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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
手に入れたかったもの
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プロローグ:神の大地へ

 俺たちがいまいる世界、《エル=ファドレ》はほんの数百年前に誕生した。かつて世界を席巻していた機械文明が崩壊した時、その世界にいた人々は滅びを避けるためにこの世界を作り出し、避難して来た。大地なきこの世界を。


 最初のうちはよかった。だが、戦乱を防ぐために《ナイトメアの軍勢》を生み出し、世界を支配する管理者の一人が暴走した時、その平穏は呆気なく破壊された。

 管理者は世界を自分の都合のいいように変え、そこで足掻く人間たちを嘲笑った。それが数百年に渡って繰り返されてきた、《エル=ファドレ》戦乱の歴史の真実だ。


 言葉の意味を理解出来ているものは、恐らくいないだろう。

 だが、それでも分かっていることがある。

 この世界はずっと歪められてきたのだ。

 悪意を持った人間によって。


「《エクスグラスパー》とは、『奴』が自由に操れる駒ということですのね……」

「胸糞悪い話だ。何よりも気に入らないのは、私たちが死ぬ予定だったってことだ」


 楠さんは苛立ちまぎれに壁を叩いた。

 俺だって叫び出したい気分だった。


「しかし、それだけ力がある奴がどうして私たちのことを放っているんだ?」

「管理者も絶対の存在ではありません。

 確かに強い力を持っていますが、《エル=ファドレ》全域の情報を自分だけで処理することは出来ない。特に、私たちのような支配下にない人間を探すことには長けていない。だから僕たちはこうして自由に動ける」


 出来ることと、実際にやれることとは違うということか。完璧な支配能力を持っていようとも、そのすべてを使いこなすことが出来るわけではない。そういう意味では、管理者もまた俺たちと同じ、一個の人間だということなのだろう。


「とはいえ、絶望的な状況なのは確かだろう。この世のすべてが敵なんだからな」

「ええ。それに自体が逼迫して来れば形振り構わなくなってくるでしょう。彼の持つ技術をすべて解放すれば、新たな『聖遺物』を作り出すことくらいは出来るのですから。そんなことにならないうちに、手早く『奴』を探し出し始末する必要があります」


 いまの状態でも洒落になっていないのに、これ以上敵が強化されたのではたまったもんじゃない。俺がいないうちに《フォースドライバー》が量産されているらしいし。どうにもこの世界のパワーインフレについて行くことは出来そうになかった。


「で、散々話の中に出てくる『奴』ってのは、もう見当がついているのかい?」

「残念ながら、まだ確証はありません。ですがある程度の目星はついていますよ。

 恐らくはグランベルクにいるのではないか、と思っているのですが……」

「『奴』は人智を越えた力を持っているんだろう?

 どうしてこの世界にいる必要がある?

 不連続空間とやらに隠れていれば、どこからも干渉出来なくなるだろう?」

「ウィラが言っていました。『奴』はライブ感を楽しんでいるのだ、と。だからこの世界でも役割を持ち、世界の変遷を近くで見守っていることに快感を覚えるのだそうです」


 自分が歪めた世界を特等席で見つめている、というわけか。

 クソ野郎め、絶対一発ぶん殴ってやる。

 やることの規模はともかく、メンタリティはガイウスと変わらない。


「とにかく、我々はグランベルクへと向かうのがいいと思います。『聖遺物』収集を放っておくわけにはいきませんし、このまま行けばトリシャさんも危ないでしょうから」

「あ、トリシャさんもこっちに協力してくれてるんですね」

「ええ。敵に回ってしまった人は多いですけど、味方でいてくれる人もいますから」


 リンドは寂しげに微笑んだ。かつて一緒に戦った人々が敵に回る。

 それは悲しいことだ。

 出来ることなら戦いたくはないが、しかしそうはいかないのだろう。


「……そう言えば、お前はどうして意識改変の影響を受けていないんだ? 大村」

「手前に呼び捨てにされる筋合いはねえよ。詳しくは知らんが、シドウのせいだろう」

「え、俺の? でも、俺大村さんとなんかしましたっけ……?」


 俺と大村さんの関わりと言えば、グランベルクで少しの間話し合ったりしたくらいだ。特別何かをしたという記憶もないのだが、どういうことなのだろうか?


