エンド・オブ・ザ・ワールド
真一郎はただ一人、砂漠を駆けた。囮という性質上、彼の行動には危険が伴う。楠やエリンと言った子供たちを連れていくことは出来なかった。いずれにしろ真一郎は単独行動に慣れている。もちろん盗賊や諜報員として専門の訓練を受けて来たわけではないが、一年にも及ぶ怪物との戦いは彼の直観力を極限まで鍛え上げた。
砂のこぶの向こう側に、『真帝国』騎士団のキャンプがある。額にじっとりと汗が浮かび上がってくるが、しかしそれはクロードとて同じことだろう。彼もまた、いつ助けが来るのかと待ちわびているはずだ、と真一郎は思い、歩調を早めた。
夜とはいえ、あまり派手に砂埃を立てるわけにはいかない。真一郎は茶色い毛布を被り、少しでも目立たないようにしてキャンプへと近付いて行った。
「……敵が増えている。他の部隊と合流した、ということか……」
真一郎が倒しただけでも十数体、クロードが倒したものと合わせれば三十体以上のフォースを倒したはずだが、しかしキャンプにいる騎士たちは軽くその倍はいた。すべての隊員にフォースが配備されているわけではないとはいえ、驚異的な戦力だ。しかもその上に天十字がつく。なぜこれほどまで過大な戦力が、数人を倒すために配備されている?
もっとも、そんなことを考えても答えが出てくるわけはなかった。
真一郎は砂のこぶの上から躍り出ると、慎重に街の影へと進んで行った。辺りを見渡せるような高台は多いが、しかしサーチライトのようなものはない。暗闇の中、遠くにいる人間を発見することは難しいだろう。特に、真一郎のように目立たない人間を探すとなれば。
影から周囲の状況を探る。歩哨の数もそれほど多くない。彼らの顔には緊張感と言うよりもだらけ切っ雰囲気が漂っており、とてもまともに仕事をしているようには見えない。無理もないだろう、昼夜徹して訳も分からぬ罪状を背負った人間を追跡し、何カ月もの間モチベーションを保っていられる人間はそれほど多くはないのだから。
素人である真一郎にも、容易に突破することが出来た。目指す場所は一点。
(フォースの集中管理室……それがどこにあるかを突き止めなければな)
いかに真一郎、そしてリンドの操る『ヘラの兜』がフォースを上回す性能を持っていたとしても、さすがにこの数に当たるのは多勢に無勢と言わざるを得ない。そのため、彼はまず騎士たちから戦闘能力を奪うことを考えた。
フォースは魔法石に内蔵された魔力を使って稼動する。そのため、一度エネルギーを使い切ってしまうと再チャージを行うまで使用することが出来なくなってしまう。魔法石は自然界からエネルギーを吸収しているが、それではあまりにスピードが遅すぎる。
そこで考案されたのが集中管理室、そしてエネルギーを充填するための魔法石だ。魔法石のエネルギーを賄うのに魔法石を使う、と言うと本末転倒な感じがするが、空になったエネルギーを物の数時間でチャージすることが出来るため実戦では有用だった。
必ずどこかでフォースを管理しているはずだ。まずはそこを見つけなければ。
「それでは、ありがとうございます。あとはこちらの方でやっておきますので」
突然、聞き慣れた声が響いたため真一郎は慌てて影に隠れた。
その先にいたのはクラウス、会話をしていたのは兵站管理担当の騎士か何かだろう。夜遅くまで熱心に仕事をしているものだ、と思いつつも、真一郎はクラウスの背後に音もなく近付いた。
いかに『真帝国』騎士の精鋭、クラウス=フローレインと言っても油断した状態で背後を取られてはどうしようもなかった。真一郎はクラウスの口をハンカチで塞ぎ、首筋にシルバーエッジの刃を当てた。少し動かせば、クラウスの頸動脈は切断される。
「久しぶりだな、クラウス。元気にやっていたか?」
「ソノザキ……!? まさか、お前がこんなところにいるとはな……」
「臆病者がこんなところに来て驚いたか? ここじゃ何だ、場所を変えようか」
少し苛立った様子を見せ、真一郎はクラウスの首にシルバーエッジをめり込ませた。あと少しだけ動かせばクラウスの命を奪える、そうアピールするために。
「正気か? 俺が少し叫べば、お前は包囲される。お前だって死にたくはないだろう」
「そうだな。死にたくないと思って戦ってきた。
だから人を殺すことくらいはどうってことないぞ。
俺がお前を殺せないと思っているなら、それは大きな間違いだ」
「いいや、お前は殺せないさ。顔を知った人間を殺せるほどお前の血は冷たくない」
それは買いかぶり過ぎだ。真一郎はそう思ったが、結果的にはその通りになった。
