銀月は二度輝く
「今度こそ終わらせてあげますよ、園崎くん。キミの無意味な戦いをね……!」
黒星の体を暗黒が包み込む。
『END OF THE WORLD』。
恐ろしい合成音声が辺りに鳴り響き、黒星の体を暗黒の装甲が包み込んだ。
真一郎は自分の手が震えるのを感じた。
ほんの数時間で覚悟を決め、恐怖を振り払えるはずもない。
それでも。
真一郎は握り拳を作り、黒星を真正面から見据えた。
「はっ。キミはどうやら無駄な努力が好きなようだ。
それに、記憶力にも難があるようだ。
何度私に負けたか覚えていないんですか?」
「通算三度、今度負ければ四度目か。それがどうした、天十字黒星」
真一郎は鈍色のヘルメットの中で笑った。黒星は苦々し気に顔を歪めた。
「御託はいい、俺が気に入らないんだろう? だったら、掛かって来い」
「……いいでしょう。負けるのが好きならば、もう一度キミに敗北を教えてやろう!」
真一郎は二挺の銃を構え、発砲しながら突撃した。グロースターさえも傷つけられない銃撃でブラックホールが傷つくはずもない。黒星は泰然自若とした立ち姿でそれを受け止めきった。ダガーモードに切り替え、二刀での斬撃を放つ。ガキン、という鈍い金属音がするだけで、ブラックホールの装甲にはやはり傷一つ付きはしなかった。
くるりと手元で剣を回転、逆手持ったフォトンダガーをダークマターに突き立てようとする。そこで黒星はカウンターを放ち、フォトンダガーの刀身を正面から殴りつけた。ガラスのようにあっさりとフォトンダガーは粉砕され、右手が弾かれる。
本命のシルバーエッジを黒星の首筋に向けて振り払う。黒星は再び腕を振った。シルバーエッジが弾き飛ばされた。さすがにフォトンダガーのように粉砕されることはなかったが、真一郎の手には痺れるような衝撃が走った。
顔をしかめる真一郎だが、それで終わりではなかった。黒星はノーモーションでヤクザキックを繰り出し、真一郎の腹を蹴った。まったくためを作っていない蹴りのはずなのに、内蔵すべてが押し潰されるような衝撃を真一郎は受けた。むせ、身動きが取れなくなった真一郎に向け、黒星は暗黒を纏った拳を繰り出した。
《スタードライバー》に向けて放たれた拳を、真一郎は避けることが出来なかった。凄まじい破砕音とともに真一郎の体は吹き飛ばされた。背中から建物の壁に叩きつけられ、息がつまった。グロースターの装甲が風に溶けるようにして消えて行った。
「十分に手加減してこれですか。
ウォーミングアップとしてはちょうどいいですね、園崎くん。
キミはいつも私に力を与えてくれる。感謝しているんですよ、本当にね」
黒星は真一郎を見下し、嘲笑った。
立ち上がる真一郎だったが、すでに戦う力はない。
「二度とキミは変身することが出来ない。これで終わりですよ、園崎くん」
《スタードライバー》から火花が上がった。
ドライバー本体、そして挿入されていたスターキーは黒星の攻撃を受けて歪み、焼け焦げていた。もはやキーを挿入することさえも出来そうにはなかった。真一郎は自分の持つすべての力をここで失った。
「キミの考えていることくらいは分かりますよ、園崎くん。
囮のつもりなのでしょう? ですが、残念でしたね。
こちらに部下が来ていないことを不思議に思いませんでした?」
遥か彼方で戦いの音が聞こえて来る。
別方向から潜入して来たリンドの戦いだろう。
「キミはここですべてを失って、仲間も失う。ですがキミは殺してあげませんよ」
「ここまでやるなら……殺せばいい! そうするつもりだったんだろう、天十字!」
「それでは面白くないんですよ、園崎くん。
キミの顔が絶望に歪むのが僕は好きなんだ。
だからキミは生きていなけりゃいけない。
無力感を噛み締めて、生きなさい」
ヘルメットの裏でにやにやと笑い、黒星は踵を返した。
余興を終わりにするために。
「そうは、させんぞ! 天十字ィッ!」
背中に軽い衝撃。何が起こったのか、黒星にはしばしの間理解出来なかった。立ち上がった生身の真一郎が飛び蹴りを仕掛けて来たのだと気付くのに、きっかり二秒かかった。
「……はぁ? 何を、するつもりなんですか? 園崎くん?」
「何をしているか分からないか、天十字。
俺は、お前との戦いを止めるつもりはない!」
拳を握り、黒星の無防備な背中に向かって真一郎は何度も拳を叩きつけた。
もちろん、ブラックホールの装甲をそんなもので貫くことなど出来はしない。
むしろ、パンチを放った真一郎の拳の方が痛んでいるのではないかと思えるほどだ。
「無駄なことが好きだと思っていましたが、これほどですか。
失望しましたよキミには」
「そうか? 俺もお前も、それほど変わらないんじゃないかと思えるんだがな……!」
「あまり舐めるなよ、園崎。私の掌にキミの命はあるんだからさぁ!」
振り上げられた拳を、黒星は掴んだ。そして、捻り上げた。
真一郎は痛みに顔をしかめるが、しかしその目に秘められた闘志は萎えない。
黒星は苛立った。何をしている?
