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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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二人と二人の秘密話

 腹が減っている。だが金はない。

 どこからも持ってくることが出来ない。

 この絶望的な状況の中で、俺はそれらをすべて解決する妙案を思いついた。


 俺は待った。ウルフェンシュタイン中央の噴水広場で。

 そして探した。あの人の影を。


「……おっ。お前、何してんだこんな時間に? もしかして暇なのか?」


 そして俺の予想、そして期待通りに、あの人は現れた。今日は少し肌寒い。

 だからかは知らないが、彼女は少し厚めのコートを着ていた。

 楠さんの姿を見て俺も立ち上がる。


「ドーモ。また会いましたね、楠さん。そちらこそこんな時間にどうしたんです?」

「ああ、これから昼飯にしようかと思ってるところ。よさげな店があったからな」


 彼女はそう言って、大衆的な店構えのレストランを指さした。高級感はないが、全体的に品のいい作りで、いい匂いが漂ってくる。テラス席の客の手元を見てみると、これまたうまそうな料理がいくつも並んでいる。正直、涎を抑えきれない。


「うわっ、何だよお前汚いなぁ。何でそんなにがっついてんだよ?」

「おっとそうだ、我を忘れるにはまだ早い。楠さんに頼みたいことがあるんだ」


 俺は楠さんに向かって、深々と頭を下げた。通行人が訝し気な視線を向ける。


「すいません楠さん、飯奢っちゃあくれませんか?」




 俺と楠さんは四人掛けのテーブルに案内された。

 時間がそれほど早くなく、そして昼にはまだ遠いことから、店内にそれほど人影はなかった。おかげさまで、こういう大きめのテーブルでゆったり食べることが出来るのだが。思わず鼻歌を歌ってしまう。


「昨日奢られた奴に、今日奢ってくれと言われるとは思わなかったぞ……」

「海よりも深く、山よりも高い事情があるんですがそこは割愛させてください、マジで」


 まさか同じ奴に金をすられたともいえず、誤魔化すことにした。楠さんは訝しげな視線を俺の方に向けながらも、特に追及してくる様子はないので助かる。

 店オススメのモーニングメニューとやらを二人分頼んだ。

 昨日奢った額よりも微妙に少ないのがいい。


「ところで、シドウ。お前、昨日何て言うか……あの姿っていったい、何なんだ?」


 この世界の人間にとっては見慣れない光景だろう。特に話しても問題になることではない、俺は楠さんに、自分が《エクスグラスパー》であるということを説明した。

 彼女は大層驚いているふうだったが、特に突っ込んだ質問をしてくることはなかった。悠然と構えているこの人のことだ、驚いているのはポーズであまり驚いていないのかもしれない。


「しかし、《エクスグラスパー》ってのも大変だな。あんな化け物相手に、その身一つで突っ込んでいかなきゃならないなんてな」

「本当に大変なのは騎士の皆さんですよ。俺はこの力があるだけマシです」

「騎士なら、ああいう奴には敵わない。だから、言い訳がきくんじゃないか?」


 なるほど、軍属でない人にはあまり馴染のない話かもしれない。


「ああいう人ほど、逃げられないんですよ。上からの命令がない限りはね」

「勝てる見込みがないのに突っ込んでくのか? バカじゃないのか、そいつらは」

「あの人たちにだって守りたいものがある。それに、守らなきゃならないものも。逃げ帰ってきたら最悪の場合、騎士団から除名されて現在の地位も剥奪される。そうなると名誉もそうだけど、現実問題として家族を養っていく収入も得られなくなる。

