彼らの結末
少年皇が走る。
その脇を固めるのは騎士団の精鋭四人、大村真と彼の部下、そして『共和国』忍軍指導者金咲疾風。そして《エクスグラスパー》、クロードと楠羽山。
「お前、何でここにいるんだよ。シドウの奴を手伝ってやらなくていいのか?」
「残念ながら、城塞の上にいる彼らに手出しが出来るほどの力がありませんので」
絶対ウソだ。この場にいる誰もがそう思った。
だが、すぐにそんなことを考えている暇はなくなる。市街地を埋め尽くすように進行してくる《ナイトメアの軍勢》が、彼らの前に現れたのだ。クロードは刀を抜き、ハヤテは風切の刃を手に取った。騎士団の面々はトリシャから渡されたバックルを腰に当てた。大村の下はデザインが少し異なる。
「『帝国』騎士団、スピードを緩めるな! 一気に城まで行くぞ……変身!」
大村はバックルの中央にあったユニコーンの印章を、側近の騎士たちは中央の丸い魔法石を押した。フォースの力が展開され、彼らの体を力が覆った。ベルトのデザインの他には、これと言った違いは見られない。
これこそが快進撃の原動力、量産型フォース!
騎士団、ハヤテ、楠、クロードは鎧袖一触、小型の《ナイトメアの軍勢》をなぎ払った。彼方は剣を抜かない。この力は最後まで温存されておくべきだ、と判断されたからだ。『真天十字会』盟主、ガイウスとの戦いには彼の力が不可欠だと考えられていた。
「やれやれ、相変わらずですがキリがありませんね。城まで辿り着けるかどうか……」
ため息を吐き、迫り来るオーク、ゴブリンを撫で切りにしながらクロードは言った。
「で、あるならば彼方様だけでも進ませて差し上げるべきでは!?」
「バカ野郎、守るべき対象をこっちで放り出してどうするんだよ! アホがッ!」
大村は槍を振り回しながら仲間の騎士を叱責した。
凄まじい力を持つフォースだが、シドウのように専用のガジェットは所持していない。まだ技術的に未完成である分、量産に耐えうるだけの装備を作ることが出来ないのだ。彼方の護衛に鎧を回せただけで奇跡だ。
「ったく、こういう数だけいるような連中の相手は得意じゃないんだよ……!」
楠は慣れない手つきでリロードを行いながら、後方からの支援に徹した。強力な能力を持っているが無敵ではない、彼女の身体能力、反射神経はほとんど強化されていない。しかも、なまじ強い力が使えるせいか、彼女の攻撃の効果範囲は極めて狭い。一対一の戦いならばともかく、このような複数戦闘ではその力を発揮し切れない。
「ちゅうても、この数をみんなで突破する。ってのはちょっとキツいんやないか!?」
ハヤテは悲鳴にも近い声を上げた。
しばらくの間、彼らは《ナイトメアの軍勢》と戦っていた。だが、すぐ小型種は波が引くようにして去って行った。どういうことか?
彼らが訝しんでいると、城の方から一人の男が現れた。それは彼らの知らない服を纏っていた。クロードにはそれが白衣とジーパン、擦り切れたシャツであることが分かった。
「まさか、まさか。ここまで、ここまで一方的な侵攻を許すことになるとは……」
「城の方から来たということは、あなたは『真天十字会』の《エクスグラスパー》?」
「その通りだ。私の名はアルバート=エジソン、誉れ高き――」
エジソンと名乗った男の眉間に、飛刀が突き刺さった。
クロードが投げたものだ。
彼の腕が閃いたのを見れた人間は、この場にどれだけいただろうか?
「え、クロード……さん? あの、いいんですか? あれは?」
真剣な顔をしていた彼方も、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。まさか鳴り物入りで登場してきた敵の幹部が、能力の片鱗すら見せずに死ぬとは思ってもみなかったのだ。
「いえ、前にも先にも面倒事が目白押しなのでこれ以上増えてもらっては困るかなと」
「まあ何の対策も打ってないのにこんなところに出てきたのが運の尽きってことやな」
どこかエジソンに同情するような声を皆は上げたが、楠は彼の態度を訝しんだ。
「おかしいぞ。
こいつが戦闘向きの能力を持っていなかった、ってことは誰もが知っている。
こいつ自身もだ。いくら逼迫した状況だからって、こいつが直接……」
「出てくるなんて、おかしなことだねぇ? キミにはやっぱり分かっちゃうかぁ」
エジソンは足の力だけで立ち上がった。
全員が再び身構える、エジソンの体躯は枯れ木のようだ。
あの細い足のどこにあのような力があったのだろうか?
