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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
手に入れたかったもの
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ゾンビ・パニック!

 さすがにこの街の権力者が用意しただけあって、上等な宿だった。

 ベッドはフカフカ、風呂場も完備。

 サービスも完璧で、おまけに飯まで美味いと来ている。


 ただ、泊まっているのが同じく上流階級者ばかりなので居心地が悪い。そこまで想定してここに泊めたというのならば、あのカノンと言う男嫌がらせにかけては天才的な才能を持っているだろう。


「しかし飯が美味いとそんな不満も吹っ飛んじまいますね、信さん」

「A5ランクの宿を取って不満を漏らすやつがいるんなら俺はそいつをぶん殴る」


 殴られてしまうらしい。多少居心地が悪いことを除けば俺もこの宿に不満はないので、とりあえずは殴られずに済みそうだが。さて、今日からどうしたものか。


「カノンさんに言われたように、ナイトメアの巣を探そうかと思っています」

「それなら俺も付き合おう。シルバーバックの機動力はそれにうってつけだろう」

「それだったら、僕も付き合いますよ。クロードさん。サードアイに任せて下さい」


 取り敢えず探索プランは着々とまとまってきているようだ。

 むしろ俺が不要な気さえもしてくる。

 どうすりゃいいか、と思って辺りを見回すと、大村さんがいない。


「あれ、大村さんはどうしたんですか? 確か一緒に泊まってましたよね?」

「ああ。起きるまでは俺たちと一緒にいたが、そう言えばいないな。どうしたんだ?」


 信さんは不思議そうな声を上げた。

 この人は意外と周りのことに頓着していない。

 それにしてもいなくなってから気付くとは。鈍いというレベルを越えているぞ。


(もしかして、ムーランさんに会いに行ったのかな……?)


 確証はないが、何となくそう思った。

 昨日の態度はあからさまにおかしかったし、そうなったのは彼女と出会ってからだったような気がする。彼にとって彼女は何なのだろう?


「すいません、俺大村さん探してきます。何だかちょっと気になっちゃって……」

「あいつも子供じゃない。気にするほどのことじゃないと思うが?」

「そりゃそうですけど、ただムーランさんのことを考えると、なんて言うか……」


 俺が気にし過ぎなだけ、と言われれば反論出来ないだけに、言葉に詰まる。

 そんな俺に助け舟を出してくれたのは、アリカだった。


「ここから出るために調べるんなら、街の外だけじゃなくて中も調べた方がいいんじゃない? あたしとシドウで街の中を調べるよ。その途中で大村さんも探す。いいでしょ?」

「なるほど、論理的です。ではそういうことで、お願い出来ますか? シドウくん?」


 願ってもないことだ。

 俺はアリカにサムズアップ。アリカも同じように答えてくれた。


「むうっ……クロードさん、それなら私もシドウさんと一緒に街を調べますわ」

「困りましたね。リンドさんには兜の能力を使って調べ物をして欲しかったのですが」


 ぐむっ、とリンドが詰まった。

 俺とアリカのペアに不安があるんだろうか?

 あるんだろうなぁ、リンドほど俺たちはしっかりしていない。

 情けない限りだが。


「だったら私がこいつらと一緒に行くよ。ガキ二人で街中探索はちょっと不安だ」

「ガキ二人って誰ですか、二人って。一人目は思いつくけど二人目は思いつかない」

「んだとこのクソガキ。おめー自分のこと鏡で見てから同じこと言いやがれ」


 やいのやいのとやっていると、リンドは呆れたような顔をして諦めて行った。


「取り敢えず、朝ごはんを食べたら出発することにしましょう。

 シドウくん、何か進展があったら知らせてください。

 常に無線はオンにしておいて下さい、いいですね?」

「分かりました、クロードさん。そっちも気を付けてくださいね」


 俺たちはそこで分かれた。

 油断することが出来ないのは、どちらも同じだった。




 昨日移動した道のりだが、夜と朝とではやはり違う。雨だったのもあって人通りは極めて少なかったが、雨雲が去り日が出てきたいまは人でごった返している。はぐれないよう、アリカと手を繋ぎながら歩いた。活気があるように見えるが、しかし。


「何となく、みんなの表情が暗いな。何かあったのかな、こりゃ」


 主観的と言われればそれまでだ、だが道行く人々の顔には不安が色濃く出ているように見えた。みんなピリピリしている、喧騒の中には喧嘩のそれも含まれている。


「……んー……何だったかしら。何だったか……うーん、思い出せない……」

「どうしたんだよ、アリカ。さっきからうんうん唸って」


 何かを我慢しているのだろうか、と思ったら思い切り脛を蹴られた。

 遠心力のかかったいい蹴りだ、俺に叩き込まれるものでなければもっと良かった。


「ってえなぁ、アリカ! いきなり何しやがるんだ、オメー!」

「あんたが、不埒なこと考えてるからでしょ! 顔に出てるわよ、アホッ!」

「不埒なこととは失敬な! 俺はお前が必死になって我慢してんじゃねえかと思って」


 最後まで言う前にもう一回蹴られた。

 このクソガキ、こっちが大人しくしていると思ったら調子に乗りやがって。

 ここはひとつ大人の力と言うのを見せてやるべきか?


