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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
神なる時代の反逆者
135/187

救済すべきは自分自身

 一方。

 漆黒の甲冑に連れられ、真一郎たちは一瞬にして日陰へと移動していた。

 ここはいったいどこだ、真一郎は辺りを見回したが、どこだかは分からなかった。


「ったく、クロード……! バカな真似しやがって、一人で何が出来るんだ!」


 楠は毒づくが、しかし次の瞬間には顔をしかめた。肩に受けた銃撃の痛みを今頃思い出したのだろう。応急処置を施した包帯には赤黒い血が滲んでいる。


「とにかく、どこか休めるところに行かないといけないわ。

 フォースの部隊はクロードが始末してくれたから追跡はしばらく心配ない」

「そう、だな。思い出して見りゃ、こうして歩いているのもそろそろ限界臭ぇ……!」


 ギリ、と楠は歯を噛み鳴らした。その額には脂汗が浮かんでいる、危険な状態だ。


「ま、待ってください! あなたは、あなたはいったい……誰なのですか?」


 立ち去ろうとする黒甲冑の人物を、リンドが呼び止めた。

 瞬間、甲冑の人物は動きを止め、リンドの方に向き直った。

 無骨な鎧は、感情を感じさせることがない。


「あなたは、私の妹と同じ武器を使っている。いったい、何者なんですの?」


 瞬間、時間が停止したようだった。

 おもむろに、黒甲冑の人物は自身のバックルから金属製のカードを引き抜いた。

 そこには鎧の刻印が刻まれている。あれも『聖遺物』か。

 黒甲冑の人物が光に包まれた。変身解除プロセスと同じだ。生身の姿が現れる。


 そう思っていたが、違った。

 光が晴れた時には、そこには誰もいなかった。


「消えた……!? あの光があるうちに逃げた、なんてわけはありませんわよね……」

「あの黒甲冑、いったい何者なんだ? キミの、姉妹……なのか?」


 問いかけに返答はなく、代わりにエリンの厳しい声が二人に投げかけられた。


「姉さん、園崎さん。近くに休める小屋がありました。

 移動しましょう、ここで待っていても仕方がないよ。

 いまは、楠さんを助けることに集中しよう」

「……分かりましたわ、エリン。その、取り乱してしまって、すみませんでした……」

「楠、手ェ貸してやるからこっちに来るです」

「ああ、悪いなアリカ。ったく、あんな卑怯な真似されなきゃ、私だって」


 真一郎は何も言わずに立ち上がった。黒星に打たれた部分はまだ大分痛むが、しかし立ち上がれないほどではない。うずくまる楠に肩を貸した。この中で楠のことを運んで行けるのは、恐らくは自分だけだろう。アリカも歩行を手伝ってくれてはいるが、腰の辺りを押さえるだけで手いっぱいのようだった。痛いだのと言っている暇はなかった。


「すま、ねえな。園崎。私が、ヘマをしてなけりゃ、こんなことには……」

「自分を責めるな、楠。仕方がないことだった。弾を避けられる人間はいないさ」


 それにしても、完璧な包囲を敷いていた。まるでここに来ることが分かっていたかのようだった。逃走者である自分たちのルートが限定されるとはいえ、あそこまで完璧に予想が出来るものだろうか? もしかしたら、内通者がいるのだろうか? 『真帝国』側にも内通者がいるのだから、こちらにいても不思議ではないように思えた。


 どちらにしろ、そんなことを考えている暇はなかった。楠の呼吸は荒い。




 しばらく歩いていると、平屋の小屋が見えた。

 周囲には水があるのだろう、青々とした植物も見える。

 休むにはうってつけの場所だ。真一郎たちは歩調を早めた。小屋の中は閑散としているが、とりあえず暑さと寒さを凌ぐことくらいは出来るだろう。


 楠をとりあえずその場で安静にさせ、エリンたちに彼女の面倒を任せた。そして、周囲の状況を探索した。地下水脈が近くにあるらしく、井戸が掘られていた。そこの方を見てみると、まだまだ滾々と水が湧き出ているようだった。干からびる心配はない。


