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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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世界を塗り替える力

 そんなこんなで、俺たちはウルフェンシュタインの騎士団宿舎に通された。

 ここまでは一般に公開されているスペースだ。

 さすがに、内側に部外者である楠さんを通すわけにはいかないのだろう。

 例え、彼女に話を聞きたいと思っていても。


「ああ、確かに。私は《エクスグラスパー》ってやつだ。気付いたらこっちにいたよ」


 やや反抗的な態度に見えるかもしれないが、楠さんは比較的穏やかに騎士たちの質問に答えてくれていた。はきはきとした受け答えをしてくれるので、騎士受けも悪くない。


「なにか『真天十字会』との関係があったのではありませんか?」

「冗談だろ。こっちの世界に来て心細かったとはいえ、あんな連中の手は借りないさ」


 楠さんは本気の嫌悪感を込めた口調で言った。

 何となくだが、信用できる気はする。


「で、私はいつまでこうして拘留されてりゃいいんだ? 今日家に帰れるのかい?」

「申し訳ありませんねぇ。不自由な思いをさせてしまって」


 そう言って入って来たのはクロードさんだ。

 何だかよく分からない書類束も一緒に持ってきている。

 いったい、何をしようとしているのだろうか?


「初めまして。僕はクロード=クイントスと申します。

 あなたに助けていただいたエリンくんとリンドくんの、まあ友人というところです。

 お見知りおきを願いますね」

「あ、ああ。私は楠羽山、です。まあ、なんていうか、よろしく」


 いきなり入ってきて話を始めた奇妙な人に、さすがに楠さんも面食らっているようだった。そんな彼女を無視してクロードさんは机の上に持ってきた書類の一つを広げた。


「まずあなたは《エクスグラスパー》ということでしたね。

 しかも、召喚によってこの世界に降り立ったわけではない。

 いつ、どのようにしてこの世界に来たんですか?」

「どこ、って言われても。どこだか分からねえ場所だから、異世界なんじゃないのか?」

「ごもっともです。ですが異世界で一人で生きて行くことは出来ない。

 どこか街か、村に到着したはずです。そこはどこだったのでしょうか?」


 楠さんは少し考え込むような仕草をしてから、滑らな口調で答えた。


「最初に行ったのはグラフェンてところだ。

 どうやって稼いでたのか、ってのは聞かねえでくれよ。

 こっちだって必死だったんだ。非合法な手段も、まあ、使ったさ」


 さっきの戦いで楠さんが見せた力について思い出した。確かに、あれなら出力を絞っていたとしても人間くらいならどうとでもなるだろう。こっちの世界に来て二番目に戦ったのはゴロツキだったが、俺も彼らからだいぶお恵みをいただいたものだ。


「合法性についてはさておくとして、グラフェンからこちらに来たのですね?」

「どうにもきな臭いことになってたみたいだからな。安全な場所に移って来たんだよ」


 『真天十字会』が現れてからグラフェンを出たとなると、こっちに到着したのはかなりラッキーだっただろう。あるいは、先見の明があったのか。アルクルスが落ちてから一週間ほどで『真天十字会』はグラフェンへの攻撃を仕掛けて来たのだから。


「……で、さっきの質問にはどんな意味があったんだ? 私が怪しいとでも?」

「いえいえ、そう言うわけではありません。ただの確認です。

 細かいことが気になる性質でしてねえ、申し訳ありませんでした。

 すぐ本題に入らせていただきます」


 楠さんも思わずずっこけた。

 あれだけ長々と話をしておいて、本題に入っていないとは。

 俺も言われる立場だったらずっこけていたかもしれない。


「あの《ナイトメアの軍勢》は『真天十字会』が作り出したものでしょう。僕もグラフェンでの戦いで、あれからあのタイプの怪物が出て来たのを見たことがありますからね」


 楠さんも俺も、黙って聞いている。口を挟む段階にはないように思えた。


「ということは、『真天十字会』の勢力がウルフェンシュタインへ侵入してきているということでもあります。これはゆゆしき事態だ、人々の平和を脅かす存在です」

「それで、どうしようって言うんだ? 私に何かしろとでも?」

「単刀直入に言うとですね、楠さん。あなたにご協力いただきたいんですよ」


 楠さんは訝しむような視線をクロードさんに向けた。

 二の句を次げ、と目で言っているような気がした。

 クロードさんはあまり表情を変えずに続けた。


「現在ウルフェンシュタインを取り巻く状況についてはご理解いただけているはずです。『真天十字会』の攻撃を目前としており、騎士や協力者の方々はてんやわんや。とてもじゃありませんが市街地での捜索活動なんてやってられません」

