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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
すべての終わりと世界の始まり
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去らば愛しき人よ

 何度目かの打ち合いが終わった。俺の方は疲労困憊、美咲の方はまだ余裕があった。石の鎧を攻略する手段は、いまのところ一つだけ。そしていまは出来ない。


 俺の放った拳を、美咲が受け止めた。

 そして、腕を掴まれ、無理矢理投げ飛ばされた。


「ぬおわあぁぁぁぁぁーっ!?」


 凄まじい力に抵抗することさえも出来ない。十メートル以上ある城塞から投げ飛ばされた俺は、市街中央付近にあった公園まで投げ飛ばされた。背骨がすべてへし折れるような痛みが俺の全身を襲った。呻きながら何とか立ち上がる俺の前に、美咲が立ち塞がる。


「ったく……こっちから行ってやろうと思ったのによぉ。せっかち過ぎんぞ」

「私も同じだよ、シドウ。あなたはこの手で殺す。悪いけど、慈悲とかはないから」


 美咲は足を踏み鳴らした。

 石の棘が来る、そう身構えていたからこそ何とかそれを避けることが出来た。大地が隆起したかと思うと、鋭い棘が俺に向かって襲い掛かって来た。紙一重でかわしながら美咲に接近、再び拳を振り上げる。


「あんたの力じゃ私には勝てない! それが分からないあんたじゃないはずだ!」


 放った右の拳が捌かれ、左の岩塊が俺に迫る。丸い岩の塊のような腕には鋭いスパイクがいくつも付いており、これで殴られれば生身の人体はぐちゃぐちゃになってしまうだろう、という代物だった。そして変身した俺であっても大きなダメージを受ける。


 押し潰されそうな圧力を伴って放たれた拳撃を、身を屈めて回避。体勢を立て直しながらアッパーカット気味の一撃を顎に向けて放つ。鉄の塊でも殴っているような手応えだ、まるで動いている感じさえない。今度は美咲の右が振り上げられるので、それをその場で一回転しながら回避、避けながらも遠心力を乗せた裏拳を美咲に叩きつけた。


 肩口にハンマーめいた一撃を繰り出したが、しかしダメージを受けているのはむしろ俺の方だったような気がする。拳が滅茶苦茶痛い。腹部に衝撃、何事かと見てみると美咲がコンパクトな膝蹴りを放っていた。息がつまる、俺の動きが一瞬止まる。動きを止めた獲物に向けて、美咲が一切の容赦なくストレートを繰り出した。心臓を破砕させる一撃。


 排気口からどす黒い血が噴き出す。美咲がもう一撃、左を振り払う。

 その腕を何とか掴み、美咲に肉薄した。そして、叫ぶ。己の思いの丈を、すべて。


「全部終わらせちまうつもりか、美咲! 殺して、潰して、それで満足なのか!」

「そうだ! 私は『真天十字会』の一員として、この世界を破壊しつくしてやる!」

「けどそれはお前の思いじゃねえだろ、美咲! お前はそんな奴じゃねえだろ!」

「黙れ! お前が私の思いを決めるな! 何様のつもりだよ、シドウ!」


 縋り付いた俺の体を無理矢理引き離し、美咲は右の裏拳で俺の頬を打った。

 脳みそがバラバラにされてペーストになって、口から零れ落ちてきそうになった。


 止まれるか。止めのストレートを繰り出そうとする美咲を前に、一歩踏み出す。俺の頭部を狙った一撃は紙一重の場所をすり抜けて行く。逆に俺は拳を放った。紫色の炎を纏った拳を。凄まじい衝突音が響き、石の鎧を纏った美咲が揺らいだ。


 胸部装甲には俺の拳と同じ形のへこみが出来ている。どうやら、掛け値なし、本気の一撃ならこいつにダメージを与えることだって出来るようだ。たたらを踏み、後退する美咲を前に、俺は冷静に歩みを進めた。手首をスナップさせ、炎を宿らせる。


 怒りの咆哮を上げながら、美咲が更に一撃を繰り出してくる。

 身を屈めそれをかわし、美咲の腹に全力のストレートを叩き込む。

 美咲が更に後退、反撃を繰り出そうと一歩踏み出した。


 だが悪いな美咲、俺はお前のことをずっと見て来たんだよ。ガキの頃から一緒にいて、殴られたことも投げられたことも捻じり上げられたことも一度や二度じゃない。


 だからこそ、お前のやろうとしていることはよく分かっている。右ストレートを繰り出してくるが、こちらはフェイント。避けるまでもなく腕が引かれ。左手が振り上げられる。身を半歩引いてそれをかわし、逆に腰を入れたストレートを繰り出す。石の鎧に生じたひび割れがどんどん広がって行き、破砕も目前といった感じになってくる。


