表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
107/187

裏切りのニンジャ

 シドウが帰った後も、クロードと騎士団長はしばし話し込んだ。シドウは誠実で、信頼に足る人間だが、それゆえに彼の前では話せないことも多く存在する。


「楠羽山と名乗る人物について、団長はどのように考えていますか?」

「概ねあなたと同じように感じています、クロードさん。警戒が必要でしょう」


 自分の見解がある程度の妥当性を持ったものとして受け止められていると、クロードは理解した。『真天十字会』の登場から二週間余り、地下に潜伏していた期間はもっと長いだろう。果たして《エクスグラスパー》が彼らに関わらず行動することが出来るだろうか?

 他ならぬ自分たちも、対立という形で彼らに深く関わっているのだから。


「グラフェン出身の騎士に聞いて回っていますが、いまのところ楠なる人物がいたという確認は取れていませんね。入退出記録も参照出来ればよかったのですが……」

「さすがにあの混乱の中で、紙束を持って街を脱出することは出来ませんよ」

「ペンの扱いに不慣れであったことも気になります。都市の入退出、宿の宿帖その他諸々、ペンを扱う場所は意外に多い。一人で行動していたなら使わないはずはない」


 もし使っていなかったなら、破壊と略奪の中で生きて来たか、あるいは組織に属していたのだろう。集団の中ならばあのようなことをする必要はないのだから。


「監視を突けようとは思いますが……返り討ちに遭う可能性もある。迷うところです」

「リスクは大きいですが、放置しておくわけにもいかない。厄介なところですね。

 昼間の監視はシドウくんに任せましょう。もちろん、内容は告げずに。彼は頭はそう悪くないし妙なところで勘が鋭い。あとは夜の監視を何名か当てるべきでしょうね」

「忍軍とも交渉して、手配してみることにしましょう」


 クロードは頷いた。シドウなら万が一の時も心配はないだろう。

 彼と一緒にいる段階で、楠もボロは出すまい。

 あとは夜の監視で何か成果を上げることが出来るか、だ。


 そんなことを二人が考えて歩いていると、廊下の奥から肩を怒らせて歩いてくる人物がいた。場所が場所でなければ、走り寄って来ただろう。

 怒髪天を突く、という感じの形相で歩いて来たのは、大村騎士だった。

 あまりの様子に、団長が彼を呼び止めた。


「キミは確か、『帝国』の大村騎士だね? どうしたんだい、そんな顔をして」

「あなたはグラフェンの……いえ、何でもありません。お気になさらずに」

「その様子で何もないというのは無理があると思うんですが……」


 大村はキッとクロードを睨み付けて来た。その目にも圧力が感じられなかった。

 彼の意識を焦りが包み込んでいるような、そんな感じがクロードにはした。


「本当にどうしたんですか、大村さん。いつものあなたらしくありませんよ?」

「お前には関係のないことだ。俺は急いでいる、これで失礼させてもらいます」


 大村は二人の間をすり抜けて、その先へと歩いて行こうとした。あの先にあるのはトリシャの研究スペースだけだ。クロードは呼び止めようとしたが、その前に団長が彼の腕を掴み、その歩みを止めた。振り払おうとするが、うまく行っていないようだ。


「離してください、騎士団長。あなたには関係のないことだ!」

「仲間がそのような顔をしているのに関係ないと切り捨てることは出来ないよ」


 騎士団長はいつもと変わらない、あくまで穏やかな口調で大村に向かって語り掛けた。だが、大村の方には穏やかに応じるだけの余裕がないように思えた。


「あなたには関係のないことでしょう! 選ばれた人である、あなたには……!」

「フォースの実験台に選ばれなかったことを気にしているのかね、大村騎士?」


 それを聞いてクロードはようやく得心した。力を求める彼ならば、あの力を求めては不思議ではないと思ったのだ。大村は図星を突かれたようにぐっと呻いた。


「そうです! なぜ俺が選ばれなかったのですか。俺が『帝国』の騎士だからですか!」

「そうではない。トリシャさんもキミの力については高く評価している」

「そうであるならば、なぜ俺がテスターに選ばれない!? 俺の力を軽んじて――」


 そこまで言ったところで、騎士団長は自らの胸元をはだけさせた。クロードも大村も何をしているのだ、と一瞬驚いたが、すぐその理由を理解することが出来た。


 団長の胸元には大きな火傷の跡があったのだ。

 ワイルドな胸毛がそこだけ焼け落ちている。


「フォースの反動は未だ大きい。

 我々は文字通りの実験台だ、フォースの力を高め、安定させるための実験台だ。

 そのために、未来あるキミを使うことは出来ない」

「そんな……でも、それじゃあ遅いんです。団長。俺は、俺は……」

「遅いことなどあるものか。その志があるのならば、いつだって遅くはないさ」


 団長はあくまで穏やかに、大村のことを諭した。それが通じたのかは分からないが、先ほどまであった激しさはなくなっていた。彼は謝罪を一つして、今度は力なく二人の間を通り抜けて行った。クロードはため息を吐いた。