「お前ら、じゃれてんじゃねえよ。

 それよりアリカ、何か気になることがあるのか?」


 楠さんに一喝されて、俺もアリカもしゅんとなった。

 何で俺まで、と思うが楠さんに鋭い目線で睨まれたので何も言わないことにした。

 この人には凄みがある。


「この街について、何か知っている気がするの。

 もちろん、来たことがあるわけじゃないわ。

 でも、二十年前の街に間違いないなら、どこかで見たことがあるかも……」

「確かに。お前の記憶力ならちらっと見た何かでも覚えてるかもしれねえな」


 城に通っていた人たちの顔と名前を、一人一人把握していた彼女のことだ。

 過去勉強したことでこの街が何か残っていたのかもしれない。

 だがそうなると、皇室の記録に残るほど大きな出来事がこの街で起きたことになる。

 それはいったいなんだ?


「おや、お主ら。何をしているんじゃ、こんなところで?」


 老騎士から声をかけられた。

 確か、コールと呼ばれていた人だと思う。


「周辺の聞き込みです。住民の被害実態なんかも聞いておけば、そこからオークの巣の場所を割り出すことが出来るかもしれませんからね。あなたはどうしたんです?」

「ワシらは巡回の仕事じゃ。情けない話、オークとの戦いじゃ役に立てんからな」


 コールさんは寂しげに笑った。

 大切なものを守れない無力さを感じているのだろう。


「えっと、確かコールさんでよろしかったですね、あなたのお名前?」

「そうじゃ。確か名乗ってはおらんかったと思うが……耳聡い小僧じゃな、お前は」

「すいません、気に障ったなら謝ります。

 ところで、俺たちの仲間の大村さんご存じないですか?

 ほら、背が高くてがっしりしてて、んで赤い髪の毛の……」

「おお、あの方か。いまはムーラン様とお話をされているはずじゃぞ」


 流しかけたが、なんですと?

 ムーランさんと話している?

 大村さんが?


「あの人、オオムラ様のお屋敷に行かれたんですか?

 こ、こんな朝っぱらから?」

「奥様があの若造のことを大層気に入っているようでな。ワシらはよしておいた方がいいと言ったんじゃが、奥様は会いたいと言って聞かないんじゃ。困ったもんじゃ……」


 さすがにコールさんも疲労と心労を隠しきれないようだった。

 旦那様に嫌われているというのに、何を考えているのだろう?

 あるいは、意趣返しなのだろうか?

 あなたが構ってくれないから、私は若い燕を囲うのよ、と。

 古びたドラマのような展開だ。


「参ったな、大村さんにもいろいろやってもらいたいことがあるってのに……

 あの、コールさん。大村さんたちがいるのってお屋敷でよろしいんですよね?」

「そうじゃ。奥様は外出も好きな方じゃが、さすがにこの状況じゃ外には出せんよ」

「あの、俺たちもお屋敷に行っていいですか? っていうかあの人を連れてかないと」

「おお、そりゃもちろんあんたらならな。奥様は庭園におるはずじゃぞ」


 あの迷路のような庭園の中か。

 ちょっと探すのも一苦労かもしれないな、と思った。バラの迷宮に囚われたお姫様、何となくそんな言葉が俺の頭の中に思い浮かんで来た。




 門の騎士もおおむね俺たちを好意的に出迎えてくれた。この間奥様を助けたことが功を奏したのだろう。門を抜けて直ぐに右手に入って、庭園の中に。背の高い樹木によって覆われており数メートル先も見渡すことが出来ない。


 木々のこすれ合う音、鳥獣のたわむれる声、風のざわめき。

 そんなものが響いているので声もロクに聞こえない。


「これならお屋敷から一度見まわしてみた方がよかったんじゃないの?」

「お屋敷に入ってまたあのオッサンと会うのも気まずいよなー、って思ったんだよ」


 しかしこれ、ホントにどうなっているのだ?

