雪上での決戦
真一郎とクラウスが交錯している時、クロードもまた戦っていた。
もちろん、最初から戦闘は想定の範囲内だった。
ただし、彼が想像していた戦いとはやや違ったが。
「鮮やかな包囲……もしかしなくてもあなたたち、僕らのことを知っていたでしょ?」
ヘルメット越しにクロードは問いかけるが、それに応答するものはいない。
完成された包囲網がそれを何より雄弁に語っていたからだ。
何せ配備された騎士たちには全員フォースが支給されており、クロードが陣地に攻め込んで行ったのと同時に展開を完了、クロードに襲い掛かって来た。どれほど対応力に優れていても不可能なことだ。
(思ったよりしっかりとこっちを追い詰めて来られる。こりゃ面倒なことで……)
踏み込んできた騎士を蒼天回廊で一閃、銃撃を捌きながらもクロードは考えた。今回の攻撃に参加しているフォースの数は、およそ十五。この間の戦いの倍以上だ。しかも、こちらとの戦いを想定した精鋭揃い。下手をすればやられてしまうだろう。
何より、ちまちまと遠方から銃撃を行っている敵が鬱陶しかった。プロヴィデンスの強化知覚によって攻撃は容易に察知出来るのだが、肝心のところで踏み込めなくなってしまうので攻撃のタイミングを逸してしまう。優秀な連携だ、これを崩さねば勝機はない。
(そっちにいるから切れないと思っているのならば、それは大きな間違いですよ!)
クロードは剣を収め居合を放とうとした。綾花剣術一の太刀、天破断空。
衝撃波によって離れた位置にいる敵を持切り裂く彼の得意技だ。
必殺の瞬間を、しかし彼は逃した。
彼の知覚が横合いから蹴り込んで来る人間を見たのだ。しかも並の蹴りではない、不可視のエネルギー、魔力と呼ばれるものを込めた蹴りだ。クロードは身を沈め蹴りを回避、上空の敵に向かって剣を繰り出す。だがそれは攻撃者の手甲によって弾かれる。
「参りましたね、これは。まさかあなたまでこの作戦に投入されているとは」
上体を起こすクロードと、着地する人影。それもまた、フォースだった。
ただし、その姿は通常のフォースとは違う。脚甲には特徴的な緑色のウィングパーツが備え付けられており、纏った鎧の色も全体的に緑が強い。緑の甲冑の人物はクロードに向き直る。
「堪忍な、クロード。あんたがこないなことしてはるから悪いんやで、ホンマに」
「そう言われても困ってしまいますよ。本当のことを言うのが罪ですか、ハヤテさん」
「ウソをホンマのことと言うのは罪になると思うで、ウチもな」
緑色の甲冑の女、金咲疾風はクロードの言葉に応じるふりをしながら、次なる攻撃の機会を待った。彼女が纏っているのはフォースの中でも特殊な力を持つものだ。ミキシングのバランスをあえて崩すことによって特定の属性に力を偏らせた魔法石を作ることが出来る。彼女が使うのはそれを使って作られた魔導鎧、フォースエアロスタイルだ。
バランスを崩し作っているため安定性は低下し、出力にムラがあるものの、それを使いこなせるものにとっては強力な武器となる。速力特化型のエアロスタイルは彼女の適性とマッチしていた。
「ま、ここに来ているのがあなた一人だけだとは思ってはいませんでしたけどね」
クロードは跳んだ。直後、それまで彼がいた場所に氷の柱が生まれた。留まっていれば股間から頭頂まで串刺しになっていたところだ。氷柱になったのはこの地方が寒冷地態に属するからであり、本来は水柱が立ち上るようになっている。
更に横合いから赤い甲冑を纏った人物が殴りかかって来る! パワーを向上させたフォースフレイムスタイルだ! 空中にいるクロードはそれを避けられない、そう考えフォースはフルブラスト機構を作動させ殴りかかって来た。
その一撃を、クロードは空中で身を捻り回避。更にひねりを加えた刃を繰り出し、逆にフレイムスタイルに一撃を与えた。
並の使い手だったならば、フレイムスタイルの一撃で決まっていただろう。相手がクロードだったのは彼にとって不運でしかない。フレイムスタイルは空中で爆発四散、クロードの知らない騎士が雪の上を転がって行った。クロードは着地し、二人の姿を見た。
エアロスタイルを駆る金咲疾風。そして全体的に青み掛かった甲冑を身に纏う男、フォースウォータースタイル。名も知らぬ騎士が使っているが、ただならぬ使い手である。
さて、どうしたものかとクロードは思う。彼らの実力は本物だ。フォースを手にしたことでそれが更に高められたようでもある。次なる問題は十五もの量産型フォース。計十七体ものフォースを相手にするのは、さすがのクロードでも骨の折れる作業だった。
「さて、困ったことになりましたね。
この状況を打開できる何かがあればいいのですが」