「う、裏切り者。薄汚いうっ、裏切り者が。わ、私たちの覇道を阻もうなんて!」
「エジソン、あんたなら分かってんだろ? この数には勝てねえってことくらいは」
楠はエジソンに投降を命じた。しかし、彼はその態度を見て哄笑を上げた。
おおよそ正気のものとは思えぬ。
クロードでさえそれには訝しんだ視線を向け、出方を伺っている。
「そうだね、キミには勝てないさ。ずっと思っていたんだ、どうして僕には攻撃型の能力が備わらなかったんだろう、って。でも、いまになって分かったことがあるんだよ」
アルバートは自らのシャツを掴んだ。そして、引き裂いた。彼の細腕ではそれすらも出来るとは思ってもみなかったが、しかし驚くべきはそこではない。
彼の胸、ちょうど心臓の辺りには暗黒の結晶、『不和の種』が埋め込まれていた。漆黒の宝石は彼の鼓動に呼応するように、不気味に波打っているように彼らには見えた。
「だけど分かったよ、私は私を改造するためにこの力を手に入れたんだ……!」
「自分を、改造する?! 一体、何を言っていやがるんだ! 手前は!」
「《ナイトメアの軍勢》を初めて見た時思った!
これはいったい何なんだろう、バラして調べてみたいと!
そして調べてみたんだ! そして分かったんだよ!
これは素晴らしいものだって、これを再現するために私はこの世界に来たんだって!」
胸元の結晶が輝き、暗黒の靄を吐き出した。人が人でなくなる時が訪れたのだ。
「《ナイトメアの軍勢》は生物であって、生物ではない」
「なに……!? 何を言っている、どういうことだ!」
「私はこの瞬間からナイトメアとなるのだ! 素晴らしき世界のシステムにィーッ!」
暗黒がエジソンの小さな体を包みこんだ。
アルバート=エジソンという男は死に、そして新たな生命体がそこに誕生する!
巨木のように太い腕が霞の中から現れる!
巨大なトカゲ、現実世界における恐竜のような姿だった。木の幹のように太い手足、その先端についた鋭い鉤爪。黄色い目と細い瞳孔がクロードたちを睨んだ。鋭利な牙の隙間から赤い舌がチロチロと伸びて来る、味を想像して楽しんでいるようだった。
黄土色のスクウェア状の鱗、背中には巨大なカメのような甲羅、体の側面からはいくつもの副腕のように人間の腕が伸びていた。おぞましさ、ここに極まれり。
「デカけりゃいいってもんじゃないでしょう、素人さんが。こっちは急いでいる」
クロードは苛立たし気に舌打ちし、変異エジソンに向かって跳びかかった。
しかし、それを横合いから妨害するものがいた。
路地裏から伸びて来た腕、それが握っていた小刀がクロードに襲い掛かった。クロードは小刀を避けたが、しかし変異エジソンが振るった腕を避けることは出来ず、そのまま路地に吸い込まれるようにして消えて行った。
「なっ、クロード!?」
「ハヤテ! よそ見をするんじゃねえ! こいつは並大抵の相手じゃねえぞッ!」
変異エジソン、それはまさに怪物と言っていいような姿だった。棘のように鋭利な牙がいくつも生えた口が大きく開いたかと思うと、それが光り、炎が続けて現れた。
「火炎放射だ! みんな、散れッ!」
全員、一斉に散開した。否、一人だけ逃げ遅れた。フォースの一人が。あるいは、エジソンの攻撃に耐え切る自信があったのかもしれない。だが、変異エジソンが放った火炎放射はあまりに凄まじいものだった。彼が口から放った炎は大通りをそのまま抜けて、大門の辺りまで到達した。周囲の建物を焼き焦がし、範囲内にいた人々を焼き殺した。
「アアアァァァァァァーッ! 熱い、痛い、た、隊長ォォーッ!」
そしてそれは堅牢なるフォースを纏った騎士であっても例外ではなかった。
彼の全身は炎に包まれた。燃えるはずのない魔導装甲が焼却され、消え去った。
「き……さまぁっ!」
一瞬早く攻撃を避けた大村は槍を振り上げる。先端に水の魔力が収束し、刃と成す。そして、水の刃を変異エジソンに向けて放った。鋼鉄板をも貫通する水の一撃は、しかし変異エジソンの体表に僅かに傷をつけるに留まった。何たる身体強度か!