「キミはもう死んだも同じだ。立ち上がるなよ、目障りだよキミは!」
「やけに苛立っているじゃないか、天十字。死人にわざわざ関わるとは暇な奴だ」
真一郎の腹に、十分に手加減しただろう一撃が加えられた。
吐瀉物を撒き散らしながらも、真一郎は黒星を睨んだ。
それがなおのことを彼をイラつかせる!
「お前は俺のことを嫌っている。なぜだかようやく分かった気がするよ。
俺はお前だ」
「知った風な口を聞きますね、園崎くん。キミが僕などと、そんなことを!」
「俺とお前は同じだ。他人のことに頓着せず、自分のことだけを考え、誰を踏みにじることも屁とも思わない。昔お前も言っていたな、俺はお前だと。歪んだ鏡像だと。いいや、そうじゃない。俺とお前とは、ぴったりと一致する同じ存在だ!」
黒星は怒声を上げ真一郎を振り払った。
真一郎は砂の上を転がり、立ち上がった。
「俺を見ているとイライラするんだろう? そうだろうな。
同族嫌悪だよ、そんなのは。自分自身の醜さを突きつけてくる存在。
だから俺はお前が嫌いで、お前も俺が嫌いだ」
「黙っていろ、クズ」
「そしてお前は俺を殺さない。
自分の醜いところを叩き伏せることが出来て満足か?
自分は違うということが出来て安心するか?
よく分かるよ、お前のみみっちい考えは!」
「黙れと言っているだろうが、園崎ィッ!」
ダークネスバレットが真一郎の足元を抉り、爆風が彼を吹き飛ばす。
だが、一発として直撃弾はなかった。
それこそが彼の仮説が正しいことを証明しているようだった。
「俺はお前とは違う。俺にお前のような力はない。だからだろう、黒星。自分と同じような人間が、自分より劣っているという事実が、お前を勇気づけているんだろう?」
「何も出来ないキミが吠えたところで、私には何の影響もありませんね……!
キミに出来ることはただ無駄口を叩いていることだけですか、園崎くん!?」
「ああ、そうだな。俺に出来るのはその程度のことだ。
だがお前にないものが一つある」
なに。そう黒星は言おうとした。だが、それは出来なかった。
喉が貫かれたからだ、濡れたように煌めく白刃によって。
黒星にはその瞬間何が起こったか分からなかった。
「すみませんね、天十字さん。隙だらけなので背中からやらせていただきました」
「俺には空気を読まない仲間がいるものでね。悪かったな、黒星?」
嘲るように、真一郎は笑う。
黒星はそれが許せない。
自分のことを見下す、自分以下の存在が許せない。
黒星は腕を振るった。暗黒のエネルギーを纏った腕を。
クロードはそれを紙一重で避け、真一郎の傍らに立った。
黒星の喉から暗黒が漏れ出る。
いや、漏れ出ているのではない。収束しているのだ。
傷ついた喉を覆い尽くした暗黒が、彼の傷を塞いだ。
次の瞬間には、黒星が負った傷は治っていた。
「マジですか。それはさすがに化け物めいているとしか言いようがないんですけど」
「舐め、るなよ。ただの、人間に、クズ如きが……私には、勝てないぞ!」
「例え勝てなくたって、立ち上がることくらいは出来るさ……人間だからな!」
真一郎はその目にかつてないほど強い意思を込め、黒星を睨んだ。
その眼力を受け、瞬間黒星は怯んだ。
ボロボロになった《スタードライバー》を掴み、彼は立ち上がった。
守りたいと願ったものを、二度と忘れないために。
折れない誓いを思い出すために。
「俺は俺の命を守るために戦う。そして、守るべきものの輪を広げていく!
