俺の旅が平穏に続くはずがない
空気が重い。
そしてそれはいままで起こったこととはあまり関係がなかった。
いま、船室の中にいるのは俺と大村さんだけだ。現在船の操縦は彼から操船を教わったクロードさんと楠さんが担当しており、子供たちは信さんと一緒に景色を楽しんでいる。休憩に入った大村さんと俺が一緒にいるのはまったくの偶然だ。
「……ん、どうしたシドウ? 何かあったのか?」
「いえ、そう言うわけじゃないんですけど、いえ、その……まあ、ちょっと」
「おかしなことばっかり言ってんじゃねえよ、お前。ぶん殴るぞ」
最初に会った時より態度は軟化しているとはいえ、やはり物事を暴力で解決する傾向がある人だ。筋骨隆々というわけではないが上背があり、並ぶと見降ろされるような形になることもあって、大村さんの印象は少しばかり怖い、という方に傾く。
それにしても、この人はどうしてここにいるのだろうか?
彼の成り立ちを考えれば、『真帝国』に残留してもよかったのではないだろうか?
それとも、のっぴきならない事情があってクロードさんについて来たのだろうか?
この人のことがよく分からない。
「さっきからなんだよ、こっちをちらちら見やがって。
言いたいことがあるなら言え」
「えーっと、それじゃあ失礼させてもらいますけど……
どうして大村さんは俺たちと一緒に戦ってくれるんですか?
あなたほどの人がそうする理由が分からなくって」
大村さんは俺の質問に言葉を詰まらせた。
やはり、何かを抱えているのだろうか?
考えたって分からないことは聞いてみるしかない。
特に人の気持ちだとか、心の内側は。
人間の考えていることが分かるほど、都合のいい力を持ってはいない。
言葉にしなくても伝わることがあるなんて嘘だ。
人間、口と耳で真実を探していくしかないのだ。
「大村さんは今も昔も、騎士団で高い地位を得ていたはずです。騎士団のみんなから信頼されていた。俺たちみたいに味方がいないわけじゃないし、改変された世界だってあなたの望みを叶えることは出来たはずです。それなのに、なぜ?」
「クロードの野郎、いらねえことを吹き込んだみたいだな。俺の何を知っている?」
「あなたが戦って力を得たいということを。そして、命を賭けた戦いの中で築き上げたものこそが真実であり、絶対に正しいものだと思っている、ということを」
ある意味においては、俺は大村さんの言葉を肯定する。
戦場で作り上げた絆、鍛え上げた力はある方面、すなわち戦いにおいては信頼に足るものであり、価値あるものだ。もちろん、それが世界のすべてを左右するだけの意味を持っているとは思わない。どれだけ武力に長けた人間でも人々を富ませることは出来ないし、実りを与えることも出来ない。
結局のところ、人が持っている力なんてものは一面的なものに過ぎない。
「ならば、分かるだろう? あの世界で、俺は本当の力を得ることは出来ない」
「神に御膳立てされて得た力は、あなたが言うところの本当の力ではない、と?」
「そうだ。そんなものを使って力と地位を得たところで、俺はあの男と同じだ……!
