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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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エピローグ:彼の終わりの時

 俺の体が段々と希薄になっていく。

 マズい、タイムリミット。精一杯高度を落した。


 まず、全身を包む装甲が白銀の輝きを失った。

 続けて、ショルダーアーマーが消滅し、脚甲のスラスターが消滅。

 最後に俺の背中にあったメインスラスターが消滅し、残ったガントレットと脚甲、そしてヘルメットが元の形に戻って行った。


 そして、俺の体が急速に落下していった。

 何とか高度を落すことが出来たのが幸いしたのだろう、地面に叩きつけられてバラバラになるようなことはなかった。それでも滅茶苦茶痛いことには変わりない、俺は柔らかい土に叩きつけられ、クレーターを作りながら何とか地上に帰還した。


「グオオォォォッ……! どうにも俺はダイビングに縁があるみてぇだな……!」


 二月の間に三回だぞ。何でこんなに地面に叩きつけられる必要がある?

 そんな痛みに呻いていられたのも、少しの間だった。

 すぐに俺の変身が解除され、喪失の恐怖が俺を包み込んだ。

 俺の存在が希薄化し、この世界から消えようとしている。


(やったことに後悔はねえ……でも、怖くねえかって言われるとそれは別だ……!)


 泣き出してしまいそうになる。

 叫びたくなってくる。

 だが、耐える。

 でなけりゃ俺は。


「……シドウ、さん!? ど、どうしたんですのそれはッ!?」


 聞き慣れた声が俺の耳に届いた。リンドの悲痛な叫び声。

 俺に向かって駆けてくる、小さなあの子。彼女は俺の体を抱き留めた。

 ぬくもりが俺を包み込んだ。


「死なないで……死なないで下さい、シドウさん! シドウさん!」


 それがよかったのかは、分からない。けれども俺の体は、急速に実感を取り戻して来た。朧だった皮膚感覚が元に戻っていき、彼女の存在を感じ取ることが出来るようになった。俺はリンドの体に縋りつくようにして、泣いた。


「大丈夫だ……消えない……! 俺は、消えない……!」

「消えないで下さい、シドウさん。あなたがいなくなったら、私は……悲しいから」


 泣かせたくない。この子を、二度と悲しみの海に沈めたくはなかった。

 その笑顔を、その笑い声を、いつまでも聞いていたかった。大切な人の笑顔を。


 リンドのことが好きなのだと、俺はその時はっきりと自覚した。


 しばらくして、リンドも俺も落ち着いた。

 存在の希薄化は完全に収まり、俺は元の世界に帰還した。

 しかし、それは俺の命が助かったことを意味しないのだろう。


「いつからなんですの、シドウさん。そんな状態になってしまったのは……」

「グラフェンでの戦いの時、あの姿になった時から、だな……」


 リンドは泣き晴らした目で俺のことをキッと睨んだ。

 真っ直ぐ俺はそれを受け止めた。


「どうして言ってくれなかったんですの! 何か、対策があるかも……」

「分かるんだ、リンド。これは俺の命を使った結果だ。

 俺は俺の未来を燃やして、未来を掴み取った。

 その代償だ……誰にも、これを変えることなんて出来ない」


 口にしてみると、何とも恐ろしいことだ。

 実感として、俺の中にそれが存在していた。


「もうこの力を使おうが、使うまいが、関係ない。遠からず、俺は……消える」


 俺の存在が、あらゆる世界から消えて行く。

 俺はもう世界に存在することが出来ない。


「いや、ですよ。そんなの。あなたが消えてしまったら、私は……」

「大丈夫。すぐに消えるってわけじゃない。しばらくはまだ保つはずだ」


 俺はリンドの柔らかな髪を撫でた。

 ハッタリで言っているのではない、実感として存在する。明日明後日、俺が消えるわけではないだろう。それでも時間は残されていない、一年、いや半年の間に俺はこの世界から跡形もなく消える。やるべきことはまだ多い。