「大丈夫なのですか、団長? その傷、決して軽いものではないでしょう?」

「人々の命を守れるのであれば、この程度の傷。何てことはありませんよ」


 にこりと笑って団長はクロードの言葉に応じ、去って行く大村の背中を見た。


「彼は焦っているようだね。その焦りが、彼の成長を妨げている。勿体ないことだ」

「彼の出自を考えれば、それに無理はないのですがね……」


 クロードはぼそりと言った。騎士団長に聞こえないように。

 大村真の口から語られた、出自の真相。エターナルガーデンの真実。

 だからこそ彼は願う、強くなりたいと。


「彼は強くなれる。自分の力を、どのようにして使うか。それを知った時にね」


 だからこそ、クロードは思う。この出会いを無駄にはして欲しくはないと。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 とんでもないことになったな。ホテルのベッドに横たわりながら、楠は思った。

 まさか『不和の種』を仕掛けている側がそれを破壊する側に回るとは。

 性質の悪いジョークだ。


「さてと、どうすりゃいいんだろうな。こりゃあ……」


 積極的に『真天十字会』に協力する必要はないが、しかし彼らと事を構える気にもならない。結局のところ、中途半端なのだ。身勝手と言ってもいい。彼女は自嘲した。そう思ったところでそれを改める気にもならないのが、自分の弱みなのだろうなと思った。


(ま、ガイウス風に言うなら連中の信頼を得られたならそれを利用しろ、ってんだろうな。どんなことをすりゃいいのかは、よく分からねーけど……)


 なぜガイウスは自分などにこんな工作任務を命じたのだろうか?

 金咲の爺さんの方が合っているのではないか、と思うことさえあった。

 あるいは自分たちは陽動で、本命は向こうがやっているのではないのだろうか。

 自分は何も知らない。


 この世界の行く末など知ったことではない。

 だが何も知らず利用されるのは気に入らなかった。

 自分のやったことで多くの人の命が失われると知っても、なお。


「失礼いたします、楠様。ルームサービスでございます」


 はて、ルームサービスなど頼んだだろうか?

 記憶をたどってみるが、自信がない。

 とりあえず、モノを見てからでいいだろう。

 そう考えて楠は扉を開いた。


 その奥にいたのは、中性的な出で立ちをしたボーイだった。カートに乗っているのはワインらしきボトルといくつかのおつまみ。本格的に怪しくなってきた。


「あー、私はこんなものを頼んだ覚えはないんだが……」

「おや、本当ですか? ですが、楠様のサインがこちらにあるのですが……」


 そう言って、ボーイは領収書を見せてくれた。現実世界において紙が量産されるのは相当後期になってからだったが、こちらの世界はかなりオーソドックスなものであるようだ。その割に羊皮紙が併用されているのでよく分からない。ともかく、ボーイが持ってきた紙片にははっきりと自分の名前が、自分の筆跡で書かれている。


「……そうか、覚えていないけど、何か頼んだんだな。会計は済んでるのか?」

「ええ。当ホテルではお先に会計を済ませていただくことになっていますので」

「ああ、分かった。それじゃあテーブルの上に置いておいてくれ。ありがとう」


 頼んだ覚えはないが、会計まで済ませたものをスルーするのも何か悪い気がした。

 特に見られて困るものが置いてあるわけではない、彼女はボーイを部屋の中に招き入れ、中央に配置された丸テーブル上に注文したという品を置かせた。


「ありがとうございます、楠様。今後もごひいきに……」


 折り目正しく頭を下げ、ボーイは部屋から出て行った。

 何があったわけではないが、疲労感があった。

 彼女はボトルに注がれた赤い液体を見て、そして手に取った。


「……これからどうすりゃいいんだろうな、私は。ホント、分からねえもんだな」


 ため息を吐き、グラスにワインを注ぐ。

 未成年だが、中世ヨーロッパでは子供もワインを飲んでいたというし、これくらいは許されるだろう。グラスの半分ほどまで注いだ赤い液体をまじまじと見てから、ほとんど一息で飲み干した。アルコールの匂いは感じられなかった。ワインというか、ほとんどぶどうジュースのような感じのものだった。


「あ、美味いなこれ」


 少し楽しくなってきて、楠はおつまみにも手を出した。

 小腹を満たすには十分だった。




 ボーイは角を曲がると被っていた帽子を脱ぎ、纏った衣服を剥ぎ取った。

 その下から出てきたのは、和服姿の女性。

 金咲疾風はボーイに変装し探りを入れていたのだ。


「ったく、肩こるわ。洋装ってのは。それにしてもちょろいやっちゃなぁ」


 しばらく見ていたが、楠は振る舞われたワインやおつまみを特に警戒なく飲み食いしていた。毒が仕込まれている可能性など微塵も考えていない、という風だった。彼女がここまで警戒感なく振る舞えるのは、まるで何も知らないからだろうか?


 彼女の部屋をそれとなく探ってみたが、特に情報になりそうなものはなかった。逆説的に言えば、彼女が仮に『真天十字会』のメンバーであったとしても作戦立案などに関わる中核的なメンバーではないということだろうか?


