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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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迷いを振り切り戦う時

 啖呵を切る俺の横合いから緑色の拳が伸びて来た。

 間一髪、一歩身を引くことでそれをかわす。

 勢い余ったオークの体が俺の眼前を通り過ぎて行った。

 それに続くようにして、数体のオークが現れた。

 先ほど路地裏でチンピラが変質したものだ!


 この段になって、動きの少なかったスラム街に悲鳴が木霊した。

 当然だろう、いきなり化け物としか言いようのないものが何体も現れたのだから。

 逃げる人、叫ぶ人、立ち尽くす人。

 美咲は煩わし気に辺りを見渡し、自分の掌を地面に押し付けようとした。


「……! 止めろ、美咲ィーッ!」


 銃を使ったのでは間に合わない、ためを作らず跳び上がり、蹴りを美咲に繰り出した。彼女は動作を中断して半歩避け蹴りを交わし、俺の側頭部に裏拳を繰り出して来た。眼前で火花が散った。通常よりもスピードはあるのだが、しかし美咲のスピードは俺のそれを完全に凌駕していた。

 だが、ダメージはそれほど大きくはない。


 フォトンシューターを振り払う。美咲はそれを受け止めようとするが、腕に纏った石が砕けた。近接戦闘用に調整されたフォトンシューターの強度を甘く見たようだ。衝撃を殺しきれず後退する美咲の腕を掴み、強引に彼女の体を抱き寄せた。


「何を考えてやがる、お前! さっきのをここにいる人にやろうとしてたのか!」

「だから何? 善一には関係のないことでしょう。そこを……退いて!」


 彼女の体を覆う石の鎧が泡立ち、細かい針がいくつもせり出して来た。

 ブライトフォームの強化プレートを傷つけるほどの威力、俺は思わず後退してしまう。美咲は足を踏み鳴らした。周辺一帯が地獄絵図に変わった。剣山めいた石の針が辺りにせり出し、人を食い殺すような咢が地面に生まれた。家屋が倒壊し、人々を飲み込んだ。


「美咲ッ! お前、ふざけてんじゃねぞ!」


 なぜこんなひどいことが出来る?

 過酷な《エル=ファドレ》での生活が、彼女を変えてしまったのだろうか?

 もしそうだとしたら、それは残酷なことだ。だが、許されないことだ。


 怒りのままに俺は拳を振るい、フォトンシューターを振り回した。一撃一撃の重さはこっちの方が上だ、美咲は巧みに俺の攻撃を捌くが、しかし限界が訪れた。


 開かれた体に向かって全力の拳を叩き込んだ。石の鎧に蜘蛛の巣状のヒビが発生したが、すぐに石の鎧は砂のように崩れて行く。これではさっきの再現だ、俺はもう一歩踏み出した。崩れて行く砂を潜り抜け、美咲の方に手を伸ばした。

 果たして、俺はそれを掴んだ。彼女の細い腕を。右手を握ると、彼女は顔をしかめた。向こうの世界で痛めた腕を握ってしまったことに今更気付いた。だが、もはや止まれない。この状態ならば彼女の力よりも俺の力の方が強い。力づくで押さえつける。


「美咲、落ち着け! お前、自分が何やってんのか気付いてんのかよ!」

「善一こそ気付いてるの、あなたがいったい何をしようとしているのか。どうしてこの世界に来ることになったのか、あなただって分かっているんじゃないの?」


「何言ってんだお前! 分からねえこと言ってんじゃねえよ!」

「あたしたちはこっちの世界に無理矢理呼び出されたんだ! 元の生活から無理矢理引き剥がされて、ワケの分からない世界で戦いを強いられる! この世界の人間が、自分の尻を自分で拭けないがために! そんなの、許せるわけがない!」


 ぐっ、と美咲が腕に力を込めた。気を抜くと押し返されそうになる。

 美咲はこんなに力が強かったか? いや、ブライトフォームに抵抗できる生身の人間などいるはずがない。《エクスグラスパー》となったことで彼女の身体能力が増強されているのか?


