炎の巨人
大地を舐めるようにして放たれた炎の鞭を飛んで避け、続けざまに放たれたとどめの火炎弾を切り裂いた。その奥にあった人体ごと。銀色の腕が宙を舞った。
「ッギャアァァァァァァァーッ!? 腕が、俺の腕がァーッ!?」
けたたましい叫び声を上げ、ヴェスパルは狂乱した。そして、口から大量の血液を吐き出した。クロードの放った一撃はヴェスパルの左肺といくつかの内臓を切断しながら進み、彼のサイバーアームを一切の容赦なく切断したのだ。如何に代替腕であるサイバーアームといえど、この世界では唯一無二の生身と何一つとして違いはない。
とどめの一撃を繰り出さんとして、クロードは刀を返した。
その時だ。青空を切り裂く黒い流星がクロードの視界に映った。流星はすさまじい速度で地面に近付いて行き、城の裏庭に着弾。轟音を立てて停止した。
予想外の事態に一瞬、クロードは思考を中断してしまう。
それがヴェスパルの運命を変えた。彼の眼下にあった地面が泡立つ。
クロードは舌打ち、攻撃を取りやめた。直後、石の棘がいくつもクロードに向かって伸びて来る。空中で身を翻し、石の棘を横合いから蹴り跳躍、攻撃を避けつつ着地。
「し、死にたくねえ……お、俺は、俺は死なねぇーっ!?」
死に体のヴェスパルが叫んだ。炎のカーテンが彼とクロードの間を遮り、炎が切る頃にはヴェスパルの姿は消えていた。点々と続く血痕が、彼が逃れたという事実を告げた。
「やれやれ、運に恵まれている……死んでいて不思議はないというのに」
あの流星に気を取られなければ、ヴェスパルを殺せていただろう。
あれはいったい何だったのだろうか?
あれから特に動きはない、『真天十字会』の新兵器だろうか?
もっとも、そんなことを気にしている場合ではなかったが。深いクマを刻んだ眼をした少女が石の鎧を纏い、地面を殴りつけた。大小様々な瓦礫がクロード目掛けて榴散弾のように飛来してくる。クロードはそれを用意に避けるが、しかし攻撃がそれで終わりではないことは明白だった。飛んできた破片が軌道を変え、クロードを追いかけて来たのだ。
「……チッ! 岩や砂粒……鉱物を操作する能力か!」
飛び込み一撃を回避。さすがにいつまでも操作してはいられないようで、飛来した瓦礫は勢いをなくして地面に落ちていった。クロードは少女を油断なく見据える。
「あなたと戦う意味は、そろそろなくなった。これで終わりにしましょう」
「逃がすと思っているんですか、あなた。危険なのでここで終わらせてもらいます」
「いいのかな、ヴェスパルを逃がして。あなたにとっては彼の方が大事でしょう?」
クロードは歯噛みした。この身は一つ、どちらかを選ばなければならない。
そしてこの少女は一筋縄ではいかない相手だろう。クロードは剣を下ろした。
そうすると少女も頷き、消えた。シドウが見たという彼女の逃走経路だろう。
「クロード、あんた大丈夫なのか!」
城の裏手から掛けられた声に、クロードは弾かれたように振り返った。
そこにいたのは楠、そしてリンドとエリンの姉弟。
クロードは刀に掛けかけた手を戻した。
「ご無事だったようですね。シドウくんはどうしましたか?」
「あの三石っていう男の人と戦って……それで、僕たちには逃げろって」
エリンが言ったのとほぼ同時に、野獣のような叫び声が天守閣から聞こえて来た。何事か理解できたのは、真田と謁見したクロードだけだった。無言で目を伏せる。
「どうやら、城ももはや安全とは言えないようですね。離れなければ」
「離れるって、どこに行きゃいいんだよ。どこもかしこも戦場になってんだろ?」
「幸いまだ城門は破壊されていません。
市街地の方がまだいくらか安全でしょう……
あなたたちに頼みたいことがある、市街地で戦う騎士たちを助けてやってください」
