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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
神なる時代の反逆者
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追うものと追われるものと傍観者

 あの日の光景がまた、真一郎の脳内で再生される。


 展開された装甲が破壊される感触。

 吹き飛ばされ、背中から叩きつけられる感覚。


 天十字黒星の顔。

 嘲りの数々。

 燃える街。


 彼女の――リナ=シーザスの死に顔を思い出すことが出来なかった。

 最後にあの女はどうやって死んだのか、どんなことを思いながら死んだのか。

 思い出せなかった。


 あの日と同じように、真一郎は石畳にへたり込み、徐々に体温を失っていくリナの体を抱いていた。彼女の腕が、ぬっと伸びて来た。肩から零れ落ちた血が指先を濡らし、濡れた指が真一郎の頬を汚した。彼の皮膚を引き千切るほど凄まじい力で掴みかかって来た。


「どうしてですか、ソノザキさん。

 あなた、どうして私のことを助けてくれないんですか?

 邪魔になりましたか?

 そうですよね、あなたはあなたが一番大事だもの」


 両目から血を流し、リナが呪詛を吐き出す。

 真一郎は絶叫する、夢だ。こんなものは夢に決まっている。悪夢だ。

 さっさと去れ!


 真一郎は腰のホルスターに取り付けていた白銀銃剣シルバーウルフを引き抜き、銃口を彼女の頭に押し付けた。そして――


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 そこで目を覚ました。肌寒いというのに、彼はびっしょりと寝汗をかいていた。パチパチと暖炉の炎が爆ぜ、あの日の情景を真一郎に思い起こさせた。気にし過ぎだ、彼は自分を強いてそう考えることにした。顔を拭うと、手がじっとりと濡れた。


 ウルフェンシュタイン攻防戦から、だいぶ経つ。それでも、忘れることが出来ないのは自分にとってそれが悔いるべきことだからだろう。忘れてはならないと考えている。


「いい加減忘れさせろよ、俺。俺は俺にどんな期待をしているって言うんだ……!」


 ぐっ、と歯を噛み締め、真一郎は窓を見た。

 相変わらず吹雪が視界を覆い尽くしているが、その中に一つの光点があった。真一郎は目を凝らし、それを見た。松明の炎のようにも見えた。何者かがいる、それも一人ではない。それは村に向かって行進していた。


 温かなコートを羽織り、真一郎は一階へと降りて行った。

 これはかつてグラフェンで仕立ててもらったものだ。あの時のことを思い起こさせるものの一つではあるが、実用的だからなかなか手放すことが出来ない。冬は暖かく、夏は通気性に優れているので見た目よりも涼しい。ガンガンと痛む頭に顔をしかめながら、真一郎は歩いた。


「おや、どうしたんだ。眠れないのか、なんか適当なものでも入れようか?」


 意外にもマスターはまだ起きていた。

 とは言っても、閉店準備はとっくに終わっており、もうすぐ寝るところだったのだろうが。悪いことをしたな、と真一郎は思った。


「いや、別にいいんだ。ただ、何かがこの村に近付いて来ているみたいなんだ」

「何か、ってそりゃなんだい。こんな吹雪の中近付いて来るなんて、そりゃぁ……」


 マスターは笑ってそれを受け流そうとしたが、残念なことに吹雪の中を進んでくる影は真一郎の幻覚ではなかった。やや乱暴に扉が開け放たれる。雪が戸内に吹き込んで来る。


「『真帝国』騎士団である。夜分遅くの来訪、誠に申し訳なく思っている」

「いえ、問題はありません。あの、何かあったのですか?」


 真一郎もマスターも面食らい、やって来た騎士たちをまじまじと見てしまった。

 やや不快そうな表情を浮かべながら、彼はマントを脱いだ。燃えるような赤い髪と、この世のすべてを敵視しているような鋭い目元が印象的な男だった。地方の騎士かと思っていたが、彼らの持っている装備は高価で手入れの行き届いたものばかりだった。


「まだこちらの村には通達が言っていなかったようだが、我々は逃走犯を追っている」

「逃走犯、ですか。それは物騒な……強盗か何かでもやらかしたのでしょうか?」

「罪状は皇室侮辱罪だ。このような不埒な言動をしているものはいなかったか?」


 赤毛の騎士は供回りに指示を出し、一枚の人相書きを出させた。もちろん写真などは存在しないため、記録と記憶を頼りに書かれるものなのだが、非常に精巧に書かれていた。耳までかかる長い髪の男と小柄な少女の二人組。

 男の方はこれまで何度も騎士団の追跡を振り切って来た猛者であり、決して見つけたとしても捕まえようとは思わないように、と書かれていた。

 真一郎とマスターは顔を見合わせた。


「女の方は分かりませんが、男の方は見ました。いま、上の階に泊まっています」

「何だと? それは確かなことなのか?」

「酒は飲んでいましたが、特徴的な男ですから。間違いはないと思います」


 赤毛の騎士は頷き、声もなく騎士団の団員に合図を出した。恐らくはこの宿を包囲させているのだろう。ピリピリとした緊張感が辺りに漂い出し、マスターは狼狽えた。


「あの、私は奥に隠れていた方がよろしいでしょうか……?」

「いえ、ここにいて下さい。我々と離れて、人質にでも取られたら厄介ですので」


 マスターは騎士の冷淡な言葉に身震いした。なるべく音を立てないようにして数名の騎士が彼らの泊まっている部屋のところまで上がって行った。ドアを蹴破る音がしたが、しかし戦闘の音や悲鳴は聞こえてこなかった。一人の騎士が走りこちらに来た。


