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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
神なる時代の反逆者
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喪失の傷

 翌日。

 粉雪は舞い踊っていたが、一行は出発することにした。一度退けたとはいえ、追跡部隊がこちらに迫ってきていることに違いはない。逃走が一分一秒でも早ければ、それだけ彼らを撒ける確率は高くなる。音もなく彼らは小屋から躍り出た。


「で、お前たちはいったいどこに向かおうとしているんだ?」

「えーっと、この地の奥にあるという廃鉱山ですね。すでに調査隊も向かっています」

「鉱山? そんなところで何をしようというんだ、あそこはもう枯れて何もないぞ」

「調査隊というのは鉱山の調査を行っているのではありません。『聖遺物』のですよ」


 『聖遺物』。真一郎はかつてそれを見たことがあった。

 それは、ウルフェンシュタインへと向かう道程。かつて巨大な書庫を作るために掘られたという採掘坑、いまは吹き出した地下水の底に沈んだ場所に、それは隠されていた。放たれた圧倒的な力によって《ナイトメアの軍勢》はなぎ払われ、暗黒をも消し飛ばして見せたあの力のことを。


「あんなものが、まだほかにも存在しているというのか?」

「どうやらご存じないようですね、園崎さん。『聖遺物』は十二本存在するんですよ」

「かつて神がこの世界に召喚した英雄のために作り出した武器ですからね」


 『そんなことも知らないの?』とでも言うようにアリカは笑った。

 知らなくて悪かったな、と言いたくなってしまうが、ぐっとこらえる。

 相手はただの子供なのだから。


「神のために与えられた武器、か。確か皇帝は神の子を自認しているんだったな?

 だから自分の持ち物である『聖遺物』をすべて集めようとしているということか」

「あるいは、そこに何らかの意思が働いているのかもしれませんがね。

 僕たちを貶めようとした敵の姿が見え隠れする。

 実際、見てみないことには何とも言えませんけどね」


 不確定なことばかりで嫌になってくる。だが、それでも進むしかないのだろう。

 立ち止まればその瞬間飲み込まれてしまう、自分たちの命を奪おうとする悪意に。


「果たして、『聖遺物』とはいったい何なのだろうな……」

「どうでしょうね、実際使ってみてもこれがどういうものなのかはよく分かりません」


 クロードは懐から一枚のカードを取り出した。

 彼が変身に用いていたもので、中心には兜のような刻印が施されている。

 かつて、クロードはこれを操る暗殺者と戦い勝利し、奪い取った。

 『ヘラの兜』と呼ばれる甲冑のようなものを作り出す『聖遺物』だ。


「これを使うと、超自然的な現象を伴って鎧が生成されます。

 鎧を纏っている間は力が漲り、常人を遥かに超えた力を発揮することがようになる」

「ちょうど、あんたがやっていたのと同じようなことが出来るわけですね」

「ほう、園崎さんもあのようなことが出来るんですか? 知りませんでしたね」


 アリカは真一郎が力を喪失したことを知らない。

 だから、このように無邪気な言葉を吐くことが出来るのだ。

 彼は目を伏せ、そしてゆっくりと歩調を早めて行った。


「俺に何かを期待しているなら、それはやめることだ。星は輝きを失ったんだ」

「では、輝きを失いながらもあなたは何故進むのでしょうか?」


 どうして。そんなことを考えたことはなかった。少し考え、言った。


「紫藤善一が関わっているなら、俺にとっても無関係なことじゃないんだろう。

 あいつがこの世界のために、また命を落としたというのなら……

 きっとそういうことなんだ」


 かつて妹を助けるために命を落とした少年がいた。そしてその少年は世界の命運をかけて戦い、自分の身を滅ぼしてまでも見ず知らずの世界を救って見せた。彼はいったいどういう思いを抱いていたのだろう。世界を救うヒーローの心が真一郎には分からない。