クラウスは真一郎の気を引きつけている間に足を振り上げ、彼の親指をブーツ越しに踏みつけた。安全靴を履いているわけではない信一郎は痛みに呻いた。クラウスは真一郎の手を掴み、捻り上げようとしながら、大声で叫んだ。仲間に侵入者の存在を伝えるために。
「侵入者だーッ! 総員、フォースを装備! 早くしろォーッ!」
真一郎は舌打ちし、クラウスの腹を殴った。陣地で鎧を着込んでいるわけではなかったようで、彼の拳はクラウスの鍛え抜かれた腹にめり込んだ。クラウスは苦し気に呻き、掴んだ腕を放してしまう。その隙を見逃さず、真一郎はクラウスを引き剥がした。
そして、クラウスにシルバーウルフの銃口を向ける。クラウスは薄く笑った。
「ほらな、言った通りだろう? お前には俺を殺すことなんて出来ないさ」
「一本取られたよ。こいつはその賞品だ、受け取ってくれよ。親友」
真一郎はクラウスに向かってトリガーを引いた。
クラウスの体に電流が流れ、彼の意識を一瞬にして奪った。
真一郎はため息を吐き、倒れ伏したクラウスの懐を探った。
フォースドライバーを探したが、残念ながらそれも持っていなかった。
起きて来ると面倒だ。
そんなことを考えている暇もなく、騎士たちが真一郎の方に向かってきているのが分かった。もう少し穏便に進めていきたかったが、やむを得ない。プランBだ。
真一郎は《スタードライバー》をホルスターから抜き、巻き付けた。直後、頭上から殺気を感じた。真一郎は反射的に跳んだ。直後、建物から飛び降りて来たフォースが頭上から襲い掛かって来た。紙一重でフォースの襲撃を交わし、前転気味に立ち上がりながら後方を見た。飛びかかって来た三人のフォースのうち一人がクラウスを助け出した。
そして、そちらの方を見ている暇はなかった。迫り来る二人のフォースはダガーを変形させハンドガンに転換。距離を取りながら真一郎を銃撃してくる。生身の人間相手にやり過ぎだろう、と舌打ちしながら、更に真一郎は側転を打った。エネルギー弾を回避することこそ出来たものの、かつて大通りだって開けた場所に出てきてしまった。
立ち上がった真一郎の横合いから別のフォースが襲い掛かってくる。迫り来るフォトンダガーの切っ先を、真一郎は冷静に見た。上体を逸らし一撃をかわし、フォースの手首を取った。そして、逆の手でベルトを掴む。突っ込んでくるフォースの勢いと、自分の力とを組み合わせて真一郎はフォースを投げた。フォースが地面に激突し派手な音を立てる。
懐からスターキーを抜き出す。前方からも、後方からもフォースが迫ってくる。
真一郎は《スタードライバー》にスターキーを挿入し、捻った。
エネルギーの奔流が彼の足元から立ち上る。異常を察知したフォースはフォースガンを連射、だがエネルギー弾はすべて放出された神のエネルギーによって弾き飛ばされ、住居の壁を抉った。
「行くぜ。変身!」
真一郎はそのまま駆け出した。放出されたエネルギーが彼の体表で収束し、一時装甲を形成。放たれた弾丸は空中に生成された金属質の装甲によって弾かれる。鈍色の装甲が彼の体に纏わりつき、変身の終了を告げるようにして眼孔部が鈍く光った。
真一郎は踏み切り、飛んだ。フォースの反射速度を、それは超えていた。
エネルギー弾が虚空を貫き、真一郎はフォースの一団を飛び越え、その背後へ。着地と同時に反転し、フォースを背中から襲う。逆手に持ったシルバーエッジが一人目の頸部を削り取り、返す刀で放たれた斬撃で振り返ってきたフォースの胸部装甲を切り裂く。
最後の一人は何とか真一郎が放った斬撃を受け止めた。フォースダガーとシルバーエッジとの拮抗状態が一瞬出来上がったが、それはすぐに破られた。真一郎がシルバーウルフを発砲したからだ。いくつもの弾丸がフォースのヘルムで炸裂、彼の意識を奪い取った。
建物の影から二体のフォースが飛び出してくる。フォースガンを連射しながら近づいてくる彼らを、真一郎は待ち受けた。銃の扱いになれていないようで、決して正確な照準とは言えない。だからこそ真一郎は、足元に降りたフォースダガーを拾い上げる時間を得られた。ドライバーと違い、武器にはイニシャライズ能力はないようだった。
シルバーウルフとフォトンダガーの二刀流。即席の武器を手に、真一郎は弾幕の中を駆けた。パワー、スピード、防御力。ほとんどの面でグロースターはフォースを上回っている。多少のエネルギー弾で、グロースターの装甲を傷つけることは出来ない。
弾丸の威力が発揮されないと見るや、騎士たちはガンモードを解除、再びダガーを手にして真一郎に迫って来た。二人は左右九十度以上の角度を作って真一郎に接近した。人間の視野では二人を捉えることは出来ない。必殺のフォーメーションだ!