 タイミングはちょうどいい。美咲は激高し、両手を広げる。己の怒りをアピールするかのように。そして踏み込みながら、両手を同時に突き出して来た。


 破壊的な一撃を前にしても、俺に恐れはない。上体を沈めながら、飛んだ。

 そして掛け値なし、全力のドロップキックを突っ込んでくる美咲に繰り出した。

 向こうから突っ込んできてくれるから、当てるのは簡単だった。

 両足の力を受けて、石の鎧が完全に吹っ飛んだ。


 このタイミングだ。俺はフォトンレイバーのトリガーを引く。一瞬にしてレイバーの装甲が俺に展開される。スラスターを展開、楕円形を描くようにして飛び、鎧を目くらましにして攻撃から逃れた美咲に向かって体当たりを仕掛ける。そんなことなど欠片も予想していなかったのか、あっさりと美咲の体は俺に押し倒された。


「これで終わりだ、美咲! 投降しろ、そうすりゃ悪いようにはしねえ!」


 俺はフォトンレイバーを逆手で持ち、剣を美咲の首筋に突き付けた。

 けれども、彼女は微塵も恐れたような様子を見せなかった。

 困惑してくる、こいつは本当に美咲なのか?


「俺が切らねえとか思ってるんじゃねえだろうな、美咲! 本気で言ってんだぞ!」

「本気で言ってるのは分かってる。でもあんたに私は殺せないってことも分かってる」


 この状況でどうしてそんなことが言える? 両手は俺の足で押さえつけている。美咲が足を振り上げたって、この状態の俺を倒すことなんて出来ないだろう。おかしな動きを見せれば、俺の剣が美咲の首に突き刺さる。いまの状態なら、はずみで死んでしまうことだってあるだろう。それが分かっていて、なぜ美咲は余裕を保てるのだ?


「あんたは私を殺せるよね。色んな人を殺して来たんだ、それくらい簡単だよね」

「ッ! ああ、そうだ! 人を殺すことなんてなんでもねえ! 分かってんだろ!」

「ううん、そんなことはない。殺すことにシドウは苦しんでる。何でもなくはないよ」


 一瞬、美咲はかつてと同じ笑みを作った。平和だった時と同じ微笑みを。


「でもね、私にとってはそうじゃないんだ。殺すことは、何でもないんだ」


 美咲の胸から黒い靄が零れ出てくる。

 『不和の種』が放つものとほとんど同じものが。


 それと同時に、俺は弾き飛ばされた。

 何をされたか、ほとんど分からなかった。


 俺が背中から地面に転がった時には、すでに美咲は起き上がっていた。

 全身を黒い靄に包み込みながら、殺意に満ちた視線を俺に向けて来た。

 何が何だか理解出来なかった。


「滅ぼしてあげるよ、シドウ。あんたの苦しみを、ここで終わらせてあげるからさ」

「ウソだ……冗談だろ、美咲! そんな、どうしてお前がそんなものを……」


 美咲は壮絶な笑みを浮かべて俺の方を見た。ぞっとするような、美しささえ感じるような笑みだった。俺はワケの分からない言葉を叫びながら美咲に向かって走り、そしてフォトンレイバーを振り下ろした。彼女の柔らかい首筋に剣が突き刺さる――


 ことにはならなかった。彼女の首筋に当たったと思った剣は、彼女の皮膚に張り付いた鉱石によって受け止められていた。黒い靄が段々と晴れて来る。そこには黒瑪瑙のような色の鉱物を纏った怪物がいた。先ほどまで美咲が変身していた姿よりも、ずっと禍々しく、ずっと力強い姿をしていた。


 怪物は俺の腹を殴った。凄まじい威力を受けて、俺の体が吹き飛んだ。ゴロゴロと転がる俺を目にしても、美咲は一言とて言葉を上げることはなかった。

 園崎美咲という女は死んだのだと、その時何となく思った。受け入れたくなかった。


「美咲ィッ……! どうして、どうしてそんなものを、使っちまったんだよ!」


 自分の中で感情がグチャグチャに混ざり合って、自分でも何を言いたいのかよく分からなくなってしまった。ただ感情が突き動かすままに、俺は叫んだ。


「終わらせてやるよ、美咲……それがお前の望みだって言うならば!」


 フォトンシューターを構え、変身。

 輝くプラチナムプレートが展開される。

 フォトンシューターのトリガーを引き、光弾を放つ。


 怪物はそれを真正面から受け止めた。

 決して軽くない威力を放っているにもかかわらず、だ。

 何たる装甲強度か……!


 シューターに内蔵されたエネルギーはすぐに尽きた。先ほどの城塞攻撃でかなり消耗した結果だ。俺は舌打ちし、怪物に向かって踏み出す。銃がなくとも、身体強化は続いているのだ。怪物は腕に力を込め、地面を殴りつけた。


 大地が波打った。そして、凄まじい勢いで地面から何本もの棘が立ち上った! 周囲の家屋を損壊させ、城塞を貫くほどの威力! 紙一重のタイミングで何とかかわすが、一撃でも受ければブライトフォームとてただでは済まないだろう!


 肉薄すればあの攻撃を行うことは出来ない。

 フォトンシューターを腰のスロットに戻し、美咲の体を殴りつけた。

 怪物の体表に細かいひび割れが生じるが、しかしそれはすぐに塞がっていく。

 自己再生能力をも手に入れたというのか?