 周囲に街や住居などは存在していなかった。旅人のために作られた小屋なのかもしれない。その割には管理されることもなく荒れ果てているが、とりあえず使えるものは使わせてもらおう。周囲に敵影がないことを確認し、真一郎は小屋に戻った。


「周辺に怪しい影はない。とりあえずは安全だ。楠の様子はどうだ?」

「この程度ならどうってことはない。弾丸は貫通してるし、出血も止まってる……」


 顔をしかめながら、楠は強がった。それっきり、一行は無言になった。

 どうすればいいのか、この先何をすればいいのか。

 漠然として、しかし切実な不安が彼らを包み込んだ。


「……クロードが、ここに来るかもしれない。それまでは、待とう」

「来るワケねえだろ。あいつは、私たちを助けるためにあそこに残ったんだ。

 だったら、もう二度とあいつは戻って来ねえ。進まねえと、いけねえだろうが……」


 そう言って楠は立ち上がり、外に出て行こうとしたが。だが、途中で膝が砕けた。

 慌ててそれを抱き留める真一郎。彼の肩を、楠は手形が残るほど強く握り締めた。


「あいつが遺してくれたチャンスだ。だったら、先に進むしかねえだろうが……!」

「あいつの力なしで、この先進んで行くことは出来ん。待とう。待つんだ……」


 楠は何か口を開きかけたが、しかし途中で全ての力を失い、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。真一郎は唇を噛んだ。どうすればいいのか分からないのは真一郎も同じだ。


「……とにかく、楠を寝かせよう。何か彼女を安静にさせられる場所はあるか?」

「あ、ちょっと探してみます。布団か何かがあったら、それを持ってきましょう」


 一行はバラバラになって小屋の周辺を調べた。彼女を寝かせられる敷布団、人数分の掛け布団、それから少しばかりの保存食と薪を見つけることが出来た。ここに来てから数時間、楠は苦し気に唸り声を上げるだけで、目を覚ますことはなかった。


「もしかして、弾に毒のようなものが使われていたのでは……」

「もしそんなことになっているなら……どうしようもない。いまは、信じよう」


 クロードと予期せず別れることになり、動揺しているのは二人も同じようだった。彼と関わりが深かったため、真一郎よりもその症状は重篤だ。彼にはどうすることも出来なかった。すでに陽は落ち、寒気がしてきた。真一郎は毛布を手に取った。


「夜になる、疲れただろう? そろそろ休もう。キミたちがダメになってしまう」

「そう、ですね……分かりました。姉さん、ホラ」


 エリンはリンドの肩に手を回し、部屋の片隅へと一緒に歩いた。




 穏やかな寝息が小屋の中に聞こえるほとんど唯一の音だった。楠は峠を越えた、というのも大げさな表現かもしれないが、窮地は脱したようだ。二人と同じように穏やかな寝息を立て眠っている。眠っていないのは、真一郎ただ一人だけだった。


