喜ばしくない再会
「あいつらスラムの方から街の中央部に出て来たんですかね?」
「どうだろうな、足取りが重い。ホームグラウンドならそうはならないんじゃないか?」
確かに、辺りを威嚇するようにして一団は歩いている。そして、キョロキョロとせわしなく視線を動かしているようにも見える。明らかにこの道に慣れていないのだろう。そのワリには現地人しか使わないような奥まった通路に入っていくのだが。
「追いかけてみるか? あいつらの様子、あからさまにおかしいだろ」
「そっすね。ちょっと行ってみましょう。リンド、気を付けるんだぞ」
「わ、分かっていますわシドウさん」
俺たちはあのチンピラどもと同じくらいおっかなびっくりに路地の先に入り込んだ。薄暗く、すえた臭いが鼻を突く。出来ることなら入りたくない場所だが、四の五の言っていられない。ぬめる壁に背を付け、角から奥を覗き込む。
数人のチンピラが路地を曲がった。光が漏れているところから見るに、しばらくすると開けた場所に出るのだろう。
俺たちはなるべく音を立てないようにして路地を曲がり、奥を覗き込んだ。予想通り開けた場所になっており、五人くらいが横に並べるくらいには広かった。末広がりな屋根の隙間から差し込む光が、穢れた場所を幻想的に照らし出した。
彼らは何かを話し込んでいるようだった。ローブを纏った女性だ。声はくぐもっており、人となりを特定することは出来ない。彼女は懐から黒い結晶を取り出した。
「やっぱりあいつがクロで間違いなさそうだな……!」
まさか捜索を始めたその日に当たりを引いてしまうとは。
探偵の素質があるのではないかと自惚れてしまいそうになる。
俺は角から飛び出し、チンピラたちを怒鳴りつけた。
「そこまでだッ! 残念だったな!」
男たちは弾かれたようにして振り返り、しかも中には驚いて手に持った結晶を取り落してしまうものさえいた。確かなことは言えないが、地下で見た結晶と同じものであることに間違いはないだろう。大きさに違いはあるが、光沢は似たようなものだった。
「お、お前は確か……あの時の! な、何でこんなところにいやがるんだ!」
「うるせえ、それはいいだろうが! それよりも手前ら、こんなトコで何してやがる!」
チンピラたちは顔を見合わせた。
何かを考え込んでいるようだったが、すぐに下卑た笑みを浮かべる。
どうやら俺を排除する方向で話が決まったようだった。
「へ、へへ……何だか知らねえけど、こんなところに来ちまったのが運の尽きだ!」
チンピラは取り落した一人を除いて結晶を掲げた。
合計四つの黒い光が瞬き、彼らの前に黒い靄が現れた。
それが晴れると、彼らの前に醜悪な子鬼――ゴブリンが現れた。
「おお……! すげぇ! 本当に、本当にこいつらを使えるんですか!?」
どうやら眉に唾を着けて聞いていたようで、自分がやったことに驚いているようだった。ローブを纏った人物が頭をこくりと縦に振る。
やはり、あの結晶体は《ナイトメアの軍勢》を生み出すために使われているようだ。チンピラたちが俺に視線を向ける。
「ヘッヘッヘ、試しに使わせてもらうぜ! お前ら、あいつをぶっ殺して食っちまえ!」
食っちまえとは驚いた。殺害だけでなく証拠隠滅もこいつらにやらせようというのか。しかし、ゴブリン如きでいまの俺が殺せると思っているとはさすがに舐め過ぎだ。深い森の中ならいざ知らず、真正面からの戦いでゴブリンに負けることはない。はずだ。
あの戦いを見ていた、偶然にも結晶を取り落した一人だけが不安げな視線を俺に向けて来る。安心しろ、すぐにその不安が現実のものだったって教えてやるから。
四体のゴブリンが一気に突撃してくる。俺は意識を集中し、変身する。コンマ数秒後、俺の体を装甲が覆った。両腕に炎を纏わせ、迫り来るゴブリンに向けて振り払った。
拳に吹き飛ばされたゴブリンが壁の染みへと変わり、燃え尽きた。チンピラたちは呆然とした表情を浮かべていたが、すぐに怒りに変わりローブの女の方を見た。