「俺は戦う。今更この戦いから降りるわけにはいかない。どうやったってこの命が燃え尽きるって言うんならば、派手に吹っ飛ばして終わらせてやる……!」

「ついて、行きますわ。シドウさん。あなたの旅の、その果てまで……」


 ひとしきり泣いて、やることははっきり見えて来た。

 いままでと、何も変わらない。


「よう、お前無事だったんだな。生きているみたいで、その、よかったじゃないか」


 誰かが石段を登って来た。慌ててそちらを向くと、楠さんに手を引かれたエリンがいた。他人に見られると、ついつい恥ずかしくなってきてしまう。それはリンドも同じだったようで、慌てるように俺たちは離れ、襟元を正した。


「おめーらいったい何やってんだよ……今更だろ、それ」

「い、いいじゃないっすか。それより、楠さんも二人を守ってくれたんですね」

「ああ、お前に頼まれたからな。誰かを殺せって言われるより、こっちの方がいいさ」


 笑う楠さん。その手には拳銃が握られている。真新しいものだが、デザインはそれほど新しいものではない。基礎設計としてはかなり古いものだろう。尾上さんが持ってきたものよりも、俺が知っているものに近い。なぜ楠さんがそんなものを?


「……あ、もしかして『真天十字会』の連中から奪ったものですか?」

「これか? 残念ながら、そうじゃない。これは私がこの街に持ち込んだもんさ」


 そう楠さんは言った。

 どういうことだ、少し考えたが、答えは一つしかなかった。


「私は『真天十字会』の《エクスグラスパー》なのさ」


 楠さんは拳銃を持ち上げ――


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 炎の巨人は滅び去った。

 死を知らぬ《ナイトメアの軍勢》は最後の一兵まで粘ったが、しかし『共和国』防衛線を突破することは出来なかった。彼らの指揮官である人間が一歩先に逃げ去ったからだ。頭がいなければ所詮烏合の衆、統率された騎士団と地上攻撃に戻った榴弾砲台、そして聖遺物の力に抵抗することは出来なかったのだ。


 城門前で疲れ切り、地面にへたり込んだ彼らは、勝利の味を噛み締めた。


「おかげさまで、終わったのぉ。この規模の被害で済んでよかった、ってとこか?」

「ああ。城門を越えて浸透されることはなかった。

 市街地には被害はなかった……

 大きな被害を受けたが、俺たちは守り切ったんだ。俺たちの、勝利だ」


 多大な犠牲を払った。騎士団だけでも、その死者は数え切れないだろう。

 彼らが盟主、真田景義が死んだと知るのはもっと後のことだ。

 彼らは儚き勝利に酔った。


「いやはや、お疲れ様でした。まあ、何とかなるものなんですね」


 そんな彼らの下に、ひょっこりとクロードが現れた。

 服はそこかしこが焼け焦げているが、しかし体には傷一つなかった。

 あの地獄の戦場を生き抜いたとはとても思えないくらいだ。

 あまりに綺麗すぎる姿に、ハヤテは嘆息しながら言った。


「あんた、ホントに戦ってきたんかいな? バカンスにでも言ってきたんとちゃう?」

「失礼な、本当に死ぬかと思ったんですよ。今度こそ。ヴェスパルを追って行ったはいいんですが、彼があの巨人に変わってしまいましてね。何度も彼の溶岩のような血が降り注いで来たので、いくらか避けきれずに当たってしまいましたよ」


 クロードはしみじみと言った。怪物化したヴェスパルに理性だとか、思考だとか、そういうものがなかったのが幸いした。彼は手あたり次第、目につくところ、手の届くところに破壊をもたらした。足下までには意識が回らなかったのだろう、それが彼を救った。


