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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
神なる時代の反逆者
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エル=ファドレの秘密:後編

「世界は滅んだ。だが、人間は細々と生き延びた。生き延びちまった。

 大地は汚染され、もはや稲穂は実を結ぶことはない。

 水も大気も同様に汚染され、人間が摂取できるものなんて何もなくなっちまった。

 それでも、人類は生き残っちまったんだよ」


「でも、それが《エル=ファドレ》とどう繋がってくるんですか? いままでの話を聞いてると、ファンタジーって言うよりはSF臭が漂ってくるんですけど……」


 どうにも本題から逸れているんじゃないかと感じてしまい、俺は女に問いかけた。

 そんな質問が来ると思っていたよ、というような顔をして、女は一度会話を切った。


「世界は滅びて人類は生き残った。そして私たち、G3の人間も生き残った。

 そして、考えた。このまま進んで行けば、人類は遠からず一人残らず滅びるだろう。そこで、我々は考えたんだ。発見した並行世界理論を使い、世界を救うことは出来ないか、と」

「でも、時間軸で繋がっている世界はすべてを共有しているんじゃ……」

「いや、総体としてのエネルギー量を共有してはいるが、しかしありとあらゆる環境が共通しているわけじゃない。並行世界には並行世界の秩序があり、環境がある。核戦争によって崩壊した私たちの世界とは違い、並行世界には正常な世界が続いていたんだ」

 

 スゴイ。

 移動を行うことが出来るのならば、人類を滅びから救えるのではないか?


「ところがそう上手い話もない。いまある並行世界には向こうの世界の住人が住んでおり、とてもじゃないが私たちのいる世界の住人を収容できる環境なんてなかった。私たちはさながら、次元世界を渡る難民のような存在になってしまったんだよ」

「移住は出来ないし、かといって今の生活を続けることも出来ない、となると……」

「そこで我々は考えたんだ。都合のいい世界がないのならば、作ってしまえばいいと(・・・・・・・・・・)


 お前はいったい何を言っているんだ。

 いきなり話がファンタジックな方向性に進んで行ったぞ。

 SF世界移動の次は世界創造とは、ちょっと飛躍が過ぎるのではないか?


「並行世界探索の途上で、我々はその方法を見つけたんだ。結界というものを聞いたことがあるだろう。よく漫画なんかで見る、自分にとって都合のいい場所を作る技だ」

「でも、あれってフィクションでしょう? そんなことが本当に出来るわけ……」

「かなり呪術的なアプローチになるから、それが本当のものか私たちも半信半疑だったんだ。だが、実験してみるとそれが大成功。いまある世界次元からエネルギーをちょっといただいて、電子的に再現した結界プログラムを走らせる。すると、新たな世界がそこに現れたんだ。それがこの世界、《エル=ファドレ》の成り立ちなんだ」


 にわかには信じることが出来ない。ここが人間によって作られた世界? 少なくとも俺が生きてきた時代の化学力でそんなことをすることは出来ないはずだ。未来人だってそんなことは出来ないだろう、そう思っていた。

 だが、この女はそれをしたと言っている。


「どうしてこの世界に海がなく、陸地が空に浮かんでいると思っている?

 当時はそれだけのものを再現する演算能力がなかったからさ。

 どうして月がないか知っているか?

 月が存在しない世界を元にエミュレートしたからさ。

 どうしてこの世界の人間と言語が似通っていると思っている?

 私たちが作ったんだ、現実言語を元にした統一言語を」


 次々と、女の口から『真実』が語られる。俺はそれを黙って聞いていた。


「それが決まってからは、とんとん拍子に進んで行った。世界生成時には時間軸からエネルギーを抽出するためにとんでもないエネルギーを必要とするが、一旦安定しちまえば継続的にエネルギーを提供する必要がなかったのも幸いした。並行世界間のエネルギー交換原則も、元の世界に何者もいなくなるんだから問題はなかった。研究開始から百五十年ほどの時間を経て、我々は並行世界を生み出し、そちらに移住することになった」


 話を整理したかったが、俺の貧困な知識とスペックではあまりにそれは難解過ぎた。整理すると、戦争で崩壊した人類を救うために《エル=ファドレ》を生み出し、当時の世界の人間をこちらに移動させたということか?

