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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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輝きの守護者/エクシードフォーム

 跳びかかって来る俺に、ランドドラゴンは素早く反応した。右裏拳を振り上げて来たのだ。俺の拳がランドドラゴンを捉えるよりも一瞬早く、ランドドラゴンの拳が俺を捉えた。腹に衝撃、そのまま投げ捨てられた。

 地面に手を付き一回転、素早く立ち上がる。ランドドラゴンは左手に持っていた人を乱暴に投げ捨てると、俺を見据えて叫びながら構えを取った。


「楠さん、逃げてください! それから騎士団呼んで! 早くッ!」

「ッ、分かった! 何だか知らねえけど、お前も無茶するんじゃないぞ!」


 大声で叱責するような声をかけて、何とか楠さんをこの場から遠ざける。

 周囲の状況はまだ混沌としている、ランドドラゴンを自由にするわけにはいかない。

 俺は地を蹴った。


 素早くランドドラゴンに肉薄し、渾身のストレートパンチを胸板に叩き込む。重いサンドバッグを殴るような感触があった。ランドドラゴンは半歩下がるが、ダメージを受けている様子はない。

 ランドドラゴンは鬱陶し気に左腕を振るった。爪の一撃をしゃがんで回避、もう一撃胴に拳を叩き込む。これもダメージを受けている様子なし!


「クソ、硬ェ……! なんつー筋力してんだよ、こいつ!」


 一撃撃つたびに手首がへし折れそうになるほど、ランドドラゴンの胸板は厚かった。この筋力から生み出される一撃を受ければ、逆にこちらは相当なダメージを負うだろう。


 屈んだ俺の体をランドドラゴンが掴み、強引に持ち上げた。凄まじい力を前に抵抗することすら出来ず、俺の体は引き上げられた。たたらを踏む俺の体に爪が振り下ろされる。ラバーめいた装甲に当たった爪は、大量の火花を辺りに撒き散らした。


 体が粉微塵に切り裂かれるような感覚を受けた。痛みに呻いている間に、逆手の爪が振り上げられた。再び火花が上がり、俺の体が後方に吹き飛んで行く。群衆の中から悲鳴が上がる。ランドドラゴンはくるりと反転、逃げる人々に向かって歩きだす。


「この野郎、手前の相手は俺だ! よそ見してんじゃねえよ!」


 腰から下げていたフォトンレイバーを引き抜き、トリガーを引く。

 フォトンレイバーに内蔵されていた魔法石からエネルギーが放出され、俺の体を包みこんでいく。ショルダーアーマー、ブレストプレート、背部スラスターを構築。全身に力が漲る。


 ゆっくりと、追い詰めるようにして人々の方に向かって行くランドドラゴンの背中を切りつける。今度はランドドラゴンが火花を上げる番だった。鱗に覆われた背中に醜い裂傷が生まれる。どうやらフォトンレイバーの威力ならこいつにダメージを通せるようだ。


 ランドドラゴンがくるりと振り返り、怒りに燃える目で俺の方を見て来た。

 遠心力を加えた爪の一撃が俺の頭に向かって降り下ろされる。レイバーフォームとなり、強化された俺の肉体であっても、この一撃を受け止めきれる気はしない。一歩身を引きかわす。近くにあった石柱が切断され、ダルマ落としめいて落ちていった。


 狂乱したように左右の爪を振るうランドドラゴン。爪の一撃をフォトンレイバーで防御しつつ後退、一撃一撃に腕が痺れるほどの力が込められている。どこかで反撃に転じなければマズい。そのタイミングを探っていると、意外に早くその時が訪れた。


 ランドドラゴンは一歩踏み込み、眼前で爪をクロスさせると素早く振り払った。

 いままでよりも込められた力が強い、俺はバックステップで後退、詰めの範囲から逃れた。だが、それは仕込みだったようだ。縄のような筋肉が浮かび上がり、構えを取ったランドドラゴンは弾丸のような勢いで爪を突き込んできた。まともに受ければ貫通は必至!


