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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
神なる時代の反逆者
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摂理の剣士

 雪道を進むクロードとアリカ。

 突然の襲撃で馬を捨てなければならなかったのは痛かったな、と二人は思っていた。

 クロードはともかく、アリカの足ではこの雪道は堪える。


「大丈夫でしょうか、アリカさん。もし辛ければおぶりますけど……」

「大丈夫ですよ、クロードさん。こんなんで、へこたれてなんてられないです」


 この寒さだというのに、アリカは玉のような汗を額に浮かべていた。逃走生活を始めてから数カ月、彼女は強くなった。だが限界は徐々に迫ってきている。何らかの突破口を見つけなければ、このままアリカも自分も死んでしまうだろう。そう思っていた。


「でも本当にあるんですか? こんな鄙びたところに、『聖遺物』なんて」

「一応、帝国が探索隊を動かしていますからね。可能性は低くはないでしょうね」


 それに、とクロードは思う。

 『聖遺物』は彼らがあれと願った(・・・・・・・・・)場所にあるのだ(・・・・・・・)

 『聖遺物』は彼らの手に戻るべきものなのだから。


 ゆえに、『聖遺物』を彼らの手に戻すことは出来ない。現存する十二の『聖遺物』が集まったのならば、それはこの世界を『真帝国』が手にすると同義になる。少なくともいまの彼らに渡すことは出来ない、世界の傀儡となった(・・・・・・・・・)彼らには。


 クロードの耳がピクリと動く。彼は歩みを止め、周囲を観察した。

 包囲網が完成しつつある。手が早く、そして大胆だ。

 率いている将はかなり優秀なのだろう。


「すみません、アリカさん。辛くないと思いますけどおぶさっちゃうことにしますね」


 クロードはアリカの返答聞かぬまま彼女を米俵めいて担ぎ上げ、走り出した。深いところに当たれば膝まですっぽりと覆われるほど深い雪の中において、クロードは驚くほど俊敏だった。まるでその姿はオオカミのようだった。


 だが、敵もさるもの。クロードの挙動を予測し、その前に立って見せたのだ。


「ようやく追い詰めたぜ、クロード。貴様は、俺がこの手で始末する」


 その眼前に立ったのは大村真、『真帝国』の異端審問官という異名を取る凄腕。犯罪者あるところに彼在り、と言われるほど神出鬼没な男であり、常識的に考えれば閑職に押し込められている男なのだが、その知名度と武勇は『真帝国』全土に知れ渡っていた。もちろん、この村のように僅かな例外があるのだが。


「お久しぶりですね、大村さん。グランベルク以来ですか。お元気ででしたか?」

「黙れ、クロード! 俺は貴様と話し合うためにここに来たんじゃない!」


 大村が指を鳴らすと、前後左右から七名の騎士が現れた。

 完全包囲と言うにはほど遠いが、人間二人を狙うには過大な戦力だ。彼らは皆、一人が一軍に匹敵すると言われる精鋭であり、それを現実のものとするだけの力を持っているのだから。


「相手は一人だ。女の方は放っておけばいい、男の方を先に始末しろ!」


 大村たち騎士は羽織っていたマントを翻した。そして、腰に付けたバックルを露わにする。大村はバックルの中央にあったユニコーンの印章を押し、それ以外の七人は中央に設置された赤青黄緑の色が混ざり合った宝石を押した。バックルから力が放出される。


「今日こそ貴様を倒し、皇都へと凱旋して見せる……変身!」


 赤いラバー装甲、黄色の胸甲と手甲、緑色の具足、銀のヘルメットと青いバイザーが展開される。量産型フォースが彼らを包囲した。試作型フォースは四つの魔法石をそれぞれのスロットに設置し、それぞれの魔法石の力を引き出すことで装甲を形成していた。この方法では高い出力を得られるが、必ず四つの均一な力を持つ魔法石を確保する必要があった。その手間があり、生産コストが高騰し、量産には至らなかった。


 対して彼ら量産型フォースが使用している魔法石はミキシングと呼ばれる新技術を使って作られたものだ。火水地風、四つの力を持つ魔法石を溶かし、混合させることで力を調整している。多少出力は落ちるものの、安定的な生産に成功している。簡易量産可能な大戦力こそが、『真帝国』の原動力だ。西暦世界の超大国のように。


 一方で、試作型フォースドライバーに改良を加えた大村の姿は彼らとは少し異なるものだった。右手には実際の腕よりも一回り大きい、手を模したようなナックルがつけられており、具足にはウィングパーツが取り付けられている。胸甲だけでなく腹部までを覆うような鎧を纏っており、彼の右手には青い宝石を取り付けた三又槍を装備している。