 だからあの人たちは戦っている、戦わなきゃいけないから、戦ってる」


 俺も、騎士の人たちから実際に聞いてみるまではそう思っていた。聞いてからも、実際に目にするまで名誉のために死ぬなんてバカバカしいと思っていた。

 けれども、彼らはやり遂げた。名誉を、家族を、国民を守るために戦って、そして死んでいった。もちろん、中には折れてしまう人もいた。

 けれどもそれを責めることなんて俺には出来なかった。


「……なるほどな、無知ゆえに、その、失礼なことを言ってしまったみたいだな」

「気にしないで下さい、楠さん。そういうイメージを抱いている人、多いそうですから」


 そう言っては見たが、楠さんはどこかバツの悪そうな、何かを考えるような姿勢を取った。しまった、俺の放った迂闊な一言のせいで空気が悪くなってしまった。


「……どうした、シドウ。何か、変な顔してんぞお前」

「変な顔って。そりゃいい顔してないのは分かってますがそこまでストレートに……」

「そういうことじゃねえよ、ただ昨日より沈んでる気がしてな」


 そこでまた会話が止まった。確かに悩んでいる、が……


「言いたくないなら別にいいんだ。私だって別に聞きたいわけじゃない」

「じゃあすいません、言いたいので聞いてもらってもいいですか?」


 楠さんは肯定しなかったが、否定もしなかった。俺は少しためを作って、言った。


「……生きている価値のある人間と、ない人間。そんなものがいると思いますか?」

「藪から棒にすげーことを言うな。もっと軽いものかと思ってたぞ」


 確かにすごいことを言っている。気軽に話していい話題ではないだろう。


「すいません、楠さん。忘れてください、戯言ですから」

「そう言うあんたは、生きている価値がある人間だと思ってるのかい?」


 楠さんは先に振る舞われた水を飲みながらそう言った。

 そう言われると、自信がない。


「だいたい生きてる価値って何だ?

 誰かがお前に『生きてていいですよ』なんてお墨付きをくれるのか?

 そうじゃねえだろ、生きてるのはお前の意志だろうが」

「確かに人の命に価値を付けようなんて考え方自体、傲慢なのかもしれませんね」

「いや、違うよ。私が言いたいのはそういうことじゃない。何て言うのかな……」


 楠さんは少しの間天を仰ぎ、指先を虚空に躍らせた。言葉を探しているようだった。


「誰かに命じられてお前は生きてんのか? 確かにお前が生まれて来たのは親のおかげだけどさ、いまこうして生きているのは願われたからってだけじゃないだろ?」

「他人の願いとは関係ない、俺自身の思いで生きている……ってことですか?」

「そうじゃないのか? 少なくとも私はそうだ。誰が何を言おうと私は生きて行こうと思っているし、私がやりたいことをやりたいと思っている」


 人の願いではない、俺の願いか。

 もしその願いが人を傷つけることになったとしたら、楠さんはどうするのだろう?

 聞いてみたかったが、言葉は出なかった。

 それからしばらく、俺たちは言葉を失ってお見合い状態になった。


「あー、そう言えば……昨日財布すられましたよね? あれからどうなったんです?」

「ああ、偶然あいつらを見つけることが出来たからな。まあ、取り返してやったよ」


 そう言って、楠さんは財布をひらひらとさせた。飾り気の多い長財布。確かに、これならあいつらも大金が入っていると思ってすり取っても不思議ではなかった。


「……後学のために聞いておきたいんですが、どうやって取り返したんでしょう。それ」


 女を舐め切ったあいつらが簡単に財布を簡単に返してくれるとは思えなかった。

 しかも、相手は自分の、その、股間を蹴り上げた相手だ。

 逆上して襲い掛かって来ても不思議ではない。

 細い彼女の腕で、どうやって取り返したのだろう?


 気になって聞いてみたら、彼女は凶暴な笑みを作り、俺の方に顔を寄せ、ゆっくりと言った。


「――知りたいか?」

「いや、痛そうなんで知りたくないっす。ごめんなさい」


 寄せられた顔にどきりとしてしまう。対照的に楠さんはケラケラと愉快そうに笑っていた。何となく弄ばれたような気になって、気に入らなかった。


「悪いな、あんたが初心な反応してくれるから面白くてよ。案外あっさり返してくれた」

「ああ、あの殴打が効いたんでしょうね。よかったっすね、楠さん」

「まったくだ、荒事になったらなったで、また面倒なことになるからな」


 そんな風にして楠さんと話していると、ガサリと音が聞こえて来た。すぐ近くにあった植え込みが何か動いたようだった。見てみるが、そこには何もない。何だったんだ?