「ともかく、これで一人の《エクスグラスパー》が倒されました。

 『真天十字会』が有する《エクスグラスパー》は、自己申告ですが恐らくはあと五人。気を引き締めましょう」


 二人は頷いた。ガイウス=ヴィルカイト=ギリー、金咲光龍、三石明良。

 そして未だ姿を見せない二人の《エクスグラスパー》。

 数多の《エクスグラスパー》を倒し、『真天十字会』の勢力を大きく削っていった。だが、まだ姿を見せないものがいる。何者か。


 いずれにしろ、この場を収めないことには始まらないだろう。『真天十字会』は大きく勢力を削がれた。元々本部が『帝国』首都グランベルクにあるのだ、あまりに彼らは急速に前進し過ぎた。今頃敗走した兵士たちは助けもなく彷徨っているだろう。


「あの、ところで尾上さんはどちらでしょうか? こちらにはいないのですか?」


 ハヤテは首を横に振り、城塞の上を指さした。ここからでは何も見えなかった。


「行ってやり、死に目には会えんかったが、死に顔くらい見るのはええやろ」

「お言葉に甘えて、そうすることにしますよ。それでは、失礼します」


 そう言って、クロードは跳んだ。まだ無事だった集合住宅の屋根を蹴り、城塞の煉瓦を蹴り、手すりに手をかけ、跳躍。一瞬にして十メートル以上はあろう城塞の上に昇った。騎士たちが驚くのを無視して、クロードは尾上の方へと向かって行った。


 それは、安らかな死に姿だった。

 銃弾の一発、剣撃の一撃も受けていない。

 だが、彼の体を侵していた毒は心臓に確かなダメージを与えた。

 その痛みは想像を絶する。


 けれども、尾上雄大の死に顔は、何とも安らかなものだった。


「お疲れ様でした、尾上さん。あなたがいたから、僕たちはここまでやって来られた」


 クロードは神妙な態度で、深々とお辞儀した。二度と得られぬ戦友を思って。


「『帝国』、そして『共和国』の騎士たちよ! 危機は去りました!

 あなたたちが退けたのです!

 不遜なるものどもは、神の権能の下に打ち払われました!」


 眼下で演説が始まる。耳障りな演説が。友の死を悼む時間くらいは、用意して欲しかった。クロードは内心で毒づきながら、一人尾上に対して黙祷を続けた。周囲の騎士たちは、感じ入ったかのようにして少年、花村彼方の演説に耳を傾けている。


「多くの命が失われました! 無為に!

 それは何故。すべては東の大陸を掌中に収めた魔王の仕業だ!

 戦を楽しみ、死をもたらすことを喜びとする悪魔だ!

 我々は彼のものを、ガイウス=ヴィルカイト=ギリーを決して許してはならない!」


 彼方は言った、ガイウスは人ではないと。では、人ではないものに率いられた軍勢はいったい何なのだろうか。魔王の軍勢は、それと同じく魔物なのだろうか? そうなのだろう、彼らにとっては。相手は人でない、そうしておいた方がいいのだ。


「これまでは我が不甲斐なさから、皆に迷惑をかけてきました。

 しかしアテナの盾を得たいまこそ、反撃の時だ!

 悪魔の跋扈する時代は、これより終わりを迎える!

 神の光の下に、世界を人間の手に取り戻す時が来たのです!

 聖戦、勝利の時です!」


 まるで彼方は自分がこの一団の司令官であるような口ぶりで演説を行った。

 そして(・・・)誰一人としてこの状況(・・・・・・・・・・)に疑問を抱いていなか(・・・・・・・・・・)った(・・)

 クロード=クイントス、ただ一人を除いては。


(さてさて、これから世界はどうなっていってしまうのでしょうね?)


 この段にいたって、もはや『真天十字会』に勝ち目はない。

 烏合の衆である彼らは、たった一度の敗北で揺らぐだろう。

 多くの人員を失い、《ナイトメアの軍勢》を失い、それでも戦い続ける彼らに、果たして勝機など存在するのだろうか?