俺の命から広がった輪が、みんなの命を守るものに変わる!
俺は、それを信じたい!」
真一郎の右手が光を放った。
正確に言えば、彼の右手に握られたドライバーが。
「何だ、それは。いったい何が起こっている……!?」
黒星は狼狽えた。その手の内でそれを起こしている真一郎でさえも、何が起こっているのか分からなかった。焼け焦げた《スタードライバー》が、元の形に戻っていく。物理法則さえも捻じ曲げて、かつてあった姿を取り戻していっているのだ!
「なるほど、園崎さん。それがキミの持つ、《エクスグラスパー》能力なのですね」
力。これが。それを初めて知って、真一郎は何となく、納得した。
どうして自分がこの世界で、厳しい戦いを繰り返していくことが出来たのか。ノーメンテナンスで使い続けたガジェットの数々が、どうして何の不具合もなかったのか。どうしてウルフェンシュタインでの戦いで、《スタードライバー》は破壊されなかったのか。
正確には、破壊されていたのだ。ブラックホールのエネルギーを受け、破壊されていたのはシルバーキーだけではなかった。だが、あの時真一郎は願った。自分の力の根幹は、自分の心の芯だけは、折れないでくれと。力は、それに応えてくれたのだ。
「皮肉な話だな、黒星。俺の力は、常に俺とともにあったというのに。
分からなかったのは俺だけだった、ということだな。
あまりに近すぎると、分からないものだな」
真一郎はシルバーキーの破片を握った。
あの日、真一郎はすべてを失った。
自らの力も、愛する人も、自分が守るべきものも。
それは変わらない。この修復の力があったとしても、それは変わらない。
失われた命を取り戻すことは、恐らくは出来ないだろう。
過去を変えることは出来ない。
だが変わらないからこそ、立ち上がることが出来る。
「例え何度折れても、立ち上がって見せる。俺の力は、誓いの証だ!」
右手の中に光が収束し、折られたシルバーキーが再生する。
輝きを放つ神の力が。
「そしてこれが、俺の答えだ! 天十字! 変身!」
シルバーキーを《スタードライバー》に挿入し、捻る。
エネルギーラインが全身に引かれ、そこから白銀の装甲がせり出すようにして彼の体を包み込む。変身の終了を告げるようにして、眼孔部が眩い光を放った。白銀の戦士、シルバスタが再臨したのだ!
「……で? だからどうだと言うんですか、園崎くん」
黒星は両手を掲げ、力をそこに収束させる。圧倒的エネルギーを感じた。
「忘れたようなので思い出させてあげましょう、園崎くん。
キミは以前その力を使って私と戦った。そして、敗れた。完膚なきまでに。
ほんの一瞬だって抵抗することが出来ず。
それで、同じ力を取り戻したからと言って……だからどうしたと言うんですか?」
真一郎の手に最強の力、シルバスタが戻った。
だが、それで状況が変わったかと言われれば違うだろう。
数々のサブガジェットを操り、単純な身体能力でもグロースターを遥かに上回るシルバスタであっても、ブラックホールには到底及ばないのだ。
「臭い自分語りを聞くのには飽き飽きですよ。消して差し上げます、本望でしょう!」
クロードと真一郎は身構えた。果たして身構えたところで何が出来るだろうか?
だがそれでも、ここで退くことは出来なかった。
黒星の両手に暗黒のエネルギーが収束する。
いままでとは比べ物にならないほどの出力だ。
二人を消し飛ばすためだろう。
突如として、稲光が天を照らした。
何事か、真一郎は空を見た。
まるで空中に渦があるかのように、黒い雲が集まっている。異様な光景だった。だが異様さはそれだけにとどまらなかった。稲光がもう一度、空を照らしたかと思うと、何かが空から落ちて来た。
紫色の隕石。真一郎の目にはそうとしか見えなかった。圧倒的なスピードで地表に迫るそれは、偶然だろうが黒星の方に真っ直ぐに向かっていた。
黒星はそれに反応する暇さえなかった。流星と黒星の体が激突し、悲鳴が上がった。衝撃波で砂が舞い上がり、真一郎とクロードの視界を瞬間塞いだ。何が起こった?
砂埃が晴れた時。
彼らはその理由を、何よりも雄弁に語る存在と出会うのだった。