フルアームズリンク
『FULL DRIVE! SET UP!』
けたたましいパーカッションの音が《スタードライバー》から鳴り響いた。
宝石から漏れ出した光がドライバーに刻まれたラインを埋めていく。
何が起こっている?
信さんはシルバーキーを掴み、そして捻った。
一瞬、音が止んだ。
『WOLFS PACL! LADY!』
『SILVER BACK! LADY!』
『WILD GUARD! LADY!』
『PHOTONE RAYBER! LEDY!』
四つの音が響き、信さんの鎧、腕、足、頭が光り輝いた。
銀色の巨大な手甲が現れ、腕を一回り太くした。
背中から翼とブースターが現れ、火を噴いた。
シルバーウルフがひとりでに腰へと向かい、マウントされた物体と結合した。
真さんは右手でフォトンレイバーを、左手でウルブズパックを持ち、構えた。
それと同時に眼孔部が一際強く光り輝いた。変身の終了を告げる光だ。
『FULL! ARMS! LINK! START UP!』
「フルアームズリンク……これが、信さんの、最強の力」
信さんは銀狼砲ウルブズパックを天十字に向け、発砲。フォトンシューターに勝るとも劣らぬ威力を持った砲弾が天十字に向かって行った。舌打ちがここまで聞こえた。天十字は裏拳でそれを弾き飛ばす。後方にあった建物の外壁に着弾、爆発。火薬でも爆発させたような火柱が、信さんがトリガーを引くたびに立ち上っていく。
背部スタスターを起動させ、信さんが飛んだ。
一気に高度数百メートルまで上昇したかと思うと、空中から何発もの弾丸を放つ。
変幻自在な動きに天十字は対応出来ていない。
「チィッ! 無駄な足掻きが過ぎますよ、園崎くん!」
天十字は両手に巨大な暗黒球を作り、信さんに向けた。その表面が泡立ったかと思うと、そこから何発もの暗黒の弾丸が発射され、天を埋め尽くした。両肩と両足のスラスターも起動させ、回避に専念するが、避けきれない。何発が直撃コースを取った。
信さんは翼を動かしシールドのように前面に展開、弾丸を受け止めようとした。
着弾、爆発。宵闇に包まれた空が赤く染まる。
爆炎に包まれながら、信さんが落ちて来る。
まだ倒れてはいないようだが、大きなダメージを受けているようだ。
翼を器用に操り軟着陸するが、そこに天十字が素早く駆け寄ってくる。
フック気味に放たれた拳を、信さんはフォトンレイバーで受け止める。
重い金属音とともに火花が舞う。
拮抗状態は一秒も続かなかった、信さんは身を引き、天十字がそれを追う。
やはりフルアームズリンクを発動させた状態でも、パワーでは天十字が勝る。
傍目から見れば、それは地味な攻防だ。天十字のパンチをスウェーでかわし、信さんがフォトンレイバーをなぎ払う。受け止められ、弾かれるが、信さんはその場で回転し逆方向から遠心力を乗せた斬撃を繰り出す。天十字はそれを逆手で受け止め、右の掌打を放った。更に信さんは回転、天十字の体を沿うように背後に回った。
バックキックを繰り出すが、それもあっさり受け止められた。天十字は掴んだ足首を捻り、信さんをあっさりと倒した。止めの一撃を放とうと、天十字は腕を振り上げる。
「申し訳ありませんが、そうはさせませんよ。天十字さん!」
しかしその頭上から乱入する影がある! クロードさんだ、天十字と十メートル以上離れていた距離を、助走もつけずに跳んだ! 助走をつけていても十分におかしい距離だが、とにかく彼は跳んだ。そして意識の外から刀を振り下ろし、天十字を襲った。
天十字の鎧が切り裂かれる。宵闇を火花が彩った。着地し、振り向きざまにクロードさんは斬撃を繰り出す。天十字はそれを辛くも受け止めるが、逆に足下に転がっていた信さんに反撃の機会を与えてしまうことになった。
信さんはネックスプリングの要領で立ち上がり、更に反動を付けた蹴りを天十字に叩き込んだ。またもや意識の外からの攻撃、さすがに堪えることが出来なかったようで、天十字は吹き飛ばされて行った。
「あなたの相手は園崎さんだけではありません。それでは、行きましょうか皆さん」
手元でくるりと刀を回転させ、クロードさんは自然体の構えを取った。
「ああ。過去からの因縁を断ち切るには、俺の力だけでは足りない。力を貸してくれ」
左足を前に出し、右足でどっしりと地を掴む。左のウルブズパックを天十字に向け、右のフォトンレイバーを地に向ける独特の構えを信さんは取った。
「ったり前っすよ、信さん! こいつを倒すのは、俺たち全員の力だ!」
腰にマウントしたフォトンシューターを手に取り、トリガーガード横にあったボタンを押す。魔法石からエネルギーを充填され、俺の体を白銀装甲が覆い尽くしていく。ブライトフォーム、展開完了。輝きが夜の闇をかき消し、世界に光をもたらす。
「ただの人間如きが……! かき消してやろう、貴様らの命の灯など!」
天十字は両腕を突き出し、虚空に印を描く!