「そこで、私みたいな一般人も動かそうとしているってわけか?」

「あ、それいいですね。楠さん、かなり強いじゃないですか。二人を守った時の動き、見てましたよ。化け物の懐にシュッと飛び込んで、ガッと一撃くれてやったの!」


 かなり見事な身のこなしだった。美咲の突きを見たことがあったが、あれにも匹敵する鋭さだった。この世界においてもかなりの使い手なのではないだろうか?

 楠さんは困ったような表情を浮かべたが、しかしそれを拒むようなことはなかった。


「……あー、分かったよ。ここで拒否したら、その、心証悪いとかあるだろ?」

「いえいえ、別にそんなことはありません。協力していただけるなら嬉しいですが」


 クロードさんは掛け値なしの笑顔を作って、楠さんの言葉に応じた。


「買い被られたって困るが、まあいいさ。やれることはやってやる、それでいいな?」

「色よい返事が頂けたのなら、それで満足ですよ。お手数ですが……」


 そう言ってクロードさんは羽ペンとインク壺を差し出して来た。

 サインをもらいたい、ということだろうか?

 証文を書かせるのだろうか?


 筆跡鑑定のシステムがないこの時代で、手書きの証文にどれだけの価値があるのかは俺には分からなかった。楠さんはやや危なっかしい手つきで自分の名前を書いた。やはりあれは慣れないと苦労する。


「それではよろしくお願いします、楠さん。人々が安心して眠るためにね」

「……ああ。私だって、そうであればいいと思っているさ」


 そのやり取りを終えると、楠さんに帰宅の許可が出された。楠さんは俺に最後に一度挨拶をして、それから帰って行った。クロードさんはその後ろ姿を静かに見守った。


「……そう言えば騎士団長さん、あなたたちが使ってたそれって何なんですか?」


 俺は団長さんたちがマントの下に隠していたバックルを指さして聞いてみた。

 あの戦闘能力、尋常なものではない。

 単純な身体能力だけで言えば《エクスグラスパー》にも匹敵するだろう。

 そんなものを、彼らはどうやって手に入れたのだろうか?


「分かりました、あなたたちならご案内しても大丈夫でしょう。ご一緒願えますか?」

「僕もついて行っていいと言うのならば、ご一緒します。少し興味がありますから」


 団長はにこやかに笑い、俺とクロードさんを案内してくれた。目指す場所は城のかなり奥まった場所にあるようで、結構な距離を歩かなくてはならなかった。十分ほど歩いて辿り着いたのは、大きめの襖で仕切られた部屋だ。中からは断続的な金属音が聞こえる。


「あー……予想はしていましたけど、やっぱりここでしたか」

「え、クロードさんあのバックルについて何か知っているんですか?」

「ええ、知っています。知っていますがまさかこれほどまで早く実用化するとは……」


 クロードさんは軽く頭を抱えているようだった。そして、騎士団長が挨拶をするよりも早く襖を開け、部屋の中にズカズカと足を踏み入れていった。俺と団長は顔を見合わせ、そして慌ててクロードさんの後を追って部屋に入って行った。


 室内の雰囲気は《エル=ファドレ》にあって《エル=ファドレ》でないような、何ともメタリックな感じだった。グラーディの研究室を思い出してしまう。ただ、室内には色とりどりの宝石が瞬いているのが違った。恐らくは魔法石の類なのだろう。


「どうやら四色混合は成功したようだな。あとはデータをフィードバックし調整を……」


 その部屋の一番奥に、見知った人がいた。トリシャさんだ。白衣を着ているため大分雰囲気が違っている。クロードさんは彼女の方に迷うことなく歩いていく。


「お久しぶりですね、トリシャさん。研究が順調に進んでいるようで喜ばしいですね」

「クロードか。皮肉気な物言いだな、言いたいことがあるならはっきり言え」


 初っ端からクロードさんとトリシャさんは喧嘩腰になっていた。慌てて俺は止めに入った。ただでさえズカズカと踏み込んできたクロードさんは部屋の中で悪目立ちしていた。


「ちょっと、落ち着いて下さいよ二人とも! どうしたんすか、いきなり!」

「いきなりでもないんですよ、シドウくん。僕は昨日、この話を聞いているんです」


 俺の制止もまるで聞いていない、という雰囲気でクロードさんは話を続けた。話の流れからあのバックルのことを言っているのだろうが、どういうことだろうか?


