再戦
城門が爆裂していた。
敷かれていた石畳は融解していた。
いったいどれほどの熱量があればこんなことが出来るのだろうか?
一人しかこんなことが出来る奴は知らないが。
「ヒャッハッハァーッ! 燃えな、燃えちまいなァーッ!」
俺の視界に銀の腕をした男が映った。男が腕を振るうと、まるで手品のように炎が現れ、彼と相対していた騎士たちを燃やした。果敢に攻めて行こうとする騎士たちだったが、彼の圧倒的火力を前に攻めあぐねているようだった。
「待ちやがれ、手前! 黙って進ませるとでも思ってんのかァーッ!」
俺は背後から叫んだ。これ以上こいつの好き勝手にさせてたまるか!
「うるせえんだよ、ザコが! 燃えて尽きて死んでろやァーッ!」
男、ヴェスパルは叫び、振り返りながら腕を振り払った。やべえ。
反射的に飛びずさった。間一髪、俺を焼き尽くそうとしていた炎は地面を舐めた。ゴロゴロと回転しながら立ち上がるが、その横合いから顔をはたかれ、俺は再び吹っ飛んだ。
「よっす久しぶり! 相変わらず元気してるみたいだね、シドウくん?」
「手前、三石ィッ……!」
憎悪の視線を奴に向けるが、間違えてはならない。敵はまだいる。三石ならともかく、ヴェスパルが手品のようにこの空間に現れた理由に納得がいかない。ただ一つの例外を除いては。飛びながら空中で反転、体勢を立て直した俺の背後で、殺意が収束した。
ザリザリと地面を転がりながら、精一杯の力を込めて跳躍。
直後、背後から攻撃が放たれた。
俺の首を掻っ切るはずだった攻撃は、間一髪で虚空を切った。
「あ!? クソ生意気に避けてんじゃねえよ、手前! 大人しく死んどけや!」
苛立たし気なヴェスパルが放った三連火炎攻撃をバックジャンプで回避、城の生け垣を背にして立ち上がった。何とか視界に三人の《エクスグラスパー》全員を収めた。
三石、ヴェスパル、そして美咲の三人。いずれも殺意は満点のようだった。
「悪いけど、こっから先には進ませない。俺があんたたちの障害だ」
「あ? オモシレーこと言ってんな、お前。死体ってのは障害物になんのか?」
ヴェスパルは侮蔑に満ちた視線で俺のことを見て来る。俺はニヤリと笑い言った。
「あんたの死体なら、汚過ぎて跨いで行こうとも思わねえかもしれねえな」
ヴェスパルは虫の知らせとでも言うべき何かを感知したのだろう。反射的に身を屈めた。彼の首が一瞬前まで存在していた場所を、クロードさんの剣が薙いだ。反撃の姿勢さえも取らずにヴェスパルはサイドステップを打ち、クロードさんとの距離を離す。
いくつもの石の棘がクロードさんに殺到した。だがそれらすべてが彼を傷つける前に刈り取られ、無害化された。美咲の赤い瞳が細まったような気がした。
「あの大きくて不快な花火を見て、あなただと思いましたがね」
「クロードォッ……! お前、俺に殺されるために来てくれたんだなァーッ!」
俺と美咲、そしてクロードさんとヴェスパル。俺たちはそれぞれ睨み合った。
「……おや。ということは僕はフリーということでいいのでしょうか?」
ニコリと笑った三石の姿がブレた。
かと思うと、三石の体はすでに城の入り口の辺りまで移動していた。
遮る騎士たちを殺戮し、城の中へと歩みを進めて行く。
「シドウくん、三石の方をお願いします! 僕はこちらを押さえますので!」
「分かりました、クロードさん! 無茶だけはしねーで下さいよ!」
とは言ってもクロードさんがこの二人に負けるヴィジョンは浮かんでこなかったが。クロードさんはニヤリと笑い、衝撃波の刃を二人に向かって飛ばした。攻撃への対処を優先させた二人は、俺を遮ることが出来ない。城に向かって俺は駆けた。
「残ってくれてうれしいぜ、クロード! お前を殺せるんだからなァーッ!」
「あなたと戦う意味はないけれど……立ち向かってくるというのならやるしかない」
「さーて、それではお相手願いましょうかお二人とも。懺悔の準備はよろしいか?」
背後で戦いの火ぶたが切って落とされたようだった。
俺はそちらの方を一瞬も振り返らずに、駆け出した。
憎い敵を討つため、そして大切なものを守るために。
城では火の手が上がっていた。ヴェスパルが起こしたものだろう、まだ火種は小さなものだが木造の城を焼き尽くす勢いになるのは時間の問題だ。人々の裏口から脱出するよう促しながら、俺は先に進んだ。奴がまともに階段を昇っていくだろうか?
