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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
神なる時代の反逆者
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プロローグ:十年目の新世界

 ――これはある少年の、目覚めと戦いの記録である――


 「うおおぉぉぉっ! ここから、出て行けーッ!」

 少年、花村彼方は故郷に安置されていた神器、『アポロの剣』を自在に操り、村を襲った異形の軍勢をたった一人で(・・・・・・)殲滅した。だが故郷は残らなかった。


 ――これはある少年の、出会いと別離(わかれ)の記録である――

「アリカ、アリカ! しっかりして、目を、目を開けてよ!」

「偽りの神は去り、これより真の神がこの世界に顕現する……すなわち、この私が!」

 少年、花村彼方は慟哭する。

 救えなかった少女(・・・・・・・・)、アリカ=ナラ=ヴィルカイトを思い。

 そして、彼方は憎むべき敵を見た。後に大陸全土を恐怖の底に落とし込むことになるテロ組織、『真天十字会』の首魁。ガイウス=ヴィルカイト=ギリーを。


 ――これはある少年が、運命を知り立ち上がるまでの記録である――

「いま、『帝国』は窮地に立たされている。希望の灯はかき消され、世界は『真天十字会』のもたらす闇に飲み込まれようとしている。それを払えるのは、キミだけだ」

「僕は……僕は、自分の力で、英雄になれるんでしょうか……?」

「なれる。キミがその力を正しく使おうと願うのならば、キミは英雄になれる」


 皇帝の忘れ形見、花村彼方は誓う。仇を討つことを、そしてこの世界を救うことを。


 ――これはある少年の、戦いと勝利の記録である――

「うおおぉぉぉっ! 行くぞ、ガイウス! これで終わりだーッ!」

「愚かなり、花村彼方! もはやナイトメアの復活は止められぬ!

 世界は再び暗黒に包まれるのだ!

 貴様らが作り出した地獄から、二度と救われることはないと知れ!」

「救って見せる、僕が! 僕は皇帝、神の意思を体現するものなのだから!」


 たった一人で『真天十字会』の猛攻に立ち向かった。

 そしてついに彼は首魁、ガイウスを倒した。

 そして、彼が復活させたナイトメアをも再封印し、彼は世界に平和をもたらした。


 幾度となく演目となり、幾度となく語り継がれていく神聖皇帝。

 花村彼方の輝かしき物語。


 それは、新帝歴元年、『真天十字会』との決着からすべてが始まった。

 花村彼方新皇帝は善政を敷き、民衆に慕われ、いまなお天下に君臨している。

 ごくわずかな例外を除けば、世界は平和そのものだった。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 昼頃から張り出して来た暗雲は、いまは天を覆い尽くしていた。

 時折稲光が瞬き、轟音が辺りに響いた。

 馬の背に乗る小さな影が、時折ビクリと体を震わせていた。


 彼らは朽ちかけた山道を進んでいた。すでに立て看板さえも倒れており、ここが久しく人の往来のない場所であることを如実に表していた。道の脇には崖から落ちて来たのであろう大岩が無造作に放置されており、彼らの足場を危うくした。


「いったいどこまで行けば、この旅は終わるのでしょうね。クロード」


 馬の背に乗った貴人は御者に語り掛けた。

 ボロボロになったマントで全身を覆い、特に頭部を重点的に隠している彼女の姿を、一目見ただけでは単なる浮浪者にしか見えまい。だが、言葉の節々、所作の数々から彼女が高度な教育を受けていることが見て取れる。


「さあ、どこまで行けばいいのかは分かりませんが、『帝国』騎士たちがこの先に終結しているという話は聞いています。恐らく『聖遺物(レリック)』絡みの話になるでしょう」


 御者の方もそれほど格好は変わらない。ボロボロのマントを纏い、顔と体格を隠している。腰に帯びた一振りの刀だけが、彼が戦うものであるということを示していた。


 御者の男の名はクロード=クイントス。

 かつてこの世界に召喚された勇者、《エクスグラスパー》であり、現在は追われる身だ。その身に掛けられた容疑について、彼は正確なところを理解していない。追っているものも分かっていないことが多いだろう。何せ彼の罪状は伏せられ、『真帝国』騎士団高位者にしか伝えられていないのだから。


 彼らは現在、『真帝国』が回収作業を行っている『聖遺物』について調べている。神代の昔に作られたと言われる、いわゆるオーパーツだ。少なくともこの世界、《エル=ファドレ》の技術水準で、このようなものを作ることは出来ない。


 現存が確認されている『聖遺物』は、『ヘラの兜』、『アポロの剣』、『アテナの盾』、『デメテールの杖』の四つ。十二あるとされているものの三分の一しか確認が取れていない。『聖遺物』は神が人に与えたとされているものであり、『神』の直系を名乗る帝国皇帝にとっては権威を強めるために確保しなければならないものだ。だが。