「ハン、あんたともあろうものが神頼みかいな? らしくないし、無駄やで。逆賊」
ハヤテは嘲り笑う。
しかしクロードにとっての神は彼に対して微笑んだようだった。
「――金咲騎士! 何かがおかしいぞ、気を付けろッ!」
最初にそれを見たのは、ウォータースタイルを操る騎士だった。
クロードの周囲にあった空間が突如として歪んだ。
空間に輝く蛍光グリーンの数列が表示される。
世界がハックされていた。
そこに現れたのは、漆黒の甲冑を纏った騎士。
その手にはやはり黒い剣が握られていた。
「こいつはいったい、何者なんや……!?」
「んじゃ、僕はこの二人を相手にしますので。あとはよろしくお願いします」
そういうや否や、クロードは跳んだ。一瞬にしてハヤテに肉薄、刀を振るう。かろうじで手甲によるガードを掲げ、首を刎ねられるのだけは避けたハヤテだったが、手首に重い衝撃が走った。しばらくはまともに握ることすらも難しいだろう。
「クロード、貴様ァ……あれはいったい何や!? あんたは何になったんや!」
「あなたが知るクロード=クイントスとそれほど違っているつもりはありませんよ」
「あんたは悪魔のような人間やった! けど、ほんまもんの悪魔とはちゃうやろ!」
仲間から悪魔めいた人間と思われていたことに、密かにクロードは傷ついた。
もちろん、それに文句を言っている暇はなかった。
二振りのフォトンダガーを構えたウォータースタイルが横合いから切りつけて来たからだ。バックステップで後退、斬撃をかわす。
足を刈り取るような斬撃をウォータースタイルに繰り出す。ウォータースタイルは飛んでそれをかわし、フォトンダガーを向ける。瞬時にガンモードに転換していたのだ。クロードは首を振って銃撃を回避、刃を捻り切り上げようとするが、それはハヤテに阻まれる。胸を抉るような蹴りを上体を捻って回避、更に跳ぶ。
(ふーむ、二対一でも突破口が見当たりませんね。どうにかしないと……)
何か突破口はないか、クロードはそう思ったが意外にもそれは彼の視界の外から飛び込んで来た。悲鳴を上げながら黄色の甲冑を纏った男が吹き飛んで来た。甲冑からはドライアイスのような煙が吹き上がっており、攻撃を受けたことは明白だった。
「クラウス!? あんた、どうした! あんたがそこまでやられるなんて……」
「気を付けろ、ハヤテ。あの男が、我々の敵に回ったようだ」
クラウスは冷静に言いながら立ち上がり、歩み来たる敵を見た。
鈍色に輝く甲冑を纏った男がこちらに歩いて来た。
胸に輝く星型のマークがどこか浮いていた。
「キミは……園崎、真一郎か?」
クロードは何となく、彼が真一郎だということが分かった。彼の立ち振る舞い、歩き姿、様々なものを観察してきたクロードは、それを理解することが出来た。
「行くぞ、クラウス。悪いがお前たちをここで倒し、突破させてもらうぞ!」
真一郎はシルバーウルフを逆手に構え、連射しながら走った。ランドスタイルの騎士、クラウスは正面装甲でそれを受け止め、真一郎を待ち受けた。シルバーエッジの刀身が煌めき、接近戦の構えを取る。クラウスもフォトンダガーを構える。
だがクラウスの予想に反して、真一郎は跳んだ。
踏切のスピードは完全にクラウスの想像を超えていた。
苦し紛れに繰り出したフォトンダガーが蹴り弾かれ、左足がクラウスの胸を打った。胸部装甲が凄まじい音を立ててへこみ、吹き飛んだ。
「久しぶりだな、グロースター。お前の力、もう一度使わせてもらうぞ!」
着地し、真一郎はスピードを一切緩めずクラウスに肉薄した。吹き飛ばされながらもクラウスはフォトンダガーを構え直し、真一郎のシルバーエッジを受け止めた。
真一郎は何故、これまでグロースターを使わなかったのか。
その理由は明白だ。
「弱くなったな、ソノザキ。お前の力はそんなものではなかったはずだ!」
「俺の力じゃない、シルバスタの力だ! 間違えるなよ、クラウス!」
グロースターはかつて彼が使っていたシルバスタのプロトタイプに当たる。単純な出力比では七十%前後、シルバーバックのようなサブガジェットも使うことが出来ない。だからこそ真一郎はこれの存在を忘れていた。これを手にしたときに抱いていた思いも。
だが輝星の鍵は彼の手に戻った。
コートの中に仕舞われていたそれは、かつての思いと共に彼の心へと戻ってきた。
「ソノザキ、俺は貴様を止めるぞ! この先にあるのは進んじゃいけない道――」
クラウスの言葉は途中で遮られた。背中からクロードが切りつけたためだ。防御能力に特化したランドスタイルといえど、背中の装甲は正面ほど厚くはない。バッサリと背中に裂傷が開いた。真一郎はその隙を見逃さずクラウスを突き飛ばし、腹にやりのようなサイドキックを繰り出した。クラウスの体が再び吹き飛んで行った。