そう考えていると、三石の後ろ姿が見えた。リンドとエリンを庇う楠さんと対峙している。彼女の顔には緊張感が満ちていた。俺はフォトンレイバーのトリガーを引く。
「そこまでだ、クソ野郎! 俺の仲間に手を出すなァーッ!」
スラスターを最大展開し、三石に向かって切りかかる。後頭部をカチ割ると思っていた一撃はあっさりと避けられ、逆に顎に一撃食らってえび反りになって打ち上げられた。浮遊感がしたかと思うと、背中に凄まじい衝撃が加えられた。蹴られたのだとすぐに気付いた。
俺の体が天井に迫る。そして脆弱な天井板を破壊して上階へ。一階昇っただけでは勢いは止まらず、畳や柱を破壊しながら俺の体は三階まで登って行った。このころになると既に勢いを減じていたので、姿勢制御用スラスターを吹かし停止。何とか着地した。
「女の子と話をする機会がそうはないんだ。邪魔して欲しくなかったな」
「そうかい。じゃああの世の閻魔様が女の子であることを願うんだな……!」
ゆっくり会話させてやる。あの世でな。
フォトンレイバーの切っ先を向け、駆ける。レイバーフォームは身体能力を大幅に向上させるが、もっとも強くなるのは脚力だ。柔軟でしなやかなパワーは流線型のボディと合わさり凄まじいスピードを俺にもたらす。
両手でフォトンレイバーを保持し、小刻みな斬撃を繰り出す。それを三石は、素手で受け流した。ほんの数センチずれるだけでも腕を切断される斬撃の嵐を、いとも簡単に三石は捌き切る。やはりこいつを人間というカテゴリーに入れてはならない。
踏み込み、腰を入れた斬撃を繰り出す。三石は一歩バックステップを打ち、必殺の一撃をかわす。力を入れ過ぎて流れた俺の体に向かって拳撃を繰り出そうとして来る。だが、それは俺の待っていた一撃だ。ショルダーアーマーのスラスターを展開、炎を噴射。紫色の業炎が三石を焼き滅ぼすために放たれる。が、そこに奴はいなかった。
「ごめん、シドウくん。それ前に見せてもらったよね?」
三石は更に下にもぐっていた。ほとんど地面につく様なブリッジ姿勢で火炎放射をかわしたのだ。地面を這う三石を狙って剣を振り上げるが、三石は芋虫めいて体を丸めそれを避ける。更にネックスプリングの要領で振り上げられた両足がフォトンレイバーの柄を蹴った。保持し切れなかったフォトンレイバーが垂直方向に向かって飛んで行く。
俺の体を覆っていた装甲とスラスターが風化していく。フォームチェンジ中に武器を手放すと強化変身が解除されるのは知らなかった。試したことはなかったが、投擲攻撃なんかをやろうなんて考えなくてよかった。立ち上がった三石の姿が眼前にあった。
防御姿勢を固めるが、それをすり抜けるようにして何発も拳が打ち付けられた。
一撃とてその軌跡を読むことさえ出来なかった。
あまりの圧力に俺は吹き飛ばされる。
「まだまだァーッ! これからだぜ、三石ィーッ!」
フォトンシューターを抜き放ち、ボタンを押す。光り輝く装甲が展開される。
ブライトフォーム、変身完了。
吹き飛ばされながらも照準を合わせ、トリガーを引く。
弾丸の速度を思うわ回る光弾がいくつも三石に向かって迫る。常人であれば掠っただけでも死に至るほどのエネルギー量を持った弾丸を、しかし三石は容易に避ける。わざとらしいジグザグ走行で弾幕を避けながら前進。浮揚は終了、俺の体が畳の上を転がった。