「参りましたね。僕一人に八人って、ちょっとやり過ぎじゃないですか?」

「よく言う。追跡隊を力づくで振り切って来た貴様相手に、油断はないぞ」

「ま、そこまで言われたんじゃ仕方がありませんね」


 クロードは自分の懐に手を伸ばし、そこから一枚のカードを取り出した。


「貴様ァ……! それに手を触れていい人間だと、思っているのか!」

「さて、よく分かりませんね。しかし残念なことに、これが僕に使えるものですので」


 クロードは手にしたクレジットカード大の金属カードを腰に当てて、言った。


「変身」


 その言葉とともに、彼の体が光に包まれた。

 手にしたカードがひとりでに離れて行き、彼の腰に密着する。

 左右の頂点から銀色のベルトめいたものが伸び、巻き付いた。


 光の中から光沢を放つ金属片がいくつも現れ、彼の体に纏わりついていく。

 最初にヘルメットが形成された。スリット状の眼孔部とマスクのようにピタリと閉じた口元、やや膨らんだ耳元に、複雑に光を反射する謎めいたクリスタルの輝く頭頂部。


 次に鎧が形成された。騎士が使うフルプレートとほとんど同じようなものだ。胸元には咆哮を上げる大きなオオカミのエンブレムが刻まれており、そこを中心として両肩から両手足、腹部から両足に伸びる青いラインが引かれている。両肩にはブレードアンテナめいた突起がある。彼は腰に差した刀、蒼天回廊を抜きフォースたちを見据えた。


「それは神の摂理(プロヴィデンス)、貴様如きが触れていいものじゃないんだよ!」


 大村は激高し、槍の先端をクロードに向けた。そこから水が現れ、鋭い矢へと変わった。クロードはそれを弾き飛ばす。弾かれた先にあった針葉樹が真っ二つに切り裂かれた。大村の攻撃を合図にするようにして、七人のフォースが一斉に飛びかかる!


 彼らはトリガーガードのついた短刀を所持していた。天刺剣(てんしけん)フォトンダガー、厚さ四十センチの鉄板を切り裂き、銃としても使うことの出来る万能兵器だ。


 クロードは冷静に周囲の状況を観察した。時間間隔が鈍化し、人間を遥かに超越したスピードで迫るフォースの速度さえも遅くなる。構えた刀を左に薙ぎ、左手から突き出されたフォトンダガーを弾き飛ばしながら背後から迫るフォースに一撃を与える。

 次に半歩引きすれ違いざまに繰り出された斬撃をかわし、その腹を柄で打った。よろめいたフォースが仲間の行動を阻害する。そこで生じた隙を、クロードは見逃さない。刃を返し斬撃を繰り出し、たたらを踏むフォースを切りつけた。火花が辺りを明るく照らす。


 後方から刺突を繰り出そうとフォースが迫る。クロードはそれを、目で制した。単に睨まれただけだ、しかし睨まれたフォースは動けなくなった。いま突撃すればやられる、直観としか言えないものが彼を包み込んだ。彼の左右から二体のフォースが躍り出る。攻撃を繰り出そうとした瞬間を見計らい、クロードは刀をなぎ払い、二人を逆に切りつけた。


 一瞬の交錯、だがクロードの尋常ではない技量を証明するには、それだけで十分だった。クロードは半歩、自身の足で円を描ける範囲しか動いていない。にも拘らず、無傷であり、逆にフォースに対して攻撃を仕掛けることが出来ている。手玉に取られている。


「さて、そろそろ僕とあなたたちの間にある力量差を分かっていただけたと思います。悪いことは言いませんので、その……さっさと帰れ」

「余裕ぶっていられるのもいまのうちだけだ。貴様は俺たちの包囲を抜けられない」


 大村はヘルメットの中で冷や汗をかきながら、クロードの姿を見据えた。

 『聖遺物』ヘラの兜を纏った彼の戦闘能力はフォースのそれを遥かに凌駕している。生身の時でさえも《ナイトメアの軍勢》を、《エクスグラスパー》を凌駕する使い手であった彼が、それ以上の力を手に入れたのだから、それは当たり前のことだったのだが。


 それでも、勝算がないわけではない。彼が背負っている重荷、アリカがそれだ。彼は少女を守るようにして行動を取っている。自らの行動を自ら縛っているのだ。それでも高い戦闘能力を誇るのはさすがとしか言えないが、いずれ限界が来るであろう。

 大村はハンドサインで騎士たちに指示を送った。すると、彼らはフォトンダガーをガンモードに設定。グリップが少し曲がり、拳銃のような形になった。


「うわ、マジでそんなことするんですか。あなたは」

「国の威信を傷つける貴様のような人間がいるのならば致し方なし! 食らえ!」


 フォースの軍団はフォトンガンを一斉に発砲! クロードは一瞬早くそれを察知し、アリカを抱えて跳んだ。常人の数倍にまで高められた脚力は、彼を十数メートル上方にまで押し上げた。光弾が虚しく空を切るが、さすがに同士討ちするような間抜けはいない。


「貴様はここからは逃げられんぞ、クロード!