危険に身を投じろと言っているのと同義だった。楠は顔をしかめる。
「あんたはどうする気だ、クロード。どこに行こうとしている?」
「ヴェスパルを追い、殺します。彼をここで見逃すわけにはいかないんですよ」
両腕を失ってもなお、ヴェスパルは危険な男だ。そもそも、彼の力に四肢の有無は関係ない。例え頭だけになったとしても、トップクラスに危険な存在だ。ゆえに、体力を失い、力を減じたいまのヴェスパルを放置して置ける道理は存在しなかった。
何より、クロードの目は天守閣より脱出する三石の姿を捉えていた。
「大村さんたちを助けてあげてください。シドウくんならば大丈夫です。いいですね?」
「……分かりましたわ、クロードさん。あなたも、ご無事で」
シドウは三石には勝てないだろう。だが、彼に殺されることもまた、ないだろう。
そんな奇妙な確信が三人にはあった。少なくとも楠には理解出来ない感覚だった。
「それでは、お二人のことをお願いしますよ。楠さん」
「分かった。この子たちのことは任せておけ。その、必ずあんたの下に帰すからさ」
はにかんだ笑みを浮かべて、楠は宣言した。微笑み、クロードは姿を消した。
「ったく、いいか二人とも。これから化け物の巣に突入だ。離れんじゃねーぞ」
「分かりました、楠さん! 行こう、姉さん!」
「ええ、分かっていますわ。こんなところで死ぬわけにはいかないのです!」
二人を見て、楠は自分も微笑んだ。
『真天十字会』だの、世界の命運だの、そんなことを考えているよりも、子供の面倒を見ている方が性に合っている気がした。
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
高級住宅街に現れたサイクロプスは三体、ギガンテスは一体。新型のナイトメアは存在しなかったが、しかしオークやゴブリンと言った旧型ナイトメアが多数跋扈していた。勇気を持って突撃していった連合騎士団だったが、市街地に浸透した《ナイトメアの軍勢》を掃討する頃には皆傷つき、倒れているものも少なくなかった。
「はぁぁぁぁぁぁっ! 食らえーッ!」
大村は槍を片手で持ち、車輪のようにぐるぐると回転させた。槍の穂先から現れた水が複雑な軌跡を描き、そして放たれた。陸地で発生した大波は眼前にいた十体近いゴブリンを飲み込み、引き裂き、絶命させた。彼の前で生きているものはいなかった。
「全班、敵の掃討を終了しました!」
「よーし、それでは総員、警戒体制のまま待機! ご苦労だったな、みんな!」
騎士団長は隊員たちを激励しながら、肩で息をする大村に近付いて行った。
疲労の色は濃いが、それは他の面々も同様だ。
どちらかと言うと精神的ダメージが大きいようだ。
大村は戦場を見渡した。騎士も、そこに住んでいた貴族も、多くの人々が犠牲になった。特に、前線に張り出していた勇猛なるフォースの被害は決して小さくなかった。
短髪の好青年、イリューシンは仲間を庇いサイクロプスに押し潰された。
いけ好かないが誰よりも勇気に溢れて来た金髪の貴公子、ライオネルは多数のオークたちとの壮絶な戦いの末に力尽きた。
紅一点のアンリはオークヒーローと相打ちになり倒れた。
いずれも《フォースドライバー》を損壊させるような激しい戦いの末に死んだ。
それほど長い間、彼らと交流していたわけではなかった。
だが、同じ使命を抱き、同じ理想を抱く仲間として、彼らのことは尊敬していた。
フォースの力を持つ彼らが、そう簡単に死ぬとは思っていなかった。
だが、そうではなかった。簡単に死ぬ。
「しっかりするんだ、大村騎士。まだやるべきことは残っているぞ」
「そうですね、まだ外では戦いが続いている。それが終わるまでは……」