「ダメです、隊長! もぬけの殻です! 奴ら、こっちの行動を察知していた!」

「落ち着け、それほど時間は経っていないはずだ。周囲をくまなく捜索しろ。

 いいか、一隊だけで奴らと戦おうとは思うな。我々全員で逆賊を処断するのだ!」


 処断とは穏やかではない表現だったが、彼らの行動に口を出すのは憚られた。

 『真帝国』発足以来、騎士団の権限は拡大されるばかりだ。『皇帝の剣』と呼ばれる彼らは独自に犯罪者を追跡し、処断する権限を持っている。騎士の多くは良識を持ち、人徳に優れた人間だが、そうでないものもたまにはいる。

 首を落されたものは一人や二人ではない。


「彼らがまた村に戻ってくるかもしれません。お気をつけて、それでは」


 赤毛の騎士は仲間たちに素早く指示を出し、そして宿を出て行った。炎の明かりが徐々に小さくなっていき、やがて見えなくなっていった。この吹雪の中ご苦労なことだ、そう真一郎が思っていると、マスターが深いため息を吐いた。


「びっくりしたよ、まさかこんな時間に騎士団が来るなんて。

 しかし、彼らもあれだけの大部隊に追いかけられているなんて。

 何をしたんだろうねぇ?」

「さあな。俺には関係のないことだ。寝させてもらうよ、今日は少し疲れたんだ」

「はいはい。まったく、相変わらず愛想のない若造だこと……」


 マスターはブツブツ言いながらも自分の部屋へと戻って行った。言いたいことは色々あったが、その前に考えなくてはならないことがいくつかあった。

 部屋に戻ると真一郎は息を吐き、騎士たちがこの宿に持ってきた手配書にもう一度目を通した。


 サングラスの男、そしてその隣にいた少女。

 薄墨色の髪、小柄な体格、首には金色のネックレス。亡きアリカ=ナラ=ヴィルカイト皇女殿下の名を騙り、各地で詐欺行為を行っているということだった。真一郎はその名前を思い出した。


 かつて、ウルフェンシュタインへと向かう道程で彼が護衛した少女の名だった。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 翌日。暇を持て余していた真一郎はコートを目深に被り外出していた。


「向かって行ったのはこの方角か。だが、この先には何もないはず……」


 夜半に雪が止んだため、騎士たちが作った轍はまだなくなっていなかった。真一郎はその先を見据える、雪を被った針葉樹林と白い山々しかそこには存在しない。かつては鉱山やそれに類するものがあったそうだが、いまや取り尽されて完全に枯れているそうだ。彼がここに訪れた時には、僅かな農耕民が細々と暮らしているだけだった。


(別に奴らを追いかけるわけじゃない。暇つぶし、単なる暇つぶしさ……)


 言い聞かせるようにしながら、真一郎は進んでいった。一応水と昼食くらいは持ってきたが、雪道を攻めるには少し心許ない。この辺りにサバイバル慣れしていない彼の油断が見て取れた。現在位置を確かめるようなものも持っていないのは失策だろう。


 二時間ほど歩いても、景色はそれほど変わり映えしなかった。照り付ける太陽と凍える白とが重なり合う。もう数時間もここで過ごしていれば寒さが上回るだろう。


 そんなことを考えながら歩いている真一郎の前に、騎士たちの野営地が現れた。


(随分重武装だな。たった二人を追跡するのに、過大な装備を持っている……)


 何頭もの馬に荷物を引かせている。周囲の探索を行っている騎士の帯びた剣は輝きを放ち、それが業物であることをアピールしていた。そして、腰に巻いた奇妙なバックル。どれも画一的なデザインであり、何らかの力を持っていることは明らかだった。


(彼らはいったい何をしようとしているのだ? あの二人にこれほどの価値が?)


 ここからでは騎士たちの話も聞こえない、もっと近づいた方がいいだろうか。

 真一郎がそんなことを考えていると、横合いから慌てた騎士が走り陣地に向かってきた。こちらに気付かれるかもしれない、と思ったが幸いにも彼は真一郎を見落としたようだった。


「大変です、大村隊長! 逃走犯二名を捕捉しました! すぐに来てください!」

「なに! ようやく網に引っ掛かった、ということか。全隊、行動を開始しろ!」


 大村と呼ばれた、昨日酒場に来た赤毛の騎士はいきりたち、騎士たちに行動の指示を出した。頭に血が上っているようだが、冷静な判断は出来るのだろう。テキパキと騎士たちに指示を出し、包囲網を形成していっているのが素人目にも分かった。


(そろそろ潮時だな。好奇心であんなものに巻き込まれてはたまらん)


 真一郎はゆっくりと後退し、立ち上がる。そして村に向かって歩き始めた。あの少女と一度話してみたい、と思ったが、どうやらそれは叶わぬ夢に終わりそうだった。


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