「黒星輝くアマツミカボシよ! 我に力を与えたまえ、化身たるこの我に!」
天十字を包み込む暗黒の加護が、より強まったような気が俺にはした。
空間が歪むような、圧倒的な力。
思わずたじろぎ、後ずさりそうになるが、そうするわけにはいかない。
天十字は右手を突き出した。
その掌中に巨大な暗黒球が出現したと思った瞬間に発射された。あれほど大きなエネルギー体を作り出すためには、これまでは相応の時間が必要だったはずだ。だが、いまの天十字はそれを一瞬にして作り出し、そしてそれを高速で射出する能力を得ている。どうやら一筋縄ではいかない相手のようだ。
信さんは空中に飛翔、クロードさんは残像を残すほどの高速でそこから消えた。俺も全力で右に跳んだ。俺たちが一瞬前までいた場所に暗黒の弾丸は着弾。直後、火柱が上がった。あそこに一瞬でも留まっていたなら、今度こそ完全に死んでいただろう。
前転を打ち膝立ちで着地、天十字にフォトンシューターを向けた。生半可な攻撃ではダメージを与えることは出来ないだろう、シューターの出力を高めトリガーを引く。堅牢な城塞を一撃で粉砕するほどの破壊力を持った弾丸を、天十字は裏拳でいとも容易く弾き飛ばしていく。冗談だろ、さっき信さんが撃ったのよりも強いやつだぞ?
何度もトリガーを引くが、その度天十字は弾丸を弾き飛ばしこちらに接近。一瞬にして距離を詰められ、フォトンシューターを裏拳で殴った。弾丸があらぬ方向に飛んで行く。何とか叩き飛ばされるのを防いだが、今度は俺に拳が叩き込まれた。
顔面、胴体、脇腹、顔面、一撃一撃がとにかく重かった。
俺の全力を遥かに超えている。防御能力に特化したブライトフォームでなければ、すでに命を落としていただろう。反撃の糸口すらも掴むことが出来ず俺は殴られ続けた。
その後ろからクロードさんが躍り出て、そして信さんが加速しながら落ちて来る。
『FULL BLAST!』、合成音声が必殺の時を告げる。
フォトンレイバーが銀色の輝きに包まれた。
圧倒的エネルギーがそこに収束しているのが俺にも分かった。
クロードさんが放った首への一撃、そして信さんが放った一撃。どちらも致命的で、そして避けられるようには見えなかった。だが、天十字に動揺はない。避けられないのならば、その両方を受け止めればいい、とでも全身で主張しているようだった。
天十字は邪魔になる俺の首根っこを掴むと、乱暴に投げ捨てた。
「グワーッ!?」
右手に投げ捨てられた俺は建造物の壁に叩きつけられた。
叩きつけられたことよりも、投げられた時の痛みの方がデカい。
しばらくは立ち上がれそうになかった。
『FULL BLAST。DARKNESS POWER』
天十字の《ダークドライバー》がエネルギー抽出を告げた。
右手に暗黒のエネルギーが収束する。
信さんの一撃を全力で受け止める気なのだろう。
クロードさんの斬撃は左腕で受け止めた。
銀の輝きとすべてを飲み込む暗黒がぶつかり合った。その衝撃の凄まじさたるや、ぶつかり合いによって生まれた余剰エネルギーが光となり、爆音となり、衝撃波となって当たりの物体を破壊し、砂埃を舞い上げた。二人の方を直視していることさえも出来ない!