「もしかして、シドウと一緒にいるだけでその意識改変ってのは出来なくなるの?」

「そういうことでしょう。詳しいことは分かりませんが、シドウくんの持つ改変無効化能力は周囲にエネルギーを放出しているのかもしれません。だから、大村さんは支配から脱した。何も分かっていなかったとはいえ、お手柄ですよ。シドウくん」


 褒められているのかいないのかさっぱり分からないが、しかしそれでも分からないことがある。短時間でも一緒に過ごした人々が意識改変から脱することが出来るというのなら、金咲さんのように支配から脱していない人がいるのも気になる。それとも、何か別の条件があるのだろうか? 考えてみてもさっぱり分からないことではあるが。


 うんうん唸っていると、リンドが小さく欠伸した。

 俺が見ていることに気付くと顔を赤らめ、伏せた。

 アリカに頭を叩かれる。俺がいったい何をしたと言うんだ。


「そろそろ休みましょうか、みんな。今日は色々あり過ぎて疲れたでしょう?」

「そうですね、そろそろ休むことにしましょう。

 もうしばらく歩けば街に到着します。

 そこで船を手に入れて、グランベルクへと向かう。

 それで皆さんよろしいですね?」

「俺は《エル=ファドレ》の地理に詳しくない。プランはお前に任せるさ」

「こっちも旅慣れているわけじゃありませんからね。お願いします、クロードさん」


 特に反対意見は出なかったので、旅のプランはクロードさんに一任されることになった。船の操縦が出来る人がいるのか、と不安になったが大村さんが出来るそうなので、彼に任せることになった。あの戦い以来フィアードラゴンが出てくるようなこともなくなったので、空路を取るのも比較的安全になったということだった。


 俺も死んだり生き返ったりして疲れた。

 俺は久しぶりに床に就いた。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 星灯りの下、クロードは一献傾けていた。苦しい旅を少しでも楽しくするために、クロードが少しだけ持ち込んだ酒だ。日本酒かそれに類するものがあればいい、とは思ったのだが、この世界では蒸留酒や果実酒が主流だったので諦めることにした。


「なんだ、クロード。お前起きてたのか」

「ええ、安全だとは思っていますが、まだ敵がいるかもしれませんからね」

「ウソつけ、秘密で持ち込んだ酒を楽しんでるだけだろうが。俺にも少しよこせよ」


 大村はクロードの横に座り込むと、彼の持っていた酒瓶をひったくった。

 クロードが苦笑するのにも構わず、彼は中の酒を飲んだ。

 少しだけしか残っていなかったので、すぐにそれは飲み干された。


 ふぅ、と一息つき、彼は二人の間に酒瓶を乱暴に置いた。


「お前の知ってること、すべてを話すってわけじゃないんだな」


 クロードは苦笑した。

 然り、クロードは知っている。《エル=ファドレ》の内実に関わる多くの事実を。

 これからいったい何が起ころうとしているのかを。

 しかし、それでも彼はそのすべてを伝えようとはしなかった。

 現状意味がないことも多いからだ。


「根本的に僕は他人と言うものが信頼できないのかもしれませんね、これは」


 星灯りを見つめ、クロードは手を透かして見た。

 その手が青い輝きに覆われる。


「お前は自分の力を戦いに使おうとはしないな。どうしてだ? お前の卓越した剣術に、《エクスグラスパー》としての力が合わされば、もっといろいろな……」

「力があればいいってものじゃないですよ。この力を使うとむしろ弱くなる気がする」

「どんなんだよ、それ。生身で戦った方が強いってか? そりゃ、驕りってもんだろ」

「一度強い力に頼ってしまうことを知るとね、それが当たり前になってしまうと思うんです。自分が築き上げた技術を、感覚を、上回る力を使ってはいけないと思います。そんなものを使い続ければ、己の感覚が錆び付いて行くだけだと思いますから」


 クロードの理論は大村にはよく分からなかったが、彼が言うなら取り敢えずそういうものなのだと納得した。わざわざ出て来たのはそんな話をするためではない。


「このまま進んで『奴』が出て来たとして、勝算はあるのか?」

「分かりません。なにしろ、実際に相手を見たわけではない。

 シドウくんがいて、そして園崎さんが加わったとしても……分は悪いでしょう。

 『奴』は星神の力を使いこなしているはずですから」


 園崎真一郎たちがいた時代、星へと姿を変じた神の力を我が物とする技術が存在した。その技術はこの時代にも継承され、この世界を形作るものとなった。そして、『奴』は神の力を悪用し、この世界を意のままに動かしている。信じ難い傲慢、許せはしない。


「切り札を使えるだけの環境は整えておきたい。頼りにしていますよ、大村さん」

「ああ。この世界を救うために、俺だって戦うつもりさ」


 世界を救う。

 それは口にしてみれば何とも現実感に乏しく、荒唐無稽な言葉だろう。


 だが、自分たちの双肩に歪められた人類の未来がかかっている。

 負けられない戦いがある。


 二人は空を見上げ、まだ見ぬグランベルクへと思いを馳せた。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 半島の先端にある街に辿り着いた俺たちは、巡回の騎士たちに見つからないようにこっそりと移動し港を目指した。荷物の積み込みでごった返しているところを見計らって突入、船員たちを排除しながら一隻の船をジャック、発進。グランベルクへ向かう。