紛い物の力と地位に満足したくはない。
そして奴のメッキを剥ぎ取り、その姿を白日の下に晒す。
どれだけ無力で、無価値なものなのかを、奴に理解させる。そのために戦う」
大村さんの語る『奴』とは、この世界を操る神のことではないだろう。
彼が憎悪を向けているのはもっと身近で、もっと俺たちの近くにいた人のことだ。
「……なあ、大村さん。もう一つ聞きたい。あんたはどうしてそんなに――」
聞こうとした時、船体が大きく揺れた。あまりに激しい揺れに、俺も大村さんも投げ出されて壁に激突してしまったほどだ。上下の感覚が怪しくなってくる。
船の荷物のほとんどは固定されているため動くことはなかったが、固定されていなかった机や椅子、樽と言ったものが室内に散乱し、ぶつかり、激しい音を立てた。
「チッ、クロード! 教えてやった通りまともに船を動かすことも出来んのか!?」
「何となくそう言う感じじゃないと思います。とにかく俺たちも行ってみましょう!」
何だか尋常ではない雰囲気が辺りに漂っていた。
俺と大村さんは目を見合わせ、這うようにして船室から飛び出していった。
周囲の景色が高速で後方に流れていく。気流が俺たちに叩きつけられた。
魔法石を使った船体加速を行っているのだとすぐ分かった。
「シドウ、いいところに来た! マズい状況だ、お前の手も貸してくれ!」
「マズい状況って、どういうことですか信さん! いったい何があって――」
言いかけた俺の目に、巨大なドラゴンが映った。ドラゴンは白濁した眼球をこちらに向けると、腐敗し千切れかけた翼を振るい上昇した。
翼の生み出した衝撃が船体を揺らす。
「な……! あれは、いったい何なんだ!? ドラゴンゾンビ!?」
「名を冠するなら差し詰めそんなところでしょうね。また新種が出てくるとは……」
どういうことだ?
『真天十字会』が作り出したナイトメア製造機、『不和の種』はもはやこの世界から影も残さずに消えたはずだ。あの戦以来、ドラゴンのような大型種は確認されていないとも聞いていた。それがなぜ、それも俺たちの近くに?
「シドウ、考えている暇はねえだろうが! さっさとやるぞ、ドラゴンを落せ!」
「ええい、チクショウ! ちょっとは腰を落ち着けられる時間が欲しいもんだぜ!」
『真天十字会』との戦いといい、ウィラとの会話といい、これまでの戦いといい、次々とイベントが起こったせいでまともに休む時間すらもらえなかった。おかげさまで腰を落ち着けて考え事をすることだって出来やしない。ちょっとは加減しやがれ!
毒づきながら、俺は金属カードを腰に当てた。
展開されたバックルにカードを挿入。
「さっさと片付けねえとな……! 変身!」
俺の体が光に包まれ、鎧が俺の体を包み込んだ。
俺の変身態と黒い甲冑、『アレスの鎧』を折衷したようなデザインの装甲が俺の体を包み込んだ。変身した俺にとって、この程度の風圧や揺れなどないも同然。俺は立ち上がり、フォトンシューターを手に取った。
ふと、思った。この状況でブライトフォームに変身したらどうなるのかと。かつては強化変身をしなければシューターを操ることすら出来なかったが、いまの状態ならばフルブラストだって使えるだろう。ならば、強化変身は? 使えるのだろうか?
好奇心が勝り、俺はボタンを押した。
特徴的な機械音声が鳴ったかと思うと、シューターから力が俺の体に伝播した。
体を覆う黒い装甲が輝きに包まれ、白銀色に変わった。
胸甲には不可思議な文様が刻まれ、視野が広くなり、力が漲る。
「どうやら、こっちの力も使えるみたいだな。行くぜ、化け物野郎!」
名を冠するなら真・ブライトフォームと言ったところか?
全身を覆う甲冑の色が変わり、手甲と脚甲が一回り太くなった。
ヘルメットにはバイザーのようなものが展開され、俺の視覚を補助していた。
かつてのブライトをも上回る力が俺を包み込んだ。
しかも、この力が減衰していく気配もない。恐らくは『アレスの鎧』が俺の力をブーストしてくれているのだろう。『聖遺物』、それもコアと呼ばれる四つの武具には身体能力を増強する力があると聞いていた。その力の一部が俺に流れ込んでいるのだろう。
フォトンシューターを天に向ける。出力『MIN』、連射速度『MAX』。
トリガーを引くと圧倒的なエネルギーを秘めた光弾がいくつも発射された。弾丸の軌道上にあったドラゴンゾンビの体がずたずたに引き裂かれ、クズ肉になっていく。
「凄い……! これが『聖遺物』の、シドウさんの新しい力……!?」
リンドは思わず驚嘆の声を上げた。
俺のことを最初から見ていた少女は、その変化に驚いているのだろう。
俺だって驚いている、まさかこんなことになるとは。
これならば最近のパワーインフレにもついて行くことが出来るだろう。
「ヘッヘ。見たか、俺の実力! これなら、こっから先の戦いだって余裕……」
「シドウ、気を抜くな! ドラゴンゾンビは一匹だけじゃない、まだいるぞ!」
なんですと?