「あいつが守った世界というのに興味がある。

 それが変えられようとしている、ということにもな。

 だから俺はあんたたちに着いて行く。

 何をしようとしているのか見極める」

「失望されないように気を付けなければならないかもしれませんね、僕たちは」

「相変わらず態度のデケーやつです。しょうがねえから着いて来てもいいですよ」


 態度は正反対だったが、特に真一郎がついてくることに反対意見はないようだった。止まっていた時間がまた動き出したのか、あるいは違うのか。それを見極めるためにも、真一郎は進んでいこうと思った。どこに着くのか、それはまだ分からなかったが。




 何度か休憩と穴倉堀(ビバーク)を繰り返し、クロードたち一行はようやく鉱山の麓にある街へと到着した。村を旅立ってから四日後のことだった。


 街とは言っても、それほど規模の大きなものではない。石炭を精製するために生じる暗雲が包み込むその街はあからさまに枯れていた。窓さえ割れた廃屋が目立ち、それは朽ちるままに放置されている。廃屋に手を入れられるような人さえもいないのだろう。


 人通りもまばらで、誰もが疲れた果てた表情をしている。商店も閑散としており、ほとんどの店が閉まっている。保存食を買い足すのにも苦労する有り様だった。


「こんな寂れたところに騎士団が来ているのか? 人通りさえもまったくないぞ?」

「彼らがこちらに来ているのは間違いないでしょう。あれを見て下さい、園崎さん」


 そう言ってクロードは宿の馬房を指さした。数匹の体格のいい馬が泊まっている。馬の鞍には『真帝国』が使うユニコーンめいた生き物のモチーフが刻まれている。


「だが、街中に騎士の姿はない。すでに山に向かっている、ということか?」

「そういうことでしょうね。少し休んでから向かいましょう。

 街の方にも山の方にも、特に動きは見られない。

 彼らはまだ『聖遺物』を発見していないのでしょうね」


 そんなものか、と真一郎は思ったが、旅慣れているのはクロードの方だ。大人しく指示に従っておこうと思った。街中を一応確認してみるが、とりあえずまだ手配書が回ってきているような気配はなかった。こんな田舎ではその辺りも後回しにされるのだろう。


「あまりキョロキョロしない方がいいですよ、園崎さん。ちょっと不自然ですから」

「こんなところに来ている時点で自然じゃないだろ。だったら問題ないはずだ」

「それを言われると苦しいですね。まあ、あなたの行動を阻害する権利はありません」


 クロードは苦笑した。ああ言えばこう言う男だ、と思いながらも、宿へと向かって行く。彼は突然の来客に驚いていた。この分では部屋には期待できないだろうなと思った。


「こんな鄙びた街に来てくれる人がいるなんてね。珍しいこともあったもんだ」

「へえ、僕たち以外にも客がいるんですか? そう言えば、馬が泊まっていましたね」

「ああ、中央の騎士だって言ってたかな。

 どんな仕事かって聞いてみたんだけど、さすがに答えてくれなかったよ。

 ま、そんなの当たり前なんだけどさ。ハッハッハ」


 たまに来た客のご機嫌を取ろうとしているのか、あるいは生来の話好きなのか、店主の口は滑らかだった。

 彼によると騎士団は二週間くらい前からこの街に滞在しており、奥の高山地帯で何かをやっているようだった、ということだった。滞在しているとはいっても宿を取っているわけではなく、鉱山近くに野営地を作っているのだという。街に金を落してくれないのもそうだし、あまりにも秘密めいているので住人は不気味がっている。


「それにしてもあんたたちこんなところに何しに来たんだ? 観光地はないし」

「この辺りに友人が住んでいるので、それを尋ねに来たんですよ。部屋は上ですね?」

「ん、ああ。それじゃあ、いい一日を過ごしてくれることを期待しているよ」


 店主の長い話を途中で打ち切って、クロードは部屋へと昇って行った。辟易していたので、真一郎もアリカも特には何も言わなかった。店主は不思議なものを見るような目で一行の行方を追って行ったが、すぐに次の仕事に取り掛かろうとした。