「すみません、長々と話をされているようなのでつい。隙だらけだったもので……」
「いや、お前がそういう奴だっていうのは分かっているつもりだよ」
クロードと真一郎は並び立ち、それぞれの持つ得物を騎士たちに向けた。
「ぬう、貴様! 背中から切るとは卑怯なり! 貴様に矜持はないのか!」
「申し訳ありませんが、折り目正しくやってられるほど甘いか戦いをしてはいないものでね。どんな手を使ってでも、勝たせていただきますよ」
ニコリ、と微笑みクロードは踏み込んだ。ウォータースタイルの騎士は両手のフォトンガンを連射した。この地形では、彼の持つ水の力も十分に活用することが出来ない。元々変幻自在な攻撃を売りとしているのだが、寒冷地では即座に放出した水が凍ってしまう。ゆえに、攻撃は直線的になる。こうなれば多少強いフォースでしかなくなる。
ハヤテは突き進むクロードを止めるべく攻撃を繰り出そうとした。だが、それは真一郎に阻まれる。シルバーウルフの弾丸がハヤテに降り注いだ。止まらざるを得ない、エアロスタイルは機動力と引き換えに防御力を失った。シルバーウルフの軽い弾丸を、エアロスタイルは受け止めることが出来ない。ステップで距離を取り、難を逃れる。
だがそれはウォータースタイルの騎士を見捨てるのと同義だ。スピードの落ちたランドスタイルでは間に合わない。ダガーモードに戻したフォトンダガーを突き込むウォータースタイル。それに沿うようにして、クロードは横薙ぎの斬撃を繰り出した。ダガーはクロードを傷つけず、しかしクロードの放った剣撃はウォータースタイルのバックルに到達した。
クロードはそのまま刀を振り抜いた。バックルが真っ二つに切り裂かれ、ウォータースタイルの騎士は爆発四散した。若い騎士が吐き出されるようにして雪上に投げ出された。
「こいつ、クロード!」
ハヤテは叫ぶが、しかしクロードはそれを無視した。
倒れ込んだ騎士の首筋、その真横に刀を突き立てた。
ほんの少しでも刀を動かせば、頸動脈を簡単に切断できる位置だ。
「さて、このまま戦いを続けるのは極めて面倒臭い。そろそろ退いてくれませんか?」
「そいつの命と引き換え、ってわけか? そんな話に、乗ると思ってるんか?」
ハヤテは余裕を演じたが、しかしその声は震えている。
この男は『やる』と言ったら必ずやる男だと知っている。
拒めば即座に彼女の首を刎ね戦闘を継続するだろう。
「発掘された『聖遺物』をどこにやったんでしょうか。これだけの規模の部隊を、僕たちを始末するためだけに運用するとはとても考えられない。大方当初の発掘計画があり、そこに僕たちが来たことから一挙両得を狙ったのではありませんか?」
「さあ、どないやろうな? あんたにそんなことを話す義理はあらへん……」
ハヤテはチラリと横を向いた。アリカがこちらに向かって走って来ていた。その間に真一郎は立った。彼を倒してアリカを人質にするのは容易いことではないだろう。
「まさかあんたが敵に回るとはなぁ、ソノザキ。堕ちる奴はどこまでも堕ちるもんや」
「そうだな。だが、堕ちるのもそれほど悪くないと思えて来たよ」
真一郎はそれを嗤って受け流す。
ギリッ、と歯を噛み鳴らす音が聞こえた気がした。
アリカと合流し、ジリジリと円弧を描くようにしてクロードとの距離を詰める。
「膠着状態、っつーことか。どっちかが動かんと、何も出来んなぁ……?」
「そうですね。そろそろ睨み合っているのにも飽きました。アクションが欲しい」
クロードは刀に込める力を強めた。足下の騎士が「ヒッ」と呻く。
だが、花序の首が落ちるような事態にはならなかった。
横合いから漆黒の甲冑が乱入して来たのだ。
乱入して来た甲冑はクロードたちに向かって剣を振るう。
すると、彼らの体は切り裂かれることなくどこかに消えた。
そして、甲冑の人物も消えていた。
「なっ!? ど、どこに行ったあいつら!」
「何らかの術を使ったようだな。この状況では、追撃を行うことも不可能か」
クラウスは周囲を見渡した。十五人のフォースは漆黒の甲冑一人によって半数ほどが戦闘不能状態に追い込まれていた。クロード同様、あの甲冑も厄介な相手のようだ。
「ったく、昔の知り合いとの再会ってのはロクなことがないなぁ。そうは思わんか?」
「あいつが生きていたことは喜ぶべきことだ。だが……確かに厄介な事態だな」
クラウスは虚空を睨んだ。
あの男が、園崎真一郎が生きているとは、思ってもみなかった。
喜ぶべきか、怒るべきか。クラウスは自分の態度を決めかねていた。