 美咲はハンマーパンチを繰り出した。背中に凄まじい衝撃、地面に縫い付けられる。腕力も先ほどとは比べ物にならないレベルになっている。これもあの黒い結晶、『不和の種』が彼女にもたらしたパワーだというのか? あまりにも圧倒的過ぎる……!


 転がった俺に向かって、美咲はストンピングを放ってくる。止めの一撃を何とかかわしたものの、それと同時に放たれた石の棘を避けきることは出来なかった。立ち上がろうとした俺の胸に何本もの棘が襲い掛かって来た。胸部装甲が火花を上げ、ひび割れる。あまりの衝撃に、俺の体が何メートルも吹き飛ばされた。


「強い……! このままじゃやられちまうぞ……!」


 いくら美咲であっても、負けてやる気はなかった。

 ここで負けたら、ガイウスを誰が倒すというのか?

 誰にもその役目は譲りたくなかった、誰よりも俺のために!


(どうにかして一撃で美咲を戦闘不能に追い込まねえといけねえ、だがどうやって……)


 考える俺の目に、答えは飛び込んできた。黒瑪瑙色の怪物の肩には、剣が突き刺さっていた。恐らく、あの装甲を形成する段階で取り込んでしまったのだろう。フォトンレイバーは彼女の肩口に食い込み、がっちりと固定されていた。あれを使えば、もしくは。

 一撃で美咲を戦闘不能――どころか、一撃で殺すことだって可能だろう。


 どうすればいい、どうすれば。

 そんなことを考えている暇はなかった。

 美咲はもはや制御不能な怪物へと変わっている。彼女をこのまま放置すれば、取り返しのつかない破壊と殺戮を撒き散らすことになるだろう。そんなことをさせるわけにはいかない、絶対に。


 歯を食いしばり、駆け出した。いくつもの石の棘が俺に向かって殺到してくる。拳を振るい、俺の体迫る最低限の分だけを迎撃する。俺の背後にあった建造物が石の棘に刺し貫かれ、破壊された。俺の足元が泡立った。


 だが足下の感覚はいつもと変わらない。だから、踏み切ることが出来た。

 紙一重のタイミングで俺は跳び、空中で一回転。


 右足を突き出し、蹴りを放つ。

 紫色の炎を纏った右足が、美咲の肩口に振り下ろされる。

 止めたい。止まれ。止まってくれ。虚しい願いが、俺の中で木霊した。


「ライト……ブリンガー! ハァァァァーッ!」


 裂帛の気合を込めて俺は叫んだ。

 蹴り足がフォトンレイバーの柄を蹴った。

 装甲を突き破り、生身の肉体にフォトンレイバーが突き刺さる。


 命を奪う感触が、あった。




 凄まじい爆発、閃光。それが晴れた時、そこには俺と美咲だけがいた。


「……ハハハ、凄いね。シドウ。まさか、負けるなんて、思わなかったなぁ……」


 俺の腕の中で横たわる美咲の表情は、安らかなものだった。

 どうしてそんな表情が出来るのか、俺には不思議だった。

 焼け焦げ、不快な臭いを放つ体は、胸から下がなかった。


「ごめん、美咲……ごめん! 俺がもっと、もっとしっかりしてれば、お前は!」


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 分かっている、向こうの世界で俺が美咲を救うことが出来なかったからだ。

 俺はこいつを助けたつもりだった、けれど実際には心に大きな傷を作り、彼女が本心から死ぬきっかけを作ってしまっただけだった。


「違うよ、シドウ。私が選んだ、その結果。

 『不和の種』で、攻撃性と、憎悪が増幅されていたとしても……

 それは、私が、本心から望んでいたこと、だからさ……」

「違う、こっちに来なけりゃ向き合う必要なんてなかったんだ、そんな本心なんて!

 それに気付くことなく過ごすことだって出来たんだ!

 俺が、俺がいなけりゃ……!」


 止めどなく涙があふれ出してくる。

 俺の無力に、俺の無力のために死ぬ人々のための。

 美咲は震える手を俺に伸ばし、その涙を拭い取ってくれた。


「ヒーローするのも、いい加減にしなよ。そんなんじゃ、あんたが死んじまうよ?」


 美咲は満足げに笑って、俺の顔を両手で掴んだ。そして、引っ張ってきた。


「しゃんとしろ、前向け。立って、戦え。

 あんたは、そう言う人間だっただろう?

 そういうあんただから、あんたのことが好きだったんだよ」


 それだけ言って、美咲の両手が力を失った。


「……戦う。俺は、戦う。生きて、生き抜いて、戦う……!」


 立ち止まっている暇はない。俺は立ち上がった。

 美咲の瞳を閉じ、俺は城に向かって歩きだした。

 その背後で、美咲が爆発四散した。

 どこにももう、彼女はいない。


 それでも。

 命を奪った罪を背負って、俺は戦う。

 この世界を、人々を助けるために。


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