「マズいで、こいつは! ホントに効いておらんのとちゃうのか!?」
その時、再び地震があった。それには変異エジソンでさえたたらを踏んだ。
空がより一層赤く染まり、稲光さえ閃いた。
状況が刻一刻と悪化しているのは明白だった。
「彼方様! 先に行ってください、ここは我々が食い止めますッ!」
「お前、何を言っている! あいつだけ先に行かせられるわけがねえだろうが!」
「しかし、この怪物に手間取っていては、本当に世界が終わってしまいます!」
変異エジソンの体表が泡立った。素早く身を伏せたものは死なずに済んだが、しかし放たれた棘によってフォースの一人が肩を撃ち抜かれた。周囲の建物にも鋭い棘がいくつも突き刺さっている。これまで登場した《ナイトメアの軍勢》の能力、そのすべてを持っているかのような、規格外の強敵であった。一筋縄でいく相手ではあるまい。
「我々には構わずに先に行ってください、早くッ!」
フォースの一人がフルブラスト機構を作動させ、四色のエネルギーが収束した拳を振り上げ変異エジソンに殴りかかった。変異エジソンも腕を振り上げる。腕と腕がぶつかり合い、フォースの力が敗れた。変異エジソンの持つ圧倒的な力とぶつかり合い、よろめいた彼の体を、逆の腕が掴んだ。枯れ木の棒のように彼の体は持ち上げられた。
「行ってください、彼方様! 行って、世界を!」
最後まで言う前に、彼の体は変異エジソンの握力によって押し潰された。徐々に変身が解除されて行くが、それが完了する前に変異エジソンはその死体を喰らった。
カークスが死んだ。大村は怒りに身を震わせる。気のいい男だったが無神経ではなく、常にチームの和と仲間の安全を第一に考えているような男だった。焼き殺されたノーマンも、いけ好かない奴だったが嫌いではなかった。少なくとも焼き殺されるほどではない。
「行かなきゃいけない……ここで生まれた犠牲を、無駄にしないためにも! 僕は!」
お前のためにどれだけの犠牲が生まれている?
大村は決意を固める彼方を睨み付けた。
お前という英雄を生み出すために、世界はどれだけの犠牲を払っている?
これだけの命を吸わなければ生まれてこない英雄に、価値などあるのだろうか?
彼方はアポロの剣とアテナの盾を交差させた。双方に光が宿る。
彼方はそれを解放した。
変異エジソンの全身を飲み込むほどの、眩い光線が発射された。
変異エジソンは身を焼かれる苦しみに咆哮を上げるが、死には至っていない。
だが、彼が動き出す隙くらいは作り出すことが出来た。
エジソンの巨体が揺らいだ瞬間、彼方は城に向かって走り出す。
「待て、待ちやがれ! 花村、彼方ァッ!」
「言ってる場合じゃねえだろ、大村! こいつをどうにかしねえと!」
光の奔流に飲み込まれたエジソンは苦し気な呻き声を上げた。
動きは相当鈍っているが、しかしまだ止まりそうにもない。
放置したのでは、被害が広がるばかりだ。
「彼方を追うのはこいつを倒してからでいいだろう! とっととやるぞ!」
「ッ……クソ! やるしかねえってことかよ!」
彼らは構えた、戦うために!
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
一方で、吹き飛ばされたクロードは裏路地に着地した。
傷はない、インパクトの瞬間掌打を重ね、衝撃を殺したのだ。
しかし完全には殺しきれず、こうして吹き飛ぶことになった。
空中で身を翻し薄暗い路地に着地、クロードは舌打ちしながら立ち上がった。
「あんたの妨害さえなければ終わりに出来たんですがね。人の邪魔ばかりする」
「ニンジャというのは本来そういうものだ。アレがな、聞きわけがない」
彼の横合いに老人が現れた。
金咲光龍、『真天十字会』の《エクスグラスパー》にして元『共和国』のニンジャ。
老人はにこやかに微笑み歩みを進めて来る。
「一応聞いておきますけど、投降する気はありませんか? 金咲さん」
「当たり前だろう。勝利を目前にしてなぜ私がキミに首を垂れる必要があるのだ?」
「それはよかった。下種でクズな身内を彼女の前に晒さずに済みます」
光龍は眉を寄せたが、しかしすぐに余裕のある表情を取り戻した。
「この世界はナイトメアによって破壊され、変わる。無駄な努力をするくらいなら、変わった世界に順応する方がいいと思うのだが、どうだね?」
「終わるのはそっちの方ですよ。全員ここで倒して終わらせてやります」
クロードは背後を見ずに刀を振り払った。
彼に向かって来ていた光龍の左腕が切り裂かれた。光龍は舌打ち、無事な右腕を振り上げてクロードに迫る。彼はニンジャで有賀ならが常軌を逸した剣の使い手だ、並の人間であれば抵抗することさえ出来ない。
しかしそれは極みに達したクロードに対して優位に立てる、という意味ではない。
ありとあらゆる攻撃を捌かれ、逆に切られる。
肉体変質がなければ何度も死んでいる。
(なぜだ、どういうことだ。なぜこの男には私の剣が通用しない!?)