「そうではない、しっかりするんだ。大村騎士。周りを見てみるんだ」
そう言われて、大村は辺りを見回した。焼け出された騎士の妻子、突然の不幸に晒された商人たち、理不尽に押し潰されようとしている子供たち。彼らはこの闘争とは関係のないところで生活していた人々だ。ただ、歯車が狂ったからここにいる。
「彼らを助けるのも我々の仕事だ。やれるな、大村騎士」
「……やります。やれます。それが、俺たち騎士の仕事なんだ」
大村は髪をかき上げ、前を見据えた。その様子を見て、騎士団長は満足げな笑みを浮かべた。戦場の誉れとは、単に首級を上げるだけではない。こうして人々を救うこともまた、国と人々を守る騎士としてやらなければならないことなのだ。
そんな風にしていた彼らの前に、一人の老紳士が現れた。背の低いシルクハットにいかにも高価そうなスーツとジャケット、しわがれた顔つきと運動不足で膨れ上がった体つき。逃れ遅れた大商人の一人だろう、と大村は判断した。
足腰が弱っているのか、フラフラとした足取りと、呆然とした目つきで彼らの方に向かって歩いて来た。
「おい、爺さん。大丈夫か? ここはもう安全だ、他に家族は……」
大村は何の警戒もなく彼らに近付いて行った。だが、騎士団長は、彼の背後からせり出してくる漆黒の霞をしっかりとその両目で捉えていた。
「いけない、大村くん! そこから離れるんだッ!」
大村は間に合わなかった。老人の体が暗黒の霞に取り込まれたかと思うと、恐るべき咆哮が彼に向かって叩きつけられた。老人の姿は、一瞬にしてドラゴンへと変わった!
やられる。振り上げられた鋭利な爪が、鋭利に輝いた。だが、死の瞬間は訪れなかった。彼の体を弾き飛ばすものがあったからだ。すなわち、騎士団長。彼は大村を庇い、その鋭利な爪をその身で受け止めた。
火花が散り、騎士団の痛ましい叫びが辺りに木霊する。
追撃で放たれた逆の爪が、騎士団長を弾き飛ばした。
二人は吹き飛ばされ、奇しくも同じ壁に叩きつけられた。騎士団長の体を光が包み込み、彼の身を覆っていた装甲が分解された。大村は呻きながら肘を突き身を起こした。
「だん、ちょう……どうして、どうしてこのような……! 俺のことなんて……!」
「言った、だろう。大村騎士、キミは、強くなる。未来を守れるなら、私はな……」
そう言って、騎士団長はむせた。その咳には血が混ざっていた。
彼の腹部が赤く染まっていた。
ランドドラゴンの鋭利な爪はフォースの装甲を貫通し、彼に傷をつけていた。
恐らくは致命的なものになるであろう、深い傷を。
「これを、使うんだ。大村騎士。キミなら、もっと、うまく使える……」
騎士団長は震える手で腰に当てていた《フォースドライバー》を掴み、大村に手渡して来た。ドライバーは血に染まり、その赤は段々と広がっているような気がした。
「団長……! しっかりして下さい、団長! 団長ォーッ!」
大村の悲痛な叫びも、死を覆すことは出来なかった。
自分の無力のために、団長は死んだ。
否、それが運命だったのか?
神ならぬ大村の身には分からないことだ。
大村は立ち上がった。そして前を見据えた。現れたランドドラゴンを相手にするには、精鋭の騎士たちであっても身に余るようであった。
大村は《フォースドライバー》を腰に当てた。落下防止用のベルトが展開され。
彼の腰にドライバーが巻き付いた。
「なれと言うのならばなってやる……! 俺が、この世界を真に救う英雄に……!」
大村は見据えた。残酷な世界を。
この手で正さねばならぬ、この世界の歪みを!
腰に握り拳を当て、開いた右手を突き出した。そして、強く右手を握り込む。
希望を、世界を、その手で掴み取るために! これはそのための決意!