 曲がったと思ったら行き止まり、進んだと思ったら元の場所に戻っている。

 本当の迷宮に足を踏み入れたかのようだ。


「こんなとこを設計したやつの気が知れんな……ん?」


 楠さんはしゃがみ込み、何かに触った。そして、俺にそれを見せて来た。

 楠さんの指先にべっとりついているのは、血だった。


「どう思う、シドウ。誰かが剪定の最中に指を切ったとか、そう言うのだと思うか?」

「いや、これはそう言うのじゃなくて、もっと他の……」


 足元を見る。出血の量があまりに多すぎる。もし作業中の不手際でこんなことをしたのならば、太い幹と腕を見間違えたとか、そう言う理由しか思い浮かばない。


 うなじの辺りに気配を感じる。

 チリチリと焼けるような感覚。

 勢い良く振り返る。


 そこにいたのは、血まみれの女性。赤く染まった白いヘッドドレスにエプロンドレス、その姿だけを見ればここに勤めていたメイドさんに思えたことだろう。

 彼女の至る所に出血があり、そして致命傷と思しき場所がなかったのならば。


「ヒッ……! し、シドウ! こ、これって、いったいどうなってるの……!?」

「下がってろ、アリカ。よく分からねえが、こいつはとんでもねえ事態だぜ」


 アリカを庇い通路の中心に。脇は危険だ。

 視界を遮る樹木ではあるがちょっと力を込めれば突破することが出来る。

 となれば、壁としての役目は果たしていないに等しい。

 あそこから伸びて来た腕が引っ張ってきたなら?

 予期することも抵抗することも不可能だ。


 曲がり角から何人ものメイドや、執事だったものが現れ出る。

 いずれも致命傷を負っており、中には指や鼻、耳を損壊したものもいる。

 だがそれらは、立ち上がりにじり寄って来た。

 緩慢な歩み、まるでゾンビ映画でも見ているような気分になってくる。


「ったく、チェーンソーかドリルが必要だな、こいつは……変身!」


 ポーズを取りながら変身。

 その光を嫌ってか、ゾンビたちは叫んだ。

 そして、走った!


「クソ、走るのかよこいつら! 新しいのか古いのか、どっちかにしやがれッ!」


 楠さんは舌打ちして二挺の拳銃をホルスターから抜き、迫り来るゾンビに向かって連射した。なるほど、楠さんは結構話せるクチか。なんて思っている暇はない、走り寄ってきたゾンビが俺に向かって掴みかかって来る。

 先ほどまでとは比べ物にならないほど俊敏な動作、だが俺からすれば止まっているも同じ! 逆にパンチを叩き込み吹っ飛ばす!


 ゾンビは防御をまったく気にせず、ひたすら突き進んで来る。だからパンチを打てば吹っ飛び、キックを打てば吹っ飛ぶ。銃弾の雨も気にせず突っ込んできて燃やされたり、凍らされたりする。だが、それにしても数が多い。次から次へと現れて来る!


「シドウ、こいつらおかしくねーですか!? 何でこんな数が……!」


 アリカがそう言った時、立木を抜けてゾンビが一体倒れ込んで来た。

 マズい、そう思った瞬間にはアリカが足を天高く上げ、ゾンビの後頭部にそれを振り下ろしていた。勢い良く地面に叩きつけられ、それっきりゾンビは動かなくなった。

 思わず口笛を吹く。


 思えば、アリカの足技は見事なものだった。

 生身の俺相手とはいえ防御をすり抜けて正確に脛を打ってくるのだ。

 それもかなり痛い。

 恐らく、彼女の小柄な体格を支えるために筋肉の密度は通常の人間のそれとは比べ物にならないほどになっているのだろう。


「ああ、屋敷のメイドに召使、全部合わせてもこうはならねえだろう!」


 恐らくこいつらは格好ばかりのゾンビ、ただの化け物だ。遠慮する必要はない。


 バックルに挿入されたカードを一押し。

 再び眼前で対極図を描く。

 紫色の炎の球体が現れた。

 それを掴み、俺は迷路の行き止まりに向かって投げつけた!


「食らいやがれ、化け物どもめ! フォォォォォス! ブラスタァァァァァ!」


 紫色の炎が軌道上にいた化け物たちを飲み込み、行き止まりにぶつかり爆発!

 迷路の壁を粉砕し、新たな道を作った。

 俺はアリカの手を引き、楠さんに合図を出す。


「楠さん、行きましょう! 迷路は俺の力で突っ切って行きます!」

「そりゃそうだよな。頼んだぜ、シドウ。私は周りのゾンビどもを倒すッ!」


 俺が破壊した壁の向こうに飛び込み、横を見る。飛びかかってきたゾンビの頭部を裏拳で粉砕し、左側から手を付きだし迫って来るゾンビを蹴りで吹き飛ばす。

 安全を確保。


「この状況、ムーランさんと大村さんが危ないわよ、シドウ!」

「分かってる。大村さんと一緒なら万が一ってことはねえだろうが……

 どうする?」


 どうやって二人を見つければいい?

 見つけたとして、どうやって向かえばいい?

 無理をしても一緒に運べるのは一人までだ。

 二人を見捨てて先に進むわけにはいかない。


 時間はないが、少し考えてみる必要がありそうだ。

 連中の攻略方法を。


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