逃れえぬ終わりの日
「……それで。ここまでやればよかったのか、『発明王』?」
最悪な気分だった。ほんの数十分前まで楽しい時間を過ごして来たのだから、それもひとしおだ。この陰気な男と面と向かって話し合わなければならないのだから。
「ええ、ええ。ありがとうございます。想定通りです。ありがとうございます」
スラム街で派手に騒ぎを起こし、騎士団の目をそちらに集中させ、『発明王』らが真の目的を達成する。それが『真天十字会』が計画した真のウルフェンシュタイン侵攻計画だ。具体的に何をするのか、楠は知らされていない。信用されていないのだろう。
「それにしても、スラムではご活躍だったようですね? 『女王』……」
「何か言いたいことがあるのか? そうならはっきり言ってくれよ、仲間なんだろ?」
「いえいえ、そう言うわけではありませんよ。命を守る、尊いことですねぇ……」
当て擦りか何かか。あの少女の素状については先に聞いていた。
だが、実際に接してみて、楠にはあの子たちがただの人間としか思えなかった。
ガイウスたちが言うように、あの子たちが人ではない存在であるとは到底思えなかったのである。彼らは二人を人と見なしていない。だから容易に切り捨てようとすることが出来る。
「元々、こっちのやりたいようにやらせてくれる筈だろうが。今更反故にするなよ」
「分かっていますよ、『女王』。あなたは今まで通り過ごしていただいて構いません」
それだけ言って『発明王』は立ち上がり、部屋へと戻って行った。
言葉の節々、行動の数々から、自分への不満が見て取れた。
楠は舌打ちし、窓の外を見た。
ウルフェンシュタインの美しい街並みが見えた。
陽は落ちているが、この数日で見て来たものを手に取るようにして思い出せた。
これが消えるのか。
彼女の脳裏に、数日間を一緒に過ごした少女のことが、少年のことが浮かんだ。
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それから数日間。
俺たちは街中にばら撒かれた『不和の種』の回収作業を行った。
スラムに撒き散らされた種の回収は、意外なほどあっさりと進んでいった。あれから化け物が出てくるようなことはなく、すべては順調に進んでいった。楠さんとは俺も、俺以外のメンバーもかなり打ち解けることが出来たが、どこか壁を感じることがあった。
だがその日、すべてが動き出した。
膠着していた戦線が急激に動き始めたのだ。
『真天十字会』の勢力は北進、ほぼ全勢力を持ってしてウルフェンシュタインへの移動を始めた。『共和国』首都にして最終防衛戦、ウルフェンシュタインから人々を逃がすことは出来ない。近隣の城塞やシェルターめいた洞窟を解放しそこに入ってもらうしかなかった。
運命の日が訪れた。もはや誰も逃れえぬ、破滅の日が。
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いったいどうなることやら。前線で戦うわけでもないのに、俺は緊張感に身を震わせた。厳正なる審議の結果、俺は後方待機を命じられた。もし『真天十字会』によるウルフェンシュタイン内部への攻撃があった場合、俺が真っ先に当たることになっている。
もっとも、それは俺だけでなくクロードさんやフォースの面々、それから『帝国』騎士団代表ということで大村さんも同様だったが。前線に出れないフェイバーさんに代わり、大村さんはいまや名実ともに『帝国』騎士団の司令官として活躍している。
「いったいどうなることやら……出来る限りの準備は進めて来たけど」
俺が命じられた『不和の種』排除だけでなく、尾上さんやクロードさんも出来る限りの手を尽くして来たそうだ。『共和国』中に分散させた銃火器を出来る限り回収、野戦砲や地雷の設置、銃火器の訓練。残念ながらフォースの量産体制は整わなかった。
今回、エリンとリンドは後方に下がってもらっている。別に何もしていないわけではない、二人の力は後方にいた方が役に立つ。特にエリンのサードアイは。フローターキャノンの狙撃能力を十全に発揮させるためにも、二人には安全なところで待機してもらっている。二人の護衛は楠さんが担っている。彼女も信用されたものだ。
「出来る限りのことはやったんだ、後は神のみぞ知る。真田様の力を信じましょう」
クロードさんは悪戯っぽくウィンクした。
やはり慣れている、俺はここまで豪胆にはなれない。
そんなんだから、あの後信さんと話をする機会を逸してしまうのだ。
信さんとはあの後会わなかった。会わせる顔がないからだ。いったいどんな顔をして、『お宅の妹さんこっちで生きかえってテロリストになってるみたいですよ』何て言えようか。俺にだってワケの分かっていないことを、他人に伝えることは出来ない。
もしかしたら信さんもこの戦場にいるのかもしれない。
そこで出会ったら……伝えるしかない。
話していないと言えば、彼方くんも一緒だ。今回も彼方くんは非常に危険な立ち位置にいる。すなわち、最前線だ。アリカは城に下げられ、エリンたちと一緒にいる。二つの聖遺物を手に入れた彼に、危険はないのかもしれない。けれども、あんなところにただの子供を置いておいていいはずはない。そんなことを思ってしまうのだ。
「あれから『真天十字会』の動きがそれほど大きくなかったのは気になりますね。
彼らにとっても『不和の種』は重要な物品であるはず、それを失うと分かっていながら回収作業も行わないとは……何とも不可思議な感じもするのですが」
「あいつらにも回収するだけの時間がない、んだと思いたいんですけど……」
そんなことを言っていると、銅鑼や喇叭の音が辺りに響く。『真天十字会』の本格的な攻勢が始まったのだ。まだ遠くの出来事だが、ひりつくような緊張感がある。
『敵は《ナイトメアの軍勢》を召喚、物量で平原を覆い尽くしているようです』
「数だけの敵なら、野戦砲もありますから問題はないでしょうね」
尾上さんがこちらの世界に持ち込んだ兵器の一つに、榴弾砲がある。細かい弾を辺りに撒き散らす大型の榴弾を発射する移動式の砲台で、どこでも運用できるのが大きな強みだ。威力では魔導砲に劣るだろうが、使い勝手という点では明らかに上だ。
空を覆い尽くすほどの数を武器に攻め入るフィアードラゴンの姿が見えた。だがそれらの羽根が何の前触れもなく切り裂かれ、飛来するミサイルによって撃ち落とされて行った。片方は尾上さんが持ってきたミサイルランチャーだとして、後のはいったい?
