かつて夢見た世界の守り人
「……この時が来る、来るとは思っていたがまさかこんなに早いとは思わなかった」
「ど、どういうことですか。この歪みは、いったい……」
「この空間の存在が、あいつに露見したのさ。ったく、手回しが早いねぇ……」
空間が歪み、そしてひび割れた。まるでガラスのように。
そこから、何体もの人影が現れた。
騎士のように整列し、向かってくるそれは、虚ろだった。
命を感じさせない人型。
「原理としては《ナイトメアの軍勢》と一緒さね。命を持たない傀儡さ」
「ど、どうすりゃいいんだよこんなの! 聞いてねえぞ、こんな……」
俺は思い切り狼狽えた。
その時、一段の中から飛び出してくる影があった。
漆黒の人型が、俺に向かってくる。
その手には鋭利な刃。
心臓に向かって突き出される刃。
やられる。
そう思ったが、その時は永遠に訪れなかった。女が俺と人型との間に割り込んだからだ。女の胸が貫かれ、鮮血が迸る。痛々し気な悲鳴が辺りに響いた。女はそれでも、死んでいなかった。キッと人型を睨み、掌を奴の胸に当てた。エネルギーの奔流が人型を飲み込み、そして消滅させた。軌道上にいたものたちが何体も巻き込まれた。
「なっ……! あんた、いったい何やってんだよ! しっかりしろよッ!」
俺は崩れ折れる女を抱き留めた。華奢な体だ、かつては研究者だと言っていたのだから当たり前だろう。小さな体から、徐々に力が失われて行く。訳が分からない。
「お前を、死なせるわけにはいかないからな……私の、たった一つの、望みを……」
「どうして、どうしてそんなことのために……関係ねえだろ、お前には」
女は苦し気に顔を歪ませながら、頭を横に振った。
口の端から赤黒い血が流れる。
「私の、目の前で起こっている、ことだ。無関係なんかじゃ、ないさ」
いまにも死にそうな顔で、女は力強く言った。
どうするんだ、俺。
こんな真摯な願いを目の前で聞かされて、それで放り出して逃げたら。
それは俺じゃねえだろ。
「分かったよ。俺は、あんたの願いを聞き届けたい。あの世界を、救いたい」
「救ってくれ、シドウ。私たちが、歪めてしまった世界を、元に戻してくれ……」
俺は女の手を取った。冷たくなっていく手を。
「最後に、聞かせてくれよ。あんたの、名前を」
「名前、か。そんなもの、忘れかけていたよ。
もう、最後に名乗ったのが何百年前か」
クスリと笑い、そして女は俺の顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「私の名は、ウィン=ラハティ。
研究室のみんなからは、ウィラと、呼ばれていた」
「分かったよ、ウィラ。俺は、あんたが守ろうとした世界を、絶対に守る」
「ありがとう……最後に、忠告だ。もう、エクシードは使うなよ……」
最後にそう言って、ウィラの手が地面に落ちた。さっきまで話していた人の命が、あっさりと失われる。無常と言えはそこまでだ。
だが、俺には納得することは出来ない。
例えどんな結果をもたらしたとしても、始まりは善意だったはずだ。その善意を歪め、自分の意のままに世界を操ろうとする悪がいるのならば、俺は許すことが出来ない。
「退けよ、ザコども。俺は、その先に行かなきゃならねえんだよッ!」
眼前の化け物どもに啖呵を切る。
人の形をしているが、人でないことは明らかだ。
こんな連中に足を止められているわけにはいかない。
拾った命を、絶対に無駄にしない。
俺を助けてくれた人の遺志を背負って、俺は前へと突き進んでいく!
俺の怒りに呼応するように、俺の体を装甲が包み込んだ。
ガントレットを化け物どもに向ける。奴らの歩調が早まった。
俺は構えを取り、奴らを待ち受ける。
啖呵を切ったはいいが、問題が一つある。
果たして俺はここを突破出来るのだろうか。
「……うん、特に力が漲ったり、不思議なパワーに目覚めてたりしてなよな」
ボコボコにされても特に不思議なことは起こりそうにはない。一応、武器はあの時のままだがあの二挺でここを突破出来るかと言われれば微妙なところだ。時空の裂け目から現れた怪物はどんどん密度を増していく。時間をかけると完全に埋もれてしまいそうだ。エクシードフォームを使えばもしくは突破できるかもしれないが、ウィラから止められた。
(あいつが俺の残骸を回収しておいてくれたから、何とか俺はこうして生きている。
だがあいつはもういねぇ、今度消滅したらそれこそ完全に消えちまうぜ……!)