立ち上がった時には、すでに間合いの中に三石の姿があった。銃撃はただ隙を作るだけ、そう判断し俺は格闘戦へ移行することにした。フォトンシューターを棍棒のように振り払い、三石の体を狙う。三石は身を屈め破壊的な一撃を避け、更に前進。
迫り来る三石に向かい、前蹴りを放った。当たれば一撃で大岩をも粉砕するような一撃を、三石はあっさりと避ける。何とか動きは見える、奴は俺の後ろに回った。裏拳を繰り出し三石を狙うが、奴を打った感触はなかった。代わりに側頭部に衝撃があった。また三石が俺の背後に回る。後ろ回し蹴りを放ち、刈り取るようにして三石を狙う。
振り上げた足に重みがあった。三石がその蹴り足に乗ったのだと気付いた瞬間に、頭部に衝撃。奴は蹴り足を足場にして、逆にこっちに蹴りを見舞ってきたのだ。
クソッタレ。
ブライトフォームじゃ速さが足りない。
だがレイバーフォームでも不足。
ならばどうすればいい?
どうすればこのクソ野郎に一撃食らわせてやることが出来る?
そう考えている間に、フォトンシューターが弾き落され、蹴り上げられた。
フォトンレイバーの後を追ってシューターが戦場から消えて行く。
俺の姿が元に戻る。
叫びながら拳を繰り出す。それはあっさりと絡め取られ、投げられた。一本背負いのような形になるが、あの技と違って俺は畳には落ちず、そのまま投げ飛ばされた。水平に飛んで行き、畳敷きの床を破壊し、バウンドしながら何とか停止した。
直線的に三石が迫ってくる。まるで砲弾のような速度。どうすればいい?
「三石、俺は手前を殺す。それが生き返って、俺がここに来た意味だ!」
全身の血液が沸騰するような感覚を覚える。
俺の体が紫色の炎に包み込まれる。
全身を覆う俺の装甲が、炎に舐められ形を変えていく。
これまでとは比べ物にならないほど凄まじいパワーが俺の体を鎧っていることに気付いた。俺の力は激情とともに。俺の怒りを、俺の闘志を形作る最強の鎧!
エクシードフォームがここに形成される。
三石が放つ拳の軌跡がはっきりと見えた。
奴のにやけ面が見えた。
首を振りそれをかわし、奴の体をぐるりと回るようにして背後に回る。
振り返ってきた奴の顔は、素直な驚きを表しているようだった。
拳を握る。炎がそれを覆い尽くす。
ほとんどためを作らず放った。
血に飢えた恐るべき凶獣の咢が、三石の柔らかい顔に突き刺さった。
殴られ、三石が吹き飛んで行く。俺はそれを追った。
一撃で奴が死なないのならば二撃、三撃!
何度でも繰り返すだけだ、奴が死ぬまで何度でも!
「ダメだよ、シドウくん。その力を使うことは、決してオススメしないから」
殴られ吹っ飛んだ三石だが、何とか踏ん張り畳の上を滑りながら再び立ち上がり、顔を上げた。頬は赤く腫れているが、その目に込められた正体不明の力は少しも衰えていないようだった。三石は素早く手を動かし、繰り出された拳を正面から受け止めた。
「凄い力だな。話に聞いていなければ、ホントに対応出来なかったかも……」
「手前を殺すために手に入れた力だ! とくと味わいやがれ、三石!」
紫色の炎が三石の受け止めた手を焼いた。彼の表情には余裕がなかった。
「この力を使っちゃいけないよ、シドウくん。死期を早めるだけだろうからね」
「手前を殺すためなら、この命だって燃やし尽くしてやる! そう決めたんだ!」
「そうだね、燃え尽きる。シドウくん、この力を使い続けたら、キミは燃え尽きるよ」
どういうことだ? 適当吹かしているのか?