 一方で、部屋へと昇っていた一行は荷物を置き今後のプランを確認し合った。


「どうやら騎士団が鉱山で調べ物をしているのは間違いないようだな。どう攻める?」

「真正面から戦ったのでは少し分が悪いですからね。

 それに、彼らを倒したとしても『聖遺物』を確保することは出来ない。

 しばらくは静観しているしかないように思います」

「でも、長いことここに滞在していても大丈夫でしょうか? 追跡も来そうだし……」


 アリカは不安げな表情を浮かべた。鉱山を占拠する騎士団に加えて、大村たち追跡隊もこちらに迫ってきている。悠長なことは言っていられないが、しかし『聖遺物』を確保するという当初の目的をほっぽり出すことも出来ない。難しい判断を迫られた。


 少しの間クロードは手を組んで考え、そして何か得心したように手を広げた。


「分かりました、とりあえず僕が少し様子を見てきましょう。それで動きがあるようなら襲撃を仕掛けますし、逆にないようならギリギリまでここに留まっていましょう」

「現状を確認してからプランを立てる、ということか。それしかないかもしれないな」

「ですので、園崎さんとアリカさんはここで待っていてください。

 手配書も回って来てはいないですし、歩き回っても問題はないはずです。

 一応、気を付けてとは言いますが」


 ひとまずのプランを立て、真一郎たちは動き出した。クロードは素早く準備を整え、鉱山の方へ。一方で真一郎とアリカはコンビになって街へと繰り出した。

 別に遊ぼうというのではない、この辺りの伝承を調べるという形での情報収集、街の地形情報の収集。これから行うべきことへの備えと、もしもの時の情報収集を入念に行った。


「起伏はそれほどなく、平坦な街並みだな。逃げるとなるとかなり苦労しそうだが」


 視線を切れるような建物や森がほとんどない。逆に直線がどこまでも続いていくような形になるので、馬の脚力を存分に使うことが出来るだろう。もし逃げるとなれば逃走側、つまり自分たちにとって圧倒的に不利だ。どうするか、真一郎は算段を立てた。


「しっかし、まさかあんたとまた一緒になるとは思いませんでしたよ」

「俺もだ。しかもあんたがお尋ね者になっているなんて、夢にも思わなかったぞ」


 そもそも夢でもアリカのことを思い出していなかったが、それは置いておく。


「夢にも思わなかったと言えば、あんたがシドウさんと知り合いだったとは」

「共通の知り合いがいたことには俺も驚いているよ、本当にな」


 因縁というものは世界の境界を越えたとしても切れないものだ、と真一郎は思い知らされる気分だった。紫藤善一、そして天十字黒星。かつて世界で培ってきたもの、断てなかった因縁がこちらでも自分のことを苛んでいる。そう考えると頭が痛くなる。


「……ねえ、園崎。向こうの世界で、シドウさんっていったいどういう人だったの?」

「俺のことは呼び捨てで、シドウのことはさん付けか。まあ、別にいいが……」


 アリカのあからさまな態度の違いにため息を吐きながら、真一郎はシドウのことを思い出そうとした。とは言っても、かなり昔の記憶だ。子供の頃はよく一緒に、妹と遊んでいたのを見ていたが、真一郎が高校に上がったくらいから彼らと関わることはなくなっていた。ひとえに、複雑さを増していく世界に対応出来なかったためだ。


「素直でいい子だった、と俺は思っているんだがな……キミはどうだ」

「絶対に折れない強い人。でも折れなかったから、あの人はいなくなってしまった」

「バカな奴だよ、昔から。簡単に済む道があるのに、そこを進もうとはしないんだ」

「簡単な道ってのは、シドウさんが後悔するような道ってことでしょ?