「おい、こいつはどうなってんだ!? あんた言っただろ、こいつがあれば――」
しかし、怒りの表情もすぐに変わった。苦悶の表情へと。
手に持っていた結晶体が、メリメリと音を立てて彼らの内側へとめり込んでいった。
男たちは絶叫を上げながらのたうち回った。男の一人が俺の方に手を伸ばしてくる。
俺はその手を取り、結晶を引きずり出そうとしたがうまく行かなかった。
全身から力が抜け、彼らの体が崩れ折れる。
「お前ェッ……! こいつらにいったい何をしやがった!?」
俺は怒りを込めた視線でローブの女を見た。殺意に対しても女はたじろがない。
変化があった。俺が手を掴んでいた男の死体が、ビクリと震えたのだ。
見ると、男の体が先ほど現れたような黒い靄に覆われていたのだ。
俺は反射的に手を放し、距離を取った。
男の体がビクビクと震え、その体表が波打つ。
皮膚の色が肌色から緑に変わった。
筋肉が膨れ上がり、悪臭が辺りに漂い、そして彼らの姿が完全に変質した。
つい先ほどまで人間だったはずの男たちは、オークへと変わっていた。
「……下地が悪いな、これは」
ローブの女が初めて口を開いた。不思議なことに、初めて聞くはずだったのに聞き慣れた声だった。女はしなやかな指でオークの体を撫でた。彼女の指に押された筋肉がスポンジのように沈み、彼女が手を放すと元に戻って行った。
「『発明王』が作った改良型の『不和の種』、人の生命エネルギーを食って成長するんだ。これがあれば、強力な新型を作れるはずだったんだけど……素体となるものが悪ければ、フェイズワンのナイトメアしか作ることが出来ない。改良の必要があるね」
そう言って、彼女は顔を覆っていたローブをはがした。見慣れた顔がそこにあった。
「……美咲? 園崎、美咲か? お前、何で……どうして、そんなところに」
ただ顔立ちが似ているとか、そう言うレベルではない。
色素の薄い肌や髪、高校生だというのにメリハリに乏しいボディ、眠たい瞳。
すべての特徴が美咲と一致した。
死んだはずだ。いや、それを言うなら俺だってそのはずだ。
生きているのは嬉しい。
だが、これはいったいどういうことだ?
なぜ彼女が黒い結晶を持っている?
『不和の種』とか言ったが、どうしてあれの名前を知っている?
どうして、彼女がチンピラどもに結晶を売りつけ、そして彼らを怪物に変えたのだ?
「どういうことだよ、美咲。悪い冗談だ、笑えねえぞ。お前どうしちまったんだ……!」
「私は別に何も変わってないよ、善一。変わったとするならば……」
美咲の前の地面が泡立った。かと思うと、まるでそれが意志を持ったように形を変えた。勢い良く伸びて来た土の槌が俺の腹を打った。あまりに凄まじい力に俺の体は吹き飛ばされ、壁面にめり込んだ。
それで終わりではない、今度は壁が形を変えて俺を包み込んできたのだ!
即席の拘束具だ、俺は身じろぎ一つ取れなくなってしまった。
「シドウ!? オイオイ……どういうことだよ!」
「リンド、楠さん! ここから逃げて! そんで、騎士団の人呼んできて!」
こっちの世界に来たからには美咲も《エクスグラスパー》なんだろう、と思っていたがこれはまったく予想外だ。まさか抵抗すら出来ずに拘束されてしまうとは思わなかった。下手をすればここで全員がやられてしまう危険性さえある!
「美咲ィッ……! 冗談でしたって、頭を下げるんならいまのうちだぜ!」
俺は手探りでフォトンシューターを取った。ほんの少しばかりあった隙間を必死になって手繰り、ついにトリガーガードに手をかけた。横にあったボタンを押し、ブライトフォームへと変身する。俺の体を鎧った新たな力が、拘束を破壊する!
無理矢理腕を広げ、俺の体を覆っていた拘束具を破壊した。美咲はその光景を見て眉をひそめた。左右の壁、そして地面が泡立ち、再び俺に槌が向かってくる。だが、いまはそれさえ問題にならない。迫り来る岩塊を殴りつけ、蹴りつけ破壊する。
地面や鉱物を操作するタイプの力だろうか?