「はぁ……まさかこんなストレートな犯罪行為をするとは思わなかった……」

「何を今さら言っているんだ、シドウ。事前に話し合った通りだろう?」


 一応、話し合ってはいたから覚悟はしていた。

 だが、実際に何の罪もない人々からものを奪うのは、気が引ける。俺たちが指名手配中の凶悪犯だと官吏に伝われば、彼らが被った損害もある程度保証されるだろうか? されなかったら、それこそ悲惨だ。


「そうやって人のために傷つくことが出来るのは貴重だ。それを忘れるな、シドウ」

「人のもの盗って良心が痛まないのはヤバイと思うんですけど……」


 盗賊連中だって好きでそんなことをやっているわけじゃない、

 彼らだって人からものを奪う時は良心を痛めているはずだ。

 きっと、恐らく、多分。だといいな。


「……話したいことがある。美咲がこの世界に来ていたというのは、本当か」


 心臓が跳ね上がりそうになった。

 むしろ、あからさまにおかしい態度を取っていたのだろう。

 信さんが俺を見る目は、質問と言うより詰問という方が正確そうだった。


「楠から聞いている。この世界に美咲がいたことに、そして、死んだということも」

「……信さん。美咲が死んだのは、どっちでも俺が原因です。

 謝って、済むことじゃないですけど……でも、それでも言わせて下さい。俺は――」


 言い終わる前に殴られ、俺は甲板を転がった。

 頬が腫れ上がりそうになるほど凄まじいパンチ力だ。

 さすがは信さん、生身でも俺より遥かに強い。


「お前が謝罪しようだとか、そんなことを考えているんならもう一発ぶん殴る。

 一発は殴らせてもらったが、俺は謝らない。これくらいのことはさせてくれよ」

「え、ええ。大事な妹さんを死なせちまったんだから、そのくらい当たり前……」


 言おうとしたが、信さんに引き起こされた。

 信さんの顔は意外にも朗らかだった。


「ケリを付けるべきだったのは、俺だ。

 あいつがこの世界に来ていたってことに気付かなかった。

 あいつが悪に堕ちていたということにも。だから、謝るのは俺の方だ」

「……俺のせいなんです。俺が、あいつの目の前で死んだから。責任感じて……」

「もしそうだったとしても、それから先のことには関係ない。どんな痛みを背負ったとしても、それを他人に向けるのならば、それ相応の報いを受けなければならない。あいつは受けるべき報いを受け、そして死んだ。それを責める資格なんて、俺にはない」


 奇しくも、信さんの考えは俺と同じだった。

 俺はあいつを止めるために殺し、その罪を背負って戦って行こうと思っていた。例え誰に肯定されることがなくても。だから、ほんの少しでも俺のことを許してくれる人がいるのならば、それは嬉しいことだった。


「もっとも、あいつをそんな状況に追い込んだ奴を俺は許すことが出来ない」

「そうですね。こっちの世界に来なけりゃ、こんなことにはならなかった」

「あいつに力を与えた『奴』の存在を、俺は許すことが出来ない。

 この世の果てまで、どこまでだって追いかけて行って殺してやる。

 そのために、力を貸してくれるか?」


 物騒な事極まりない宣誓だったが、それは俺の気持ちと一緒だ。

 一も二もなく、俺は信さんの手を取った。信さんは薄く笑った。

 俺たちの心はここで重なった。


「……だが一発は殴らせてくれ。どうしようもない思いも、あるんだ」

「俺にだってあるから、分かりますよ。信さん。逆の立場なら俺もそうしていた」


 美咲。俺はお前を殺して止めることしか出来なかった。

 もしかしたら、他に選択肢はあったのかもしれない。


 けれど、俺はお前の死を受け止めて進んで行こうと思う。

 あの世界で助けてくれたことが、お前の本心だと信じているから。


「皆さん、そろそろ目的地です。降りる準備をしてください」


 おっと、もう着くのか?

 そう思ったが、陸地はなかった。島が点在しているだけだ。


「どういうことだ、クロード。こんなところから本島に降りられるとは思えない」


 それは俺も同意見だ。

 しかし、この辺りの景色は見たことがあるような気がする……


「その前に、行くべきところがあります。花村彼方が生まれ育った、あの場所に」


 ようやく思い出した。

 何カ月も前に一度行ったばかりだから、さっぱり忘れていた。

 ここは彼方くんが生まれた地、カウラント島の周辺だった。


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