「シドウ。お前の変身システムを流用させてもらったんだ。《ナイトメアの軍勢》と、『真天十字会』との戦いを進めて行くために、この力は必要不可欠なものだ」


 俺の変身システムを?

 言われてから、フォトンレイバーにあった強化変身昨日のことだと思い至った。

 確かに、騎士団長たちの変身はそちらに近いように思えた。


「『真天十字会』との戦いのためですか。ではそれが終わった後にはどうなるんです?」

「私はいま、目の前にある危機の話をしている。その先はこの世界の住人の判断だ」

「それは技術をもたらすものとして、あまりに無責任な発言ではないのですか?」


 クロードさんもトリシャさんも一歩も譲らず、というより他人の話に耳を傾ける気がないように思えた。クロードさんはトリシャさんの発明を絶対に許さない、というスタンスだし、トリシャさんはこの力が絶対に必要だと譲ろうとはしない。


「彼らに蹂躙されている人々が、現実に存在している。それを見過ごせとでも?」

「だからと言って、この世界の技術レベルから逸脱したものを作っていいはずはない」

「誰がそんなことを決めた?

 お前の勝手な判断だろうが。それに私の力は、この世界に来てから発現したものだ。

 そして、この技術は私が身に付けた力から生み出されたものだ。

 つまるところ、これは世界の意志だと言ってもいいのではないか?」

「そんな勝手な道理がありますか。あなたは自分の力を楽しんでいるだけだ」


 二人とも自分の言葉を燃料にしてヒートアップしているようにしか思えない。

 自分の意見を通すことだけに執心している。

 こりゃマズい、どうにかして止めなければ。


「ああ、もういい加減にしてくださいよ二人とも! ちょっと落ち着いて下さい!」


 俺は二人の肩を掴んで止めようとした。そして同時に捻り上げられた。

 すっかりヒートアップしている二人は反射的に俺の腕を極めようとしてきた。


「イデデデデデデッ! ちょっと、ちょっとタンマ! 折れる、折れるッ!」

「あっ……これは、すみませんでしたシドウくん。気が付かなかった」

「あ、悪いシドウ。いきなり掴んでくるからビックリしたじゃないか」

「俺はいきなり腕折られそうになってビックリしましたよ……!」


 反射的に人の腕を折ろうとはどういう了見なんだ、二人とも。

 尾上さんといい、この人たちはちょっと修羅の世界に生き過ぎではないだろうか?

 もっと穏やかになってくれ。


「トリシャさん、どうしてあんなものを?

 確かに《ナイトメアの軍勢》は脅威だ、けど対応できないほどじゃない。

 《エクスグラスパー》の相手だって俺たちが……」

「それじゃあ足りないんだ、分かっているだろう。シドウ」


 トリシャさんの口調も、視線も、あくまで真剣なものだった。悪いがクロードさんが言っているように『自分の力を楽しんでいる』ようには見えなかった。


「戦場じゃ、多くの人が亡くなっている。仕方のないことだって、諦めるのは簡単だ。

 けどそれは防げないことなのか?

 もっと力があれば、もっといいものがあれば、防げるんじゃないのか?