覚悟がないわけではないが、こんなところで貴重な命を使っちゃいられない。
どうすればいい? どうすればここを突破することが出来る?
俺が思考していた、その時だ。
俺の耳の傍を何かが通り過ぎた。
かろうじで視認出来たそれは、ロケット弾のようだった。
それが化け物の一団に着弾、爆発。
慌てて両足に力を込め、ふっ飛ばされるのを何とか防いだ。
化け物の一団がロケット弾によって吹っ飛ばされて行くのが見えた。
「奥義! 双刃轟炎波ァーッ!」
俺の左脇の方から炎が立ち上り、そしてそれが化け物の方に向かって行った。
巨大な炎は化け物どもを舐め、そして消し去った。あの技を、俺は一度見ている。
「酷い有り様だね、シドウくん。ところで、僕たちの助けとかっているかな?」
「強くなったみたいだが、まだまだのようだな。シドウ」
そこにいたのは双剣の闘士、御神結良!
長髪の銃士、尾上雄大!
「二人とも……?! まさか、生きていたんですか?」
「いいや、生きちゃいない。死んでるよ。僕らもあまり長くはこちらにいられない」
そう言う尾上さんと御神さんの体は、段々と希薄になっているように見えた。
俺がエクシードとなった時の消滅反応と同じだ。彼らは消えようとしている。
「あの女がこちらの世界に引っ張ってきたお前と、私たちとでは勝手が違ったようだ」
「けど、失われるって分かっている命だからこそ、出来ることがある。行くんだ!」
尾上さんは両手にサブマシンガンを持ち連射、俺に並び立ち化け物を銃撃した。
「お前が目指すべき場所は、あそこだ。振り返らずに、行け」
御神さんは遥か後方、太陽のような金環がある場所を指した。危ないところだった、御神さんたちがいなければ逆方向に向かって突っ込んでいくところだった。
「……御神さん、尾上さん。ありがとうございます! 俺、行ってきます!」
俺は走り出した。背後から化け物たちが追ってくる音が聞こえるが、それは炎と銃声によってかき消された。俺は何人もの人に守られて、ここにいる。
「相変わらず手のかかる子だよ、キミは! でも、だからこそ嫌いじゃない!」
「お前が掴み取る未来! あの世から見物させてもらうぞ、シドウ!」
そして、背後から一際巨大な爆発音が聞こえた。
尾上さんの爆薬か、それとも御神さんの極大火炎か。
いずれにしろ、あれほどの威力を受けて二人はもはや生きていないだろう。
それでも、二度死ぬと分かっていながら二人は俺に未来を託してくれたのだ。
俺は走り続ける。振り返らずに。
左右にあった空間がひび割れ、そこから化け物が何体も現れる。
まずい、どうにかしなければ。フォトンレイバーを握る。
だが、突如として化け物の足元が爆散した。
虚空から現れた石の棘が、化け物の体を串刺しにしていった。
「これは、まさか……美咲!?」
「相変わらず、私がいなきゃ何も出来ないんだね。シドウ」
光の中から園崎美咲が現れる。
俺が別れたあの時と、まったく変わっていない姿。
「私の未来はなくなっちゃったけどさ、シドウ。
私は後悔してないよ。
あそこで終わってよかったんだ。
あんたに看取られて死ねたなら、それは幸せだよ」
「悪いな、美咲。あの時とは逆になっちまったけど……結局俺はお前を救えなかった」
「当たり前じゃん、シドウ。あんたに救えるほど安い女じゃないんだよ、私は」
美咲らしい物言いだ。
こいつを助けられるとしたら、いったいどんな人なんだろう?