そんなことを考えていると、背後で雷鳴が閃いた。何事かと後ろを見てみると、城の天守閣に雷が落ちた。曇天に覆われているとはいえ、落雷が?
そんなことを考えたが、どうやら違ったようだ。天守閣から雷が放たれているのだ。圧倒的パワーで放たれた雷が上空にいた何体ものフィアードラゴンを消し炭に変えて行った。
「な……! 何だ、あの雷! まさか、あれが真田さんの使っている……!?」
「噂には聞いていたが、凄まじい力だな。あれが『共和国』の支配者、真田景義……」
初めて見た力を前に、俺と大村さんは動揺を隠すことが出来なかった。逆に、騎士団長は誇らしげに空を見上げた。不機嫌な龍の如く嘶く曇天を。
「あれこそが『共和国』独立を勝ち取った力……真田様の雷光にございます!」
そこまでは非常に順調だった。だが、そこからがいけなかった。
突如として、騎士や大商人の暮らす高級住宅街で爆発が起こったのだ。
「なに!? これは……どうなっておるのだ!?」
騎士団長は狼狽するが、変化はそれだけにとどまらなかった。
否、それが変化を呼んだのかもしれない。
炎の中から現れたのは巨人、サイクロプスであった。
「《ナイトメアの軍勢》!? まさか、『不和の種』があんなところにまで出回って!」
「そんなバカな、あそこにいるは『共和国』とともに歩んできた人々ばかりのはず!」
始まりはそうだったのだろう。だが、やがて不安が、不満が醸成されて行った。
『共和国』独立までの時限式であったはずの真田景義の君臨が、予想以上に長引いたのも原因の一つだろう。いまある世界を、壊してしまえる力を欲したとしても不思議はない。結局のところ、答えは初めから転がっていた。気付かなかっただけで。
だが、変化はそれだけにとどまらなかった。城を覆う城塞が爆発したのだ。
「なっ……! まさか、城にも奸臣がいたというのか? そんなバカなことが!」
『クロードさん、シドウさん!
地下の警戒に当たっていた部隊から連絡が途絶えました!
同時に、城塞内で戦闘が発生しているようです! 気を付けてください!』
「参りましたね、ド正攻法で来られたみたいです。地下を力技で抜けて来たようだ」
力技で抜いて来たというのならば、恐らくは《エクスグラスパー》だろう。
こちらの対応戦力は限られている、市街地への対応も含めれば地下へ割ける人員はなかった。しかし、少しくらいなら保つだろうと判断していたのだがまさか速攻で潰されるとは……
城への対応も行わなければならないが、高級住宅地で発生した《ナイトメアの軍勢》への対応も行わなければならない。あれを放置したのでは内部から食い破られる!
「騎士団の皆様は市街地への対応に行って下さい。城は我々が対処します」
「むう、恐らく敵は少数の《エクスグラスパー》……しかし、平気なのでしょうか?」
大丈夫なのか、そうでないかと言われれば多分そうでない方に傾くだろう。
だが、市街地の方も放置していていいものではない。次々とサイクロプスのような大型種が発生している。地上を埋め尽くそうとしている小型種は、それよりも遥かに多いだろう。
「議論している暇はありませんね。お願いしましたよ、大村さん。団長」
「フォースの力ならサイクロプスにだって勝てるはずです! 向こうを頼みます!」
「あいわかった、では大村騎士! そして連合騎士団、傾注!
これより我々は死地へと向かう! 騎士の本懐、武士の誉れ!
命を知らぬものだけがついて来い!」
騎士団長は檄を飛ばし、団員たちはそれに応えた。俺たちはその様子を見守ったあと、駆け出していった。二つの勢力は正反対の方向に向かって飛んで行った。