 要約しても訳が分からない。


「えーっと、百歩譲ってそれが本当だったとします。その前提で話を進めましょう」

「いい加減信じてくれてもいいと思うんだけどな。世界再現時の計算式とかも残ってるはずだから、懇切丁寧に一から解説してやってもいいんだぜ?」

「いたいけな文系少年の頭にそんな怪しげなもんを突っ込まないで下さい。

 ともかく、《エル=ファドレ》に来て人類は救われた。

 それでよかったんじゃないですか?」

「そうだな、当初はそれでよかった。突如として文明から隔絶された人々は、最初は戸惑ったがこの世界に順応した。我々はかろうじで残っていた遺伝子データから人間以外の生物や植物を再生させ、この世界にもたらした。いまは既になくなってしまったものも多いが、《エル=ファドレ》は生物の楽園と言えるような場所になった」


 世界を救おうとした学者たちの志は、時を越えて成し遂げられたのだ。

 これにて一件落着、めでたしめでたし。


 と行かないのはこの女の態度から何となくわかる。


「だが、私たちには一種の懸念があった。

 この世界で戦争が再開されないか、ということだ。苦労して生き帰した世界が、また人間の手で滅びるなんて、そんなことがあっちゃたまらないと思った。だから私たちは、それに対する対抗措置を取ったんだ」

「対抗措置……? どんな。まさかこの世界の人間全員を洗脳したとでも?」

「それもプランの一つとしてあった。

 闘争を忌避意識とすることで、再び争いが起こらないようにしようとはした。

 だが、それは無駄だった。闘争本能は人類の生存欲求とも深い関わりがあった。

 それがなくなれば、人間は生きることさえも放棄する」


 いまサラッと洗脳もしたって言ってなかったか?

 こいつら、怖すぎるだろう。


「だから我々は恐怖を生み出すことにした。生物を殺すために存在するものを。

 対話も従属も許さない、ただ死をもたらすだけの存在。

 《ナイトメアの軍勢》を」


 こいつらが……《ナイトメアの軍勢》を生み出した?

 世界を、守るために?


「効果は覿面だった。人類は生存圏を脅かされる恐怖を抱き、拡大しながらも人類同士が争うことはなかった。当たり前だよな、訳も分からず殺しに来る化け物がその辺にゴロゴロしてるのに、人間同士乳繰り合ってる暇なんてねえんだ」

「あんたたちがあいつらを生み出したっていうのか!? あの化け物を……!」

「そうだ。言っておくが、人間が生み出した《ナイトメアの軍勢》と私たちが生み出したものとは全く違うものだ。人間は人類を守るために作り出したものでさえも、人類を殺すために使う。あいつらの行動を見て、私はそれがよーく、分かったよ」


 あいつらだってきっかけさえなければこんなものは作らなかっただろう。

 神様面して人間の生に干渉する。

 世界を救ったんだか何だか知らないが、こいつ何様のつもりだ?


「そうしてしばらく時間が過ぎていった。大きな戦争は起こらず、起こさせない。

 我々はこの世界の管理者(アドミニストレータ)として君臨し、世界の安定を守っていこうと決意した。

 長年の研究で、私たちは死を克服していた。

 この世界を守るために、永遠を生きる決意があったんだ。

 そう思っていた、あいつ以外の管理者はな……」


 女は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 『あいつ』に余程酷いことをされたのだろうか。

 とりあえず、女の二の句を待ってみることにした。


「この世界を作り出した時から、あいつは既にそう考えていたのかもしれない。

 あいつは管理者では満足することが出来なかった。

 この世界の神になりたかったんだろう」

「神になることを望んだ、か。でもあんたたち実質神みたいなもんじゃないのか?」

「少なくとも、あいつが君臨するためには他の神が邪魔だったんだろうな」


 『あいつ』は虎視眈々とタイミングを待った。死を克服したものたちを殺すために、密かにより上位の権限を作り出し、文字通りこの世界で最強の力を手に入れた。まさしく神の如き力を振るい、他の管理者を抹殺。《エル=ファドレ》の神として君臨した。彼女は死を偽装し、この隔絶空間に逃れ込むことで何とか命を繋いだのだそうだ。


「神の如き力って、さっきから何度も出てくるけどどういう力なんです?」

「文字通り神の力を抽出して作った力さ。

 かつてこの世界に存在していた神の力をな」

「そんなものが実在しないことを知っているから俺は言ってるんです」

「それはキミの時代の科学力での話だろう?