「あたしは許さない、この世界にあたしを呼び出した人間たちのことを! 救われることが当たり前だなんて思っている連中のことが、あたしは気に入らない! 自分の血を流す覚悟がこれっぽっちもない人間のことを!」

「だからって他人に血を流させようなんて、それはとてもひどいことだぞ! 美咲!」

「因果応報だ! 自分たちのしてきたことの報いを受けて、そして死ねッ!」


 憎悪に満ちた目が俺を見る。俺越しに世界を見る。どうしてこんなことになった?


 俺の全身から力が抜ける。

 光輝なる装甲、プラチナムプレートが砕け、風化していく。

 ブライトフォーム、活動限界。


 こうなってしまっては美咲の力に対抗することが出来ない。俺は跳ね除けられ、そして無防備になった胴部に連撃を食らった。ガガガガッ、という装甲を削り取られるような凄まじい打撃を受けて、俺は無様に転がった。


「これはね、復讐なんだよ。善一。

 あたしをこんな風にした、この世界への復讐なんだ」

「復讐したいんなら……やるべき相手が、違うんじゃねえのか? 美咲ィッ……!」


 俺は立ち上がる。力がなくたって、それは転がっていていい理由にはならない。


「お前を殺したのは、こんな目に遭わせたのは、三石だ。

 あいつがいなけりゃ、そもそもこんなことにはならなかった。

 恨むべきはあいつであって、世界じゃない!」

「何も知らないんだね、善一は。だからそんなことが言えるんだね」


 俺としては絶対的な真実を突きつけたつもりだった。

 だが、美咲は予想に反して俺のことを憐れむような視線を向けて来る。

 どういうことだ?


「三石は気に入らない。でもこの世界がもっと気に入らない。欺瞞に満ちた世界が」


 もう話すことは終わった、とでも言うように彼女は自分の力を展開させた。

 地面がせり出し、彼女の体を包みこむ鎧が生まれる。

 俊敏で強壮なる、最強の鎧が。


「世界は歪んでいる。だからぶっ壊してやるんだ。私がこの手でね」


 この世界に召喚されてきたのは、確かにこっちの世界の人間の都合だ。だが。


「お前の言っていることももっともだぜ、美咲。けどなぁ……!」


 俺はフォトンレイバーを引き抜き、トリガーを引いた。

 新たなる装甲が生まれ、俺に纏わりつく。スラスターが紫色の炎を噴き上げる。

 レイバーフォームの完成。


「それでも俺がこの世界に来たことは、間違いだったなんて思わない!」


 手元でフォトンレイバーをくるりと回転させ、逆手に持つ。

 背部スラスターが激しく炎を上げる。俺の体が急加速し、彼女の脇を通り過ぎて行く。

 狙うはオーク。


 フォトンレイバーを振り上げ、一際大柄なオークに振り下ろす。

 彼らにだって家族がいたのだろう。守るべきものがあったのだろう。


 分かっている、他者を貶めてでも何かを手に入れたいと考えるのは、そうすべき理由があるからだ。例えそれがどんな下らない、他人から見れば唾棄すべき理由であったとしても、当人にとってみれば必死になるに足るだけの理由があるのだ、ということに。


 オークの柔らかい頭部が、振り下ろした刃によって切断される。ショルダーアーマーに内蔵された姿勢制御用スラスターを作動させ急制動、矢印を描くようにして方向転換した。凄まじいGに内臓と脳が揺られる。勢い任せにフォトンレイバーをなぎ払い、軌道上にいた二体のオークの首を刎ねた。


 壁を蹴り方向転換、最後のオークに向かって飛んでく。大上段に剣を振り上げる。俺から財布を取った男の顔が瞬間、フラッシュバックする。これはきっと人を殺すのと同じくらい罪深くて、二度と償うことが出来ないものなのだろう。それでも。