 少なくとも、そう見せるだけの見せ場はあるのだろうな。クロードは思った。


(本当の戦いは、この戦いが終わった後に始まる。

 すべてはこの段階で決している、とでも言いたげですが……

 少しばかり、悪足掻きをさせてもらいましょうかね)


 熱狂する戦場の中で、クロードは冷笑を浮かべた。

 反逆の遺志を滾らせながら。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 自らを『真天十字会』の構成員だと名乗った楠さんが、俺に銃を向けた。

 だが、何となく殺気を感じなかった。だから、俺は動かなかった。

 楠さんはクスリと笑い、拳銃を放り捨てた。

 結構軽い音がしたので、初めから銃弾は入っていなかったのだろう。


「楠さんが『真天十字会』だった、って……それって、本当だったんですか?」

「ああ、本当だよ。言い訳めいたことになっちまうけど、あいつらがここで何をするかなんて聞いていなかった。いままでも攻撃には参加してこなかったし……」


 楠さんは自嘲気味に笑い、両手を広げた。まるで、撃てとでも言うように。


「けど分かったよ。私のしてきたことは罪深いことだ。戦場を見て初めて分かった」


 いや、そう言っているのだ。

 楠さんの目にはありありと諦観の念が浮かんでいるように見えた。

 死んで、すべてを終わりにしようとしているのだろうか?


 それが分かった瞬間、今度は怒りが浮かび上がって来た。

 そんなことが許されるわけがないだろう。


「ふざけないで下さいよ、楠さん。悪いことして、それが分かったからって、それで全部死んで終わりにしようって言うんですか? ふざけたこと言わないで下さいよ!」

「じゃあ、どうやって償えばいいって言うんだよ。こんなことを。分かっているって、そう思ったんだ。自分たちのしていることは罪深いことだって、でも関係ないと思っていた。直接手を下さなきゃ、何の罪もねえって。けど、それは違ったんだ……!」

「戦いましょうよ、楠さん。あんたにこんなことをさせようとした連中と」


 死んで終わりになんてさせてたまるか。そうして喜ぶのはあいつら(ガイウス)だけだ。

 責任を感じるべきはこれをしろと命じた奴だし、報いを受けるべきもそいつらだ。


「一度間違えたら二度と正解できないなんて、そんなことあるもんか。

 人生長いんすよ、楠さん。間違えたら選び直しましょう。

 正解に辿り着くまで何度でも、ね」


 俺は楠さんに向かって手を伸ばした。

 一瞬で死ぬかもしれない。それでも信じた。


 楠さんは困ったような笑顔を浮かべ、俺の手を取った。

 俺の死は訪れなかった。




 こうして、数多の犠牲を生み出したウルフェンシュタイン攻防戦は終わった。

 『真天十字会』は敗走し、《エクスグラスパー》ヴェスパル=ゼアノートの死亡を確認。決定的な戦力を失った彼らから離脱する兵士も少なくはなかったという。


 補給線が伸びきったことにより、疲弊していた兵士たちの心を折るには十分だったということだ。攻守は交代し、これより戦争は一方的な局面に突入することになる。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 帝都グランベルク、地下深く。

 かび臭く、苔むした空間に、一人の男がいた。


「多くの《エクスグラスパー》が死に、人が死んだ。

 世界は私を否定しようとしている」


 白髪の老人はそれでもなお、笑った。己に迫る死を確信しながら。


「しかしだからどうしたと言うのだ? この世界には、私一人がいれば十分だ」


 老人は視線を上げた。その先にあったのは、異形の石像。

 およそそこに描かれているの生物だとは、初見では分からないだろう。だが、不思議な躍動感があった。そこに描かれているのは生物だと、怪物と呼ばれるものだと、見るものに思い知らせた。


「私は《ナイトメアの軍勢》さえも支配し、この世の王となる!

 人非ざるものどもよ! 人たる資格を持たぬものたちよ!

 震え、崇め、讃えるがいい! ガイウスの名を!」


 老人は狂気を帯びた哄笑を上げた。世界が滅びるまで、あと僅か。


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