 だったら、あの人は選ばない。

 どんなに困難だって、自分が納得できる道を選ぼうとするでしょう」


 それでも死んでいてはどうしようもないじゃないか、と真一郎は思った。

 だが、口には出さなかった。

 彼の知っている人間は、誰もが困難な道を選ぼうとした。


「……どうしてそんなことが出来るんだろうな。俺には理解出来ないことばかりだ」

「そうね。あのバカの考えることなんて、誰にも分からないのかもしれない」


 口汚くシドウを罵るアリカの表情は、どこか寂しげだった。向こうの世界で、世界を救うために死んだ仲間を思っている時も、自分はこんな顔をしていたのだろうか。


「お前にとって紫藤善一という男は、大切な人間だったんだな……」

「……そうね。命懸けで戦ったあいつのことを、忘れることなんて出来ない」


 つまるところ、そういうものなのかもしれない。

 自分に命を賭ける理由はなかった。

 世界が滅びるその寸前になっても、自分は自分の命を捨てられなかった。


 だからだろう。彼らがやろうとしていたことが、決して理解出来なかったのは。


「あの、すみません。あなたは……もしかして?」


 急に声をかけられ、真一郎は弾かれたようにそちらを振り仰いだ。

 そこにいたのは、一人の女性。

 少しくくたびれているが、十分に美人と言っていいだろう。

 長い黒髪が印象的で、常に浮かんでいる穏やかな笑みは人を安心させた。


「あなたは……確か、グラフェンの」

「ええ。『月岡洋裁店』のものです。覚えていて下さったんですね」


 在りし日の思いで、忘れるはずがない。

 あの日は自分にとって特別な思い出になった。

 いま着ているコートも、月岡洋裁店から購入したものなのだから。


「どうしてあなたがここに? グラフェンに戻ったのではないのですか?」

「あの戦いで店が焼かれてしまいましたから。田舎に戻って来たんですよ」


 彼女の生家はこの辺りだったのか。だとしたら日本人的な外見でありながら色白の肌をしているのも納得出来る、真一郎はそんなことをぼんやりと思った。彼の考えていることを知ってか知らずか、月岡女史はにこにこと微笑んでいる。


「あれからあなたも大変だったみたいですね。そちらにいるのは、お子さんですか?」

「いえ、連れの子供です。こんなところで再会できるとは思ってもみなかった」


 真一郎は珍しく微笑みを浮かべ、月岡女史の言葉に答えた。つれの子ども扱いされたアリカはムッとしたが、この空気を壊すことも出来ずせわしなく視線を動かしている。


「こんなところで立ち話もなんです、よろしければ私の家に来ませんか?」

「よろしいんですか? 何も、お渡し出来るものはありませんが……」

「このようなところに暮らしていると、あまり訪ねてくれる人もいませんのでね。

 少し、寂しくなってしまったのかもしれません。話し相手が欲しいんですよ」


 月岡女史は寂しげな笑みを浮かべながら、『それに』と続けた。


「あなたにお渡ししたいものがあります。あの時お預かりしたコートです」

「えっ……まさか、修繕することが出来たんですか?」


 真一郎は自分が預けたコートが、まさか修繕されているとは思わなかった。現代科学技術によって化繊をふんだんに使って作られたものであるため、《エル=ファドレ》にはもちろん類似の技術が存在しない。半ば諦めながら彼女に渡したものだった。しかも、店は焼け落ちたと聞いていた。あれが残っているとは思ってもみなかったのだ。


「あれだけはね、何だか手放すことが出来なかったの。継ぎ接ぎになるけれど……」

「……いえ、戻ってきてくれるだけでも、十分です。お邪魔させていただきますよ」

「ああ、それからポケットに何か入っていたわ。

 ダメですよ、こういう大切なものはちゃんと手元に置いておかないと。

 なくなってしまったらどうするんです?」

「恐縮です。では、お預かりがてらお邪魔させていただきますよ」


 真一郎は折り目正しく頭を下げ、月岡女史に続いて行った。

 どこか所在無さげだったアリカを、月岡女史は優しく招いた。

 少しの間、彼らは楽しい時間を過ごした。


 ……少しだけ、無くしたものを取り返せた気がした。


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