俺は美咲の肩を叩き、美咲はサムズアップでそれに応える。振り返らず俺は進む。
「私のことをこんな目に遭わせた世界に、一発食らわせてやってくれよ?」
「ったり前だろ、親友。お前の分までぶん殴ってくるから、ちょっと待ってろ」
短い了承の声が聞こえたかと思うと、地震のような音と揺れが辺りに起こった。これで転んでいてはまったく格好がつかない、何とか体勢を維持し、進む。背後からあの化け物どもがこっちに来る様子はない、何とかしてここから逃れることが出来そうだ!
光がどんどん大きくなっていく。
近付いて行っている、ゴールに。
だが、それを阻むようにして空が割れた。
いままでとは比べ物にならないほど巨大な穴が開き、そして巨大な人型の化け物がせり出して来た。これまでの怪物を無理矢理巨大化させたような、全体的にアンバランスな姿形をしている。化け物は俺に向かって手を振り上げて来た。
そのまま押し潰すつもりか? マズい、このタイミング、このスピードでは回避も出来ない。これほど多くの力を借りたのに、俺はここで紙ペラのようになるのか!?
その時だ。
流星が瞬いた。
漆黒の闇を切り裂く青い流星が、巨大な化け物の頭に向かって落ちていくのが見えた。化け物の手が振り下ろされる寸前、流星と化け物が激突した。その衝撃波は地上にいる俺にも伝わって来た。鎧のような頭部が一瞬にして粉砕され、青い光の輪がいくつも広がり、その軌道上にあった化け物の体を溶断していった。
いったい何が起きている?
あんなことが出来る人間を、俺は知らない。
いままで俺と一緒に戦ってきた人に、俺は助けられてきた。
では、この人はいったい何者なんだ?
流星が俺の前に降り立った。
その姿を見て思い出されるものと言えば、シルバスタだ。
俺のことを救ってくれたヒーロー。
全体的に装甲は鋭角に乏しく、丸みを帯びたショルダーアーマーや青いラバー状の装甲といった、優し気すらも感じさせる立ち姿が特徴的だ。彼は俺の方に振り向いた。大きな赤い複眼が俺の方を真っ直ぐと見据えた。
彼は開いた右手を差し出して来た。そこにあったのは、金色の五芒星を象ったキーホルダーだった。星灯りを反射して幻想的に輝くキーホルダーを、彼は俺に手渡して来た。どういう意味か、聞こうとしたが彼はゆっくりと頷くだけだ。そして、彼の体が光の粒子へと変わって行き、その空間から消えた。
まるで夢でも見ていた気分だ。
もっとも、俺の夢はすぐに覚めることになる。背後からいくつもの足音が聞こえてきたからだ。彼らはあの化け物を押し止めることは出来なかった、だが俺がこの空間から逃げ出す時間くらいは稼いでくれた。
感謝しています、本当に。
俺は心の中で頭を下げた。
短い礼をして、俺は光の中に駆け出していく。
光の中に飛び込み、そして落ちて行った。
まさか落ちるとは予想外だった。
俺の体は重力に引きずられ、どことも知れぬ場所へと落ちて行った。
しかし、四度だぞ。
生きているうちに四度紐なしで落ちる奴なんて、そんなのいるか?
いや、そのうち二回くらいは死んでいるんだけど。
しかし、いつまで落ちて行けばいいのだろうか? あまり高い場所だとこの姿になっていても致命的なダメージを受けてしまうのではないだろうか? そんなことを考えていると、足元の空間がひび割れ、そしてあの巨大な化け物が現れた。両手を広げ、俺を待ち構える姿はまるで食事を待ちわびる肉食獣のようだった。やられてたまるかよ!
空中で一回転し、右足を突き出す。飛び蹴りを放つような形だ。
すべての意識、すべてのエネルギーを右足に集中させる。
俺の右足から紫色の炎が噴き出した。
俺は紫色の槍となり、足元で待ち構える化け物目掛けて一直線に落ちて行った!
「うおぉぉぉぉぉぉーっ! 邪魔だッ、退けェーッ!」
裂帛の気合を込めて叫ぶ。
俺の体は生命エネルギーの噴出を受けてどんどん加速していく。
化け物が腕を振り払うが、それをすり抜け俺の足が化け物の顔面に突き刺さる。
ヘルメットの蜘蛛の巣状のひび割れが生まれ、柔肌に俺の足が叩き込まれる。
そして、それを突き破った。
頭から背中へと抜けて行った俺の体が、更に加速し落ちて行った。