 ためらうことなく、俺は剣を振り下ろした。オークの体が正中線に沿って両断された。着地し、俺は再び美咲と向き合った。切っ先を彼女に向け、俺の意志を伝えた。


「生きたいって、助かりたいって思うことは、人間が誰しも持つ大切な感情だ。

 それは絶対に否定することが出来ないものだ。

 どんな手を使っても、生き残りたいと思うのは!」

「そんな身勝手な欲望のために、振り回されるこっちはたまったもんじゃない!」

「欲じゃない、願いだ! 生きて生きて生き抜いて、安らかな最期を迎えたいと、誰しもが抱く普遍的な願いだ! それを守るためなら、俺はどんな世界にだって飛んで行く!」


 そしてそれを妨げようとするものがいるならば、俺はそれに立ち向かう。


「生きるために罪を背負わなければいけないと言うならば、俺はそれを背負って戦う!」


 それが俺の偽らざる気持ち。

 傷つき、傷つけられるジレンマを乗り越えて、俺は戦う。

 他の誰にも任せられない、俺だけの戦い。


「……本当にヒーローだね、善一。どんなクズだって、助けたいって思っちゃうんだ」


 一瞬、美咲は昔の美咲に戻ったような気がした。だがすぐに、戻ってしまった。


「もし本当にそう願うって言うならば、善一は私の敵になるしかないってことだね」


 ゴクリ、と俺は生唾を飲み込んだ。

 レイバーフォームを維持していられるのは、残り二分強。

 それまでに美咲を倒すことは出来るのだろうか?

 一瞬も逡巡してはいられない。


 しかし、俺の背後でドタドタといううるさい足音が聞こえて来た。楠さんたちが呼んでくれた騎士たちだろう。美咲はクスリと笑い、自らが纏っていた石の鎧を崩壊させた。


「これ以上やると、そろそろマズいことになりそうだね。ここで帰らせてもらう」

「帰すと思ってんのか、美咲。お前にはまだ聞かなきゃならないことがある……!」


 こいつが撒いていた『不和の種』というのはどういうものなのだ?

 そして、それを内側に撒き散らして何をしようとしているのか?

 絶対に聞かなければならない。


「無駄だよ、私の力はあなたには止められない。どこから来たのか分かってる?」


 そう言った瞬間、美咲の姿が消えた。あっ、と口を開く暇すらもなかった。

 恐らくは、この下に地下洞窟のようなところがあるのだろう。そこを辿って地上に出てきた、ということか。それでは市街地への侵入など阻止することが出来ないのではないだろうか?


 いや、この段階で分かってよかった。『真天十字会』との本格交戦時に判明していたのならば、そこから出てくる敵に対処し切れなくなってしまったはずだ。


「シドウくん! 状況はどうなっているのだね!?」


 背後から騎士団長に声をかけられた。俺は振り返りながら変身を解除した。


「見ての通り、好き勝手やらかしてくれました。《エクスグラスパー》には逃げられた」


 あいつが俺の知り合いである、ということは伏せておこうと思った。あらぬ嫌疑をかけられることになるかもしれないし、話しても意味があるとは思えない。俺とあいつの道は完全に分かたれてしまった。また合流することがあるのだろうか?


「収穫はそれなりにありました。あの黒い結晶を売っている奴が存在する」

「詳しい話は城にて伺いましょう。周辺の警戒は騎士団が行います」

「ありがとうございます。逃げ遅れた人がまだいるかもしれませんからね。それと」


 路地から男が這い出して来た。『不和の種』を取り落したチンピラの一人だ。

 あの殺戮の嵐から生き残っていたとは運のいい男だ。


「あいつ、俺から財布をすり取ったんすよ。揺すれば余罪も出てくるんじゃないっすか」

「通報感謝します。では、行きましょうか。シドウくん」


 命からがら生き残ったチンピラに向かって数人の騎士が向かって行く。

 おかしくなって思わず笑いだしてしまった。

 後のことは彼らに任せておけばいい。


 人のものをすり取ったり、傷つけたり、命を奪うことは人の罪だ。それはきっと人が裁けるものだろう。俺は戦う、人のために。人より生まれた、人の力の及ばないものから人々を守るために、俺はこの力を振るおう。