 真一郎は二人を起こさないように、音もたてずに立ち上がった。そして扉をゆっくりと開き、外に出る。砂漠の暑さは堪えるが、同じように寒さも堪える。


 シャク、シャクと、雪の中を歩くような音がした。

 ほんの数日前まで、彼は極寒の大地にいた。あまり変わっていない。

 足下が砂になった以外は。何も変わっていない。


 小高い丘に登り、真一郎は周囲を観察した。

 さすがに、この時間まで仕事をしているような熱心な騎士はいないようだった。

 少なくとも周りには。真一郎は歩き出し。


「おい、園崎。お前、何しようとしてるんだよ……」


 それが鋭い声によって呼び止められた。真一郎は歩みを止め、振り返った。

 昼間とほとんど変わらぬ姿の楠羽山がいた。コートに空いた銃痕が痛々しい。


「……このまま戦っても、『真帝国』には勝てない。命を捨てる意味は、ない」

「逃げるってのかよ。お前だけで。クロードも、エリンも、リンドも置いて」

「そうだ。元々俺とは何の関わりもない人間だ。

 もしあの子たちが死んだとして……俺には関係ないことだ」

 楠は怒気を孕んだ目で真一郎を見ながら、左手で銃を抜いた。

 利き手でないこと、そして傷を負っていることから、銃口はプルプルと震えている。


 しかし、真一郎は動けなかった。

 その目に込められた、あまりにも強い意思を目の当たりにしたからだ。


「みんな命張ってんだぞ。あんな小さな子だってそうだ、なのにお前は――」

「俺には関係ない! この世界も、あの子たちも! 俺に何を期待している!?」

「何も期待しちゃいねえよ! けど力があるんだ、だったら使い方があるだろう!」


 力があるなら。真一郎は笑った。

 力など、果たしてどこにあるというのだろう?


「俺に力なんてない。見ろよ、震えているだろう。恐ろしいんだ、あの男が」


 広げた手は小刻みに震えていた。

 天十字黒星への、ダークマターへの恐怖で。


「三度負けた。三度だぞ! 完膚なきまでに!

 俺は、ほんの少しだって抵抗することが出来なかった……

 あいつにやられるがまま、俺は、負けて、そして生き残って来た!」


 真一郎は崩れ折れ、吠えた。

 いままで口に出来なかった言葉が堰を切って流れ出る。


「ずっとそうだ! 犠牲になるのは俺じゃない、俺以外の誰かだ!

 いつも俺は仲間を犠牲にして生き残って来た!

 そして俺は、嬉しいと、生き残ってよかったと、いつも、思ってしまうんだ……!」


 命と引き換えれば世界が救える。

 そう言われた時、彼は命を賭けられなかった。

 その身代わりになって、親友高崎天星と星の巫女は地球に命を捧げた。

 死にゆく星を守るため、人々の生きる世界を守るため。

 二度とそんな思いはしたくないと、そう思っていた。

 

 けれども真一郎はこの世界に来て、また間違えた。その結果がこれだ。


「死にたくない、命なんて懸けたくない!

 どうして世界のために俺が犠牲にならなきゃならない!

 世界が残ったって、そこに生きる俺がいなきゃ、意味がない……大切なものも、守りたいと思ったものも、全部かなぐり捨てて、俺は、生きたいと思ってしまう!」


 立ち上がれない。もう二度と。園崎真一郎に、立ち上がる理由は存在しない。


「シドウは立ち上がったぞ。あいつは。

 お前より弱い力で、同じように困難に直面して、それでも折れないで立ったぞ!

 弟分が立って戦ったんだぞ、なのにお前ッ!」

「俺はヒーローじゃない! 自分のことで精いっぱいだ。誰も、救えない……」


 真一郎は叫んだ。悲痛な叫びを、しかし楠は真正面から受け止めた。


「あいつは立ったぞ。幼馴染をその手で殺めて、それでもあいつは立ち上がったぞ」


 真一郎の叫びが、止まった。顔を上げた。

 複雑な感情がそこには渦巻いていた。


「幼馴染……? まさか、美咲が。美咲が、この世界に来ていたのか……?」

「やっぱり、お前だったんだな。美咲の兄貴は。そうだ。園崎美咲はこの世界にいた。

 この世界で、《エクスグラスパー》になって、戦っていた。この世界と。自分を呼び出したこの世界への恨みをぶちまけながら、あいつは戦っていたんだ」


 妹がこの世界に来ていた。そんなことは露とも知らなかった。

 あの日以来、シドウは自分に会いに来なくなった。

 それは、このことを知ったからだったのだろうか?


