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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
手に入れたかったもの
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不浄を払う光

 何かが爆発するような音が聞こえた気が、大村にはした。

 だがムーランは気にしていないようだった。

 この状態で騒ぐのは失礼に当たる。大村はイスに座り直した。


「いかがですか? 高原地帯で採れた茶葉で入れた紅茶です。口に合うといいけど」


 いただきます、と小さく言って大村はカップに口を付けた。

 少しの酸味と芳醇な香り、そして優しい甘みを感じた。

 たっぷりのハチミツ、懐かしい味だった。


「とてもおいしいお茶です。これほど美味しいものをいただいたのは久しぶりです」

「そう言っていただけると嬉しいわ。こうしてお茶を褒めてくれる人がいなくって」


 ムーランは寂しげに笑った。

 そう言う彼女の真意が、大村には分かった。


 屋敷の中にあって、彼女は孤独だ。彼女を慕うものは多いが、しかし彼女の近くにはいない。彼女は被差別階級の出身であり、カノンの優位アピールのために結婚したともっぱらの噂だ。だからこその、孤独。


(その孤独を癒すことが出来るなら、それくらいのことが俺に出来るなら……)


 大村はムーランを思慕の情を込めて見た。

 気付かれぬように。


 メイドが次の茶を注ぎに来た。

 だが、何となく大村は違和感を覚えた。


 足取りがおぼついていないのだ。

 フラフラと、お茶をこぼしながら歩いている。

 何かがおかしい。

 彼は立ち上がり、メイドの全身を見て、そして驚愕した。


 彼女の目、鼻、口から黒い液体が零れ出ているのだ。

 それが地面に落ちると、庭の草を焼き溶かした。

 あからさまに尋常な有り様ではない、大村はメイドの腹を蹴った。


「大村様!? 何をなさっているの、そんなひどいことを……」

「下がってください、ムーラン様!

 このメイド、何かがおかしい! 近付かないで!」


 メイドが溶けた。

 そして黒い染みが辺りに広がって行き、物理法則を無視して立ち上り、人型を取った。のっぺらぼうのような顔が笑ったような気がした。


「こいつは……ダークウォーターか! まさか、こんなところに出てくるとは……」


 怪物避けの対策が成された都市部に《ナイトメアの軍勢》が侵入してくるとは。だが、鉄壁の防御を誇ったグランベルクにさえ化け物は侵入してきたのだ、ここにだって出てこないはずはない。この街は山から水を引いている、そこから入って来たかもしれない。


 大村は懐に隠していた改造型フォースドライバーを腰に当て、装着した。


「ムーラン様、下がっていてください。あなたは、俺が守ります! 変身!」


 そして、バックルの中央にあったユニコーンの印章を力強く押す!

 全身が光に、力に包み込まれ、装甲が展開される。一回り巨大な右腕、強固なフルプレート、ウィングパーツのついた具足。これこそが彼の力、フォースエクサスタイル!


 初期型ドライバーを改造するにあたって、彼は様々な力を取り込んだ。量産においてオミットされた機能も、新型ドライバー用に開発された武装も、何もかも。その力は量産型フォースとは比べ物にならないが、同時に操作性は劣悪を極めている。大村真と言う騎士の実力なくば使いこなすことの出来ないピーキーな鎧なのだ!


 彼は邸内に持ち込んだ魔導槍を構え、ダークウォーターと対峙した。ただ一体の化け物が相手ならば、大村の敵ではないだろう。だが、そこかしこに気配があった。迂闊に動くわけにはいかない。動けばムーランが危険に晒されることになる。


 先にダークウォーターが動いた。人型の怪物が全身を鞭のようにしならせ、殴りかかって来た。大村はそれを待ち構え、右手を上げた。ナックルガードが高速で回転し、周囲に炎を撒き散らした。炎を纏った腕で、大村はダークウォーターを殴りつけた。


 不定形の体が波打ち、不快な臭いを立てながら蒸発した。

 吹き飛ばされる暗黒の飛沫さえも。

 フレイムスタイルに装備される燃焼手甲ブレイズリンガーの力だ!


 しかし、一撃で怪物を滅ぼすことは出来ない。

 ダークウォーターは蒸発しながらも後退、大村と睨み合った。

 一瞬の拮抗、そしてダークウォーターが動く。

 全身が激しく波打ったかと思うと、段々その姿が縮んだ。

 不浄の水面が地面へと広がって行った。

 大村は攻撃を警戒する。


 しかし、攻撃はない。

 広がって言った不浄な水たまりは何処かへと消えて行く。

 警戒する大村の耳にいくつもの足音が聞こえた。


 入場してくるのはメイドや召使!