 だがそのタイミングは俺自身も待ち望んでいたものだ。背部スラスターを展開し、飛ぶ。背中から吹きあがった炎が俺の体を加速させ、持ち上げる。爪を飛び越え、ランドドラゴンをも飛び越え、奴の背後に立った。


 もう一度俺はフォトンレイバーのトリガーを引く。

 『FULL BLAST!』の掛け声が、奴にも聞こえただろうか。


 着地し、反転しながら、遠心力を加えた斬撃を繰り出す。ランドドラゴンもただならぬ気配を察したのだろう、素早く反転し、爪を掲げて俺の攻撃を受け止めようとした。紫色の炎を伴った斬撃がドラゴンを焼き滅ぼさんと突き進む。

 爪と剣とが交わり、轟音と衝撃が辺りを揺らした。あまりの衝撃に逃げていた市民がたたらを踏んだほどだ。


 ぶつかり合った二つの物体。果たして勝利したのは、剣の方だった。

 爪がガラスのように砕け、衝撃に煽られたランドドラゴンの体が後方に大きく吹き飛んで行き、通りにあった建物の壁に当たってようやく止まった。

 着地点に蜘蛛の巣状の日々が広がる。


「まだ生きてやがるのか! けど、次で止めを刺してやるぜ!」


 いい加減レイバーフォームの稼働時間も限界だ。この狭い都市部でフォトンシューターを使うわけにもいかない、二次被害でドラゴンが暴れたよりも酷いことになるだろう。この時を逃がせば、ランドドラゴンを始末することは出来なくなる。


 壁にめり込んだランドドラゴンが、事もなさげに道路に戻る。渾身の一撃を食らわせたはずだったのに。まあいい、武器となる爪はもうない。ならばもう一度。


 そう考えたが甘かった。ランドドラゴンが恐ろし気な咆哮を上げると、その肉体が一回り大きくなったような気がした。否、錯覚ではない。全身から蒸気を立ち上らせるほど強く力を漲らせ、全身の筋肉をバンプアップさせているのだ。爪を失った手もナックルのような形になり、先ほどよりも攻撃的な姿になっているように思える。


 ランドドラゴンが踏み出す。先ほどまでとは比べ物にならないスピードだ。

 防御しようとするが、それよりも前にランドドラゴンが放った拳が俺の胸部装甲に炸裂した。装甲そのものが破壊されそうなほど強烈な威力に、俺はたたらを踏む。更にもう一撃、ランドドラゴンは繰り出そうとして来る。苦し紛れにフォトンレイバーを掲げ防御しようとする。


 だが、受け止め切れず、受け流すことも出来ない。衝撃を受けて俺の体が吹き飛んだ。先ほどのランドドラゴンと同じく壁に激突するが、生憎と俺にはバンプアップのような切り札はない。ただ壁に叩きつけられ、苦し気に呻くことだけが出来た。


「チッ……! だったらもう一度、叩き込んでやるだけのことだ!」


 ランドドラゴンは俺に興味を失ったのか、人々の方へと向かっている。先に逃げた人々が障壁となり、上手く逃げられていないようだった。行かせるものか、フォトンレイバーのトリガーを引き、もう一度必殺の一撃を奴の体に叩き込もうとする。


 だが、それは遮られた。ランドドラゴンの口元に赤々とした炎が宿る。チロチロと口の端から出てくる炎の尾は邪悪な舌のようだ。火炎弾を放つつもりか?


 ランドドラゴンの視線の先を見る。そこには先程楠さんを囲んでいたチンピラの一人がいた。体格がいいリーダーがいないところから、彼は見捨てられたのだろう。必死の形相で命乞いのようなことをしている。そんなことが無駄なのは分かっているだろう。


 助けない。

 このままランドドラゴンを切る。

 生きている価値のない人間が消し炭になったとして、俺にどんな罪がある?

 どんな気持ちを抱けばいい?