この男はいったい何を知っている?
「キミはどうやってこの力を振るっているのか知っているの?
《エクスグラスパー》の力は各々の作り出した生命エネルギーを使っている。
けど、これはそうじゃないよね」
「何? どういうことだ! これが、あれとは違う力だって言うのか……!」
「だってそうじゃないか、シドウくん。
どんなものにだって限界出力というものがある。そしてロスも発生する。
ものを燃やせば熱と光と音が生まれるように。
発電所から生み出された電気が、距離によって減衰していくように。
出せる力は自然と決まってくる」
発電所と《エクスグラスパー》、その説明を聞いたのはどこでだっただろうか?
少なくとも、こいつとの話の中ではなかったように思える。
「キミの力は法則を逸脱している。だからね、思ったんだよ。シドウくん。キミが使っているエネルギーは生命エネルギーのそれとは違うものなんじゃないか、って」
「違う、エネルギー? 何を言っているんだ、お前……どういうことだ!」
「ある意味では同じなのかもしれない。キミの力はキミの未来を使っているんだ」
俺の、未来?
いったいどういう意味だ。こいつの言っていることが理解出来ない。
「一つの生命から発生させられるエネルギーには限りがある。
ならば、それを並列にすればどうだろうか?
命の数だけエネルギーが発生することになるよね?
キミはそれを自分の中でやってしまっているんだよ。
一人で何人分ものエネルギーを使っている」
「どうしてそんなことが分かる!? お前なんかに、お前なんかに何が分かる!」
「分かるよ、シドウくん。何度もキミと戦ってきたんだ。だから分かるんだ。
シドウくん、キミは弱い。
単独戦闘型の《エクスグラスパー》としては恐らく最弱の力しか持っていない。
出力も、エネルギーの総量も。外部電力というインチキを使ってもなお、キミは並の《エクスグラスパー》と同じくらいの力しか持たない」
俺の持つ力は、他の《エクスグラスパー》の五分の一。どこかで言われた気がする。
「そんなキミが並の《エクスグラスパー》を凌駕する力を手に入れるためには……
きっと命を燃やすしかない。そんなことをね、僕は考えてみたのです」
俺の命を使った力。
だから、あの時俺の存在が希薄になるような感覚を覚えたのか?
この力を使えば使うほどに、俺は死へと近付いていくとでも言うのか?
「その力はもう使わない方がいい。
命を燃やし尽くした果てにあるのは死じゃない、消滅だ。この世に存在するためのエネルギーをすべて使い尽くしてしまったのならば、それはもはやこの世界に存在することは出来ない。キミは骨さえも残さずに消滅する」
消える? 俺が? 俺の存在が……この世界から消えてなくなる?
全身を覆っていた禍々しい装甲が風化して消えて行く。
俺の心を覆っていた憎悪が消えて行ったからか。
それとも、俺が持った恐れを敏感に感知した結果なのだろうか。
三石が拳を握っていた手を放した。かと思うと、連撃を繰り出した。
やはり、一発だって俺は見切ることが出来なかった。
一撃一撃ごとに、俺という存在が刈り取られて行くような気がした。
意識を保つことがだんだん難しくなってくる。
「キミに死んで欲しくないんだ、シドウくん。キミは僕の友達だから」
ふざけるな。そう言いたかった。だが唇はまったく動かなかった。
「この国は終わるよ。この世界も。終わった後で、また会おう」
俺の体が膝から崩れ折れた。
俺という存在が、ここから消えてしまうような気がした。