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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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ちょっとだけ重い考え事

 寝覚めは悪いだろうな、と思っていたがやはり悪かった。

 丸い窓から差し込んだ陽光が俺を苛んでいるようだった。

 布団を剥いで立ち上がり、伸びをする。


「……とりあえず朝飯だな、うん。腹が減ってると気持ちがナーバスになる」


 支給された服に袖を通し、髪を少し撫でつけた。

 寝癖が完全には直らなかったが、直す気にもなれなかった。

 腹を満たすために踏み出そう、と思ったところで声をかけられた。


「シドウくん、起きていますか? 僕です、クロードです」

「えっ、クロードさん? ええ、起きてますけど、何か?」


 朝っぱらから人に会うことになるとは思わなかったので、少し動揺してしまう。

 襖を開けて、いつもと変わらぬ姿のクロードさんが入ってくる。口元には柔和な笑み。


「昨日おかしな化け物と遭遇したと聞いていたので、気になって来てみたんです」

「あ、そういう話ってもうすぐそっちに言っちゃうんですね」


 と、そこまで言って昨日の対応は迂闊だったな、と思う。

 市内で《ナイトメアの軍勢》と出会ったのだ、騎士団に報告くらいはしておくべきだった。昨日のささくれた心ではそこまで気が回らなかったのだが。俺は頭を掻き、反省のポーズを取った。反省だけならサルでも出来る、とは言うがまずは形から入ることが重要だろう。


「現場の状況なんかは巡回の騎士から報告を受けていますが、対応に当たったあなたの意見も聞きたい。ということだったので、僕がこちらに来たんです」

「なるほど。尋問となると穏やかじゃないけど、クロードさん相手なら気軽にいけます」


 取り敢えず、報告は簡潔、かつ確実に。俺はあの日起こったことを細部まで思い出せるように努力しながらクロードさんに事のあらましを語った。

 もちろん、楠さんと会ったことは伏せておく。

 あくまでその辺は俺のプライベートな話になるからだ。


「なるほど、ではキミはランドドラゴンが生まれるところは見ていないんですね?」

「路地から出てきましたから、その先で生まれたことは間違いないと思います。

 ただどこから来たか、とかは……すみません。ちょっとよく分からないです」

「責めているわけではありません。むしろ当たり前のことです。事細かにそんなことまで分かっているなんて、むしろ怪しいと思いますよ?」


 まあそれはそうだろう。何の前触れもなかったことの詳細を把握しているなど、余程の偶然かもしくは犯人だけだ。


「しかし、あのドラゴンがまた現れるとは……ぞっとしない状況ですね」

「あいつらに対応できる人間となると、限られて来るでしょうからね」


 俺とて、エクシードフォームが発現しなければあのまま殺されていただろう。


「あの力をもう一度発現させることが出来たのですか。ですが、大丈夫ですか?

 あの力を使った後、体に不調などは出ていませんか?」

「いや、何ともないですよ。大丈夫」


 俺は努めてなんということはない、という感じで答えた。あの現象について話をするべきではないように思えた。無駄な心配を人に掛けたくはなかった。


「それならばいいのですが……まあ、いいでしょう。問題はこれからのことです」

「何度も続くようなら、対策を立てなきゃいけないでしょうからね」


 一度なら生き残っていた化け物が外から入って来た、というのもあり得るかもしれないが、何度も続けばウルフェンシュタインに何かある、ということになるだろう。外圧を抱えている以上、内部に敵を抱えているわけにはいかない。同じ勢力ならなおさらだ。