 それだけではない、とクロードは思う。

 先の戦争、十二人もの《エクスグラスパー》が関与した戦争を勝利へと導いた原動力は『聖遺物』にある。クロードたち西暦世界の持ち込んだ銃火器によって、この世界のパワーバランスは変わった。騎士全盛の時代は終わりを告げたのだ。だが、その中にあっても『聖遺物』は格別の力を持っている。


 何らかの意図を感じる。

 だからこそクロードは、『聖遺物』探索行を進めていた。


(かつての仲間の中で、連絡が取れるのはほんの数名。ほとんどは『真帝国』に組み込まれてしまった。ままならないものですね、先に進むことさえ簡単ではないとは)


 クロードは思わずため息を吐いた。状況が悪すぎて笑ってしまう。

 あの少年ならば、こんな時にどうするのだろうか。

 少しだけセンチメンタルな気分になってしまう。


 その時、クロードは足音を着た。後方、そして前方。挟み撃ちにされる。


「馬から降りてください。ご安心なさい、すぐに終わらせるつもりですから」


 空が泣いた。

 けたたましい落雷の音と、雨が地を打つ音とが辺りを包み込んだ。

 クロードの予想通り、あっという間に二人は計五人の騎士に包囲された。


「お務めご苦労様です、騎士様。どうかいたしましたか?」

「どうか致しましたか、ではない! 我々は貴様らを処刑するためにここまで来た!」


 拘束でも捕縛でもなく処刑と来たか。随分と嫌われてしまったものだ、とクロードは苦笑した。これでもあの戦争の、世間の語るところの『天還戦争』の功労者なのに。


「貴様らに亡き皇女殿下(・・・・・・)、アリカ=ナラ=ヴィルカイトの名を騙り、各地で略奪行為を行っている! 許し難い行為、貴様らには速やかに死を与えねばならない」

「聞き捨てならねーですね! 一体、どこの、誰が死んだって言うんですか!」


 クロードの脇にいた背の低い女性が声を荒らげた。背は低く、声は高いが意志の強さを感じさせるような声色だ。追跡部隊の隊長は一瞬たじろぎ、言葉を詰まらせた。女性は言葉を切らず、自らの体を覆うマントを勢いよく引き剥がした。


「おめーら、『帝国』の騎士でしょう! それとも、あたしの顔を見忘れたとでも!」


 その下には地味な服を着た少女がいた。

 長い薄墨色の髪、首から下げた金色のネックレス、燃えるような赤い瞳。

 彼女を知る人なら、誰もが答えるだろう。アリカだ、と。


 その姿を見て、隊長は一瞬狼狽える。

 しかし、首を振るい己の考えを振り払った。


「皇女殿下は殺されたのだ! このようなところにおわするはずはない!

 皇女殿下の名を騙る不届きものめ、貴様ら決して許さんぞ!

 ここで我らが成敗してくれる!」


 これが何かの誤魔化しであったのならばよかったのだが、残念なことに彼らはそれが真実だと思い込んでいる。彼だけではない、この世界に住まうほとんどの人々が。


「会話が通じないことは分かっていました。下がってください、アリカさん」

「灰色のローブと帯びた刀……気を付けろ、こいつに何人も殺されているぞ!」

「いえ、その、なるべく人死にが出ないように気を付けているんですけど……」


 幾度となく追跡部隊を振り切ってきたが、一人として殺したことはないはずだ。

 だが、彼らはそんなことをまったく聞いていないようだった。

 逃げる度に悪評が積み重なっていく。クロードは嘆息した。


 騎士たちは羽織っていたマントをはためかせた。

 その下には奇妙なバックルがあった。


「たった二人だが油断するな、お前たち! 『帝国』の誇りを見せよ、変身!」


 バックルの中央にあった魔法石を押すと、彼らの体が光に包み込まれた。

 体表を覆う赤色のラバーのような装甲、金色のブレストプレートとガントレット、緑色の脚甲と具足、銀色のヘルメットと青いバイザー。これこそが『真帝国』を支える力、

量産型フォース!


「辺境の追跡部隊にまで完全配備が出来るようになりましたか。

 凄いですね、『真帝国』。この短期間で凄まじい技術革新です。

 どんなインチキを使ったのやら……」

「何をブツブツ言っている、貴様! 行くぞ、覚悟するがいい!」


 フォースの軍団が駆け出してくる。

 クロードには分からない、どのような状況に自分たちが陥っているのか。

 だが、分かることが一つだけある。抗わねば死ぬということだ。


「こうなれば、使えるものはすべて使わせていただきますよ」


 クロードは懐から一枚のカードを取り出した。それは、メタリックシルバーに輝く名刺大のカードだった。その中心部には兜のような刻印が刻まれており、彼が手に取るとその部分が白銀の輝きを放った。フォースたちは訝しみながらも、突き進んだ。


「後悔しないで下さいね? 変身(・・)!」


 クロードの体を光が包み込んだ。そして、剣檄の音が辺りに鳴り響いた。


 安穏なる帝国の十年(・・・・・・・・・)に、さざ波が刻まれた瞬間であった。


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