「あいつは、シドウは。美咲を、殺したのか?」

「私が見たのは、あいつが城塞の上にいた美咲と戦ってるところまでだ。

 爆散する音が聞こえたから、きっと美咲はもうこの世界にはいないだろうな……」


 美咲は死んでも死ぬことは出来なかった。苦しみを抱えたまま生きていれば、それがどれだけ辛いことか、真一郎には分かるつもりだった。それに屈し、絶望したとしても不思議ではない。

 それでも、あの少年は折れなかった。折れずに、現実に立ち向かった。


「……いつもそうだ。俺の周りには、ヒーローばかりがいる」

「あんただってなればいいじゃねえか、ヒーローとやらに」

「なれるかよ。俺は自分の命さえ捨てられない。

 自分の身が大事な人間は、誰一人として救うことなんて出来ないんだ。

 もし、そんな人間だったなら、俺はここにはいない」


 天十字黒星と相打って、地球のために犠牲になって、死んでおくのが人間として正しいことだったのだ。まかり間違って生き残ってしまったことが、すべての間違いだった。楠は絶望感を漂わせる真一郎に歩み寄り、手を差し伸べて来た。


「私だって命を捨ててまで他人を助けようとは思えねえ。他の人間だってそうだろ。

 それでいいんじゃないか?

 人としての弱さを持っているから、弱い人のことが助けられる」

「弱い人を助けようと思えるのは、そいつが人よりも強い人間だからだ」


「違うよ。シドウは弱かった。力という意味じゃ誰よりも。

 だけどあいつは立ち上がった。

 何度も現実に打ちのめされて、崩れ落ちて、思い知らされて。

 それでも絶望を跳ね除けて戦ってきた。まずはそこから始めようぜ?

 あんたは自分のことしか助けられねえって言ったけどさ。

 私から言わせてもらえば、あんたは自分さえも助けられち(・・・・・・・・・・)ゃいない(・・・・)


 真一郎は驚き、楠の顔を見上げた。

 恥ずかしいことを言った、とでも言いたげな顔だ。


「自分のことを救い上げてやれよ。

 生き残ったことは間違いじゃない。そう言ってやれ」


 真一郎は自分の手を見た。

 他人の血で塗れた腕で生き残ってきたと思っていた。

 けれどもそう思っていただけで、本当は誰の血にも染まっていないのかもしれない。


 手を伸ばすことさえ、いままで真一郎はしてこなかったのだから。


 そう思うと笑えて来る。足踏みして言い訳して、自分はここまでやって来た。何も助けられぬと皮肉を気取り、本当に自分が救い上げるべき人間の手さえも、見て見ぬふりをしてきたのだから。


 真一郎は楠の手を取り、立ち上がった。

 初めて自分のことが許せた気がした。


「この時間までクロードが戻っていないことを考えていると、やられたか囚われたか」

「あいつは簡単に死ぬタマじゃねえ。囚われたんだろう、騎士団にな」

「だったら助け出さなきゃならないな。あいつがいなきゃこの先進むことは出来ん」


 自分を許して、何が変わったわけでもない。

 ただ、少なくとも心は軽くなった。

 生き残った自分を許すことが出来たなら、次は人を生かしたいと思った。


 真一郎はスターキーを握り、天にかざす。原初の思い、それは人を守りたいと、それだけだったはずだった。複雑に考えていたのは自分だけだ。何ともつまらぬことを考えていたものだと思う。


「ここから南東方向に進んだところに、朽ち果てた街があります。人はもう住んでいないはずなんですけど、サードアイで監視していたら明かりが見えたんです」


 背後からエリンとリンド、そしてアリカが歩み寄って来た。どうやらばれていないと思っていたのは真一郎だけだったようだ。微笑み、真一郎は南西の空を見上げた。


「ならば、行こう。無事だとしても、いつまでもそうだという保証はない。

 あの天十字のことだ、気まぐれに人質を殺すようなこともあり得る。

 早く行かないと、な」

「あの天十字とかいう野郎のこと、よく知ってるみたいだな。知り合いなのか?」


 知り合い。そんな簡単な言葉で終わるものではないはずだ。

 少なくともいままでは。


「そうだな。あいつは、俺が越えるべき壁の一つなのかもしれないな」


 いい加減決着を付けなければならない。

 まかり間違って持ち込んでしまった過去の因縁に。


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