グランベルク奪還作戦
それから更に一週間後。
最大勢力となった『帝国』、『共和国』連合軍は『真天十字会』が拠点とする帝都グランベルクへと進軍していった。通商ギルドが保有していた飛行船、食料、武器と言った様々な補給物資を受け、彼らは意気揚々と出撃。破竹の勢いで快進撃を続け、ウルフェンシュタイン攻防戦の一か月後にはグランベルクを包囲していた。
その理由を語るまでもないだろう、あまりに勢力が違い過ぎるのだ。地を埋め尽くす数万の軍勢、その心理的圧迫感は非常に大きかった。戦いに慣れていない『真天十字会』の兵士たちはそれに怖気づき、銃の力を満足に使えないまま敗退した。
そこに尾上さんが遺した数々の銃器と運用ノウハウが。トリシャさんが開発し、先行量産体制が整った魔導鎧『フォース』の力が、《エクスグラスパー》の力が重なった。残り数名となった《エクスグラスパー》を、『真天十字会』は投入しようとはしなかった。この状況で彼らの力があったとしても、戦況を覆すことが出来るほどではない。すべての戦力をグランベルクに投入し、本土決戦を図ろうとしているようだった。
「わざわざ攻めて行く必要はないでしょう。包囲網を緩めなければ勝てますって」
本陣テントでクロードさんは嘆息した。
一斉攻撃を唱える騎士団の重鎮は揺らがない。
「敵の自滅を待っては、騎士道に反します! それに、彼らを完膚なきまでに粉砕してこそ、この世界を人間の手に取り戻したと言えるのではないでしょうか!?」
「騎士道に関する講義は今度にしておきましょう。しかし、無駄な犠牲を払う必要はない、というのが僕の意見です。渡河作戦はあまりにリスクが大きすぎる」
巨大な湖の中心に建造された帝都グランベルクは、湖面から渡ってくる愚か者を決して許しはしない。巨大な城塞の上にはバリスタユニットが設置され、小型船を一撃で撃墜、中、大型船をも破壊出来るほどの重砲をいくつも設置しているのだ。
現状、湖を渡らずにグランベルクへの攻撃を行う手段は存在しない。
飛行船をこちらまで輸送してくるだけでかなりの時間と資材をロスするだろう。
一か月にもわたる全力戦闘によって、潤沢にあった資金はかなり目減りしていた。
この戦いが終わったとしても、奪われたものを取り返せるだけだ。
何か実りがあるわけではない。
「このまま指を咥えて、奴らが死んでくのを見ていろとでも言うのですか!」
「奴らの死に目を見たいという思いのために将兵を危険には晒せませんでしょう」
「そう願っている騎士は多い!
彼らの願いをかなえてやるべきではないのですか!?」
話がまったく噛み合っていない。クロードさんはそろそろイライラしてきている。そりゃそうだ、俺だってこめかみがぴくぴくと動いているくらいだ。尾上さん辺りがいれば合理的に攻撃指令の無意味さを解いてくれるのだろうが、生憎俺にはそれが出来ない。
「クロードくん、キミの言っていることももっともだ。だが……」
それまで沈黙を保っていた皇帝補佐、フェイバーさんが口を開いた。
すると、ほとんど同じタイミングで伝令の兵士が現れて来た。
血相を変えている、というよりほとんど色を失っているように見える。
いったい何があったのだろうか?
「ほ、報告します! グ、グランベルクのそ、空が、赤く、染まって……!」
「落ち着いて下さい。いったい何があったのですか?」
クロードさんは彼を落ち着けようと背中をさすってやった。
だが、すぐに異変が起こった。
至近距離で爆弾が炸裂したような、凄まじい音が響いた。
そして、地震でもあったような揺れが俺たちを襲った。
俺は思わず体勢を崩してしまう。
クロードさんはまったくそれを意に介さず、テントの外へと走り出した。
俺もあわててそれに続く。
「おい、シドウ! あいつはいったい何だ、どうなってやがる!?」
「大変ですわ、シドウさん! 空が、空が赤く染まってッ……!」
俺はグランベルクの方角を見た。
赤い、血のように赤く空が染まっていた。
水鏡に反射した赤い光が、俺たちを照らした。
世界の終わりを見ているようだった。
「始まってしまったか……ガイウス、封印を解こうとしているのだな!」
本陣テントからフェイバーさんが出て来た。その頬には大粒の汗が浮かんでおり、大抵の事態で動揺しない彼が狼狽えているという事実が、事態の深刻さを表していた。
「どういうことですか、フェイバーさん。あなたは、あれが何かご存じなのですか?」
「私とて、伝承を聞いていただけだ。まさか、あのようなことになるとは……」
「まさか、帝都の地下に封印されているって言う本物のナイトメア!?」
赤い空を見上げる。その雲間に、星が見えた。
空はまだ青く、太陽は直上にある。
だが、赤い空の向こう側には星があった。おぞましき星が。
かつて俺たちはあれを見た。
ニア・ナイトメアが封印されていた空間、あれとよく似た光景だった。
「封印が解除されれば……真のナイトメアが、地上に顕現する?」
「そうなってしまうだろう。真なる邪神、その力は想像することも出来ん……!」
テントから彼方くんも顔を出し、空を見据える。
そこには、ほんの少しの逡巡もなかったように思えた。
ほんの一か月の間に、少年は変わったのだ。
「この段にいたっては、戦うしかないようですね。総員、傾注!」
彼方くんはアポロの剣を掲げ、グランベルク城を指した。戦うしかない。
「これより連合軍は、全力を持ってグランベルク城を制圧!