 いずれもその瞳に理性と命を宿さぬもの。

 すなわちシドウたちが交戦したゾンビと同種!


「こいつらはいったい……!? この化け物が操っているのか!」


 大村は歯噛みする。いますぐにでもダークウォーターに追い打ちをかけたいところだが、しかしそれをすればムーランが危険に直面することになる。ゾンビを捌けばダークウォーターへの攻撃が行えなくなる。痛し痒し、どう解消したものか?


 そんなことを考えている間に、ゾンビが動いた。

 飛びかかって来るゾンビを槍の石突で打ち据え、叩き伏せ、首を刎ねる。

 ゾンビの運動能力程度ならば、大村の問題にはならない。


 問題なのはダークウォーターの方だ。

 ゾンビの影から黒い触手が迫る。

 大村はそれを避けきれず胸に一撃を食らった。

 火花が舞い飛び、装甲に傷がつく。


 よろけた大村にゾンビが絡みついて来る。

 意外にも強い力で、無理矢理投げ飛ばすにも手間をかけなければならぬ。

 ゾンビに手間取っているうちに、ゾンビの影から漆黒の槍が伸びて来た。

 ゾンビの体をも貫いて迫る鋭い槍に大村は対応出来なかった。

 刺突をまともに食らい、大村はムーランの傍まで吹き飛ばされた。


「クソォッ……化け物どもが……!」


 呻きながら大村は槍を杖代わりにして立ち上がった。

 どうすればいい、どうすれば勝てる?

 大村は考えた。だが救いはなく、じりじりと怪物は二人に迫る――


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 ゾンビの顔面をぶん殴り、焼き滅ぼす。状況は一向に好転しない、迷宮の出口は見つからないし、ムーランさんたちと合流さえ出来ない。分厚い壁に覆われた迷宮は人の出入りを妨げるだけではなく音さえも通さない。どこで何が起こっているのかも把握出来ない。


「マズいな、弾がそろそろキツいぞ。もうちょっと持ってくればよかったか……!」


 楠さんがゾンビに弾丸を見舞いながら言った。楠さんは触れたものの温度を操作することができ、また彼女が触れたものはその能力を伝播させることが出来る。石だろうがナイフだろうが銃弾だろうが、彼女が触れたものに誰かが触れれば炎に包まれ、あるいは氷に包まれる。半面、彼女の身体能力と反射神経はそれほど高くない。接近戦には向かない。


「どうにかここから脱出するか、ムーランさんたちを見つけないと……」


 かといって、シューターで迷宮を丸ごとぶっ壊すのは危険すぎる。

 迷宮だけでなくお屋敷や周りで働く人々まで危険に晒すことになる。

 さて、どうすればいいのだろうか?


 ちょっと考えて、閃いた。

 バックルに挿入されたカードを押し込み、力を充填する。

 そうすると、俺の両手に紫色の炎の球体が現れた。


「さーて、と。ちょっと行ってきます、二人とも。こいつが上手く行けば……!」


 そう言って、俺は垂直に飛び上がった。

 二人の非難するような声が聞こえて来たが、一旦無視。

 俺は頭上から樹木の迷宮を見た。


 なるほど、俺たちはそれなりに奥まで来ていたようだったが、しかし大村さんたちの方に辿り着くためにはかなり複雑な道を辿らなければならないようだった。そして、二人はいま化け物に襲われている。


 俺は両手に持った炎を投げつけた。俺たちが元いた場所から、ムーランさんたちの方に続く最短ルートに。楠さんたちは俺の考えを読んだのか、伏せた。あれならば爆発に巻き込まれる心配もないだろう。次々炎の球体を生成し、俺は迷宮に向かってそれを投げ続けた。眼下でいくつも爆発があり、俺の読み通り最短ルートが開けた。


「っし、読み通り最短ルートが開けたな。行きましょう、楠さん。アリギャァッ!?」


 降り立った俺は二人の方を見た。その瞬間、足裏が見えた。

 アリカのジャンプキックが俺の顔面に叩き込まれたのだ。

 アリカは鎧を踏みつけ、怒りをあらわにする。


「あのねえ、あたしたちだから死ななかったけど巻き込まれたらどーするつもりだったのよ! 危うく殺されるところだったじゃないの、このっ、バカシドウ!」

「ギャーッ! 待てアリカ! こんなことをしてる暇はないんだ! 二人が危ない!」

「私たちが襲われてるんだ、あいつらも襲われてて不思議はないな。行くぞ、お前ら」


 アリカは俺への蹴りを中断し、頷いた。何とか立ち上がり、俺は自分が開いた最短ルートを通ってムーランさんたちの方に急いだ。

 しかし、アリカの蹴り癖はどうにかならないのか? 年頃の乙女がスカートとパンツを見せびらかすのはいかがなものか。そう思ったが、言うとまた蹴られそうだったので止めておくことにした。


 大村さんとムーランさんは屋敷内に建てられた東屋(カボセ)の近くで化け物に取り囲まれていた。ティーパーティをしている最中に囲まれたのだろう、その残骸がいくつも転がっていた。大村さんはムーランさんを守るために防戦一方となっている。

 これは加勢しなければ!