「グワーッ!」
吹っ飛ばされたのは信さんの方だ! フォトンレイバーのフルブラストと加速を載せて繰り出した斬撃も、天十字には敵わないというのか!? 天十字は切りかかってきたクロードさんも押し返し、勝ち誇るように両腕を広げた!
「まだ分からないようですね、園崎くん! キミは、私には敵わない!」
「まだだ、俺はお前にすべてを見せていない!
たった一度のぶつかり合いで、もう諦めてたまるものかよ!
俺は二度とお前に屈しない、お前の力などにはッ!」
信さんはフォトンレイバーを逆手に持ち、レイバーの柄をウルブズパックの銃口にくっつけた。何をしようとしているのか、そう思っている間に変化が起こった。
『CONECTER ON! SILVER CRESCENT!』
ウルブズパックとフォトンレイバーが結合!
一本の巨大な三日月状の剣に変形!
「虚仮脅しのハッタリか、園崎!
そんなものに付き合うのはうんざりなんだよ!」
口調こそ余裕に満ちたものだったが、信さんが手にした新たな武器の危険さは天十字が一番よく理解しているようだった。態度からは余裕が消え去った。
天十字は両手で印を描く。
その軌道上に不可思議な文様を描く魔法陣が現れ、漆黒の闇がそれを塗り潰した。
まさしくブラックホール、すべてを塗り潰す暗黒の闇。掛け値なしの、本気。
「余裕がなくなって来たってことは、あれが当たりゃあどうにかなるってこった……!」
幸い天十字の意識は俺から外れている。そりゃ何も出来ずぶっ飛ばされた奴のことを気に留めちゃいられないだろう。だが、それが間違いだってことを教えてやる。フォトンシューターの出力を『MAX』に調整、ボタンを押し、銃口を天十字の方に向ける。
『FULL BLAST!』
「何!?」
天十字はこちらの動きに心底驚いたようだった。
まだ動けると思ってなかったか、間抜け?
トリガーを引くと、巨大なエネルギー球が天十字に向かって行く。天十字の手元に向かって弾丸が飛んで行き、腕の方向を僅かに逸らした。放たれた暗黒の球体は信さんの体を大きく逸れて飛んで行き、軌道上にあった建物や砂丘を飲み込みながら消えた。まるで空間そのものが削り取られたような、絶対的な破壊の結果だけがそこにあった。
「貴様ァッ……! 取るに足らない羽虫の分際で、よくも貴様ァーッ!」
「誤算でしたね、天十字さん。彼の諦めの悪さを分かっていないようだ……!」
弾き飛ばされたクロードさんは天十字の予想をはるかに超える速度で復帰、彼の反射神経さえも及ばないほどのスピードでいくつもの斬撃を繰り出した。綾花剣術、二の太刀。『裂砕空牙』。ありとあらゆるものを粉砕する軽やかで剛毅な刃が漆黒の装甲を削る。
そして、その間に信さんの準備も整ったようだった。
シルバーキーを引き抜き、シルバーウルフのスロットルに挿入。捻る。
『OVER BLAST!』、刀身から銀色のエネルギーが噴出、巨大な光の剣がそこに現れた。銀剣を両手で握り、信さんは駆け出した。背部スラスターがそれを後押しする。天十字はそれを避けない、避けられない。
羽虫と罵ったものたちの。見下して来た人間たちの攻撃が、天十字の体にじわじわと蓄積し、逃れえぬダメージを与えていたのだ。例え装甲がいくら再生したとしても、中にいる人間のダメージが消えるわけではない。俺たちの攻撃の結果はいま、実を結んだ。
信さんと天十字が交錯する。
信さんが振り上げた剣が、天十字を両断した。
砂の上を滑り、信さんは着地。
血を払うようにして剣を薙ぐ。
天十字は苦悶の叫びを上げた。
腰に装着された《ダークドライバー》が、装甲が、眩い火花と電光を撒き散らした。
天十字を包み込んでいた装甲にいくつもの亀裂が入り、彼は爆発四散した。