だが、物体の強度自体を高めることは出来ないようだ。
「そっか、シドウ。あんたも《エクスグラスパー》になったんだね。でも……」
最後の一歩、美咲と俺との距離が詰められた。一発ぶん殴るには最適な距離。殴らない理由はなかった。十分に加減した拳を、俺は美咲の顔面に向かって繰り出した。
だが、俺の攻撃が美咲を打つことはなかった。彼女の前方にあった地面がせり出し、壁となったのだ。それだけならば壁を破壊し美咲を打つことが出来ただろう。
だが、続きがあった。破壊した壁の向こう側には仮面があった。
ゴツゴツした石の仮面が。
眼孔部は赤く妖しく輝き、それ以外には人間の特徴を表すものはほとんどない。凹凸の多い仮面だったが、ひどく非人間的だ。それだけではない、彼女の全身を鎧が覆っていた。仮面と同じく石で出来たものだ。今度は俺が狼狽する番だった。
腹部に凄まじい衝撃。岩の拳が俺を襲ったのだ。先ほどの土の槌による攻撃とは比べ物にならないダメージに、装甲を増強した俺でさえたたらを踏んだ。生身の体にこんなものを打ち込まれたなら、一撃でバラバラになってしまうだろう。
美咲は緩慢に右手を上げた。やらせはしない、反撃のために拳を繰り出すが、しかしそれがフェイントであったことを知ったのはすぐ後のことだ。繰り出した拳を逆の手で取られ、するりと入り込んでいた五指によって親指を掴まれ、捻り上げられる。凄まじい痛みと、折られるという直感があった。
俺は反射的に体をえび反りにし、膝を曲げてしまった。自分から転がったような形だ。美咲は手を放し、無防備になった俺の体目掛けて蹴りを繰り出した。俺の体が吹き飛び、壁を突き破り屋内に突入した。
「グアアァァッ!? こ、この……どういう力なんだよ、お前のは……!」
石の怪人が俺を追って来る。凹凸は多いがスマートな体つきをしている。普通石の怪物と言えば――もちろんファンタジーゲームとかその辺の知識しかないが――重厚で鈍重な感じがあるが、美咲に関していえばむしろしなやかで軽やかな雰囲気さえある。
転がったままではいられない、このままでは殺される。幼馴染に出会って抱くような感想ではないのだろうが、俺は本気でそう思った。フォトンシューターの出力を上げ、迫り来る美咲に向かって発砲した。
圧倒的なエネルギーを伴って光弾が美咲に向かって行く。ドラゴンさえも破壊する一撃が、彼女の纏った石の鎧に炸裂した。
石の鎧が砕けた。砂のように崩れ落ちたのだ。しかし、その奥から新たな石の鎧が姿を現した。傷一つなく、足取りにはまったく淀みがなかった。
「そんなのありかよ!?」
一撃を受け、損壊した鎧を破棄して別の鎧を生成、乗り移ったということだろうか? 一対一でやり合うにはあまりに相性が悪すぎる。何とか立ち上がろうとするが、その前に首根っこを押さえられた。凄まじい力に無理矢理引き起こされた。腕や腹を殴ってみるが美咲が呻く様子すらなかった。そして、俺の体は完全に吊り上げられた。
そして、美咲は走り出した。壁に向かって。俺の体を使い、まるでシールドマシンのようにして壁を次々破壊、路地から出ても勢いを減じず、何軒もの家をショートカットして走り続けた。そのどれにも人がいなかったのが幸いだっただろう。
四つ目の壁を破壊した時、俺の体は大通りへと出た。そこまで到着した瞬間、美咲は俺の体を乱暴に投げ飛ばした。背中からゴロゴロと地面を転がりながら何とか立ち上がる。何軒も壁を抜いて来たせいか背中が滅茶苦茶痛かった。立ち上がり、見てみると美咲が俺の方を見ていないのに気付いた。彼女の視線の先にはリンドと楠さんがいた。
「やらせるかってんだよ、この野郎ォーッ!」
地面を叩き自分を鼓舞し、美咲の前に立ちはだかった。彼女の前の地面が泡立ち、石の針が何本も現れた。それを叩き折るが、しかし手が足りない! 何本かが二人に迫る!
楠さんは掌を迫り来る石の針にかざした。掌に吸い込まれるようにして伸びて行った石の針が融解し、地面に落ちていった。彼女の持つ熱量操作の賜物だろう。二人に迫って行った石の針は一本として二人の体に到達することなく消滅した。
「ありがとうございます、楠さん! こいつは俺が押さえますから、早く!」
「大丈夫なのかよ、お前ホントに! 勝てんのか、そいつに!」
「勝てるかどうかはわかりませんけど、でもやるしかないでしょうが……!」
啖呵を切る俺の横合いから緑色の拳が伸びて来た。
間一髪、一歩身を引くことでそれをかわす。
勢い余ったオークの体が俺の眼前を通り過ぎて行った。
それに続くようにして、数体のオークが現れた。
先ほど路地裏でチンピラが変質したものだ!