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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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立ち上がるもの

 畳に這いつくばっていた俺が意識を取り戻したのは、どれくらい眠ってからだろうか? いつの間にか変身は解除されていた。痛みに呻きながら立ち上がって、いままでのことが夢ではなかったということを理解した。俺は三石と戦って、そして倒された。俺が開けた大穴がしっかりと残っていた。戦闘の痕跡も同様に、だ。


「俺の命を燃やして、手に入れた……力」


 そう考えると、いろいろと納得できた。俺があるべきだと願った未来を消費して力を与えるならば、俺が欲しいと思った右腕が再生しても不思議ではなかった。この力は、『変化変生(メタモルフォーゼ)』の力は俺の願いを具現化する力なのだから。


 まだ戦いは続いている。断続的な発砲音や人々の叫びが聞こえてくる。

 三石はどこに行った?

 庭や門の方から音は聞こえない、あそこでの戦闘は終わったのだろうか? 


「城を狙ってくるってことは……真田の爺さんを殺そうとしていたってことか?」


 城に人の気配はない。

 炎が立ち上り、城を燃やし尽くそうとしているからだ。

 脱出しなければ、そう考えるが、しかし俺の足は自然と天守閣の方に向かっていた。


 痛む体を引きずりながら、俺は天守閣に到着した。

 予想通りの光景があった。


 かっと目を見開き、真田景義が死んでいた。

 死因は心臓摘出によるショック死だろうか。

 この国の支配者は、あまりにもあっさりと死を迎えていたのだ。


「……何やってんだよ、あんた。偉いんだろ! 強いんだろ!

 この国守らなきゃ、いけないんだろ……!

 なのに、どうしてこんなにあっさり……死んでんじゃねーよ!」


 この国は自分のものだ。そう豪語しておいて、これである。

 どこまでも理不尽に、人の命は失われて行く。

 どんな理不尽な存在であったとしても、平等に。

 死は人間にも、《エクスグラスパー》にも訪れる。ただそれだけのことだった。


 空が光った。そう思って天守閣に備え付けられた見事な展望テラスに立ったが、それは違ったようだった。光っているのではない、燃えているのだ。世界が。


 それは、巨人だった。炎を纏う巨人。あるいは、燃えているのかもしれない。ニア・ナイトメアのそれよりも遥かに巨大で、強い力を持った巨人がそこにいるのが見えた。


「……ははは。あんなのがいるんなら、それこそ終わりかもしれねえな……」


 どうすればあんな巨人に勝てる?

 どうすれば生き残ることが出来る。

 無理だろう。


 世界は絶望に包まれ、ゲームセット。

 これより暗黒の時代へと突入することになる。


「ふざけてんじゃねえぞ、クソッタレ。思い通りにさせるかよ」


 装備を確認、フォトンレイバーとフォトンシューターは何とか回収。

 とりあえず損傷はしていなかったようなので一安心。

 満身創痍ながら、俺も戦える。ならば何の問題もない。

 あの化け物と戦って、勝利を掴むのに何の問題もない。


 勝てるか?

 たった一人の人間にも勝てずに、這いつくばるしかなかった男が。


 勝てる。


 這いつくばった回数だけ、泥を啜った回数だけ、見えてくるものがある。

 目指すべき場所が。


 弱気に負けて、敗北に屈し、膝を折り、大切なものが失われているのを黙って見ているのは二度と御免だ。一度負けて倒れたならば二度立ち上がれ、二度打ちのめされたならば三度這い上がれ。弱気に負けて悪意に屈してなるものか。


 奇しくも、最初と同じになった。

 この世界に来たその時と。違うところはある。


 ――踏み出す。俺の体を装甲が覆い尽くす。脆弱なる俺の武器が。

 あの時は勝てなかった。立ち上がる力を持たなかった。


 ――フォトンレイバーのトリガーを引く。背中と両肩、腰にスラスターが展開。

 だが今は違う。悪意に満ちた世界に一発カマす力を、俺は持っている。


 ――フォトンシューターのボタンを押す。全身をより強固な白銀装甲が覆い尽くす。

 踏みにじられる人々の思いを、掬い上げるだけの力を俺は持ってる……!