 アリカを楠さんに預け、俺は化け物の方に向かって突撃していった。


「うおぉぉぉぉっ! これ以上はやらせねえぞ、クソッタレどもが!」


 背後から繰り出したジャンプパンチでゾンビの頭を砕き、その体を押し退ける。ゾンビはそれに当たってよろめいた。攻撃だけに注力しているから防御がおろそかになっているのだ。簡単に体勢を崩すことが出来る。ならばこういうことも出来るのでは?


 ゾンビの体を掴み、投げつける。投げられたゾンビに巻き込まれ、何体かのゾンビが転倒する。もたもたと立ち上がろうとするが、上に乗ったゾンビが邪魔で立ち上がれないようだった。この要領で二人に纏わりつくゾンビを減らしていける!


「シドウ! お前、あんな派手に庭園ぶっ壊してくれやがって……!」

「んなこと言ってる場合ですか、人命優先っすよ! やりましょう、大村さん!」

「言われるまでもねえよ、んなことは! 送れんじゃねえぞ、シドウ!」


 大村さんは槍を手元で一回転させ、俺はフォトンシューターのボタンを押し、戻す。ブライトフォームのパワーは欲しいが銃は使いたくない。ムーランさんを楠さんとアリカに任せ、俺たちはゾンビと不定形の怪物に視線を向けた。


「あの黒いのはダークウォーター、不定形の怪物だ。打撃は効かねえ。

 内部にコアがあるから、それを破壊しない限りは何度でも再生するぞ。

 気を付けろ」

「なるほど。だったらあいつを倒すのは俺よりも大村さんの方が適任でしょうね」

「ゾンビどもを頼んだぞ。あいつらに纏わりつかれちゃ面倒臭ェからな」


 俺は頷き、ゾンビに向かって拳を繰り出し、蹴りを放った。ゾンビの緩慢な動きは、俺を捉えることが出来ない。伸ばされた腕を掴み、投げ飛ばす。巻き込まれて転倒したゾンビに向かって、紫色の炎を纏った蹴りを振り下ろす。

 一瞬にしてゾンビは燃え尽きた。


 一方で、大村さんはダークウォーターとの戦いに専念しているようだった。

 槍を巧みに繰り出し、ダークウォーターの攻撃を捌きながらも的確に攻撃を加える。

 不定形の体は何度も貫かれるが、その度に元の形に戻って行った。

 やはりコアを砕かない限りはダメージを与えることが出来ないのだろう。

 大村さんは焦れたように舌打ちした。


「仕方がねえ、シドウ! こいつの動きを止める、お前の力で焼き払えッ!」


 大村さんはバックルに装着された緑色の宝石を押し込んだ。反発と同時に『FULL BLAST! WIND!』と言う機械音がして、右足に風のエネルギーが収束した。大村さんは回し蹴り気味に風のエネルギーをダークウォーターに叩きつけた。


 ダークウォーターが風圧に煽られ大村さんから離れて行く。

 大村さんは槍を回転させ、魔法石に込められた水の力を発現。

 更にバックルに装着された青い宝石を押し込んだ。


 『FULL BLAST! WATER!』の機械音、バックルから水色のエネルギーが左手に向かって収束していき、槍から放出されたエネルギーと混ざり合う。


 そこに、水の蛇が現れた。

 大村さんはそれを鞭のように振るい、ダークウォーターに向かって叩きつける。水の蛇は意志を持ったかのようにダークウォーターに纏わりついた。如何に不定形の怪物であったとしても自分とは違う性質の水に縛られれば成す術がない。


 俺はバックルに挿入したカードを押し込んだ。

 軽い反発勘とともに、俺の右足にエネルギーが収束していくのを感じる。

 装甲と同じ、光輝の力が。


 俺はその場で跳躍。

 拘束されたダークウォーターに跳び蹴りを放った。


「ライトブリンガーッ! ハァーッ!」


 蹴り足がダークウォーターを貫き、俺の体がその奥に向かって抜けて行く。

 地面を抉りながら着地。背後でダークウォーターが爆発四散。

 二度と立ち上がることはなかった。


 それと同時に、ゾンビも糸の切れた人形のように倒れた。

 グズグズの肉塊になり、地面に溶けて消えて行った。

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