「どうしたんだ、シドウ。知り合いでもいたのか?」

「いや、そう言うわけじゃないんですけど、何て言うか……妙な気配を感じて」

「妙な気配、って。お前、漫画の剣豪か何かかよ?」


 ごもっとも。というか、音に反応したので気配すら感じていなかった。

 何かがいたような気がするが、気のせいか。

 最近気を張り詰め過ぎているのが原因だろう。

 そうこうしているうちに、プレートに乗せられたランチセットが運ばれてきた。

 豊かな香り。


「ま、話はここまでにしてさっさと食べちまおう。冷めちまったら店主さんに悪いしな」

「そうですね。楠さんの奢り飯なんだ、味わって食べないと罰が当たっちまいますね」


 他人の金で食う飯というのは美味い。

 俺は肉汁溢れる小振りなステーキに噛みついた。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 まだ心臓が早鐘を打っている。

 植え込みの陰に隠れながら、リンドは自らの鼓動を沈めようと無駄な努力を繰り返した。そんな姿を、エリンは呆れたように見下ろしてくる。


「姉さん……ドレスが汚れちゃうから、そこにもたれかからない方がいいよ?」

「わ、分かってますわエリン。す、すぐに立ち上がります。すぐに」


 何だか思いつめた顔をして、シドウが城から出て行くのが見えた。

 気になったので追いかけて行ったら、中央の噴水広場で一人黄昏ていた。

 何か悩んでいるのかもしれない、少しでも力になれればいい。


 そう思って話しかけようとしたが、すぐに止まった。

 見知らぬ女の人と、シドウは一緒にお店に入って行った。

 楽しそうな顔だった。


「エリン、もしかして……これって、デートっていうものですの?」

「ボクはやったことがないから分からないけど、そうかもしれないね」


 デート。書物の中でしか見たことのないことだ。少なくとも、生まれてこの方デートと言うものを見たことがないので、確証は得られなかった。

 けれども、これまで得られた統計的なデータからデートが『楽しいこと』に分類されることを二人は知っていた。頭の中の知識と、得られたデータからいまシドウがデートをしていることは明白だった。


「いつの間にあの方と知り合ったのでしょう? かなり親し気ですが……」

「そうかな? シドウさん、初対面の人と仲良くなるのが上手いと思うんだ。

 もしかしたら会ってすぐかもしれない。例えば、昨日偶然会った人とか」

「その辺りのことは、もっと探りを入れてみなければ分かりませんわね」


 あの二人が一緒にいるところを見ると、リンドの心にさざ波が立った。

 どうしてそんな風に考えているのか、よく分からなかった。


 ただ、何となく面白くなかった。


 知らない人に笑顔を見せているシドウが、何となく憎々しいようにさえ思えてしまう。

 特に女性と一緒にいてあんなにやけ面をしているということが気に入らない。


「ところで姉さん、僕たちの行為ってデバガメって言われると思うんだけど」

「こんなことに付き合わせてしまってすみませんわね、エリン。でも、私は……」


 この感情に説明を付けられるようになるまで、どうしても帰る気にはならなかった。


「シドウさんのことが好き、なのかな。姉さん」


 好きか、嫌いか。そう言われれば絶対に好きと答えるだろう。けれども、図書館で偶然目についた恋愛小説のように一人の異性として好きか、と言われれば、分からない。


「……私が抱いている好意は、助けてもらったことへの感謝かもしれませんわ」


 あのまま行っていれば死んでいた。放り出されれば生きてはいけなかった。

 いまここで生きているのは、あの人がいてくれたからだ。

 だからこそ、自分の感情に自信が持てない。

 謝意も好意も愛情も、自分の中で混ざり合って、どうなっているか分からなかった。


「きっと分かる時が来るよ、姉さん。それまではさ、一緒に考えよう」

「うん……そうね。ありがとう、エリン。少しだけ、勇気が出た」


 そう言ってリンドは薄く笑った。自分の抱えている感情の意味は分からない。

 でも、考えることは止めたくない。

 止めてしまったら、もっと苦しくなる気がしたから。


 二人は会話を切り、もう一度店を見た。

 しかし、そこにシドウの姿はなかった。


「あ、あら? も、もしかしてシドウさん、もう出て行ってしまったのかしら?」

「でも、お相手の女性がまだ残っているよ。それっておかしくない?」


 女性は優雅に運ばれてきたコーヒーを飲んでいる。

 たった一人出てくるわけがない。


「……お前ら、そんなところで何やってんの?」

「わひゃぁっ!? し、ししし、シドウさん!?」


 いきなり声をかけられて、リンドは文字通り跳び上がるほど驚いた。

 むしろ、声をかけてきたシドウの方が驚いてしまったのだが。


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