 俺の意志が最後のトリガーを引いた。

 それは、願い。

 力なき人々のために立ち上がりたいという思い。

 踏みにじられる人々を救いたいという意志。

 二度と悪意に負けないための闘志。

 そのための力を手にしたい。

 その願いが、最後のトリガーだった。


 全身を覆う装甲が、より強固に、より凶暴な形に変わって行く。

 二対であった背部スラスターが四対に増殖し、白銀装甲に不可思議な文様が刻まれる。脚甲にもスラスターが増設された。ヘルメットがバイザーへと変わり、口部排気口がサメのような形に変わる。


「エクシードフォーム、フルセット! 付き合ってもらうぜ、三分間だけな!」


 自らを鼓舞するために叫び、俺は駆け出した。

 そして、テラスを思い切り蹴る。

 軽い浮遊感を味わい、スラスターに点火。

 四対のスラスターが同時に炎を噴き上げた。

 そして俺は、未来の前に立ちはだかる巨人へと飛来していく!


 炎を纏った巨人が俺の方を見た。どのような感情が込められているのか、分からなかった。《ナイトメアの軍勢》であるはずだが、どこか人間的な特徴が見て取れた。

 炎の巨人は、燃える炎で形作られた腕を俺の方に向けて来た。その指先からいくつもの火炎の弾丸が放たれ、俺に迫って来た。スラスターを一時カット、自由落下に任せ火炎弾を回避する。俺の背後にあった山脈に着弾、爆発。巨大な山が抉れた。


「冗談みてーなパワーだな。今更ながら、ちょっとブルって来たぜ……」


 恐れが俺に襲い掛かってくる。だが、眼下にはまだ避難出来ていない人々がいるのだ。俺が折れれば、この化け物に対抗出来る人間は恐らくいなくなるだろう。ならば、一歩だって退くことは出来ない。

 命をここで燃やし尽くしてでも、人々を守らなければ。


 巨人が腕を振り上げ、蚊を叩くようにして俺を押し潰そうとして来る。そんな質量差だ。下手に後退しようとすれば、また炎の砲弾を浴びることになる。俺はスラスターを吹かし、加速。きりもみ回転で振り下ろされた腕をギリギリのところで避けた。


「ぬおおぉぉぉぉぉっ! 隙、ありだァーッ!」


 肩部スラスターと脚部スラスターを作動させ軌道を変更、無理矢理体を上方へと押し上げる。フォトンレイバーを振り上げ、加速しながら伸ばされた腕を切りつけた。

 人間で言うならば腱を断つような一撃だったが、炎の腕にはそんなことは関係ないのだろう。パックリと冗談のような傷が出来上がり、真っ赤な血のような液体が流れ落ちた。深紅の液体は地面に落ち、大地を焼いた。体と同じように超高温の状態になっているのだろう。


「うおっ! やべぇ、腕切ったらやばいことになる……!」


 瞬間距離を離し、炎の巨人の姿を冷静に観察する。炎で包まれているのは両腕だけ、それ以外は全身にタイツを纏ったような黒い体の巨人があるだけだ。黒い部分は、もしかしたら生身と同じなのではないだろうか? 俺はフォトンシューターを向けた。


 トリガーを引くと、いくつもの弾丸が発射された。エクシード化によってシューターの出力も大幅に強化されているようで、一撃一撃がフルブラストに匹敵する小型弾が発射された。放たれた弾丸は防御の暇すらなく巨人の体に飛来し、爆発。体を抉るが、元の大きさが大きさだ。全体から見ればそれほど大きなダメージは与えられていない。


「ちっ、硬ぇ……! こっちには時間がねえってのによぉ……!」


 再び炎を纏った腕が俺に向けられる。火炎弾が俺に殺到する。

 残り二分程度で、こいつとの決着を付けなければならない。

 どうすればいいのか、考えなければ。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 紫色の炎の軌跡を、地上にいた誰もが見ていた。

 《ナイトメアの軍勢》に蹂躙されながらも、人々はそれを見上げた。

 戦っている、あそこで誰かが。


「ったく、シドウくん。キミは、どこまでも僕の予想を上回ってくれるね……」


 尾上はよろよろと立ち上がり、炎を放つ巨人を見上げた。

 恐ろし気な外見、だがそれを恐れる気持ちは消えていた。

 紫色の炎の軌跡が彼の胸のうちで眠る勇気を奮い立たせた。


「砲撃部隊、総員に通達! 目標、炎の巨人! 合図とともに撃ちまくれッ!」

「お、尾上様!? し、しかし城塞に殺到する怪物たちも多く……」

「小型種の浸透は歩兵隊に任せる!