右腕が肘から切断される。同時にクロードは左手を振るう。切り取られた光龍の掌に、飛刀が突き刺さった。そのまま壁に縫い付けられる。クロードは光龍の四肢に向かって刀を振るい、同じようにして縫い付けた。そして、残った彼の胴体に蒼天回廊を突き刺した。巨大な杭に縫い付けられたような格好になった。
「ガハッ……! 無駄だということが分からないかね!? 私は死なないのだよ!」
「そうですね。あんたの悪趣味な体、どうやれば滅ぼせるかずっと考えていました」
クロードは背負ったもう一本の刀を抜いた。その柄には赤い宝石が嵌められていた。どんなことをしても無駄だ、光龍は内心で嘲笑いながら、四肢に施された拘束を無理矢理に外した。そしてクロードの無防備な背中に向けて攻撃を開始する!
「ではこれにておさらばです、金咲光龍さん。地獄には貴様一人で堕ちろ」
蒼天回廊を引き抜き、同時にもう一本の刀を突き刺した。
刀身から炎が立ち上り、燃え盛る火炎が光龍の体を包みこんだ。
それには、さすがの光龍も狼狽した。
「なっ……! こ、これはいったい、どういうことだァーッ!?」
クロードは逆手に持った蒼天回廊で迫り来る四肢を打ち落とした。
光龍の皮膚が焼けただれ、彼は苦し気な悲鳴を上げた。
切られても突かれても死なぬ魔人が呻いたのだ。
「予想した通り、全身を燃やし尽くすような攻撃に対しては無力なようですね」
「なぜだ!? 貴様、なぜこんな酷いことが出来るーッ!?」
「そのお言葉、あなたにそっくりそのままお返ししようと思うのですが……あなたがこのような攻撃に弱い、と思ったのはあなたの主がそういうタイプの能力の持ち主だからです。ガイウス氏は重力であなたの全身を押し潰し、真田氏は電撃であなたを焼き尽くす」
全身を一息に破壊すれば、光龍を殺せるのではないか?
悪魔的な発想だったが、どうやら考えていた通りのようだった。
「あなたはずっと恐れて来た。あなたを上回る力を持つ人間を。自分を殺す力を持った人間のことを。手に入れた強い力の代償、ということでしょうか。自由を求め、待遇に不満を持っていたにもかかわらず彼らと直に向き合わなかったのは、そのためです」
光龍は呻いた。だが体が上手く動かなかった。
痛みと苦しみが彼の近くを苛んだ。
肉体という『端末』を動かすことが、彼には出来なくなっていた。
「自らの待遇に不満を持ち、しかしそれを表に出すことが出来ない。だから逃げだす。逃げ出したその先で、誰かがいまを変えてくれるのを待っている。それがあなただ、金咲光龍。皮肉な物言いも、自信に満ちた態度も、己の弱さを覆い隠すものでしかない」
光龍は反論しようとして口を開いた。
喉の奥に炎が入り込み、彼の内側を焼いた。
逃れることも出来ず、彼はただ願った。
自分を救い上げてくれる何かを。
「それではおさらばです、光龍さん。せめて苦しみながら逝って下さい」
クロードは『熾天』を引き抜き反転、大通りへと戻ろうとした。
しかし、目を上げた彼の前に一つの影があった。
黒い学生服を着た男、三石明良の影が。
「意外ですね、三石くん。キミはシドウくんのところに行ったものと思いましたが」
「あなたを食い止めてくれって、頼まれちゃったんです。だからですよ」
三石は薄く微笑んだ。
クロードと三石は同時に走り出し、その後方で光龍が死んだ。