ただし、それはグロースター以外を相手にした時の話だ。
右側から放たれた斬撃をフォトンダガーで受け流し、左から放たれた袈裟切りをシルバーエッジで受け止める。左腕にぐっと力を込めると、フォースは弾かれたたらを踏んだ。その腹に槍のようなサイドキックを叩き込む。
フォースの体が宙を浮き、背中から家屋に激突した。真一郎は無慈悲に追撃の弾丸を放ち、フォースを戦闘不能に追い込む。
一人を倒し、真一郎はもう一人に集中する。放たれた刺突をシルバーエッジで受け流し、フォースダガーを突き込む。斬撃をフォースダガーで受け止め、シルバーエッジで切り上げる。体勢が崩れたところで両手の剣を順手に持ち替え、同時に振り下ろした。十字を切る斬撃がフォースの鎧を切り裂き、火花を散らした。
ギリギリのところで、真一郎はフォースの軍団を制圧した。
一息吐くが、しかし休ませてくれはしなかった。
殺気が彼を貫く。
「やはりそういうことですか。
キミは弱者相手に粋がることくらいしか出来ないからな」
突如として掛けられた声に、真一郎は振り返る。直後、暗黒の球体が彼の胸で炸裂した。ダークネスバレットとでも言うべきか、それほど大きくないエネルギー弾だが、その威力は桁外れのものだ。真一郎の装甲が分解され、白煙を上げている。
意外にも、黒星は生身だった。それならば、先ほどの攻撃はいったい何が? 真一郎は辺りを見回したが、他にそれらしい影はない。まさかあの男がやったのだろうか?
「何を驚いているんですか、園崎くん。私は人間を超越した存在なんだ、これくらいのことが出来なくて、どうするって言うんだい?」
「なるほどな、先ほどの攻撃は貴様の《エクスグラスパー》能力ということか!」
「そういうことだ。
『漆黒星』の力と言えど、神を殺すのは容易ではないことだ。
だが、そこに私の力が加われば文字通り、私は神にも等しい力を得る!」
黒星は取り出した《ダークドライバー》を腰に当てた。真一郎は弾丸を放つが、黒星は右手から暗黒のエネルギーを放ちシルバーウルフの弾丸をすべて受け止めた。
「《ダークドライバー》が与える神の肉体。
《エクスグラスパー》として得た神の血。
二つが合わさったいま、私は実際神と同じステージに立っている……!」
「神だと? 貴様の誇大妄想癖も、そこまで行くと、賞賛ものだな……!」
真一郎は突如として飛び出した場違いな言葉を笑うが、黒星はそんな彼を嗤う。
「所詮キミには何も分からない。物語から零れ落ちたキミ如きには、ね」
「どういうことだ? さっきから貴様、いったい何を言っている……?」
「キミはウルフェンシュタインで死んでいるはずだったんだよ。
だが、僕が望んだからキミは生き残ってしまった。
だからこうして苦しんでいる。見るに堪えないんだよ」
暗黒のカードキーを取り出し、《ダークドライバー》に挿入。押し込んだ。
「今度こそ終わらせてあげますよ、園崎くん。キミの無意味な戦いをね……!」
黒星の体を暗黒が包み込む。
『END OF THE WORLD』。
恐ろしい合成音声が辺りに鳴り響き、黒星の体を暗黒の装甲が包み込んだ。