船の下を見てみると、大空を舞う何匹ものドラゴンゾンビの影が見えた。後方を見てみると、更に何匹か。合計十匹程度のドラゴンゾンビが俺たちを追いかけて来ていた。どうなってんだ、これ。フィアードラゴンだってこんなにいなかったぞ?
「手が足りねえ、信さん手伝ってくれ! リンド、みんなを中に!」
「わ、分かりましたわシドウさん! みなさん、こちらへ!」
リンドは変身し、子供たちを船室へと誘導した。そして俺に信さん、大村さんまで加わってドラゴンゾンビとの戦いが始まった。連中はさっきの攻撃で警戒することを覚えたようで、遠巻きにこちらの攻撃を誘導するように動いていた。おかげで当たり辛いことこの上ない。腐ったゾンビ野郎のくせに、何でこんなに頭が回るんだよ!
ドラゴンゾンビは口元から火炎弾をいくつも発射する。
在りし日のフィアードラゴンのそれよりも強力な火炎だ。
ゾンビとなったことで身体能力だけでなく、射撃能力まで向上しているとは。
厄介過ぎるぞこいつら。しかも弾速まで速いと来ている。
「このままじゃキリがないな。ここは頼んだ、後は俺がケリをつけて来る!」
信さんは一旦射撃を取りやめ、フォトンレイバーを抜いた。
そして柄に付けられた宝石を取り、《スタードライバー》のくぼみにセットした。いつもあれをやっていればいいのに、と思って信さんに質問してきたが、常にFAL状態だとエネルギーの消耗が激しく、敵の攻撃に対応出来ないこともあるそうだ。
宝石の青い光が《スタードライバー》を満たしていく。
『FULL DRIVE! SET UP!』、けたたましいパーカッションの音が《スタードライバー》から鳴り響く。信さんはその騒音なんてまったく気にしていない、というような顔でキーを捻る。
『WOLFS PACL! LADY!』
『SILVER BACK! LADY!』
『WILD GUARD! LADY!』
『PHOTONE RAYBER! LEDY!』
信さんの体が光に包み込まれ、全身の装備が一斉に展開した。
『FULL! ARMS! LINK! START UP!』
信さんは上空に向かって飛んだ。シルバーバックの飛行能力だ。
銀色の軌跡が青空に刻まれ、その軌道上にいたドラゴンゾンビが哀れにも切り裂かれ、撃ち抜かれて行った。
「っしゃあ、さすがは信さん! ドラゴンゾンビなんぞとはやはりワケが違う!」
シルバスタ最強フォームにとって、あの程度の連中などウォーミングアップにもならないのだろう。ドラゴンゾンビはどんどん数を減らしていき、苦し紛れに放たれた火炎弾が虚空に消えて行き――その一発が船底に激突するのが見えた。
爆音。衝撃。黒煙。呆気に取られているうちに、船底から炎が上がった。
「参りましたね、当たってしまうとは……こりゃマズい、高度が維持できませんよ」
「維持出来ませんよって! どうするんすかクロードさん! こ、このままじゃ!」
「落ち着け、シドウ。幸いもう陸地が近い、仕方ねえが不時着するしかねえな……!」
ちょっと調子よく進んだと思ったら、これである。
どうやら旅にトラブルはつきもののようだ。
急速に迫り来る陸地を目にしながら、俺はそんなことを思った。