内部に潜伏するガイウス=ヴィルカイト=ギリーを倒し、ナイトメアを再封印!
この戦いを終わらせます!」
なし崩し的に戦いが決まってしまった。
だが、兵士の士気が高いいまであってよかった、ということもあるだろう。
クロードさんは渋面を崩していない。
「どうやってグランベルクに入りましょう? 問題はまだ多いですよ」
「考えはある。シドウくん、キミの力が必要だ。我々に力を貸してくれ」
渡河作戦が失敗すれば、多くの人が死ぬ。
それならば一も二もない、俺は頷いた。
すぐにいくつもの高速艇が準備された。比較的小型で小回りが利く、数名の騎士がこれに乗り、接岸。入り組んだ市街地を速やかに制圧する流れになっている。城塞に設置されたバリスタユニットは高威力だが連射力は低く、射角が狭い。押し寄せる船の大軍すべてに対応出来るだけの力を持っていない。犠牲を出しながら突撃していく構えだ。
そう『真天十字会』にまず思わせなければならない。
「正気の作戦とは思えないんですけど。こんな伸るか反るかの博打みたいな……」
「数を上回る戦略はありませんかあら。乱暴としか言いようがありませんけどね」
クロードさんが操縦する船には俺と楠さんが乗っている。
エリンとリンドは一旦後方待機だ、さすがに危険すぎる。
サードアイとフローターキャノンで支援はくれているが。
『敵の砲撃が開始されました! クロードさん、気を付けてください!』
「お任せください。とは言っても、生身ほど器用に避けられるかは分かりませんが」
怖いことを言いながら、クロードさんは船を操る。右に、左に船体を揺らしながら、彼は泳ぐようにして攻撃を回避する。バリスタの射程範囲外、例え命中したとしても船体を抉られるくらいだ。勢いを減じた太い矢がフローターキャノンにより迎撃される。
「さて、シドウくん。ここからが本番ですよ。準備はいいですか?」
「対空砲火がないってんなら、こっちだって気楽にやれますよ……!」
船がバリスタの射程圏内に入った刹那、俺は船から飛び出した。
そして変身、フォトンレイバーのトリガーを引く。レイバーフォーム、展開完了。
背部ブースターで体を加速させ、気流に乗って飛び上がる。
兵士たちが目を剥くのが見えた。
高度千メートル地点に到達した段階でレイバーフォームを解除。
背負ったフォトンシューターを取り出し、変身。ブライトフォームへと転身。
すぐにフォトンシューターの出力を『MAX』に変更、眼下のバリスタ砲台に向かって狙いを定めた。『FULL BLAST!』の掛け声が風に流れる。試し打ちの時、フルブラストの一撃は城塞を吹き飛ばした。細かく狙いは付けなくてもいい、とにかく数を撃つ!
「食らえ! ディバインブラスタァーッ!」
トリガーを引く。
球形のエネルギーがバリスタに向かって飛んで行き、爆発を引き起こす。
城塞が抉れる。なるべく人は狙わないようにする、だから逃げろ。
死にたくなかったら!
反動で一回転しながらもう一度狙いを付ける。滞空しながら撃てる数はそれほど多くない、風の抵抗を考慮しなければ十秒強で俺は地面に落下する!
フォトンシューターのトリガーを何度も引き、バリスタを破壊する。それと同時に、吹き飛ばされて行く兵士たちが見える。あいつらは生き残ったのか? それとも死んだのだろうか? どちらであったとしても、俺はもうトリガーを引く指を止めたりしない!
(戦い、殺すことが罪だとしても、俺はそれを背負って戦い続ける……!)
城塞が迫る。タイムリミット。両足でしっかり地面を踏みしめる。
石の床にクレーターが出来る。
膝の屈伸を使い衝撃を殺し、膝、腰、背中の順に転がり衝撃を殺す。昔コミックで見たやり方だが、実践出来るとは欠片も思っていなかった。
転がりながらフォトンシューターの出力を『MIN』、発射速度を『MAX』に合わせる。城塞の上に残っていた兵士たちが俺に向かって発砲してくるが、並の銃器ではプラチナムプレートを貫くことは出来ない。冷静に周囲を観察し、トリガーを引く。兵士たちが呻きながら吹き飛んで行く。これでようやく静かになった。
「善一、やっぱり来たんだね。こっちに、来ちゃったんだね」
いや、そうではない。俺は変身をいったん解除し、声のした方向に向き直った。
「ああ、来たよ。俺がこうするってこと、お前になら分かってただろ?」
真っ直ぐと視線を女、園崎美咲に向ける。
囚人めいた拘束衣を着た彼女は少しだけ寂しそうに目を伏せた。
眼下では攻撃に耐え切った騎士たちがどんどんグランベルクに上陸してくる。
彼らを二段構えで迎撃するのが、彼女の役目だったのだろう。
「美咲、もう一度だけ言う。こんなことはもうやめろ。俺と一緒に来てくれ」
「なら私はもう一度こう言うよ。私はこの世界が許せない、だから破壊してやる」
攻撃性を秘めた美咲の瞳が俺を見据えた。ならば、もはや何も言うまい。
俺は変身した。そして構えを取り、美咲に向かって駆け出した。
こいつをフリーには出来ない!
「終わらせてやるよ、美咲。ここで全部、終わりにしてやるッ!」
「シドウ、私もあんたを終わらせてやる! あんたの痛みも苦しみもッ!」
美咲も石の鎧を纏い、俺に向かってきた。戦いが始まった。