 少なくとも、我々G3は神の存在を確認していた。神は伝承の通り天上に輝く星となり、我々の世界を永遠に見守っているんだ。まあ、彼らにコンタクトを取るためにはかなり魔術的なアプローチを取らなきゃいけないから、キミの認識じゃあオカルト的なことに分類されるのかもしれないけどな」


 女は笑った。

 バカにしているわけではないようだが、何となく耳障りな笑い声だ。


「この世界の神となった『あいつ』は、好き勝手振る舞っている。

 《ナイトメアの軍勢》を強化し人々の恐怖を煽り、過去から人間を召喚して勇者に仕立て上げた。そして、力を持った人間が歪んでいく様を天井から眺めて、愚かなりと笑っていたのさ」

「《エクスグラスパー》を、その人が?

 でも、それってこっちの世界の人間が……」

「その技術を与えたのはあいつさ。どんなに高くても中世レベルの技術力しか持っていない人間が時空間移動なんて出来はしない。

 儀式はまやかし、あいつが運んでいるだけさ」


 もしそれが本当ならば、正しく弄んでいるとしか言いようがない。

 人間の命を。


「同一時間軸上に存在している人間の『位置』を動かす。あいつがやっているのはそれだけさ。同じ時間軸上に同一の物体は存在出来ないからな。呼び出した人間に限定的な管理者権限を与え、世界法則を書き換える方法を与えている。

 それが《エクスグラスパー》と呼ばれる人間の正体だ。借りものの力だということにさえ気付かずに、過去召喚された勇者は増長し、悪徳の限りを尽くした。

 『帝国』は《エクスグラスパー》とあいつが組み立てた、歪みの象徴だ」


「《エクスグラスパー》を召喚したのがその人ってことは、もしかして……」

「『聖遺物』も原理としては同じものだ。

 世界への干渉能力は《エクスグラスパー》の方が高いが、『聖遺物』は物理的な干渉能力、有り体的に言えば身体能力を高める。この二つが揃えば疑似的な管理者が誕生するんだが……まあ、それは後に置いておいてもいいだろう」


 そこで女は言葉を切った。話し続けて、さすがに疲れた様子だ。


「あいつ自身も気付いていない。あいつの力だって、借りものだってことに。

 星神の力を抽出し、それを我が物のように扱っている。

 万能感に酔って人間だってことを忘れているのさ。

 やっていることは、他の《エクスグラスパー》と変わらないって言うのにね」


 女は自嘲気味に笑った。それは、過去の自分への嘲りなのか。

 それは分からなかった。


「そんな話を俺に聞かせて、俺にどうしろって言うんですか?」

「戻ってほしいんだよ、《エル=ファドレ》に。そして止めて欲しい、あいつを」

「俺にはそんな力なんてないですよ。神だとか、何だとか、そんな……」

「いいや、出来る。お前には私が理を粉砕する力を与えたんだ、出来なきゃ困る」


 困ると言われても、困る。だが、この女は俺に何かを期待しているようだ。


「お前はいままで生き残って来た。

 そして、死の運命にあった人々を救い出した。

 それは神の、あいつの支配する世界においては有り得ないことだ。

 奴は人々の深層意識に干渉し、物語を作っている。

 いつ誰が死に、生き、そして次代の王になるか。

 奴はそれを決めて、弄んで、楽しんでいる。

 それを破壊することが出来るのは、お前だけだ。

 何故ならば、お前は奴の干渉を受けない唯一の人間だからだ」


 そう言えば、と俺は思い出した。

 彼方くんの演説に、俺だけが違和感を持った。それ以外に何かあったかと言われると、自信が持てないが。助けたいと手を伸ばすのは当たり前のことだし、それで救えたものと救えなかったものの両方があるのだから。


「頼む、シドウ。歪んじまった世界を正してくれ。

 お前にしか出来ないことだ。

 それにな、戻したくたって戻せない。いまここにあるお前がいる限り。

 現在の自分よりも過去に同一の人物は存在することが出来ないんだ」

「そんなの……俺に言われたって困る!

 だいたい、あんたがやればいいだろうが!」

「そうしたいのは山々だが、出来ない事情がある。

 奴は臆病だ、過去に殺した私たち管理者をいまもマーキングしている。

 向こうの世界に降り立てばすぐさま企みが露見する」


 そうなると、何のマーキングも受けていない俺だけが世界を救えるというわけか?

 神気取りの管理者サマから?

 何だ話が大きくなってきた。訳が分からない、こんなこと。


 その時、空間が歪んだ。

 そうとしか言いようのない現象が、その時俺の前で起こった。


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