 ここに来た時点ですでに詰んでいる!」


 クロードの跳躍に素早く反応し、大村は水の刃を射出した。身を捻り刃を振るい、クロードはそれを切り払った。槍は飛沫となり、着地する前に氷の粒となった。そして氷の粒が地に落ちるよりも早くフォースがクロードに追いすがった。


「や、やばいんじゃないですかクロードさん! ど、どうするんです!」

「参りましたね、これは。まあ、どうなったとしてもやることに変わりはありません」


 クロードはバックルに嵌めたカードを押した。奥まで押し込むとバネのようなものに反発し、カードが元の位置に戻る。胴体のライオン模様が光り輝き、青いエネルギーラインに沿って青白い輝きが彼の右手に収束する。クロードは刀を両手で構えた。


「バカめ、我々の連携をたった一人で潜り抜けることが出来るとでも――!?」


 七人のフォースが一斉に突撃してくる!

 その時だ、甲高い発砲音が辺りに響いた。


 突撃してくるフォースに向かって、どこからともなく銃弾が放たれたのだ。それも、ただの弾丸ではない。アサルトライフルの弾丸程度であれば、フォースの装甲は問題なく弾き飛ばす。フォースガンのそれと同程度の威力が叩きつけられたということだ。


 体勢を崩したその瞬間を、クロードは見逃さなかった。

 踏み込み、刀を薙ぐ。軸をずらし次の敵を見据え、なぎ払う。

 これを計七度行った。


 真正面から放たれた斬撃、彼らにとって、それは何度も見て来たもののはずだった。だが、避けられなかった。死角からいきなり入って来た刀の軌道を、彼らは目で追うことすら出来なかったのだ。


 プロヴィデンスの持つ知覚強化能力、そしてクロードの持つ技量がそれを可能とした。綾花剣術二の太刀、裂砕空牙。彼の背後で七つの爆発が起こった。


 フォースとなっていた騎士たちが吹き飛ばされる。命を失っているものはいないが、指一本動かすのも辛い、という感じだ。フォースの持つ衝撃吸収機構が正しく作動していないのだろう。フォースドライバーには安全機構が組み込まれており、装着者の生命に危機が及ぶほどの衝撃を受けた際には装甲を爆散させ、衝撃を相殺するようになっている。


 もちろん、それはフォースドライバーが万全の状態であったのならば、の話だ。

 現在ドライバーはクロードが繰り出した斬撃によって無残に破壊されている。


「貴様ァッ……! よくもやってくれたな、クロード!」

「そろそろ退き時だと思いますよ。部下を見殺しにしたいなら話は別ですが」


 急速に雪雲が発達しつつあった。南側から吹く暖かく湿った空気が山脈を登ることで冷やされ、雪雲となる。この辺りはそうした原因で吹雪くことがよくあるのだ。


「このまま僕とあなたが殺し合うというのならば、それでもいいでしょう。ですが、よしんば僕を殺すことが出来たとしても部下の命と引き換え、ということになるでしょう」


 そんなことを言っている間にも、ひらひらと白い雪が舞い踊った。

 直に吹雪いて来るだろう。大村は歯噛みし、そしてフォースドライバーに手をかけ、変身を解除した。クロードのことを呪い殺さんとするような激しい視線を向けるが、当のクロードは涼しい顔だ。


「賢明なご判断に感謝いたしますよ、大村騎士。それでは、そういうことで」


 言うだけ言って、クロードはアリカの体を掴み、すぐにその場から去って行った。不躾な相棒のことを恥じるようにアリカは頭を下げたが、果たしてそれを彼は見ただろうか。


「クロード=クイントス……やはり厄介な相手だな、あの野郎……!」


 ギリッ、と音がするほど大村は激しく歯を噛んだ。

 こんなことをしている場合ではない、大村は辺りで待機している一般の騎士たちに通達を出した。狼煙の色はなし、『任務失敗』を告げる煙が近場の村にも見えるほど高く天に昇って行った。


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