「あんなことがあった後ですから、シドウくんも体には気を付けてくださいね」

「ええ、ありがとうございます。クロードさんはこれからどちらへ?」

「尾上さんにお呼ばれしていましてね。半ば宮仕えのような形になってしまいました」


 そう言ってクロードさんは苦笑しながら立ち上がり、部屋から出て行った。ウルフェンシュタインにも『真天十字会』の魔の手が伸びている。どうにかしなければ。


 そこまで考えて、俺は結構な時間が過ぎていることに気が付いた。




 土間で靴を履き、部屋の外に出る。相変わらず純和風な建築物の中で洋風の衣装に身を包んだ人々が働いているのはシュールだった。

 グラフェンから逃れてきた騎士団の団員たちも多くいた。食堂に向かう途中で彼らに軽い挨拶をかわす。美味そうな匂いが鼻孔を刺激したが、油断はできない。

 士官用食堂と下士官用食堂では完全にメニューまで分けられている。信さんに土下座して士官用食堂に押し込んでもらおうかと思ってしまうほど、その落差はひどいものだ。


「おはようございます、おばちゃん。朝飯、まだ残ってますか?」

「あら御免なさいねー、まだ食べてない人がいるって知らなかったのよー」


 そう言って食堂のおばちゃんは空になったおひつ(・・・)を見せてくれた。

 我先にと人々が並んできた結果だろう。やれやれ、空腹というのは人を浅ましくさせるものだ。それを求めていた俺が言っても説得力はまるでないだろうが。


 まあ、仕方がない。俺には現状仕事がないので、無理をしてここで食べる必要もない。日々忙しく働いていらっしゃる騎士の皆様に、ここの食事は振る舞われるべきだ。俺は俺で街に食いに出て行けばいいのだ、と思ったが財布がないということを思い出した。


「尾上さんに頼んで……いや、あの人も忙しくしてるだろうから……うーん」


 尾上さんには俺と違って軍隊知識があり、銃器に対する知識がある。近々彼が持ち込んだ銃火器をこちらの世界の人々に解放しようとしている、という話も聞いた。と、なれば火器の教練を行うこともあるだろう。忙しいイベント目白押し、という感じだ。

 そもそも、俺は尾上さんやクロードさんがどこにいるのか分かっていない。


 彼らは『共和国』軍にとって重要度が高い人材、ということだろう。俺とば別のグレードの部屋があてがわれていた。露骨な格差を感じるようで、少し寂しくなる。


「はぁ、ままならねえなぁ。人生ってのは、どうにも辛いことばっかりだぜ……」


 ため息を吐きながら、中庭に出て来た。ここに出て最初に目につくのは大きな桜の木だ。当然、季節ではないから花は咲いていないが、枝垂れた見事な枝を見ているだけでも得したような気分になってくる。季節が廻れば美しい花が咲くのだろう。


 大き目の庭石に腰かけて、空を見る。小鳥たちが舞い遊び、花の匂いが俺の心を和らげてくれる。そのまま寝っ転がって、芝生に背を預ける。風の音だけが辺りに響いていた。グランベルクを脱出してから久しく感じていなかった安らぎが俺を満たした。


「どうなるか分からねえけど、やってみるしかねえのかなぁ……」


 戦いは続ける。でもどうしていいのか分からない。状況に流されるまま、漠然と戦っているのは何か違う気がした。それでは『真天十字会』の連中と、俺が否定して来たものと何も変わらない。

 現実は待ってくれないが、覚悟を決める必要はあるだろう。どこかに俺のジレンマを解消してくれる、魔法の言葉はあるのだろうか?


「あー、シドウ! こんなところにいたのね! 探したわよッ!」


 いきなり大声をかけられて、俺はビクリと跳ね起きた。懐かしい声が聞こえて来た。


「あ、アリカ? どうしてこんなところに、っていうか、え? いたの、お前?」

「いたの、じゃねーわよ! 当たり前でしょうが、ウルフェンシュタインまで逃げろって言ったのはあんたでしょう! それを忘れてるって、どーいう了見なのよあんたッ!」


 懐かしい。このクソガキのやかましい声やら、仕草やら。

 内心では再会を喜んでいるのに、それを表現できない不器用さが、懐かしかった。

 俺の頬を熱い雫が伝った。


「な、なに泣いてんのよ……そ、そんなにあたしに会いたくなかった……?」

「逆、逆。また、こうして無事に会えたことが何か、嬉しくってさぁ……」


 悲しくもないはずなのに涙があふれて来た。アリカはやれやれとため息を吐きながら、俺の近くに寄って来た。そして、垂れた俺の頭を撫でて来た。


「やっ、バカな、撫でんな! さ、さすがに恥ずかしいだろこんなのッ……!」

「公衆の面前で泣いてる、あんたの方がよっぽど恥ずかしいって。ま、弱虫泣き虫のシドウじゃしょーがねーですから。泣き止むまでそばにいてやりますよ」


 微笑みながら、アリカは俺の頭を撫で続けた。このクソガキめ。

 跳ね除けてやろうとしたが、それが出来なかった。

 柔らかな手の感触が、心地よかった。




 それからしばらくの間、俺とアリカはこれまでの情報を交換し合った。

 グラフェンで起こったこと、護衛の最中にあったこと。

 襲撃を受けたとは聞いていたが、そこから先の話は聞いていなかった。

 信さんが彼らを守り、彼方くんが新たな力を手に入れたことは。


「『アテナの盾』……? そんなものが、水底に沈んでいたっていうのか?」

「おかしな話だけど、偶然に助けられたわね。フェイバーなんかは大喜びだったわ」


 アリカは特に違和感がないようだが、俺にとっては不思議で仕方がなかった。そもそもその地点は『共和国』が採掘を行っていた場所であり、少なくとも底までは見えていたわけだ。地中深くにあったアテナの盾を、彼らは見逃していたのだろうか?