 どのみちあの化け物を倒さなければ、ウルフェンシュタインも『帝国』も、『共和国』も終わりだ! 僕らの興亡はこの一戦にある!」


 尾上はいまにも倒れそうになりながら部下たちに指示を与えた。

 決死、その覚悟が仲間の心をも動かした。

 魔導砲、榴弾砲の照準が炎の巨人に向かって行く。

 歩兵たちはよく耐えた。

 光が瞬き、地上小型種の《ナイトメアの軍勢》を次々と飲み込んでいった。


「周りのことは一切気にしなさんなッ! ウチらが一歩も通さんからのぉっ!」


 威勢の良い掛け声とともに、黒ずくめの戦士たちが戦場に躍り出る!

 『共和国』諜報員、忍軍! 本来戦闘を得意としない彼らが、いまは戦う!

 守るために!


「ハヤテ……ありがとう。おかげさまで、最後の一発まで繋げそうだ……!」


 尾上は自らが倒すべき、炎の巨人を見据えた。


「僕の合図で一斉に発砲しろ! 攻撃を集中すべきは、敵の左腕だ! 落とせるかどうかは分からん、だがあいつの攻撃を妨害することくらいは出来るだろう! 一瞬あいつの動きを止めれば、あとは彼が、きっと彼が奴を始末してくれるだろう!」


 尾上は笑った。死が迫っている、だが怖くはなかった。




 楠羽山とリンド、そしてエリンは焼け落ちた市街地から、化け物の姿を見上げた。


「あんな化け物がいるんなら……この国は終わっちまうのかもしれねえな」


 自分がもたらそうとした終わりが、いま訪れようとしている。どうでもいい、そう思っていた。だが、自分が無責任な行動が引き起こした事態の結末を見た彼女の心はいま、揺れていた。止めどない罪悪感が、彼女の心を包み込んでいた。

「まだです。まだ終わってはいませんわ、楠さん」

「そうです。あの人はまだ戦っている……だから、まだ終わってません」


 子供たちは希望を秘めた瞳で上空を見た。秘めた?

 そうではない、確信している。こんなところで終わるわけはないと。

 あの紫色の戦士が諦めない限り。


 二人の周囲の大気が逆巻き、いくつもの光が現れた。

 片方は眼球に、片方は砲台に。二人の闘志はまだ折れていない。

 サードアイとフローターキャノン。二人の武器が顕現した。

 二つの物体が、上空を舞うシドウに向かって飛んで行った。


「信じてんだな、あいつのことを。あいつが、帰ってくるってことを」

「どうでしょう?

 本当のところは信じていないのかもしれません。

 あの人、本当に無茶な人ですから。

 走り出したっきり、帰ってこないかもしれません」


 少女は強い意思を込めた瞳で、上空を見た。戦う彼を思って。


「だから、私は出来る限りのことをするんです。あの人が、帰って来られるように」


 この少女は、強い。

 ならば、自分はどうだろう。

 唯々諾々と流されるままに突き進み、何も決断してこなかった自分は? 目の前で流れて行くものに触れることさえせず、仕方がなかったと嘯いていた自分は? 本当の弱者は、自分の中にしかいない。


「そうだな……命賭けて戦ってるあいつが、帰って来なきゃウソだぜ……!」


 楠羽山はその時、本当の意味で自分の決断を下した。

 纏ったコートをはためかせる。

 コートの裏に隠されていたホルスターに収められていた二挺の拳銃を抜き放つ。


「行ってくるよ、お前ら。分かったんだ、私がすべきことってやつがさ」


 楠は笑った。

 きっと、この世界に来てから初めて、彼女は本気で笑った。

 そして、駆け出した。その足取りに迷いは少しもなかった。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 バレルロール回転で吐き出される炎を避ける。

 地上が見えた。みんな、戦っている。


 城門の外では彼方くんと騎士団のみんなが戦っていた。

 この距離からでも、彼の放つ光が分かる。きっとあの光は世界を救い、あまねく闇を照らし尽くすだろう。だからこそ、こんなところで終わってはいけない。彼の命は、ここで使われるべきじゃない。


 城門の一部が破壊され、市街地の中に《ナイトメアの軍勢》が浸透しようとしていた。だが、それは第二陣によって防がれる。その先頭に立っているのは、ニンジャたちとフォース。三又槍を振り回し、先端から現れた水の刃によって何体もの怪物をなます切りにしている。あの動きは、大村さん? どうして彼がフォースを纏っているのだろうか。


 だがそんなことを考えている暇はない。怪物の右手が緩慢とも思えるスピードで動き、俺を打ち据えようとしていた。遅い、だが長さがある分、先端はスピードが乗ってこちらの想像以上に速くなる。背部スラスターを調整、真上に向かって炎を噴き上げる。垂直に落ちていった俺の体は、紙一重のタイミングで腕を避けた。


「やられてやっかよ……倒れてたまっかよ!