「ま、中枢メンバーやったんならこんなところには来ないやろうなぁ」


 窓を開き、身を躍らせる。猫めいたしなやかな動きで、彼女は音もなく着地した。働いているボーイには悪いことをした、と思い、丁寧に服を戻してやり、その懐にはいくらかのチップを入れておいてやった。まったく、今夜は大損しかしていないではないか。


「相変わらず見事な手際だね、ハヤテ。忍軍に置いておくのが惜しいよ」


 逃げ去ろうとするハヤテは、背後からいきなり声をかけられた。その邪悪さを本能的に感知し、彼女は懐に手を伸ばし、背後に向けて振り払った。指と指の間に挟まっていた棒手裏剣が音をも超える速度で背後にいた人物に飛来し、突き刺さった。


「出会い頭に串刺しとは。まったく、いい育ち方をしている。親の顔が見てみたい」

「爺さん、あんたの血や。恨むならあんたの下種さを恨みや」


 ハヤテは殺気すら込めた視線で、背後にいた老人を見た。ボロボロのコートにしわがれた顔、それとは対照的に若々しさすら感じさせるほどに豊かな白い頭髪と髭。


「どのツラ下げてウチの前に、『共和国』に入り込めた? 金咲……光龍!」


 数十年前、この世界に転移して来た《エクスグラスパー》はこの地で子を成した。

 初めはその力を冷遇する『帝国』に対して不満を抱き、反旗を翻したが、やがて自らの雇い主である『共和国』にも反発、姿を消した。

 そしてこの男は再び舞い戻って来た。


「アルクルスでの戦いのことを聞いて、もしやと思っていたが……ホンマにいたとはな」

「私は私の力を最も高く買ってくれるところについているだけだよ、ハヤテ」


 棒手裏剣が何発も突き刺さったが、痛みに呻く素振りすら見せない。

 彼の持つ肉体変質能力、『蛭子神』と名付けた力の効果だ。

 内臓の位置を変化させる、否。内臓を消し去ることさえも出来る彼を殺すことが出来る使い手は、この地に存在しない。


「ニンジャがテロリストになるなんて、性質の悪い冗談にしか思えんわ」

「不思議なことじゃない。要人を暗殺し、情報を撹乱し、誰よりも強く勝利に貢献しているはずなのに、我々の待遇は驚くほど悪い。生きて行くことが出来ないほどにね。そうなれば、もっと高く自分を買ってくれるところに傾くのは当然だろう?」

「忍びの誇りはどうした……! 心に刃を忍ばせろと言うたのはあんたやろうが!」

「ああ、そうさ。いつ何時、誰でも切れるようにしておけ。例え君主であってもな」


 激高するハヤテと冷静にそれを受け流す光龍。

 いつかとはまったく逆になっている。

 その事実は、光龍の傷ついたプライドを少しだけ癒してくれた。


「今日キミの前に現れたのは、キミを勧誘したいと思ったからだよ。

 私と一緒に来なさい、ハヤテ。

 愛しいおじいちゃんと一緒に、この世界を変えるんだよ」

「断るッ!」


 ハヤテは即断し、袖口に手を伸ばした。そこに秘められた風切の刃を一閃。

 風の刃が光龍の体を頭頂から股間まで、一刀両断した。だがそこまでだ。切断された体は不可思議めいた力を受けて再びくっつき、何事もなかったかのように再生した。


「お爺ちゃんの警告を受け止めてくれないとは。まったく、愚かな子もいたものだ」

「あんたは殺すで、光龍。我が一族の恥、ウチが(そそ)いだるわ」

「お前の両親ですら敵わなかった私に一矢報いることが出来るとでも?」


 光龍はせせら笑った。そしてそれはハヤテの逆鱗に触れる行為だった。

 彼女は絶叫しながら何度も、何度も風切の刃を振り払った。

 光龍の体が数え切れないほどに分割される。

 正気を取り戻した時、そこには光龍の死体すらも存在しなかった。


「勧誘は失敗か。なら、次に会う時がお前の死ぬ時だ。楽しみにしていなさい」


 上空から何かが迫るのを感じ、ハヤテは反射的に風切の刃を振るった。

 金属音が鳴ったかと思うと、彼女に迫っていた棒手裏剣が地面を転がった。

 目線を上げて光龍を追おうとするが、そこにはもうすでに彼の姿はなくなっていた。


 ハヤテは嘆息し、自らの手裏剣を回収しようとして、思いとどまった。

 光龍のことだ、刀身に毒を塗るくらいのことはしてくるかもしれない。

 そう考えた彼女は、懐に入れていた布に刃をくるみ、仕舞った。

 そして音もなく、その場を離れて行くのであった。


 後々、手裏剣を確かめるとやはり毒が塗られていた。

 この程度のことで死ぬと思っているのか、とハヤテは憤慨した。


 必ずあの男を、この手で追い詰めて殺す。

 父と母を殺し、故郷を裏切ったあの男を。

 それが、自分の成すべき仕事だと理解していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