「変身!」
握った右拳でドライバーの中心にあったボタンを押した。
大村の体を光が包み込み、コンマ数秒後に彼はフォースに変わっていた。
鋭敏化した感覚、そして増強された身体能力に、しばし彼は戸惑う。
しかし、迷っている暇はないとすぐに理解した。
彼は騎士団を蹂躙するランドドラゴン目掛けて飛びかかった。
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切られた傷も、サイバーアームの付け根も、焼いて塞いだ。
だが、それで彼の傷が癒されるわけではもちろんない。
むしろ、粗雑な処置によって感染症を引き起こす危険性を飛躍的に高めただけだ。
潰された内臓を代替する手段は存在しない。
肺から零れ落ちる空気を回収する手段などありはしない。
失われた両腕を取り戻すことは出来ない。
「死ね、ない。死にたく、ない……俺は、俺は、生きるんだ……!」
それでも、ヴェスパル=ゼアノートは生を望んだ。
ヴェスパルにはこれと言って悲しい過去はなかった。火星支配層に座する裕福な家庭に生まれ、何不自由ない生活を楽しんできた。小中高大ではそれなりに優秀な成績を収め、それなりに将来を嘱望され、それなりに素晴らしい人生を歩むはずだった。
けれども。ヴェスパルは満足出来なかった。生きているという実感がなかった。
「生きるんだ……生きて、殺して、潰して……楽しく生きるんだァ……」
彼の人生は激しい競争とは無縁だった。蹴落とされる人間も、掬い上げられる人間も存在しない。落ちるべき場所の定員は既に満杯だったし、掬い上げられるべき上流階層もいっぱいになっていた。だから、彼の人生には上昇も下降も存在しなかった。
だから。彼は手に入れられなかった充足感を殺人に求めた。その幼稚な暴力性は、彼よりももっと弱い人間に向けられた。そうした人々を傷つけている時だけ、彼は生きている充足を得られている――そう思い込んだ。結局彼は何も手に出来ていない。
圧倒的高所から、逃れえぬ死を与えている。そのはずだった。それなりに狡猾だったため、しばらく彼の犯行が露呈することはなかった。露呈してからも、逃げ切れると思っていた。だが、彼は自分の想像があまりに甘すぎたということに気付いた。
バウンティハンターを始末しようとしたところに現れたあの男。クロード=クイントスという本物の化け物が、彼の人生を大きく変えることになった。
味わった。死の恐怖を。
この世の汚濁をすべて押し込めた廃シャフトに叩き込まれた時、ヴェスパルは思った。すべてが間違っている。こんなところで死ぬはずはないと。顧みることを知らない化け物は、こうして《エル=ファドレ》への転生を果たした。
そして今、再び彼は《エル=ファドレ》の地で死のうとしている。
「大丈夫ですか、ヴェスパルさん。苦しくないですか。怖くはないですか」
うつむき歩いていたヴェスパルは気付かなかった。
目の前にいつの間にか、三石がいたことに。
もはや声を出すことも出来なくなったヴェスパルは、存在しない手を伸ばした。
「でもごめんなさい、ヴェスパルさん。僕はあなたの要望に応えられない」
呻いたヴェスパルは胸に違和感を覚えた。
いつの間にか、三石が彼の間合いの中に入っていた。
その手は、彼の心臓へと伸びていた。
狂乱し、ヴェスパルは炎を繰り出した。残念ながら彼の放った炎は、ほんの少しも三石の体に触れることはなかった。やがて、ヴェスパルの体に変化が生じる。
体が燃えるほど熱く、そして体幹が凍えるほど寒い。
指を動かすことさえも出来なくなってしまった。
「何をした、三石……何をしたァーッ!」
聞き取ることが難しい、くぐもった声でヴェスパルは叫んだ。
「大丈夫、あなたの死は無駄にはなりません。
《エクスグラスパー》に『不和の種』を仕込んだらどうなるのか『発明王』さんが知りたがっていたのでやっちゃいました。あなたは死んでもデータは残りますよ! よかったですね、ヴェスパルさん!」
嫌だ。そうじゃない。助けてくれ。言いたかったが口が動かなかった。
胸元から漆黒の靄が現れ、彼の体を包みこんだ。
同時に、彼は自分の体が自分のものでなくなっていくのを感じた。
柔らかな皮膚が、硬い鉱物のようなものに置き換えられていくのを感じた。
「た、すけて……」
身勝手な言葉が虚空に消えて行く。