「そんなの――後悔するに決まってんじゃねえかよォーッ!」


 背部スラスターを作動、急加速させた俺の体を、ランドドラゴンとチンピラの間に滑り込ませる。ランドドラゴンの放った火炎弾が、俺の背中に向かってくる。

 着地し反転、フォトンレイバーを振るった。フルブラストのエネルギーと火炎弾のエネルギーとがぶつかり合い、ウルフェンシュタイン市街地に炎のカーテンが閃いた。


「うわああぁぁぁぁ! し、死ぬ、え? た、助かった?!」

「いいからお前らさっさと逃げろ! 死にてええのか――」


 そこまで言って、先ほどランドドラゴンが放った一撃が、否。これまでの行動がすべてフェイクだったということに気が付いた。

 炎のカーテンの向こう側から、ランドドラゴンの影が現れる。口元には新たな炎。先ほどまでのそれと違い、炎は舌先の一点に収束していた。さながら、炎で作られたゴルフボールのようだった。それを、放つ。


 このタイミング、この位置。避けることは出来なかった。

 防御する暇さえない。ランドドラゴンが放った火炎球が俺の腹に向かって、一直線に飛んで行った。それを遮るものは何もない。黒色のラバー装甲を易々と溶断し、俺の腹を一瞬にして突き破った。


「なっ、がっ……て、めえ……クソッタレ、が……」


 口の端からゴボゴボとどす黒い血が流れて来た。内臓が損傷している証だった。そのまま膝を突く。生命力の減衰を察知したのか、俺の体を覆うラバー装甲が急速に風化していく。グラフェンで同じような傷を負った時とは正反対に、体が熱い。


 その理由は明白だった。腹の傷は燃えていた。ランドドラゴンの放った炎は俺の体に延焼し、腹の内側からジワジワと俺の体を焼き尽くそうとしていた。


「行かせねえ、って言ってんだろうが……クソ野郎が、聞いてなかったか……!」


 それでも、俺は立ち上がった。腹から漏れ出た炎は既に全身の表面を覆い尽くそうとしていた。皮膚が焼け、肉が燃える不快な臭いが俺の鼻を突いた。だが、死ねない。


「二度と折れてたまるかよ……いまここで折れたら、みんな死んでしまう!」


 ドクン。俺の心臓が一際強く鳴った。全身を覆う熱さも、もはや感じなかった。


 体の内側から炎が燃え出てくる。紫色の炎が俺の体を包みこみ、赤き炎をかき消した。

 ランドドラゴンは狼狽したように一歩下がったが、もう遅い。俺は止められない。


 両手を勢い良く広げた。再び体がラバー装甲に覆われ、その上から金属質な装甲が姿を現した。より強く、より禍々しい。打突部位は獣の牙のような形状になり、籠手の部分はサメの歯のように鋭い蛇腹が出来上がっていた。柊の葉のような形の、スリットの入ったショルダーアーマー、不可思議めいた文様輝くクリスタルブレストプレート。


 頭部のヘルメットも変形し、目の部分には巨大なバイザーが現れ、吸気口に当たる部分にはサメのような狂暴な口が現れた。変身が完了すると、口元が僅かに開き、地獄めいた赤黒い内側が露わになった。そこから禍々しい蒸気が放たれ、閉じられた。


 俺は構えを取った。踏み締めた石畳が爆散した。


「さあ、ケリを付けようぜ。この……エクシードフォームの力でな!」


 これまでとは、レイバーやブライトと比較しても桁外れの力が俺を包み込んだ。

 もうこの力に飲み込まれたりしない、俺はこの手で、この力の手綱を握ってみせる!


