い出したのよ! 大村家所領のこと、ようやく思い出した!」
そう言えばアリカは何か忘れていることがある、と言ってずっと考え込んでいた。
それがこの地のことだったとは思わなかったが。いったい何を思い出したのだろう?
「いまから二十年前、オオムラ家所領は《ナイトメアの軍勢》の襲撃によって壊滅したの。生き残ったのは、当時五歳だったオオムラ家の跡取り息子一人だけ」
「滅んだ、っていうことは……大村さんは、ここで一人だけの生き残り……?」
それならあの激しさにも納得だ。
『何が分かる』、言いたくなる気持ちもよく分かる。たった一人生き残ってしまったなら、いったいどんな思いを抱くのだろうか?
「ちょっと待て。
一夜にして滅んだなら、どうして《ナイトメアの軍勢》の仕業だって分かるんだ?
ちょっと無理はあるが、そうじゃない可能性だってあるんだろう?」
そう言えばそうだ。
いまは『共和国』との戦争の真っ最中、そっちの方が可能性が高い。
誰も見ていないなら、どうしてそれをナイトメアの仕業などと断言出来る?
「証言者がいたのよ。たった一人だけ、ナイトメア召喚を見た人がね」
「って言うことは、大村さんがナイトメア召喚を目の当たりにしたってことか?」
「そう……彼は言ったそうよ。屋敷から化け物が現れた、って」
「つまり、それは……領主がナイトメアの召喚を行った、ってことか……?」
アリカはゆっくり頷いた。
彼がそう言った理由がよく分かった。
俺には分からない。
もしこの街が、近い将来《ナイトメアの軍勢》によって滅ぼされるというのならば、俺たちはなぜこんなところに呼び出されたんだ? 俺たちに何をさせようとしている。
突然視線を感じ、俺は振り返った。
門の影から、赤い髪の少年――二十年前の大村真――が、俺のことを見ているのだ。何かを言おうとしているようだった。だが彼は何も言わず、屋敷に引っ込んでしまった。俺もすぐ、そこから立ち去って行った。