 二人が無事に済んだことは嬉しいが、何となく違和感は残る。

 どういうことなのだろう?


「グラフェンであったこと、軽く聞いたわ。大変だったみたいね、あんたも」

「ああ。俺はまた、誰も守ることが出来なかった……」

「仕方ないじゃない。あんただけの力で何かが守れるなんて、そんなこと有り得ない。

 もし責任があるんだとしたら、それはみんなが背負うべきもので、あんただけがウジウジ考えていたって仕方がないことでしょう? 元気出しなさいよ、シドウ」


 アリカは正論を言って俺を慰めてくれるが、しかし正論では癒されないものもある。


「……アリカ。人を殺したいと思うことって、罪だと思うか?」


 言ってからなんてことを聞いたんだ、と思ってしまうが、しかしアリカは黙ってそれを考えていた。決していい加減に聞いてはいない。少し考えてから、彼女は答えた。


「……ごめん。あたし、そんなこと考えたことがないから。よく分からない」

「考えたことない、って。ガイウスとか、ああいう奴に対してもか?」

「確かにお父様を殺したことは恨んでる。

 でも、私にとっては優しいガイウス叔父さんでもあったわけだし……

 それが表面的なことだったとしても、何ていうか、分からないわ」


 相手のことを知っているがゆえに、簡単には恨むことが出来ないということだろうか。


「殺したいほど相手を恨む、ってことはさ。それだけ強い怒りを感じたってことでしょ? 相手を殺したいと思ったことよりも、どうしてそこまで怒ったのかの方が大事じゃないかな、って……言うのが、あんまり分かってないあたしの意見かな」


 どうしてそこまで怒ることが出来たか、か。

 そう考えると、俺の気持ちはより一層沈んで来る。


 リチュエのことを殺したいほど恨むことが出来たのは、要するにリチュエが顔も知らない他人だったからだ。同じことをクロードさんがやったとして、俺は同じように恨むことが出来るだろうか? 実際彼も多くの人を殺めている。


「つまる話、人間て自分の半径数メートルの話題にしか怒れねえんだな……」


 元の世界にいた時だって、多くの戦争があった。

 テレビの中継で幼い子供やその親兄弟が傷ついているのもたくさん見た。

 だけどそれは俺にとって対岸の火事であって、可愛そうだとは思ってもニュースが終われば情報の洪水に押し流されてしまう程度のものだった。そしてそれは、この世界に来ても変わっていなかった。


「何か沈んでるみたいだけど、元気出しなさいよ。自分の周りの出来事にしか怒れないって、それ当然じゃない。この世のすべてに怒ってるよりはずっといいわよ」


 まさかこんな小さな子供にさえ慰められてしまうとは。情けない。

 そう思ったが、精神的には彼女の方がよっぽど大人なのかもしれない。


「ありがとな、アリカ。ちょっとは元気出た……はずだ。もう大丈夫だ」

「ホントに大丈夫? あんた、無理してるんじゃないの?」

「心配してくれんのか? そいつはありがたいねぇ」


 皮肉めかしていってみたが、アリカの表情は真剣なものだった。


「そりゃ心配よ。一緒に過ごした時間はそんなに長くないかもしれないけど、あんたのことは友達だと思ってるし、命の恩人だとも思ってる。力になってやりたいわよ」

「うっ、ごめん……なんていうか、茶化さないでちゃんと聞いておくべきでした……」


 どうにも心がささくれ立って人の反発を買う物言いしか出来なくなっているような気がした。アリカは呆れたようにため息を吐くと、背伸びして俺の頭をもう一度撫でた。


「すぐに無理して答え出すような問題でもないでしょ。騎士団にもね、いるんだって。

 本当に人を殺すことが出来なくって、悩んで、それで辞めて行く人たち」


 それはきっと当たり前のことなのだろう。人が人を殺したくないと思うことは。


「話相手くらいにはなってやるからさ。あんまり、その、思いつめないでよ?」

「……うん、分かった。ありがとう、アリカ。俺、そろそろ行くよ」


 グー、っと腹の音が鳴った。そう言えばまだ朝飯を摂っていなかったことを思い出した。アリカはまた呆れたように、しかし朗らかに笑って俺を見送ってくれた。


 話しをしてみるものだな、と俺は思った。

 胸のつかえが少しは楽になった気がした。


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