三石は満足げな表情を浮かべ、闇の中へと消えて行った。
少し遅れて、クロードがその場に到着した。
「これは、いったい……どういうことなんですか?」
彼でさえ、状況を把握しきれていないようだった。ヴェスパルは振り返った。
その瞬間、彼は死んだ。そして、彼でないものが、彼の体がから現れ出でた。
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ウルフェンシュタイン城塞、正門前。
当初の予定とは違い、状況は一方的なものに傾いていた。
それも、連合軍にとって。
その原動力となったのは近代兵器、そして花村彼方。
彼方はアポロの剣とアテナの盾を交差させた。
二つの聖遺物が光り輝き、圧倒的エネルギーが彼方に収束する。
彼はそれを解き放った。
破邪顕正の光が光線となって大地を埋め尽くす化け物を鎧袖一触なぎ払った。
「まったく、彼方くんの力は滅茶苦茶だな。
どんだけ苦労して持ってきたと思ってんの」
尾上は呆れたようにして言ったが、実際のところ彼方がやっていることのほとんどが彼には見えていない。仕込まれた毒が視神経を侵している証だ。
いま彼は周りの状況に合わせて話しているに過ぎない。
「しかし、尾上さんが持ってきた武器のおかげでかなり楽になっているはずですよ。
小型種が多いから、細かい弾でもかなり多くの敵を倒すことが出来ているはずです」
「そりゃよかった。こっちの世界を歪めるつもりで持ってきた甲斐があったよ」
死人が少なくなってくれるなら、それでいい。
シドウはクロードにそう語ったという。
それは同意する、尾上も人死にを望んでいるわけではない。
出来ることなら、どちらも死者が出ない戦いがいい。
そう出来ないのならば、せめて味方の死者は減らしたかった。
とにかく、大勢は決している。
前回と違って城門が破壊されていないため、《ナイトメアの軍勢》が市街地に浸透するようなこともなかった。事前の対策が功を奏したのか、市街にばら撒かれた『不和の種』もそれほど多くはなかったようだ。これならば勝利も近いのではないか。尾上はそう思い、肩を撫で下ろそうとした。
だが、それはすぐに間違いだと気付かされた。突如として地面が揺れた。
「ッ……どうした、何かあったのか! まさか城塞が破壊されたか!?」
「いえ、そうではありません! 城塞にダメージはありません! で、ですが……」
西の空が光った。それくらいのことは、尾上の弱った目でも分かった。
何があった、そこを見て、尾上は言葉を失った。燃えている、西の森が。
それだけではない、炎の中心には巨人がいた。
漆黒の巨人、《ナイトメアの軍勢》。炎を放つムスペルヘイムの巨人。
「……スルト」
自然と、尾上の口を突いてそんな言葉が出て来た。ムスペルヘイムの巨人の名を。巨人が腕を振るうとその軌跡に炎が現れ、それが大地に落ちていった。落ちていった炎はねばりつくようにして建物に絡み付き、それを燃やし尽くそうとした。
「いかん……これはマズいぞ! 騎士団で対応できるレベルじゃない……!」
あまりに巨大すぎて、その全体像を把握することが出来なかった。光の線がスルトに向かって飛んで行ったが、しかし彼が巻き上げた炎に絡め取られ、ダメージを与えることが出来なかった。無敵の力が阻まれ、騎士団全体に絶望感が広がって行った。
「も、もうダメだ……あの力が通用しないんじゃ、俺たち……!」
「真田様は、真田様はいったい何をしておられるのだ!?」
「あなたの力で、あの化け物を殺してください! 真田様!」
騎士団は一瞬にして恐慌状態に陥った。無理もない、ニア・ナイトメアと戦い、そして視力を失った彼だからこそ、こうして正気を保ったまま立っていることが出来るのだ。そうでない、何の準備もしていない人々にそれを求めるのは、酷だ。
彼らは知らない。真田景義の命があっという間に失われたという事実に。
スルトは炎の槌を形作り、市街地を打った。打たれた場所はドロドロに融解し、マグマの中に投げ込まれたような状態になった。それが騎士を更に恐れさせた。
(聖遺物の力さえ通用しないなら……どうやって、勝てばいいんだ?)
策を考えたかった。だが思い浮かばなかった。何もない。
圧倒的な力を前にして、ただ押し潰されるしかないように思えた。
心を奮い立たせたかった。
だがあの少年のように、立ち上がることは出来なかった。