 踏み込み、跳躍。再び足下が爆散したかと思うと、俺は十メートルはあったランドドラゴンとの距離を一足飛びに詰めていた。その顎目掛けて、俺はフックを繰り出した。ランドドラゴンは防御を掲げるが遅い、一瞬前に拳が突き刺さり、ランドドラゴンがよろめいた。

 逆の手でボディーブローを放つ。これも容易く蛇のような腹に突き刺さった。


 大地を揺るがすような音が放っているのは、俺だった。一撃一撃撃つ度に凄まじい音が響く。人々が怯えるのが見えた。やめてくれ、俺は味方だ。キミたちの味方なんだ。


 重い一撃を受けたランドドラゴンは苦しげに咆哮を上げ、打撃に合わせて後方に跳んだ。そして、憎悪に満ちた目で俺を見ながら火炎を放った。俺の体を燃やし尽くした炎が、再び俺を包み込んだ。もはや何の熱ささえ感じない。


 視界を塞いだランドドラゴンが、側面から殴りかかって来る。側頭部に叩き込まれた一撃だったが、しかし何のダメージもない。フック気味に放たれた胸部への攻撃も、背中への蹴りも、渾身のストレートも。いかなる攻撃もいまの俺には通用していなかった。


 更にもう一撃、ランドドラゴンがストレートパンチを放ってきた。俺はそれを真正面から受け止めた。もはや引くことも、進むことも許さない。狼狽するランドドラゴンの腕を引いた。何の抵抗もなくランドドラゴンの体が飛び上がった。今度はお前の番だ。無防備な腹に向かって一撃を繰り出す。ランドドラゴンの体が水平に吹き飛んで行く。


 腕を弓のように引き絞り、最後の一撃を放とうとする。地面を転がったランドドラゴンは苦しげにのたうち回りながら立ち上がろうとしている。俺は踏み切り、飛びかかる。

 ちょうど最初の攻撃と同じだ。それがヒットするか、しないか。それが違いだ。


「フォース……ブレイカーッ!」


 かろうじで立ち上がったランドドラゴンの胸に、紫色の炎を纏った俺のパンチが叩き込まれた。再びランドドラゴンの体が水平に吹き飛んでく。先ほどと違うのは、打ったところから紫色の炎が全身に燃え広がっていることだ。俺の時とは違い、ランドドラゴンは俺の放った炎を吹き飛ばす手段がないようだった。

 その体がどんどん小さくなっていき、着地するかしないかというところで燃え尽きた。


「ハァーッ、ハァーッ……どう、だよ。これが、俺の力って、奴だ……」


 張りつめていた緊張の糸が途切れるのと同時に、俺の体を凄まじい倦怠感が包み込んだ。比べ物にならない力を持つがゆえに、反動も大きいということだろうか?

 俺はその場に倒れ込んだ。手を掲げ、見てみる。まただ、俺の体が、透けた。この間見た時は一瞬で終わったはずだったが、今度は数秒間、俺の体がこの世界から消えた。


「す、すげえ……すげえよあんた! あんた、俺たちを助けてくれたんだな!」


 俺が動けないのをいいことに、後ろからチンピラが歩み寄って来た。

 俺の背中を乱暴にバンバンと叩き、馴れ馴れしい態度で俺に話しかけて来た。


「すっげえな、あれ! どうやったんだよ! あれがありゃ、俺たちも安心だよな!

 俺たち、あんたに守ってもらえりゃ安心して生活することが出来るよ!」


 チンピラの軽薄な声に、俺の中にいまさっきまであった熱がスーッと冷めて行くのを感じた。叩く手を乱暴に振り払い、立ち上がった。敵意さえ込めた目で睨み付けた。


「お前を助けてわけじゃねえよ。どっか行ってろよ、邪魔だ」

「でもさぁ、守ってくれんだろ? みんな守ってくれんだろ? なら俺もだろ、な?」


 みんなを守るってことは、こんなクズだって守らなきゃいけないってことか。暗澹たる気持ちになってくる。何のために戦えばいいのかさえも分からなくなってくる。


 尚も追いすがってくるチンピラを振り捨てて、俺は城に戻った。あてがわれた部屋に直行し、布団も敷かずに畳に身を投げた。丸い窓から覗く青い空が俺を見下ろしていた。ふと、違和感を覚えてポケットを探ってみた。そこに入っていたはずの財布が、影も形もなくなっていた。あのチンピラにすられたのだとすぐに気付いた。


 結局その日は、食事さえも摂らずに寝てしまった。考えることが辛かった。


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