 それに遺族は、そう言われたって納得なんて出来やしない」


 火星で多くの死に関わってきたからこそ、トリシャさんの言葉には説得力があった。


「クロード、お前の懸念ももっともだ。私の作り出した四色混合型魔法石甲冑、『フォース』は大きな力を持っている。被虐者と加虐者の立場が逆転した時、果たしてそれが民衆に向けられることはないか。確たることは言えない。だが私は信じている」

「この世界の人間の善性を、ですか?」

「そうだ。自分が味わった痛みを、他人に味合わせたりしない。そう信じている」


 そうだ。己が手に入れた力を、どのように使うか。

 それを判断するのは自分自身なのだ。リチュエは違った。

 自分が味わった痛みを他人にも味合わせてやりたくて仕方なかった。

 俺はどうだろう。そうでないという自信はない。


「それに、死なないでいい人がいられるなら、その方がいいと思うんです。俺」

「……まあいいでしょう。『共和国』との取り決めの中で作っているんです、僕は口出しすることは出来ません。納得することは到底、出来ませんけれどね。せいぜい、この世界の人たちの善意を引き出すように努力してください」

「別にそれなら、それでいいさ。お前に許可を貰おうなんて初めから思っちゃいない。それにそんなこと、お前に言われるまでもないだろうからな」


 口調こそ刺々しいものだったが最初よりもよっぽどいい。俺はほっと胸を撫で下ろす。


「一件落着、ということでよろしいでしょうかね。お二人とも?」

「ええ、お見苦しいところをお見せしました。騎士団長」


 クマ団長は相変わらず柔和な笑みを浮かべているだけだ。

 こうしていると大物感が漂ってくるから不思議だ。

 いや、階級的には大物も大物なんだろうけど。


「そう言えば、団長はどうして俺のことを知っていたんですか?

 確か、あなたとお会いしたことはないと思ったんですけど……」

「ええ、直接会ったことはありませんがトリシャさんからお話は聞いていますよ」


 なるほど、俺の変身能力を参考にして作ったのだから、その中で俺のことが話題として出てくることもあるだろう。そういうことだと分かると意外とすんなり納得出来る。


「傷だらけになっても、人々のために戦う戦士。敬意が湧き上がってくる。一度直にお会いしたいと思っていましたが、こうした機会が頂けたことはまさに天恵ですな」

「そこまで言われると、むずがゆい感じがしますね……そんな大したもんじゃないのに」


 戦績で言えばぶっちぎりで下の俺をそこまで高く評価してもらうと、やっぱり凄くむずがゆい。過剰評価とも思うのだが、素直にそれだけ評価されると嬉しい。


「今後、同じ戦場で戦うこともあるでしょう。その時は、よろしくお願いします」


 そう言って、クマ団長は大きな手を差し出して来た。傷だらけの大きな手だ。

 これまで多くの研鑽を積み、多くの傷を背負ってきた、偉大な手。

 その手を取ると、俺の方も誇らしい気分になってくる。

 思っていたよりも強い握力には顔をしかめたが。


「まだ改良すべき点は多くある。お前の力を借りることになるかもしれないな」

「かなり強かったじゃないですか。ぶっちゃけ俺よりも強かったと思うんですけど」

「出力が強すぎるというのも考えものだ。現状、限られたメンバーにしか使えないからな。量産に当たっては誰にでも使えるようにしなければならない」


 現状では人の戦闘能力を底上げするというより、人を《エクスグラスパー》にする技術とで言えそうなものだ。特別な戦力が増えるだけでは意味がない、騎士団全体の戦力を底上げしなければならないからだ。

 フォトンレイバーの強化変身システムは、元から大きな力を持ったものをさらに強化するものなので、そこを引きずっているのが原因だろう。


「俺に、っていうか俺の持っているものが役に立つなら、いくらでもお手伝いします」

「頼もしいですな、シドウさん。よろしくお願いしますよ、ハッハッハ!」


 クマ団長はデカい手で俺の背中をバンバン叩いて来た。滅茶苦茶痛いが、悪い気はしない。もちろん叩かれていることではなく、誰かの命を守る役に立てるということが、だが。

 シルバスタの力だって、多くの人を守るために使われたなら本望だろう。


「それよりも、明日のことだ。この街にばら撒かれたあの結晶、必ず排除します」


 黒い結晶への対応は正規騎士団ではなく、俺たちのような手すきの人間が当たることになった。騎士団が大規模に動けば市民たちに混乱が生じるし、敵に動きを察知されてしまう危険性も高くなる。個別戦力の強みを発揮するならいまだ。


「我々の代わりに、市民を守ってください。シドウさん」

「分かっています、団長。人々の命を守ること、それが俺やるべきことだ」


 俺とクマ団長は拳を打ちつけ合った。

 団長が顔をしかめたような気がするが、気のせいだろう。

 俺の拳一つで倒れるような人には見えなかった。


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