 俺の両手に乗ってるのは、俺の命だけじゃねえ!

 みんなの希望が俺の手に乗ってんだ、だったら止まれねえだろうがァーッ!」


 怪物は左腕を振り上げる。首根っこを押さえられた形だ、何とか上昇しなければ!


「砲兵隊、一斉発射ッ! ってぇーっ!」


 尾上さんの声が聞こえてきた。この空に聞こえてくるはずのない声が。

 それと同時に、地上から砲撃が巨人に向かって殺到した。空中で炸裂した榴散弾が巨人の左腕に突き刺さり、炎の血を降らせた。魔導砲の一撃が左腕を抉り、半ばほどから腕が落ちた。


「砲兵隊のみんな……俺のために……!」


 目の前に迫る《ナイトメアの軍勢》、恐るべき敵を放置して、巨人と倒すために攻撃を行ってくれた。ならば、それを無駄にするわけにはいかないだろう!


 巨人が足を振り上げ、一歩踏み出そうとした。だが、その体がぐらりと崩れた。どうなっている、巨人の足元を見てみると、その理由が分かった。反対側の左足がガラスのように砕けていたのだ。破片は凍り付き、膨張するようにして破砕していた。かつてグラフェンの城塞で見た、熱衝撃破壊のようにも見えた。


 その足元に、楠さんがいた。硝煙立ち上る二挺の拳銃を構えながら、俺の方を見上げてニヤリと笑った。しっかりやれと、そう言ってくれているようだった。


 ああ、やってやるとも。俺は頭を上げ、急上昇した。如何に巨人といえど、頭部を破壊されれば生存してはいられないだろう。巨人の頭を、今度は俺が押さえた。


 巨人は握り拳を作り、俺を殴りつけようとしてきた。砲撃は左腕を破壊することが出来たが、しかし逆の右手は破壊できないようだった。巨人の拳が俺に迫る、だがこのタイミングを逃すわけにはいかない。

 俺はフォトンシューターの出力を最大化し、フォトンレイバーのトリガーを引いた。『FULL BLAST!』の声が重なり合った。


 俺は剣と銃を振り上げる。だが、タイミングが一瞬遅い。

 炎の拳が俺に到達する!


「綾花剣術、奥義! 月花繚乱!」


 それは、この戦いで見たどんなものよりも美しい剣線だった。

 綺麗な線が巨人の右腕に刻まれたかと思うと、それが落ちていった。

 誰がやったかなど、分かり切っている。クロードさんの剣撃だ。

 どこに行っていたのか、この人は。


「これで終わりだぜ、ナイトメア! これが俺たちの、力だァーッ!」


 紫色の炎を噴き上げる二つの武器を、俺は巨人の胸に向かって突き込んだ。

 二つの武器から放たれた炎は、まっすぐ伸びて行き巨人の胸を突き破った。


「ヴォルカニック……ブラスタァァァァーッ!」


 フォトンレイバーを振り下ろし、フォトンシューターを振り上げた。

 二本の炎の柱は炎の巨人を真っ二つに引き裂いた。

 怪物の体が一瞬にして紫色の炎に包まれ、そして燃え尽きて行った。

 炎を纏う巨人が、炎によって滅ぼされようとしているのだ。


 怪物の体の中から、一人の人間が現れた。

 両腕を失った、奇異な髪の色をした男だ。

 確か、彼はヴェスパル=ゼアノートとか言ったか。

 クロードさんが言っていた、彼もまた許されない人間なのだ、と。

 だが、本当にそうなのだろうか?


 こうして怪物に飲み込まれ、死ななければいけないほど罪とは、いったいどんなものなのだろうか? そう思う。だが一切容赦をする気にはならなかった。


「これがお前の終わりだ、ヴェスパル。噛み締めな、あんたの罪を」


 ヴェスパルの小さな体が紫色の炎に包まれ、そして消えて行った。

 本物の怪物は、ようやくここで死ぬことが出来たのだ。


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