 彼らはスラムの人々を助けてくれるのだろうか? そう思ったが、少なくとも見ている限りは助けてくれているようだった。とりあえず、この場所は彼らに任せておいて問題ないだろう。今回の件を報告するため、俺は団長に続いて行った。




「ふうむ、黒い結晶。『不和の種』でしたか? それを売る怪しげなローブの人物……」


 騎士団長は立派な髭を撫でて、俺の話を頭の中で吟味しているようだった。


「すぐに見つかることになるとは、予想外でしたね。相手が《エクスグラスパー》であったということも。よく生き残ってくれました、シドウくん」


 クロードさんは俺の労をねぎらってくれた。生きていられたのが不思議なくらいの状況だったのだが、まあそれはいいだろう。それとも手加減してくれたのだろうか?


 そうであってくれればいい、と俺は思った。

 ならばまだ話し合う余地は残っているだろう。


「部下に確認させましたが、地下空洞は確かに存在しているようです。

 地下水の貯蔵庫として昔は使われていたのですが、いまは放置されていたようです」

「そんなところがあったなんて……敵はよくそんなことを知ってましたね」

「入念な下調べをしてきますからね。敵の方が、こっちの事情には詳しいでしょう」


 ともかく、大事になる前に判明してよかった。手放しで喜ぶことは出来ないが。


「とにかく、お疲れ様でした。シドウくん。キミと楠さんには礼を言わなければな」

「おっと、そう言えばリンドと楠さんは無事だったんですか?」

「ええ、彼女がリンドくんを守ってくれていたようです。二人とも怪我はありません」


 よかった、と俺は胸を撫で下ろす。二人にもしものことがあったのでは申し訳が立たない。とりあえず、俺が話せることをすべて話してその場はお開きとなった。


「シドウくん。《エクスグラスパー》について、キミは何も知らないんですね?」

「……ええ、おかしな力を持っているってくらいで。よく知りませんよ」


 取り敢えず、それでクロードさんは納得してくれた。もしかしたら彼は俺が隠していることをすべて理解しているのかもしれないな、とも思ったが、それでもよかった。いまは無事な二人の姿を確認することの方が、俺には重要だった。


 二人が待っている騎士団下士官食堂に向かって急いだ。入り口から確認すると、やや奥まったところに二人はいた。談笑しているのが見える、最初に会った時よりは大分打ち解けているようだった。ここでもよかったな、と思って俺は胸を撫で下ろした。


「何だかお待たせしちゃったみたいですね、二人とも。怪我がなくてよかった」

「あ、シドウさん。お話はもうすべて終わられましたの?」

「おう。あとは明日騎士さんから報告を聞いて、それからだな」


 美咲がもう一度こっちに来るかは分からないが、あいつによって相当数の『不和の種』がウルフェンシュタインにばら撒かれたのは間違いない。いままで通り『不和の種』の捜索作業を続けなくてはならないだろう。すべては現地からの報告次第だが。


「お疲れさん、シドウ。腹減ってんだろ、今夜は私が奢ってやるよ」

「えっ、マジっすか? いや、それは嬉しいんですけど、いいんですか楠さん?」

「お前があいつと戦ってくれなきゃ、やばかったからな。その礼と考えれば安いもんさ」

「ありがたい話なので、ご一緒させていただきます。誰か誘っても、いいですかね?」

「ああ、エリンでもリンドでも好きな子を誘いな。少しくらいの蓄えはあるか、さ」


 太っ腹な人だな。命を救ったとは、何とも大袈裟な言い方だ。とはいえ、悪い気はしない。それがただ飯であるというならばもっとだ。俺は二人を誘って食事に出た。


 心のつっかえが取れたことも合わさって、久しぶりに楽しい食事を摂ることが出来た。


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