真帝国への旅路
クロードたちはハヤテたち騎士団のキャンプから一キロほど離れた地点に着地した。深い雪と針葉樹林が彼らを覆い隠した。フォース隊はほとんど壊滅状態だ、あとは大村の追跡隊をやり過ごすことが出来ればここから脱出することも難しくはないだろう。
「フィー、とんでもないことになりましたけど……とりあえず何とかなりました」
「あの黒甲冑は何者だ? あいつもお前の仲間の一人なのか?」
「そういうものですよ。それなりに顔は広いつもりですからね」
クロードはウィンクを一つして、真一郎の質問をそこで打ち切った。完全に回答してはいない。アリカにも聞いてみるが、彼女もあの黒甲冑が何者かは知らないようだった。自分が言えた義理ではないが、秘密ごとの多い男だと真一郎は思った。
「それより、どうするんだ。『聖遺物』はない、これからいったいどうするんだ?」
「焦ることはありませんよ。十二ある『聖遺物』の中でも存在が確認されているものは僅かだ、そしてそのうち一つを僕が確保している。まだ大丈夫です」
なぜ大丈夫なのか、その理由もクロードは語ろうとしなかった。問いただすべきか、そう思ったがいずれにしろここでやるべきことではないように思った。
「取り敢えず、ここから早く離れよう。長居をする理由はないだろう?」
「いいですね。なら宿にあった馬も奪ってしまいましょう、どうせ騎士団のです」
迷うことなく泥棒をすることをクロードは選んだ。
真一郎は苦笑したが、今更だなと思った。
どうせ扱いは犯罪者と変わらないのだ、ならば徹底的にやってやろう。
「まだ答えを聞いていなかったな、クロード!
これからお前はどうするつもりなんだ」
「ここに『聖遺物』がないというのならば、どこにあるかはおおよそ検討がつきます」
「え、まさか……クロードさん、もうあそこに行くつもりでいるんですか?」
アリカもある程度検討をつけているようだったし、真一郎も何となく彼が何をしようとしているのかは理解した。それでも、本気でやるとは思えなかった。
「ええ、そろそろ逃げ回るのにも飽きましたからね。
行きましょうよ、『真帝国』に」
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帝都グランベルク。
かつては神聖皇帝ヴィルカイトが支配したかの地を、いまはその血を引く真なる皇帝、花村彼方が統治している。十年の時を経てグランベルクはかつての威容を取り戻した。否、それ以上に凄まじい要塞島となり復活していた。
かつてを知るものならば、グランベルクは変わったと必ず口にするだろう。城塞には機関銃ターレットが設置され、巡回の下級騎士でさえも外部動力を導入したパワードスーツめいた騎士甲冑を身に纏い、銃火器によって武装している。皇帝を守る近衛の騎士は、常人が束になっても敵わない彼らであろうとも到底及ばぬ魔導鎧を身に付けている。
絶え間なく吐き出される白煙が、空を白く染めた。かつて『真天十字会』がこの世界に持ち込んだ工業設備を、彼らは流用しているのだ。この世界をよりよく統治するために。実際、『真帝国』登場から世界の治安は急激に回復し、復興していった。
それでも、人々は無形のプレッシャーを感じていた。変わって行く世界の圧力を。
変化の中心、皇城グランベルク。
堅牢な鉄の要塞と夜を昼のように照らすサーチライト、いくつものターレットと騎士によって守られた、世界でもっとも安全な場所。そんな場所に彼は、この世界で最強の力を持つ皇は、静かに座していた。
「ご報告します、皇よ。探索隊から報告が。賊の排除に失敗したとのことです」
「そうか。フォース十九体、それだけの数を当てても彼にとっては不足ということか」
「報告ではもう一人、不可思議な甲冑を纏った人物がいたそうです。名を園崎真一郎」
彼方は記憶を辿ってみるが、そのような名前を思い出すことは出来なかった。
彼は真一郎の名を知らないし、ほとんど交流もなかったのだから、当たり前だ。
かつてはあどけなさを残していた顔立ちは、そこにはもうなかった。意志の強さを感じさせる赤い瞳はそのままに、顔つきは精悍さを増し、切れ味鋭い目線は相対するものに畏れの念を抱かせるものになっていた。十年の時が、彼に皇の厚みを与えた。
「追跡隊にはそのまま、クロード=クイントスの追跡を行わせろ。くれぐれも、アリカ=ナラ=ヴィルカイトを名乗るものは生かして捕え、グランベルクまで連行してくるのだ」
「やはり、亡き姉君の名を騙るものは許せないとお考えでしょうか?」
「私は皇である前に一人の人間でありたいと思っている。
肉親の名を騙られて黙っていられるほど、冷血な人間ではないつもりだ」
彼方は情感たっぷりに、実の姉を殺す指示を出した。フェイバーは無言で頷く。
「必要ならば増員を出させる。次期量産ドライバーは揃っているのだったな?」
「開発主任から直接連絡をいただいています。十万のフォースをお見せしましょうと」
十万。それは西暦世界においても容易く用意出来はしない数だった。それも、たった一人が戦車にも匹敵する戦闘能力を保有している軍隊をとなれば、いわんや。
「十万、か。地方の新人たちを鍛えるには、いいアトラクションだとは思わないか?」
「実に。
『聖遺物』を奪った逆賊とはいえ、その戦力に対抗することは敵わぬでしょう」
彼方は立ち上がり、腕を掲げ自らの腹心に対して指示を出した。
「次にクロードが姿を現した時、それが終わりの時だ。
十万のフォースが奴を迎え討つ」
「御意に、皇帝陛下。必ずや永遠なる統治の礎となるでしょう……」
フェイバーは頷き、顔を上げた。まるで変わらぬその顔を。